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異世界学術論~結局のところ物理が最強~  作者: N-マイト
第二章 解放宣言編/悪意と正義は矛盾せず
39/93

第三十九話EXTEND nwod edis pU/逆さまの少女

今回はちょっとクソ長いので話数にEXTENDと付けました。

2()0()5()8()()、4月23日。それがわたし、マリア・フォルネッジの生まれた日。

当時、何度目かのEU再加入か否かの選挙で揺れるイギリスでわたしは生まれた。

「難病を持って生まれるでしょう」

死なない老人が世界的な社会問題になる中でさえ治療不能な病気を持って生まれる、と。何とかと言うえらい医者に言われて尚、わたしの両親はわたしを生むことを決めた。


あべこべ(コントラリー)症候群(シンドローム)。洒落た所のあったらしいその医者によって()()()()()()その病気は、端的に言えば”全てが逆さまに出力される”という欠陥(びょうき)だった。

手を握ろうとすれば開く。手を出そうとすれば縮む。

更には認識さえランダムに入れ替わる。右と左が分からない。文字列をひたすら右から読んでいるなんてこともある。...流石に両方から読めばどうにかなるけど。

酷いのは上下感覚も無い事。たまに空へ落ちそうな感覚に苛まれる。

...お察しの通り、日常生活を送るのすら困難。いくつかの不随意運動すら異常だったから、生まれる前年に開発されたという脳に埋め込むチップがなければわたしは生きてすらいなかったかもしれない。


でも、代わりにわたしには誰にも負けない計算能力があった。

コンピューターすらわたしに負ける。

個人用とはいえ、技術的特異点(シンギュラリティ)に到達しかけ、数十年前のスーパーコンピュータ並みの性能を誇るそれにすらわたしは勝てる。


だから、わたしはどうにか日常生活を行えた。

”あいつ”に言わせればリアルタイムのデバッグ作業。わたしの身体が異常な動きをするなら全手動(フルマニュアル)で補正してくれよう、と考えたのだ。

まあ、バグだらけのゲームキャラの様な動きしかできなかったが、上等と言えば上等と言うことで。


いつしか、わたしは天才少女として祭り上げられた。

しゃべるのも難しいってのにマイクを押し付けてくる時代遅れ共(マスコミ)には辟易したが、まあ、いい気持ちでなかったと言えば嘘になろう。

だがまあ、それ故か。

わたしは孤独だった。

いつしか愛を喪い崩壊した家庭から逃げ出した父も、宗教に走り始めた母も、腫物の様に扱うか嫉妬するかの二択でしかなかった周囲も、誰もわたしを顧みることはしなかった。


いつしか死に場所を求めるようになった。


...まあ、死ぬのは怖いので実行はしなかったが。

それでもだんだんと鬱になっていくのを感じていた。

そんな折、15になったわたしは数学オリンピックなるモノに参加した。

いやまあ、させられた、と言うべきか。

まあ、要するに親の金稼ぎだ。

かなり荒んでいたわたしは適当に終わらせてしまおうとしていたのだが。


あいつに出会った。


あいつは何故か匿名で数学オリンピックに参加していた。

一応世界的な大会のハズなのだが、それでも名を隠して参加したアイツ。

異質と言って差し支えなかった。

逆に怖いもの知らずと化していたわたしは、一回戦を終えて控えで休んでいた彼に近づいた。


だが、意識をそちらに向け過ぎていたのだろう。


「きゃっ...」


直前で盛大にすっころんだ。


”とっさの動き”がし辛いわたしは強かに地面に全身を打ち付けた。

恥ずかしいやら、痛いやらで目をまわしていると、ふと声がかけられた。


「大丈夫か?」


衝撃だった。

運命と感じたんだ。

日本語(Japanese)はアニメで聞いた少ししか分からなかったが、大丈夫か(Are you OK)?くらいは理解できた。別に普通の言葉。別に過去親切な人が皆無だったりしたわけでもない。

それでも、だ。

多分、あいつがわたし()()()()()()()()()()、なんだと思う。それから、どこかわたし()()()()()()()()()()んだ。


それから少し話をした。

まあ、あいつは単語は兎も角文章力が壊滅的だったし、わたしは語彙がほぼアニメと酷い会話だったけれど。それでも楽しい...何年かぶりの楽しい会話だった。


どうも、日本(Japan)ではわたしの名前は知られていないらしく、本当にただの普通の少女としてあいつは扱ってくれた。

途中、少し気まずくなってわたしの病気(けっかん)について話してしまったのだが、彼は。


「...何が変なんだ、それは」


「...What?」


唖然として聞き返した覚えがある。


「多少変だって、お前は()()()()()()()()()()()()()


