第五十二話 運命論/二つの世界の片隅で
英語、か...妙にクリアに聞こえる言葉に、俺の転生特典は地球の言語にも対応しているのか、と微妙に逃避した思考を頭の片隅でしつつ、フル回転で頭をぶん回す。
『ここはどこなの?私はなんで森の中で寝ているのかしら...あれ、なんか身体が小さい?』
どうする。思わずでたのかという一縷の望みは今潰えた。
この世界における言語は統一されている。神話的に例えるならバベルの塔が破壊されていない世界な訳だ。
それもあり、俺はこの世界に来て一度たりとも日本語を口にしたことはない。
”統一言語以外の言語”を口にすれば確実に転生者、もしくはそれに類する異常存在だとばれてしまう。
「...もしかして、正気にならなかったってこと...?」
ば、と思わずアイリーン達を振り返る。そこには三つの顔。恐らくは心配した表情の。
しめた、アイリーン達には言語だと認識されてすらいない。少々心苦しいが、誤魔化すしか。
だが、どう誤魔化すか...
そんなことを考えている間にも、残酷なほど迅速に、俺の思考加速が追いつく前に、事態は進行する。
『ん、あれ?』
少女が俺の顔を覗き込む。正気だと思っていないアイリーン達が身構える。
だが俺は動かない。いや、動けない。
ふ、と懐かしい匂いがしたが故に。
どこで嗅いだものか。その答えはすぐに、少女の口から紡がれた。
『カイト!?カイトよね?なんか髪染めてるしちょっと雰囲気違うし、コスプレしてるけどカイトよね!?』
...不味い、確実に前世の知り合いだ。流石に確率がヤバいぞおい。...誰だ。そう思ったが思い当たる。
とある人物の幼少期。何時だか見せて貰った、アルバムの写真に。
『カイト!?...あ、日本語じゃないと駄目ね、カイト!私よ!マリア・フォルネッジ!忘れちゃったの!?』
抱き着いてくるマリアに、アイリーン達が色めき立つ。
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ああ、もう、仕方がない。後々絶対大変なことになるし、バレるし、ややこしいことが待ち受けているのは確実だが...。
見捨てられるものか。
『ああ、わかったわかった、一旦落ち着け』
「「「『!?』」」」
意識して”英語”で話すと、四人ともに俺が英語をしゃべったことに驚く。
『え、英語!?カイトって英語喋れたっけ!?』
「待って待って待って、え?喋れるの!?その子と!?」
「説明しなさいよ!」
「どういうことですの!!?」
ええい、収拾がつかない!
「一回そこに直れ!!」
....。
俺の勢いで思わずと言った風に正座したアイリーン達三人と、言葉は分からなかったが雰囲気的に正座したマリアの前で俺は仁王立ちをしていた。
なお、俺も勢いで叫んだのでここからどうするか分からない。
「さて、同時通訳とかどうするか...」
発言者がバイリンガル状態だと面倒くさいことこの上ない。専用通訳を寄越せ。
「えっと、とりあえずアッシュはこの子と話せるんだよね?」
代表してアイリーンが聞いてくる。
「ああ」
事実そうなので首肯する。
「えっと、じゃあ、とりあえずこの子との会話を優先して。私たちは...学園に戻った後でも良いから」
「...じゃあ、少し待っていてくれ。結構事情がややこしいから、多分学園に戻る前に口裏を合わせてもらう必要があるかもしれないが」
こくり、と三人が頷くのを見て、俺はマリアに振り返る。
『マリア』
ゆっくりと地面に座る。
『う、うん』
こくり、と頷くマリア。
『俺たちは、転生したらしいぞ』
何となく重大そうに口にしてみる。
『うん、そうみたいね』
しかし帰ってきた反応は非常に淡白なモノだった。
『...あれ?驚かないのか?』
『...あれ、確かに』
ふむ?
『この世界で英語を話すことから考えて、こちらでの記憶を喪失しているかと思ったんだが違うのか?』
聞くと、マリアはうむむ、と唸る。
『そうね...”こちらの世界”?での記憶はないかな』
うーむ、なんか妙な話だ。
『なんとなく奇麗なお姉さんに転生がどうたら説明されたのだけは覚えてる』
疑問は氷解したがよりによってそこか!
