第五十話 少女変成論/医療において手段は問わず
どさり。
俺の目の前で真っ二つになったキメラはあっさりと倒れ伏した。
最早ただの肉塊と化して地に沈むそれは、何処かもの悲しくもあった。
「ふー...」
アイリーンが溜息と共に尻餅を付く。
ま、本気の命のやり取りではあったんだからな。気が抜けるのも当然か。
「ん...はあ...よい、しょ」
「う...」
「お、起きたか、二人とも」
眼を向ければ、カリオペとネアが立ち上がっていた。だいたい時間通り、だな。
「あれ、何時の間に解毒薬を飲ませてたの?」
アイリーンが首を傾げる。
「まあ、ネアの方は横やりを入れる前に。そっちの王女サマは回復魔法で自力回復してたけど」
時間はかかった様だが。
「あれ?残りの二人は?」
あー...
「気絶中。ま、ただの令息、令嬢にはきつかったんだろ、殺される寸前までは行ったんだし」
「まるでっわたしたちが普通じゃないみたいな...」
恐怖でまだ震えてるとは言え修羅場慣れした第四王女、荒事にも飛び込む教会所属、聖剣の担い手、ロボ野郎、普通じゃないに決まってんだろ。
「ありがとうですわ」
ネアがそう口を開く。
「お?」
「危ないところを助けていただきましたので」
ああ、そうか。結果的にはネアの救出にもなるのか。
「...なんですの、その今わたくしに気付いた様な顔は」
「いや、だってお前自力で逃走くらいはできただろ多分」
「流石に麻痺状態からは厳しいですわ」
そ、そうか。
「ま、何と言うかちょっと不本意になり始めましたけれど、感謝しているのは本当ですわ」
「そうか、なら今度なんか奢ってくれ」
「ドライ!?もっとなんかありませんの!?」
「一応言ってみたかった台詞の一つなんだが?満を持してなんだが?」
唐突に始まったどうでも良い言い合い。それにおずおずと、ある意味では意外な人物が割って入った。
「その...」
「む、どうした王女サマ」
不仲の相手をどう呼べばいいのか分からんのでとりあえず肩書呼び。
「えっと、その...」
突っかかってきた時とは全く印象が異なる程のしおらしさである。最早どうしたと言いたくなる。
「なんだ?」
問うと、う、と詰まってから、消え入る様にカリオペは言った。
「その...ありがとう...あと、ごめんなさい」
その言葉に、ふは、と笑いが出た。
「なに、礼には及ばん。...別に、あの場でお前が死のうがどうでも良かったからな」
「う...」
「ちょっと!」とアイリーンが咎める声がしたが無視だ。
「別に、一部を除き誰が死のうが、俺にとっては関係ない。所詮は他人だ、気にするものか」
可哀そうにも思わん。
「ただ、だ。少々ばかりその死に方に文句があった」
「?」
「人は満足して死ぬべきだ」
それによって人が死ぬなら例外だが。
「理不尽というものは嫌いでね。そういう意味では助けざるを得なかった」
前世、理不尽に死んだ者としても一応、後輩は生みたくない。あれはなかなか不快だからな。
「...ふふ、何それ」
くすり、とカリオペが笑う。
「ま、最低限の標題、とでも言おうかな」
人間であるための。
「と言う訳で、だ。その標題の達成のため、最後にもう一仕事する必要がある」
す、と俺はキメラの残骸へ目を向ける。
「よお、起きてるんだろ?」
「「「!?」」」
アイリーン達が驚く中、キメラだった残骸の中から、人型がぬらり、と起き上がる。
手足が奇妙なまでに伸びている、猿の様な怪物。それがキメラの内容物、言わば本体であるのは明白だった。
「斬れなかった、ってこと!?」
アイリーンがそういうが。いいや、そうではないさ。
「アイリーンは仕事をしたさ。間違いなくな」
かちゃ、と仮面をつける。
