第四十一話 生徒会活動録1/ちょっとうるさいお姫様
「何してるの!」
生徒会活動に初めて俺が参加した日、
一番最初にかけられた言葉がそれだった。
「何って...見ての通りだが?」
「サボってるだけじゃない」
まあ、うん。
実際俺はサミュエル氏に貰った自動人形の設定用の文法書を読みふけっている。生徒会と無関係な以上サボりと言われればそうかもしれない。
「あんたね、数合わせなら数合わせらしく馬車馬のように働きなさいよ」
ブラック企業理論がここにも、ってか。
まあ、新人がいきなり堂々と関係ないモノ読んでたら不満なのも分かるか。
どうもこいつ、カリオペ・トルディアナは俺の事を嫌っている...らしいしな。
...貴族が王族に嫌われるって致命的なのでは?と思わなくもないが...まあいい。
でもなあ。
「もうやることはやってるんだけどなあ」
「...はあ?アンタ一応会計補佐でしょ?会計の仕事なんて半年は全力でやっても終わらないはずだけど!?」
そう、俺は一応会計補佐として生徒会に雇われている。
よって今は会計監査の作業を担当していた...のだが。
「あんなもん秒で終わるわ」
「はあ!?あんた歴代の生徒会役員をバカにして...!」
「まあまあ、ちょっと落ち着いてくれ」
生徒会会計...役職的には俺の上司に当たることになるシルトがカリオペを宥めた。
「そうカリカリしてると君の仕事も進まないだろう?」
に、と笑って軽く言うシルトに毒気を抜かれたか。カリオペは大人しく引き下がる。
「....はい、ヴァルナさん」
「よし!...ああ、忘れるところだった」
明朗に笑おうとしたシルトだったがふとこちらを向く。
「...えっと?」
「ああ、いや、そう重要な...ことだな、うん」
「?」
俺は変な事でもしたか?
「いや、悪いことではないんだが...会計監査の仕事を終わらせたのは君かい?」
「...いや、俺とシルトさんしかやる人いないでしょう」
んな当たり前の事言われてもな。
「え?いつやったんだ?昨日見た時は例年通り六分の一程度の進捗だったぞ!?」
俺にはやらなくていいと言っていたのに自分は時間外労働か。
ある意味上司の鑑だな。
...そうだ、たまに忘れそうになるがこの世界の数学は前世程発達していないんだ。ましてや俺は前世でも世界レベル。となると差がでかいか。
「あー、今朝はちょっと時間が余ったので、さらっと...多分正確だと思いますよ?」
「正確だから驚いてるんだよ!」
成程?
どすん、と巨大なフレームバインダーの様なモノが置かれる。羊皮紙を贅沢に使った会計監査資料である。軽く人を殴り殺せるサイズ感だ。いやはや、これはひどい。
「この量の計算をどう終わらせたんだ?」
そのままシルトに詰め寄られるが。
...いや、そうは言われてもな。
「普通に計算した、としか...」
「...嘘はついてなさそうだけどな、普通に計算したらどんな天才でも終わらないはずな分量なんだよ。どう計算したんだ?マジで」
いや、えーっとなあ...
あ。
「これは使いましたよ」
ぽん、と置いたのは青白い半透明のガラス板と、ニ〇リで良く打ってるライトスタンドの、ライトの代わりにペンが付いてるような見た目のモノ。
「...魔道具?」
「ええ。自動覚書硝子と拡張手筆記と名付けました」
「...へえ」
興味を覚えたのか他の作業をしていたファナもこちらを覗き込んでくる。彼女は口数が少ないということもあり、あまり面倒ごとに首を突っ込まないタイプらしい。さっきの口論(一方的な)にを無視していたのもそういうことだろう。
「こう、魔力制御で線が浮かんだり手を動かせる魔道具ですね」
ガラス板とペン付きオブジェから出ている線を握り魔力を込める。
するとガラス板には『アッシュ・クロウ』の文字と星マークとプレ〇ステーションの四つのマーク...〇×△□が浮かび上がり、ペン付きオブジェが踊り出す。