今思えば、それがあいつの”劣等感”の様なモノだったのかもしれないが。

ああ。でも、確かにわたしは救われた。

それまで、心の底でわたしはどこか。

自分を怪物かなにかだと思っていた。

動きが違う。頭の中が違う。何もかもが...。

不気味なほどに”異常”なわたし。

人として生きようとして失敗するでくの坊。そんな印象。

けれど、彼は。

人間だ、と断言してくれた。


その後、彼は呼び出されて控室を去っていった。


ふと、控室が暑いような気がしてあたりを見渡した。

すると置いてあった鏡の中に映るわたしが目に入る。

その像は、その頬は。たしかに真っ赤に染まっていた。



まさか、決勝までやってくるとは思わなかった。

いつのルール改定でか、なぜか決勝だけは一騎打ちで行われる。つまりあいつは最低でも二位と言うワケだ。


決勝戦の場で、あいつはなぜかサングラスとマスク姿で出てきた。


どんだけ正体ばれたくないんだろう、と呑気に思ったのを覚えている。


「ah...ココデアッタガヒャクネンメ?」


多分違うけど言っておく。


「...また(Nice to)会っ(see you)たな( again)と言いたいのか...?」


こくこく。


やはり違ったのだろう、呆れたような視線を向けられたが仕方ないでしょう。


「ふう...ま、検討を祈る(グッドラック)...お互いにな(イーチアザー)


サムズアップするあいつ。どちらかと言えばアメリカンな仕草なのに何故か様になっていた。



結局、わたしの圧勝だった。

彼も物凄く計算が速かったし、恐ろしく正確なのは間違いなかったが、まあ、何と言うか人の限界を超えたわたしには叶わなかった。


()()()()()()()()()


赤子の手をひねる、ではないが。

誰しも圧倒的な相手と戦わされるのは嫌うものだ。

ローカルな大会に全国プロが参加しているようなもの。

楽しめる者もいようが、反感を買う者もいる。そういうもの。


きらわれるかな、そう思ったわたしに、彼は気軽に声を掛けてくれた。


GG(グッドゲーム)


確かゲーム用語だっただろうか。わたし自身がしたことは無いが、以前配信を見ていて聞いたことがある。

それは良い言葉だ。

キミと闘えてよかった、という、決闘者からのメッセージ。

彼の顔は晴れやかだった。さわやかで、何処かアニメ(ジャパニメーション)の中の春の様な。サクラというあのキレイな花の様な笑顔。


GG(good game)


ちょっと泣きそうになりながらもそう返すと、彼はニッと、今度は決闘に勝った後のガンマンの様に笑い、踵を返した。


「...!?Wait...待っテ、次、ヒョウショウシキ!」


彼も二位、銀メダルだ。当然ながら表彰式に出番アリだ。

だが。


「アイムア名無し(ノーネイム)、さ。ま要するに面倒臭い(イッツトラブルサム)帰る(アイムリ―ヴ)


...確かに、匿名では多分賞品を受け取れないだろう。もしかしてそれを承知で匿名参加なのか。

わたしは彼が気になっていた。ええ、ものすごく。

いったい誰なのか。わたしに及ばないでもそれだけの頭脳をどうやって身に着けたのか。

そんな好奇心と。

この人を逃したら、一生わたしは”波長”の合う人に出会えないかもしれない、という危機感。

だから、わたしは引き止めるべく、ふと思いついたアニメの台詞を呟いた。


「...アナタは...イッタイ...」


「江戸川コ〇ン、探偵...じゃないな」


奇跡的に思い浮かべたアニメが一緒だったらしい。

ちょっとうれしい。

余り冗談を言う事に慣れていないのか照れくさそうに頭を搔く。

そしてゆっくりと近づいてきた。

知覚で見ると思ったより彼は幼げだった。身長もわたしと同程度。わたしは153と女性の中でも大きくは無いが彼はもう少し小さい。日本人(Japanese)は小さいと言うがそれでも小さいだろう。

