第四十五話 事案発生/イッツ、ショウ、タイム
それは、日が落ちた時のこと。
暗くなる前にとテントを三つ...アイツらとは話した場所に設営した、その直後。
「ぐああああああああッ!!!!??」
夜の森に、絶叫が響き渡った。
「...なんだと!?」
アイツが振り返った視線の先。
黒く塗りつぶされた木々の間から銀色の刃が生えて来る。
「ッ!」
間一髪、私の腕を狙ったらしきそのナイフを躱す。
まさか賊か。
それでは先ほどの悲鳴は...!
思わず飛んできたナイフを振り返る。
しかし、それはある意味で悪手であり。
「...動くな」
背後から二本の腕が生え、ひた、と首元にナイフが突きつけられる。
「「カリオペ様ッ!」」
ライゼンとジョセフィーヌの叫びに周囲を警戒していたアイツを含むSクラスの面々がこちらに気を取られてしまう。
ああ。その一瞬で。
「くは、ガキにしては、冷静だと思ったが...ま、所詮はガキか」
その場にいた全ての者が制圧された。
六対の腕と六本の刃にそれぞれが捉えられる中、森から新たな影が二つ現れる。
片方は不気味な仮面から紅い瞳を覗かせる大柄な男性であろう者。もう片方は此方は完全に頭部が視認できないが、小柄な女性であろう者。
身に纏う雰囲気は、それは異様で。
「...何者なの」
恐怖が湧き上がるが噛み潰す。
例え賊が相手でも隙は見せない。それが王女だから。
「気丈だな。喉元のナイフが見えないのか?」
そんなものは分かってる。けど、屈する訳にはいかない。
「まあ、いいか。まあ、何者かはおいおい判るさ。そこまで含めて作戦だそうだからな。まあ、特にお前には深く刻まれるだろうさ。体の芯まで、な」
「...目的は私?」
間違いなく今の発言は仄めかしだろう。
「まあ、そう言う事だ。...おっと、抵抗はするなよ?お前らが学園の最上位クラスだってことは知ってるんだ。初年度のガキとは言え、侮りはしない。こっちもそれなりのを持ってきている」
藻掻こうと、魔法を放とうとした私を諫めるかのように、首元のナイフがじわりと近づく。
...魔法を放つ前に確実に首を斬られる。そう確信できた。
「...私を傷付けたら不味いんじゃないの?」
言うと紅い瞳が弧を描いた。
私を嘲笑う為に。
「いいや?...”上”がお望みなのはお前の肉体だそうでな。最悪、死体でも良いとのお達しだ」
ぞわり、と首筋に冷たいものが走る。
正直、目の前のこいつらは兄達の手先だと思っていた。
継承戦の妨害をするための誘拐だ、と。
しかし、生死を問わないとなると話は変わる。継承戦では命を取らない。
これは王家に深く刻まれた約定。そう簡単には破ることさえままならない。つまり、目の前のこいつらは、王家と歯なんら関係のない陰謀の元に動く者達ということになる...。
「...ことの重大さが解った様だな」
底冷えのする声で男が...いや、男たちが嗤う。
絶望を誘発させるためのろうか。だとしたら成功だ。褒めてもいい。
私の背筋には既に絶望が上ってきているのだから。
「やめておけ、アイリーン。ネアもだ」
そんな時、アイツがそんなことを言う。
「なんで!」
「この状況から反撃して勝利できるかの確実性がない」
怒るアイリーンに、にべもなく言うアッシュ。それを見て、紅い目の男は重ねて嗤う。
「くははは、残念だったな小娘共。隠れて魔力を溜められるとは思わなかったが、薄情なご友人に邪魔されるとはな!ああいや、救われたなと慰めるべきか?暴れたとして、自分の拘束から逃れられるかくらいだがな」
ひとしきり笑った後、男はアッシュに問いかける。
「だが、いいのか?お前も一緒に暴れればもしかたら助け出せたかも知れないぞ?」