「まあ、この手の方がもう一つあるのと後は自分の手もあるので、計算をこっちの板で終わらせてあとは手三つで書き写すだけですし」
「「「普通出来ないからねそれ!」」」
その場にいた全員に突っ込まれた。
「いや、結構簡単ですよ?」
「...触らせて」
ファナが言ってきたのでコードを明け渡す。
「....むむむ」
ガラス板にも『むむむ』と浮かぶ。まあ、普通に使うと思考垂れ流し装置になるからなあ。”ちょっと”工夫が必要ではある。
横のペン付きスタンドも奇怪な踊りをしている。動いてはいるのだがファナの臨んだ動きではないようで、だんだんと眉間にしわが寄っていく。
「むむむ...あ」
「きゃッ」
ぶん、と制御を誤ったのかペン付きスタンドがペンを全力で振り抜く。
...ここで思い出してほしいのは、このスタンドに付いているのはペンだということだ。
ついでに言うとこれ、俺が作った試作ボールペンである。つまり、この中にはちゃんとインクが充填されていた。
よって。
びちゃ。
飛んだインクがカリオペの顔に思いっきり付着する。
正月の羽子板遊びで書かれる落書きの様な形相となったカリオペはぽかんとした顔のまま。
「「「「.......................」」」」
沈黙。
異様なほど張り詰めた空気の中、ぎりぎりと壊れた機械の様な動きで設置してある鏡を見る。
そして数秒のさらなる沈黙を経て...。
「...ぐすっ」
「「わーーーっ!?」」
泣いた。
十分後。
他メンバーも合流し、どうにか事態は収拾した。
まあ、ファナも悪いが製造者責任と言うことで俺も少し怒られた。確かにインクが最初から入ってることは注意しておくべきだったかもしれない。
でもなあ。
「絶対に許さない...」
おれだけこの扱いなのは流石にひどくないか?ひとでなしだけど泣いちゃうぞ。
冗談は兎も角、流石に変だろう。何で面識もないのにこんなに嫌われている?
「なあ、なんでそんなに俺を嫌う?」
「ーーーは?」
剣呑な目でこちらを見るカリオペ。
「俺はお前に何かをした覚えはない。苦手意識は知らんが嫌われる覚えは何もないが」
問うと、カリオペは苦虫を嚙み潰すような顔をして、絞り出すように、こう言った。
「ーーーあんたが、数合わせだからよ」
...意味が分からない。数合わせなのはそうかもしれんがそれで俺が気付くほどに敵意を向ける?
そんなわけがなかろう。
生徒会に選ばれたというプライドが働いているならそれも分かるが、別にこの学校は選挙が行われるわけでもない。そう考えれば誰を選ぼうと会長の自由だし、それをけなすのはある意味会長を侮辱していることと同義でもある。
であるならば、それは俺への敵意だ。数合わせでの入会が俺への敵意の増大の原因であるともいえるだろう。それから導き出される可能性は。
「ーーーああ、ガリアスタと婚約してたとか、そういうーーー!」
「ーーーッ!!!!」
瞬間、ぶん、と拳が飛んでくる。
流石はAクラス入学と言うことか、華奢な外見とは裏腹に腰の入った一撃だ。
とはいえ、アイリーンと比べれば屁でもない。
ぱし、と右手で受け止めてつぶやく。
「図星か」
「ーーーそうよ、私は彼と結婚したかったのよ!!私は!彼が!好きだったの!」
おおう、また趣味の悪い。まあ人の男の趣味にとやかく言う気はないがアレに恋するとは、やめた方がよかっただろう、多分。
まあ、それはどうでもいいとして。だ。
「だったらなんだ」
「ーーーは」
「俺に何の非があると言うんだ?」
「おい、アッシュ!」
エレーナ先輩の声が聞こえた気がするがどうでもいいので黙殺。
この女には内心辟易としている。せめて俺には関係ない話と教えてやるべきだろう。
「ガリアスタを殺した?まあ、結果的にはな。だが結局全てはあの野郎の自業自得。アイリーンに強引に迫り、危険な薬物を飲み、アイリーンを攫いそのうえで魔物化までしやがった。アレが死んだのは自分のせいだ。俺はーーー」
「【荒れ狂う雷の拳】!!!」
ち!こいつ、魔法を使いやがった!