...多分年下、と思う。


だが彼はそんなことは感じさせない。

大人びた、と言うべきか、演技じみた、と言うべきか、兎も角スタイリッシュにわたしのそばへと近づき、そっと耳元に口を寄せ、言った。


「俺の名前は小鳥遊 灰兎(たかなし かいと)。...多分、君とはすぐ会うだろうから」


ぞく、と背筋に何か変なモノが走る。

...たぶん、わたしはもうこの時に刃この少年にメロメロになっていた。

いや、チョロすぎると思われるだろうと言うのは間違いないが、何と言うかこう、障碍者と化け物と見世物を足して三で割ったような扱いを受けてきたわたしには衝撃以外の何物でもなかったのだ。


あと彼の台詞も良くなかった。


完全に口説かれてると思うじゃん!!!


颯爽と彼が立ち去った後、わたしは火照る顔をなだめながら表彰式に参加した。結局二位はその前に三位だった人に繰り上げられた。繰り上げ三位含めて二人とも何となく不満そうな顔をしたヒョロい男だった気がする。それどころではなかったので覚えていないが。



二日後。帰国して、再び学校に通う最悪な日常に回帰した日。

いつも通り疲れ切って帰ってきたわたしの眼に()()()()()()()()


「なにこれ」


母は私当ての郵便物すら”全て”開封して中身を精査したうえで小言と共にわたしに渡す。そのはずなのにそれは、未開封の、見た事も無い様式の封筒は、無造作にわたしの部屋の扉に挟まっていた。


「...」


何となく、こっそりと見るべきかと思い、そっと私は部屋に入る。


「....!?」


大声を出しかけた。

()()()()()()()()()()()()()()

いよいよ可笑しい。

よく見ると窓には鍵を開けた跡がついていた。

泥棒、と思ったがそれはおかしい。だって部屋は荒らされてもいなかったし、寧ろ物が増えている。


「...」


封筒を開ける。それがスイッチだったのだろう。なにかかしゃかしゃと微かな金属音を奏でながらその封筒は抵抗も無く展開する。


そこに在ったのは。


「フライト...チケット?と...パスポート...」


()()()私の名義で登録された東京行きのフライトチケットと、母が管理している筈のパスポート。それに、またも私の名義のクレジットカードだった。


「...怖っ」


クレジットカードを端末でスキャンすると登録されていたのは知らない銀行の名前。さっと検索すると日本の銀行がヒットする。

ではとフライトチケットのコードを読み取ると、出発日時は明日の早朝。

何事かと思い封筒に目を向けると。

待ってましたと言うように空中投影(ホログラフ)が起動した。


「!?...文字?」


それは明らかに手紙だった。


「『ハロー、私は小鳥遊 白那(はくな)。小鳥遊 灰兎の妹です』...え!?」


妹は英語ができるのか、いやそうじゃない。そもそも翻訳を使っているのかもしれないし。

それよりも、なんでわたしの家に彼の妹かその関係者が侵入するのか。偽物は考えづらい。だって彼は本当に私以外には名前を明かさなかったから。

ネットニュースに”数学オリンピックの謎の少年!”と書かれていたくらいだし。


「読むしかないよね。...『まずは謝罪を。恐らく急な贈り物に驚いたことでしょう。』,,,ほんとだよ」


と言うか犯罪だ。通報するべきだろうか。

そうは思うが続きも気になる。読もう。


「『ただこれは貴女の身辺情報から必要なことだと判断しました』」


情報も調べ上げられている...。


「『恐らく、貴方は向こう2年以内にその境遇と周囲の扱いに耐えられず死にます。雑な試算ですが兄とも共同してますのでかなり正確かと』...そう、だね」


数学オリンピックの賞金が即日振り込まれたのを見て狂喜乱舞していた母を思い出し、自嘲するように笑う。

どうせ碌なことになりはしない。

母はどんどん宗教にのめり込むだろうし、多分私も良い目ではこれから先も見られない。

孤独のまま死ぬのだろう、とは思っていた。


「『私は...いえ、兄を含めた”私達”は貴女の様な”才能”が潰れるのをよしとしませんでした。よって、貴方を救い出します。具体的な方法は後程わかります。』」


...どういうことだろう。チケットがあると言う事は国外脱出か。確かに今は過去と比して非常に外国との距離が近い。超音速旅客機に乗ればギリギリ日本まで日帰りできる世の中だ。

