第四十八話 終撃必殺/トドメはこれだ
Side.アイリーン
思えば、アッシュと並び立つのは初めてな気がする。
領地ではほぼ”訓練相手”。こちらに来てからもそれは同じ。結局、貴族の子供にそうそう命の危険があるわけもなく。
わたしにとってはいまが、初めての実戦だった。
「効率的にぶち殺す」
アッシュの一言で、わたしは走り出す。
「【爆炎瞬脚】!」
わたしの両の肩口に小さな魔法陣が現出。炎を噴き出し、わたしの身体を強烈に押し出す。
更に脚が紅く輝き、爆発的な加速を得る。
炎魔法、【爆炎瞬脚】。元々はわたしの父さんが考案した固有魔法。「脚強化しつつ方から炎噴き出したら速いんじゃね?」という結構な暴論の末アッシュのお母さんの強力を経て生み出されたただ只管に暴れるための魔法。アッシュの提案した”工夫”により、わたしのこれはすでに父さんを上回る!!
「くおっ...」
狼男が殴られ怯む。私の拳は鉄をも砕く。貴族令嬢としてそれはそれでどうなんだと思うけど砕けるものは砕ける。
獣人と言う者を始めて見た私には特性は良く分からないけど、効かない事は無いはずだ。
細く、速く、勢い付けて!
噴炎が細く火柱に変わる。アッシュ曰く”推進”に必要なのは反作用。「たくさんの空気を」「物凄く早く噴き出す」事が出来ればいい。であるならば「一気に空気を取り込んで」「細い円で収縮して」「超高温の爆発で弾き出す」ことをするのだ。
キイイイイイイイ!!!!!
音が変わる。
蒼く、白く、火柱の翼を展開する。制御には複数の魔法陣が必要で、結果羽は三対に。
自分でも天使か何かかと思った姿。
どぉっ!
あくまでも”地上を走る”魔法。飛べるけど。それでも地上を走った方が速くなる。ぎゅん!ぎゅん!と空を灼きながら走り抜ける。
正直、アッシュの方が速いだろう。あの鎧はとんでもない。試運転に付き合わされたけど手も足も出ないとは思わなかった。
けど。
こいつ程度、私でも勝てる!
「『鋼の砂塵よ、我が刃へと』【砂鉄の剛剣】」
雷、土属性複合魔法。砂鉄を凝集して剣にする魔法。我が愛剣は今は残念ながらテントの中だ。隙見て取らなきゃ。
「やあ!」
炎の反動も叩き込み、全力で剣を振り抜く。反応速度が良いのか、紙一重で避けられる。
「【迸る雷槍】っ!」
すかさず左手から魔法を放つ。どかん、と極太の雷が射出される。
「ぐあ!?中級魔法の威力かよ!?」
驚いているが気にしない。威力ならもっと上がるから。
Side.アッシュ
「はは、相変わらずのバカ出力」
笑う。笑うしかない。
アイリーンの強みは魔力量だった。
あのそこまで大きくも無い体に、竜種に匹敵する魔力を内包している...とは我が母の談。
【爆炎瞬脚】を使えば炎は白く輝き、【迸る雷槍】を放てば槍どころか大砲になる、そんなバカげた魔力量。
いやはや創作の主人公じみたチートっぷりである。
「おっとよそ見してる場合じゃないな。こっちも対応しないと」
魔力量云々の問題じゃないのが出てきたからなはっはっは。
「「「GRRRRRRRRRRR.....」」」
三つの頭で唸る魔物キメラ。うるさい事この上ない。
「GRA!」
真ん中の狼の頭が吠えると、闇色の雷が迸る。
「【夢想印刷】」
鋼の塊で防いでみる。大分抉られたが止まった。対戦車榴弾未満か、しょぼいな。
「そらっ」
がし、と焦げた鋼塊を引っ掴みかるくぶん投げる。それだけで音速の6割程度の速度が乗り、轟音を立ててキメラに激突する。
「GYA!?」
当たったところに近い奴がダメージを受けるのか左側、鯱頭が悲鳴を上げる。今更だが乾燥しないのかね、一人だけ海産物だけど。
「「GRUAU!」」
悶絶する鯱頭を尻目に残り二人が咆哮し駆けだす。竜巻と雷を纏い結構な速さだ。
「性能試験だ、受けて立とうか」
結論はでてるだがまあ、実験はしておこう。
「GAAAAA!!!!!!!」
ゴリラの剛腕が繰り出されるのに合わせてこちらも左パンチ。
どごん!と大地が震撼するが俺は微動だにもしない。
「...いや、吹き飛ばす気だったんだが。結構な勢いだな?」
爆炎を吹き出して左腕がうなりを上げる。押し返そうとするが奴の右腕も煙を上げながら対抗してくる。
確か剛腕大猿はAランクの魔物だったな...。ふむ。こんなものか。
「【炸裂式多弾頭衝撃打】!」
ズドン!と追撃の衝撃波が炸裂する。こちらのパワーを受け止めるので精一杯だったヤツはたたらを踏む。
「GR...」
「よっ」
ズドンズドンズドン!