「よく言うよ。...成功する確率がコイントス未満じゃあな。1d100を振る気にもならん。初期値の技能は信用ならないってな」
「何を言ってるかは知らんが、随分と薄情だな?」
「別に、仲間かと言うとそうでもないんでな。俺とこの二人が無傷で生還するのが第一さ」
本当に薄情な男だ。...が、どうしようもなく正しい。
この状況で敵対している私を命がけで助けようとする理由はない。
ではAクラスの二人はと言うとおびえ切ってしまって動けない。
ああ。と私は思う。
もう、助けなどないのだ。と。
絶望に染まる私を見て、男は満足そうに言う。
「ああ、その顔はなかなか良い。面倒な仕事だが引き受けた価値はあったと言う訳だ。くく、別れを言うなら今の内だぞ?...ああ、可哀そうな第四王女様にはお友達なんていやしないか」
視界が涙で歪んでいく。
王族に生まれたかったわけではない。
少々の贅沢な暮らしの対価がこれか。
いっそのこと平民に生まれたかった。
例え貧乏でも、柵のない、自由な暮らしがしたかった。
私だって友人と一緒に笑いたかった。
私だって恋人と一緒に暮らしたかった。
友人は私に取り入るためか兄達の手先。
恋した人は私を見もしない、権力装置としての求め。
もう、嫌だった。
「...おい」
男が、他の五人を拘束している者達に声を掛ける。
すると彼らは一斉にくるりとナイフを回し、拘束相手の手の甲を浅く切った。
「ッ...あ、う?」
「麻痺...ですわ...!?」
「...」
「「ひ...ッ」」
どさどさ、とそれぞれが地面に頽れる。
「ま、暫くは大人しくしておけ。...撤収する。あの死体を持ってこい」
「は」
一人が茂みに分け入り、男性らしき人影を担いでくる。
どさ、と乱雑に放り投げられたのは。
「ホノル教官...!」
実技系の授業の教官であり、Aクラスの担任でもある、ホノル教官。
首元から流れ出た大量の血。焦点の合わない目。
確実な生命活動の終了が見て取れた。
「さ、帰るぞ。荷物は新鮮なうちに届けろ、だ」
私は手首と脚を乱雑に縛られ、担ぎ上げられる。
悲鳴が出そうになる。が、恐怖で、絶望で掠れた息しか上げられない。
情けない話だ。
曲がりなりにも噛みつけたのは、命の保証がされていると思っていたから。
殺されるかも、酷い目に合うかもとなれば私はこの程度なのだ。
「...ああ、兄貴」
ふと、男たちの一人、少し小柄な男が紅い目の男に話しかける。
「なんだ」
「ちょいと気が変わりまして。あと二人...あのおびえてる方ですね、あっちも殺しときません?なんかあれ見てるとイラついちまって」
「...好きにしろ」
紅い目の男がいうと、小柄な男は「へへへ」と下卑た笑い声を漏らしながら倒れたライゼンに馬乗りになる。
「悪く思えよ、クソガキめ」
「ひ...ッ」
既に興味を失っているのか、紅い目の男も私を担いでいる男も森の方へ向きを変え、私の視界からライゼンが消える。
耳を塞ぐことすらできない状況の中、私はライゼンの死を想像し震えていた。
...が。
何時までたっても悲鳴は無く。
どさり、どさり、どさどさと。
既に地に付したライゼンが立てるはずのない音が、それも連続して鳴った。
「...何?」
男二人が振り返る。
その時。
ぱあん。
と何かが破裂がして。
私を抱えていた男の頭が吹き飛んだ。
「ひいっ!...あうっ!」
ショッキングな光景に悲鳴が漏れた直後、支える力が取り除かれた私は地面に叩きつけられる。
それでもと顔を上げた私の目に飛び込んできたのは...筒の様なモノを構えた...アッシュだった。
設定だけが積み重なっていく今日この頃。
ホノル教官は没キャラです。リリネ教官の別パターンと言ってもいいかも。
まあ一言エキストラ化しましたが。