けれどそれは困難だ。結局私は学生だし、財布は母の手の中...ああ、クレジットカードが...これが一番意味不明だなあ。


「『さて、それにつきまして、もう一つ。私と兄はとある”組織”に所属しています』...いよいよアニメみたいな展開だね」


現実味があまりない。...いや、最初からないか。


「『その名前は”ひび割れた者達(クラックス)”。貴女の様な、”欠陥”を持つ代わりに陣地を超えた才能を持つ人間達を集めた組織です』ーーーーー!!」


衝撃が走った。


”欠陥”。それはつまり、私で言う”あべこべ”の様な何か、か。彼は”あべこべ”では無かったような気がするし、またちがうものなのだろうが...そうか、だから同じ匂いを感じたんだ。そして、この手にはその、”同じ”人たちからの誘いが乗っている。


震える手で次を読む。


「『今回の救出作戦は同梱の段ボールの蓋を開いた時点で開始いたします。多少貴女にご協力いただく必要はありますが、確実な遂行を約束します。しかし、私達はあなたを必要としていますが、今回の件はあくまであなたの自由意志に委ねられています。拒みたいと思うのなら段ボールを開かずにそちらの部屋を出てください。即座にこちらの人員が原状復帰を行います。ですがぜひ、決断をお願いしたいです。かしこ』...侵入予告だ、これ」


それは兎も角考える。

非常に怪しい誘いなのは間違いない。

というか犯罪行為マシマシの誘いだ。何があるか判らない。

だがしかし、と考える。

()()()()()()()()()、と。

このまま生きていれば多分めでたく見世物小屋生活(比喩表現)だ。

この計算力は何にも生かされず、ただ母の財布を潤して死ぬ。

ならば、と思う。

母には正直未練はない。学校もどうでも良い。アニメ...どうしよ、推しグッズ位なら持ち逃げする余裕あるかなあ。

...思考がずれた。

要するに、後ろ髪を引くモノは何もない。

...なら。


「開けよう」


ひた、と手を蓋に当て、開くように手を動かす。ガムテープが付いたままだが、あの奇妙な封筒を見るに...


「やっぱり」


箱はひとりでに開き、その内容物を床に並べた。

更に。


「きゃっ...と、時計?」


なにか触れたと思って左手を観たら封筒が時計型端末に変形していた。...どんな技術?


「あ、またホログラフが出てる。...『貴女のご決断に多大なる感謝を。それでは作戦をご説明させて頂きます』...律儀な子だなあ」


言葉を信じるなら彼女は彼の妹、つまり私より一回りくらいは年下なはず。それなのにこの文章力はものすごい。一般的イギリスの子供程度の文章力な私では少し読みづらいくらいだ。


いや、それが彼女の”才能”と言う奴なのかも知れないが。


「『まず、行動開始は深夜二時になります。その時間になるとこの時計が自動的に貴女を起床させます』...方法は、聞かない方がいいのかな」


断定してるのがちょっと怖い。


「『その後あなたには同梱の変装用衣装に着替えていただき、脱出をしていただきます。その時間帯は侵入可能なエージェントが軒並み使えないのでお手数ですが自力での脱出となります』...そうは言ってもなあ」


まあ、流石に窓からおっさんなりが入って来て攫われるような事態にはならなかったか。

それだけは安心だが、どうするべきか。

母の寝室は一階、この部屋は二階。よしんば階段などの音に気付かれずにいたとしても馬鹿正直に玄関を開ければどうせ気付かれる。


「『窓からの脱出を計画しております』...ええ」


私の”あべこべ”じゃあ窓脱出なんて困難極まりないが。


「『当然、貴女の身体状況では脱出が難しい事は理解しています。ですので半自動での昇降が可能なようにしました。同梱の梯子を窓枠に設置していただくと自動で展開し外までと部屋の床を繫ぐ軌道(レール)となります。その後段ボールをその上においていただくとゴンドラに変形致しますので、ご乗車頂けばあとは自動で地上へ向かいます。窓を閉めていただく必要はありますが。』...本当にどんな技術?」


この現代においてすらオーバーテクノロジーじゃないか。


「『技術的信頼度は問題ないです。設計は兄で、製造も組織内で終わらせているので。』...あ、彼が...」


何となく彼が脱出プランに関わっていると言うだけでうれしかった。


「『その後、大通りに出ていただきますとタクシーが駐車しているので乗っていただきます。この腕時計を提示してください』」


タクシーは用意してあるのか...。

腕時計を提示するだけで動くと言うのが奇妙だが。

自動運転のタクシーが主流になった今、その運転システムは非常に厳重に秘匿されている。

彼らのシステムはもしかして()()()()()()()()()()()()()()()