くるくるとアグレシアを回しながらの三連射。
毛皮に阻まれるが、怯みは確実に継続する。
「【夢想印刷】!なんちゃってゲイボルグ!槍は、蹴るモンだ!」
生み出した炸裂杭を蹴り投げる。一説にはゲイボルグとはクー・フーリンの蹴りを使った投擲技の事を指すとも言われているのだ。間違いではないだろうさ。蹴ってるのはただの鉄鋼榴弾だけど。
ガン!と超硬合金の穂先が突き刺さり、すぐさま爆発。肉を内側から抉る様に焼き上げる。
だが。
「硬い上に再生能力...クソボスじゃねえか」
うじゅる、と傷が再生する。それこそミートスライムあたりの再生能力だろうか。面倒な。
Side.アイリーン
「いまいち、攻めきれない!」
舌打ちをしたくなる鬱陶しさ。
この狼男、上手いのだ。戦いが。
わたしとアイツには経験と言う面で大きな差があった。
それこそアッシュの鎧の様な人間の範疇にない身体能力と超機動でもなければ強制的に詰めていけない。
それは停滞だった。
ぶん、と振り抜いた剣が空振りし、振るわれたナイフを肘をうまく利用して弾く。
「【突風散弾】」
ばしゅう!と風の弾丸がランダムに放たれ、それをも狼男が回避する。
「でやあ!」
「やっ!」
迫るナイフを迎撃。ぬるりと刃を滑らされ、威力が伝わりきらない。
ちら、とアッシュの方を見れば、これまた苦戦中。
攻撃は兎も角、防御力と再生にてこずっている。
”アレ”を使えればこの状況は、案外簡単に抜け出せる。しかし、それには多分アレが必要。それは剣と一緒でテントの中だが...
と、こつん、と踵に何かが当たる。
これは...
求めていた銃杖。
「この...ていどの...ぱわーは...のこりましたわ」
ネアちゃんが投げてくれたのだ。
麻痺を解毒したわけでもないのに、全力で這いずって。
に、と笑う彼女に手早くサムズアップで答える。
がっ、と踏みつける様にして跳ね上げ、左手で引っ掴む。アッシュとカーネリアンが作ってくれた拳銃型の杖。銘は「アーバン」!