『確か”思い通りになる身体”を願ったんだったはず...あ、もしかして』
急にわきわきと身体の各部を動かしだす。
そういえば、マリアは神経の接続がバグってるとかで思ったのと違う動きを身体がする難病だったな。
と思っていると、またマリアが飛びついてくる。
『治ってる!治ってるよ、カイト!』
物凄くうれしそうなマリア。
『それは良かった。俺も自分の事の様に嬉しい。...だがな、下半身に顔を埋めようとするのはやめてくれ』
『っ』
頬を染めたマリアが離れる。まあ、衝動的な行動だろうし仕方ないとしておこう。
”思い通りになる身体”...ね。成程、確かにその通りと言えるだろうな、あれを見る限り、”思い通りになりすぎる”ようだが...。
『そう言えば、どうして転生なんかしたんだ?俺は...まあ、半ば事故だ』
気になった事を聞いてみる、が、反応は芳しくない。
『それが...わからないんだよね。そこも抜け落ちてる感じ』
ううむ、転生直前と転生後の記憶は抜けてて仮称”神界”の記憶はあるのか。まあ、割と都合のいい記憶喪失も現実にあることだし仕方ない。
『で、なんだけど』
マリアがおずおずと聞いてくる。
『なんだ?』
『その、さ。なんで私は記憶喪失なんかして、こんな森の中で倒れてたのかな。...たぶん碌なことではないんでしょうけど』
まあ、気になるよな。さて、どう説明するか。
約十分後。
『魔物化を引き起こす原因とし人体実験...うーん碌な事じゃない』
以外にもマリアは冷静に聞いていた。
『...随分とまあ、冷静なことで』
『聞いた所、カイトが完全に復元してくれたみたいだし、記憶もないし、まあいいかなって』
そういうもんか?
『でも魔法かぁ。憧れではあるけど、いざ目の前に存在するとなるとちょっと怖いね』
まあ、その被害を被ったわけだしな。
『結局ひとの技術である以上科学とそう変わらんさ。魔法も爆薬と似たようなものさ』
開拓の道具にも、人殺しの道具にもなろうと言うものだ。
『まあ、それはそうだね。...で、話は変わるけども』
マリアが座りなおす。
『なんだ、改まって』
『いや、今後が左右されるから』
ふむ、結婚の申し込みか?...なんてな。茶化したら怒られそうだ。
『私の扱いはどうなるのかな』
『...あーーー』
そうだ。この世界基準いまマリアは”人語を喋れない”、”奇妙な能力を持つ少女”となる。前世界より人権意識の薄い尾の世界でどうなるか、と言う話だ。
つい、とアイリーン達に目を向ける。
「...どうしたのよ」
一番最初に返事したのはカリオペだった。
「ああ、いや...この子、マリアなんだが、扱いがどうなるか、とな」
「...ああ、ね。...どうかしら。...ううん、ちょっとわからないけど...組織のしでかしたことを考えると、まあ実験動物に逆戻りの可能性はあるんじゃない?...聞きたかったのはそれでしょ?」
うむ、予想はしていたがやはりか...。
「...流石に、犬じゃないんだから隠れて飼うとかは無茶よ?...現実的なところとしては、そうね...生き別れの妹として誤魔化すとか?」
うお、なんだその超アクロバットな解決法。
「多少無理はある理論ではあるけど、無いではないことだわ。貴方の両親の立場的にも押し通せるでしょう。ただし魔物化薬の実験体だったであろうことは誤魔化す必要があるし、貴方の両親に口裏を合わせてもらう必要があるけれど」
「...たぶん、女の子を助けるため、っていえば喜んで合わせてくれるんじゃないかなぁ」
アイリーンが言う。...うん、俺もそう思う。典型的な英雄的思考回路だからな、特に父。
「だ、そうよ。...その子、あんたとは意思疎通できるみたいなんだし、元々の知り合いなんでしょ?この場合、他人と意思疎通ができないのはむしろプラス要素。問題はないと思うけど」
...成程、完璧なプランに思えるな。
「...了解、それで行こう」『...と、いう訳で、マリアは俺の妹になってもらう』
『!?...いや、だいたいは察しが付くけど...いけるの?』
「...スムーズに言葉変えるわね」
「その辺も後でな。」『...まあ行ける筈。俺の今世での父は典型的な英雄だから協力に際して問題はない、と思う』「...ま、最悪は王国の上層部張り倒して国外逃亡するか」
ぼそ、とコチラの言葉で呟いた言葉にぎょっとするカリオペ。
「冗談にならない...」
「「??」」
聞こえなかったらしいアイリーンとネアが首を傾げるが、説明する気はない。
『...わかった。...とりあえずは、”悪い人たちに攫われて恐怖で喋れなくなった哀れな妹”って感じ?』
『そうだ。と言うか妹以外はほぼ事実だな』
『記憶喪失からすると他人事だからね...』
まあ、それもそうか。
「...で、よ。いったんその子との会話は一段落したってことでいいの?」
「え、ああ。」『...ほかに質問とかはあるか?』
『えっと、とりあえずは。その子たちが何者なのか、くらいだけど...なんか、前提の説明が必要そうだし、自己紹介は後回しで』
...察しの良いことで。
「と、いう訳で一段落したってことでいいらしい」
「そう。なら遠慮なく質問するわ。...その子は一体何なの?」
さて、と。
どう説明したものか。
区別のため英語、日本語で話しているときは『』を使っています。
所謂転生バレという奴ですが、この後考えると前提がないともろもろ齟齬が発生するので組み込みました。別に転生者であることそのものが重要なファクターになったりはしません。しばらくは。