「『そうすると自動で空港までたどり着くので、入り口に居る清掃員に話しかけてください。その時もド同定のため腕時計を提示してください。そうしますとすぐに目的の飛行機に乗り込む事が出来ます』...どこまで力が有るんだろう」


国際機関的側面を持つ空港で無茶を通すのは並大抵のことではない。

もしコレが嘘の誘いで、本当はわたしの身を狙っているものだとしても、まあ逃げられないだろうな、と思う。


「『日本についてからはまた追って。迎えに行きますので』」


ああ、そこでこの妹とやらに邂逅か。

...どうやらこれで終わりの様だ。

改めてとんでもないことに手を出した、と感じる。

まるで子供向けアニメの悪の組織の様な存在がわたしを求めている、と言う。

この行き詰った状況から抜け出すのはわたしの願いだ。そういう意味では渡りに船。しかしながら、だ。ほんの少し引っ掛かりも覚える。母はアレでも家族だ。情がゼロな訳じゃない。それがほんの少し心に引っ掛かる。本当にこの選択でいいのか、と。


すると、ホログラフが、どこか躊躇いがちに文字を増やした。


「『これは、あまり追加したくなかった文字ですが。私の予想では、少しまだ躊躇いを見せるものと思います』...うん、...あったこともないのに鋭いなあ」


恐ろしい子!...ではないが。実に鋭い。


「『ですので、()()()()()()()、少々ひどい情報を。私はこちらのエージェントを勝手に上がりこませたわけですが』犯行声明...」


怖いって、さらっと言われると。


「『その際最初に命令したのは()()()()()()()()()()()()()()』ーーーーーーっ!!!!!」


それは。


いままでで、


最悪の。


「『恐らく、名目上は貴方の容態を心配して、と言うことでしょうが。こちらの調べる限りあなたの行動をすべて監視する目的で設置されたものかと。短時間の調査ですが、間違いなく”宗教関係”の行動だと思われます』」