「吠えて『アーバン』!『煮えたぎり燃えろ、地獄の釜。紅く盛れよ、絶望の業火!』【煉獄奔流・波濤烈火】!!」
黒赤い炎が流れ出す。溶岩の様な粘つく炎が、爆発するかのように襲い掛かる。
先ほどまでよりド派手な魔法。しかしその制御は緻密でもあり。
暴れ狂う極熱の津波は味方にも、ましてや木々にすら何ら影響を齎さない。
この杖はそういうモノ。父をして”怪物級”と言わしめた魔力量を十全に制御可能に出来るモノ。
このまま、この杖と共にこの狼男を撃滅する...。
それも間違いではない。
が。
効率的じゃない。
やることは一つ。其の為の攻略に少々の時間を要する魔法。
「アッシュ!」
Side.アッシュ
「その一言を待っていた!!」
キメラから完全に視線を外し、ぐわんと方向転換、全力でブースターを吹かす。
既には知って来ていたアイリーンとすれ違う。
に、と笑いかけると天使の様な笑みで返してきた。
おっと危ない、気を取られかけた。
...考えてみればマスク越しじゃねえか。なんで分かった。
気が散っているような気がするが、無視してそのまま突貫する。
そのまま、燃える溶岩の只中を飛び抜ける。
「ハアッ!?」
炎の中から飛び出すとは思っていなかったのだろう、狼男が驚愕に目を見開く。
「耐熱なんだよなぁ!詰みだぜ、狼男!」
がし、と左腕で狼男に掴みかかる。
「【麻痺する電撃】」
バリバリ!と左腕から電撃を浴びせかけ、感電、筋肉の収縮による行動不能状態を引き起こす。
「おら!」
ブン、と強化されたパワーそいかんなく発揮、狼男を高空へ向けて投げ飛ばす。
「必殺の時間だ。さあ、派手に散れよ!」
ゴオオオオ!バシュウ!
一瞬にして音速を突破、吹き飛ばされるヤツを追い抜き、反転する。
「【流星迸る爆炎の終撃】!」
右脚を突き出し、手を抱え、突進する。
必殺と言えばコレしかない。
ライダー、キック。
鋼がヤツの腹に突き刺さる。
「ぐ、ああああああああああ!?」
悲鳴が流星の様に後を引き、森に突き刺さった。
「ぐ...が」
呻く狼男。その身体は腹部でほぼ寸断されている。診断するまでも無い。致命傷だ。
「...」
感慨も無く俺はそれを眺める。命が消えゆく感覚は己でも味わったことがあるが、だからと言って共感はしない。
ただ、まあ。と思った。
すこし、気が変わった。
「...名前を言え」
「...な...に...?」
「何、少し気が変わっただけだ。...お前は、少し世界線が違えば救世主になっていただろう男だ」
手段はどうあれ、その思想は崇高だ。被差別種族の解放だからな。手段が故にこうして死ぬが、正しい...暴力でない手段にさえ出ていれば、後の世で英雄になっていただろう男。
「お前は人を傷付ける手段に出た。だからこうして闇の中で消えて逝く。だが...その考えは俺も理解する。だから、そうだな。名前くらいは覚えておいてやろうと思った」
言うと、血だまりに沈むヤツは、毒気を抜かれたように目を見開き、ニヤリと笑った。
「は、そりゃ...おありがたい事で...。”コルニル”だ。...苗字はねえ。ただの...コルニル」
「そうか。...俺が言うのも筋違いだが...ご苦労だった」
どうあれ、何かに、己の同胞を救うために尽力した心が、美しくない訳がない。曇りがあろうとも宝石は宝石なのだから。
「は。...お前とは...別の立場で...会いたかった。...案外、お前の様な...奴かもな。俺たちを...解放するのは」
「さあな」
奴の...コルニルの息が止まったことを確認する。
テロリストで、反逆の狼煙を上げた者。
記憶の片隅に浮かべておこう。
道をたがえただけの英雄を。
「さて、残るは...と」
コルニル君は幼いころに出会う人によってストーリーが大きく変わります。
カリスマ性は実は彼の組織のボス並みにあるので、普通にリーダー張れます。世界線が違えばキング牧師ポジに行けた人物。暗殺にも強いので解放の瞬間を視れたかも知れなかった人。
組織については次々回あたりに説明されます。
実は結構引っ張ったアイリーンの戦闘回。
その正体はバカみたいな魔法出力と筋力を振り回す極限脳筋型。技もちゃんと修めてるのがたちが悪い。
杖のお陰で磨きがかかってます。