「アイリーンの聖剣...クラウ・ソラウは”切り離し”の概念だ。俺はそう結論付けた」
「なるほど...あれ、なんかわたしよりわたしの聖剣に詳しくない!?」
「いの一番に君の御父上に自慢されたからな...サンプルは多かった」
「お”と”う”さ”ん”!!」
ご愁傷様。
ウチの両親に自慢しに来たんだろうが、まあ俺が居る時に行ってしまったらな。詳細の説明こそされなかったが、観察の機会はいっぱいあった。
「まあ、兎も角...お前のソレは切り離しの概念だ。それは恐らく概念上...形而上の物でも切り離す」
すたすた、と俺はキメラの本体へと足を進める。
「そして、学園に存在した少ない資料、俺の魔眼を通して得た情報、詠唱の内容を総合すると、その権能は”悪性の切除”にあることは想像が付く」
「悪性の...切除」
「ああ。この場合...そうだな。暴走の象徴たる”怪物”を切り離した...と、言ったところか。洗脳されたが故の悪性と判断された、とでも言おうか」
それがどういう基準、誰がそれを判別しているかは知らない。が、恐らくはそう言う事だろう。
「...でも、悪性?が完全に切り離されたようには見えませんわよ?」
「そうだな。”本質”が変成する程の洗脳、若しくは改造を食らったんだろ。そう簡単に聖剣だけで解決する程世の中甘くないって事さ」
肩をすくめる。
「はは、落ち込むな、アイリーン。だから俺がいる」
「GU...あ!」
ばっ、と飛び掛かって来るキメラの本体...女の子を抱きとめる。
「が!?」
驚き暴れる女の子を強い力で抱き抑える。
「前に俺は失敗している。...王女サマ、あんたの婚約者に対してな」
「...」
「ま、言い訳をする気は無い。ヤツの死そのものにたいした感慨も無いのは事実だからな」
余計なコトを吐いている気がする。テンションがおかしくなっているな。まあ、自覚したところで止められんが...。
「ただまあ、さっきも言った通り、アイツの死に様は...ああ、取り巻き二名を含めて不満アリだった。幾ら世紀の大馬鹿でもな、あそこで死ぬべきとは思わなかった」
がりがりと俺の鎧を引っ掻く女の子を俺はなるべく優しく見下ろす。
「だからこそ。俺は治療の方法を求めた」
息を呑む気配がする。
「結論は簡単だ。そうさ。この世界には魔法なんて便利なモノがあるんだからな、誰もが思いついて、それからばかばかしいと吐き捨てる様な方法さ。だが、まあ、魔法なら出来るだろうさ。ーーーああ。初めて覚えた魔法っぽい魔法がこれとはな。見た目悪役だぞ、全く」
はあ、と溜息を吐く。
イメージが魔法の根幹。それは間違いない。では回復魔法...怪我や毒から回復させる魔法派いかな術理でもってその力を発揮しているのか。
簡単な事だ。
”健常な対象”を想像の核として成り立っている。
では、”魔物化”は回復魔法で回復させることが出来るのか。答えは否だ。
過去に魔物化した魔物を実験動物として回復魔法等で回復出来ないかの実験がなされていた。
回復魔法は、例え効果が無かろうと、かかる兆候程度は見せる。だが。
全くの反応を示さなかったのだそうだ。
理由は明らか。それが”健常”であるからだ。
魔物化は根本からその生物を変成させる。それが俺の結論だ。
だから。魔物化からの回復において必要な手順は。
存在全ての再構成だ。
「『術式、開始』」
ヴン、と魔力が拡散する。
しゅるしゅる、とその魔力が女の子に巻き付いていく。
「が!?」
「『麻酔適用』」
「!?あ...」
女の子が気絶する。
ふう、と息を吐く。ここからは失敗出来ない。
この魔法の、この手術の核となる術式だ。
だから俺は、すこしの緊張感を持って、その呪文を口にする。