俺は咄嗟に身を捻る。
ほんの短い距離を、空いていた左手が加速する。
寸勁、と言う奴だ。別名ワンインチパンチ。ほんの短い距離の加速で強大な威力を出す技法。
めご、と言う鈍い音と共に腹に拳がめり込み、カリオペがよろめく。
「あ...う」
隙を見逃す気はどこにもない。殺す気はないが、意識を刈り取らなければまたコイツは魔法を放つ。現に、嗚咽を漏らしながらもこちらに掌を向けている。
故に俺はゆるりと脚を上げ、思い切りハイキックをーー。
「止めろ!」
「止めなさい!」
「留め隔て!【流れ動く防壁】!」
エレーナ先輩が俺を、エンバーがカリオペを羽交い絞めにし、アリオスが俺とカリオペの間に水の防壁を貼る。
水中銛銃を...いや、意味はないか。
大人しく四肢から力を抜く。
後ろからどこか安心したようなため息が聞こえた。
「....う」
よろ、とカリオペがさらによろめく。
結構しっかり”入れた”からな、まあさもありなん、だ。
「カリオペちゃん、あれはやりすぎってもんだよ!」
エンバーが少し声を荒げる。
「まあ、少し相性が悪い人とかがいてもしょうがないか、とは思ってたけど、暴力、ましてや魔法は見過ごせないよ」
「...」
黙りこくるカリオペを、エレーナ先輩も窘める。
「まあ、思ったより重い話だったのは認めよう。私のリサーチ不足ではあった。だが、学園で許可もなく他人に魔法を放つのは見過ごせない。たとえ君が王族であっても、場合によっては...」
「ーーーうるさいッ!!!」
しかしカリオペはそう叫び、扉へと走り出し、ばん!と扉を乱暴に閉めて出て行ってしまった。
「ーーーしまった、一気に言い過ぎたか」
俺から話した手で額に手を当てるエレーナ先輩。
「ああ、どうするかな。相性問題だと思っていたら話が思ったより大きかった」
尚、この学園では”一度任命された生徒会役員は原則解雇できない”。
会長の任命責任を大きくするための仕組みであり、かつより慎重に人員を選ばせる為の方策である。が...今回の様なケースの場合に大変なことになりやすい仕組みである。
「...なあ、追いかけてどうにか話すことは」
そんなことをエレーナ先輩が言ってくる。
...おいおい、何を言っているんだこの人は。
「...あのですね先輩、なんで俺がしなきゃならんのです?そんなこと」
「っ」
ああ、少し視線が冷たくなっていたか。反省反省。
「俺に非は一切ない。である以上俺は何の行動も起こす気はありませんね。俺だけが苦労するなんて意味不明ですね」
すげなく言う。
「...君も冷静ではないのか」
そう呟くエレーナ先輩。
いいや、それは違うとも。
「いいえ、全く?ただどうでも良いだけですが。自分に敵意を向けてくる相手を慮る必要がどこにあるんですかね」
仲直り、ともいうがそも直る仲もないのにそんなことを試みる必要がどこにある?
そも仕事をするうえで関係性などどうでも良い。アレが突っかかってくるのは面倒だが無視でもしていればそのうち諦めるだろう。まあ、どうとでもなる。
そんなことを考えていると俺の表情を見ていたらしいイゼルマがため息を吐いた。
「...はぁ、本気みたいだねぇ~...まあ、言ってる事は...完全には?...間違ってないと思うけど。でも、その考え方は...いつか破綻するよ」
こんなに真剣な顔が出来たのか。初対面じゃもう一生ゆる不和な印象だったんだが。
...破綻、ね。
知ったこっちゃないというか普通に理解できん。
「....破綻?とは?」
ま、押し止めておく理由もないので素直に疑問を呈する。
「ま、世渡り上手は八方美人、ってな。確かに今回はカリオペ側が理不尽めだったのはそうだが...下手に痛いところに手を突っ込むもんじゃない、ってことさ」
答えたのはシルトだった。
朗らかな雰囲気が鳴りを潜めている。
痛い所、か。...ふむ?
「あー、好きな男が死んだ女に、中身はどうあれその話題を持ち出したうえで相手をけなしゃそりゃ怒るさ」
そうか...たぶん、そうなのだろう。
よく”自分に置き換えて考えてみろ”と言われるが、そんなモノ俺にはできない。だから人の説明を信じるしか方策はない。
たぶん、問題解決を図った方がいいのもそれはそう。
だが。
どうしてもその行動に魅力を感じない。
「...まあ、いいさ」
考え込んでしまった俺にエレーナ先輩は優しく言う。
「今日は私が何とかしよう。今日の業務...というか数か月分の業務を終わらせてしまったようだし、一旦君は解散でいい」
「そうだよ、ついでに俺の仕事もなくなっちまったしな」
...笑うべきなのか?...いや、別にいいか。
「ま、とはいえ来週の週末までに何とかしておくことを勧めておくぞ」
「...それは、何故?」
「来週の週末は課外授業だろう」
ああ、まあ、それはそうだ。冒険科と戦闘科と法術科の合同授業。二日間の森林内サバイバル授業だ。
「訳あって一部運営に関わっているんだが...十中八九君とカリオペくんは同じチームだぞ」
「....え?」