「『体組織、解剖開始』」
ばらり。
後方から押し殺した悲鳴が上がる中。
女の子の身体が分解される。
皮膚、筋肉、脳組織、呼吸器、消化器官等々...生物を構成する要素の一つ一つへと、人ではなくなってしまった女の子の身体が分解されていく。
殺したように見えるだろう。だがこれは違う。
まあ、心停止の状態から復活させたり、心臓を移植なんて手術もあるのだ。治せるならバラバラから始めたってオーケーだオーケー。外科医に殴り殺されそうだが気にしない。
「『編成、診断開始』」
ずら、と浮遊する体組織が”ある順番”に沿って整列する。
ふよ、と女の子の頭蓋に収まっていた体組織...つまりは脳を引き寄せる。
触れないように手をかざす。
実際は...と言うのは違うな。概念上は、と言うべきか。概念上はこの女の子はバラバラになどなってはいない。事実、心臓は拍動しているし、血の一滴も零さずに血が巡っている。
しかし物理的には御覧の通りバラバラだ。
シュレディンガーの猫と光の粒子か波か論争から着想を得た術理。
死という現象を観測しないという状況を仮定することによって”死んでいる”、バラバラに分解された状況と”生きている”分解されていない状況の重ね合わせを発生、両方の状態での特性を魔法発動中、得ることが出来る。
我ながら無茶苦茶だ。なんでこんなバカげた術理がまかり通るのかわかりゃしない。ただ。少なくとも上手く行っている。
「『記憶参照』」
ずる、と脳が寸断される。浮き上がるのは記憶野だ。
この中に、この女の子の...”人間だったころ”の”かたち”が封入されている。
観測者を最大出力で起動する。
じわり、と視覚が紅く、血の色に染まっていくが気にしない。
数秒、発生する頭痛に耐えていると、求めていた情報が浮かび上がる。
「なるほど、美人だ。...おっと。『設計図策定、構成計画制定。仮想展開』」
ヴヴン、と魔力によって半透明の...赤紫の人影が浮かび上がる。
他の体組織からも遺伝情報をインストール。差異を読み取って元の形を推定していく。
ゆっくりと色が付いていく。
少し透けたままだが...これが彼女の”かたち”だ。
「さて、と。本番だ。『逆行推定。体組織構造入力、変成要素統合、構成手順、処理策定』」
ばばば、と怪物のままの組織がざっくりと並べられていく。
半透明の女の子がブレて、中からこれまた半透明の体組織の影が展開する。次々と重なり、固定される。
さあて、お楽しみだ。
「『処理開始』。さあ、赤ん坊よ。生まれ変わる時間だぜ。【再構成・人器生誕】」
ぱあ、と光が放たれる。
ざらざら、と不要な部分がそぎ落とされ、足りない部分が構成されていく。
半透明の女の子の通り、浮かぶ肉塊が再構成されて行く。
そして、そのうちに。理科室の人体模型で見慣れた、綺麗な体組織が並び揃う。
「〆だ。【構成確定】!!」
がっちゃーん!とまるで巨大ロボの合体の様に、勢いよくパーツが合体する。ばぁ!と強烈な光が放たれた後。そこに居たのは、間違いなく。
人間の、女の子だった。
ト ン デ モ 手 術。
腹痛とかした時にはら掻っ捌いて原因物質取り出したい、って思うジャン?それですよ。
概念上は別にバラバラ死体になってなかったり、働きかけてるのは細胞の自死、俗に言うアポトーシスと細胞分裂だけだったり、案外、色々と踏み倒すポイントがあるから主人公でも行使出来てます。
実際にバラバラにして治そうとしたら普通に無理。
まあ地味にDNAをプログラムし直してたりとがっつり無法はしてますね。はい。
因みにこれ、悪用すれば生物を全く別の生物に変えられる、魔物化を簡単に引き起こせる魔法です。恐ろしや。