あの狂った宗教か。確かにあの教義では子供は大人の”モノ”という一節があるらしい。

どこかには愛位残っていると思っていたが。


そうか。


やはり母は、あの女は。

わたしなんかとっくに見ていなかったのだ。



その夜。完全に母に見切りをつけたわたしは変装用の衣装と書かれていたモノに着替えていた。

結局眠れなかったので腕時計の目覚まし昨日とやらは使われずじまいだ。

いや、今はそれはいい。変装用の衣装が問題なのだから。


「うわ、恥ずかし...」


ストリートファッション系ではあるのだが割と露出が多い。ダメージジーンズはよく見るが穴あきパーカーはあまり見ないのだけど。

厚手風なのにへそは出しているし見せブラという奴ではあるが下着もちらちら見えている。ただダメージと言うにはあまりにもばっくりと穴が開いている。

あと太ももも丸出し。

普段割と...清楚系とでも言うのだろうか。落ち着いた服を選びがちな私が絶対に選ばないであろう服装だ。

寧ろ人目を引きそうではあるが、逆にわたしとは分からないか。フード付きだし。

フードをかぶって鏡を見ると、確かにわたしには見えない。


「なるほど」


本人らしく見えないなら変装としては正しいということか。勉強になる。


恥ずかしさはやはり否めないが、そんなことは言ってられない。諦めることにする。


バッグに必要なものと持っていきたいものを幾らか詰める。

これも少しとがったデザインだが、見た目に反して割と機能的だった。

パスポートとチケット、カードを詰めた財布(これも同梱されていたものだ)、

幾らかのアニメグッズ(限定品含む)と漫画、小さめのぬいぐるみ二つを詰める。

...ぴったりだ。まさか予想されていたのだろうか。...あり得るな。


兎も角、気を取り直しておいてある梯子風のモノを手に取る。

たった二段の梯子。もはやただぼ踏み台の様なそれを持ってそっと窓を開き、窓枠部分にそれを置く。


変化は劇的だった。


パシャパシャとその変化量に比してやけに静かな音と共にそれは派手に開いていく。何倍どころの騒ぎではない程に長く伸び、音もせずに地面へと片端を着地させる。

もう片方は折れ曲がり、少し伸びて部屋の床に設置した。


「...物理法則ってなんだっけ」


だんだん馬鹿らしくなってきたがそれはまあいい。万一にも見られてしまう前に逃げなければ。


開いた段ボールを手に取る。ひとりでにゴンドラの形になった。

それを梯子の前に置く。カシャンと腕の様なものが伸びて梯子にとりつく。


「...」


恐る恐る段ボールのような何かに乗る。

軽い方とは言え人間一人の体重を支えられるか不安だったのだが、果たしてそれは作動した。


「っ...」


悲鳴を上げそうになるが我慢する。静かかつ滑らかにゴンドラはゆっくりと窓を目指す。一応頭をぶつけないように頭を下げると、あっさりと私は家を抜け出した。

パシャパシャと部屋の中に入っていた梯子が畳まれるのでこっそりと窓を閉める。その後はどう支えているのか支えもないのにゴンドラの動きに合わせて縮んでいった。


とすん。と小さな音と共に段ボールゴンドラは地面に着地する。


「えっと」


梯子を段ボールに入れて玄関の近くにおいておけばいい筈だ。

段ボールの中に書かれていた指示通りにして、私は出来る限りの忍び足で大通りへと歩き出す。


「....本当に停まってる」


そこに停まっていたのは確かツィマックとかいうハイパーカーとかを作っている会社が出している自動運転タクシー。


「どうすればいいんだろ」


とりあえず封筒だった腕時計をその車に向かって翳してみる。


...


「えっと、開け(open )ゴマ(sesame)?」


アリババか何かの呪文を唱えつつもう少し近づけてみる。

するとどちらが効いたのか、タクシーはその扉を開いた。


『お待ちしておりました。マリア様。当機はこれより貴女様をロンドン・ヒースロー空港までお送りさせていただきます』


過去に一度だけこのタクシーには乗ったことがあるがあの音声と全く違う音声。ユーザーカスタムは出来なかったはずなのだから、要するに”ひび割れた者達(クラックス)”が弄った結果なのだろう。


『約二時間のドライヴをお楽しみください』


EVらしく音も立てずタクシーは走り出す。次第に耳に届く聞きなれたモーター音。

ヨーロッパは努力空しく市場からガソリン車を排除しきることに失敗した。とはいえ、今や完全なガソリン車はマニア向けの様相を呈している。ハイブリットだろうとEVだろうと、モーター音がしない自動車など中々お目にかかれないのである。


「ふあ...」


流石に一睡もしていないので眠い。確かこの類のタクシーは到着時に揺り起こしてくれる機能があったはず。...あった。このボタンだ。


ぽち、とタッチパネルに表示された目覚まし(Alarm)のボタンを押し、車内灯も消して横になる。


先ほどまでは眠れそうもなかったのに、すぐさま睡魔が降りてくる。

それに任せて私はゆっくりと眠りについた。


ゆさゆさゆさ。


高級車メーカーの製品にしては案外雑な起こし方で私は起こされる。


「んぅ...」


寝起き特有の意味不明な呟きを漏らしながらあたりを見渡す。うん、ちゃんと目的地のヒースロー空港だ。

一応ちゃんと身だしなみを整えて(整えるものが髪くらいしかないが)バッグの中身を確認する。バスでもないし盗まれたりはしていないだろうが、念のためだ。


「...よし」


辺りを見渡すと確かに男の清掃員がいた。というかちらちらとこっちを見ているしあれが例の清掃員だろう。


「...あの」


どう話せばいいか分からなかったので腕時計を見せると彼はほっと息を吐いた。


「お待ちしておりましたよ、マリアさん。いや、正直二回ほど不審者と間違われかけたので早めに来ていただいて助かりました」


いや実際不審者では?


「いや、まあ役割的には不審者ですが。本職はちゃんとヒースロー空港(ここ)の清掃員ですよ。副業でいろいろしてるだけです。...まあ、こんなことはじめてですし焦ったのは否めませんが」


...なるほど?


「ではこちらです。付いてきてください」


そういって男は踵を返す。

...いや。


「その格好で私を連れてたら怪しくないですか」


思わずつっこむと男は振り返って頭を掻いた。


「そりゃそうですね。いやあ忘れてました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


え、と思う前に彼は手首に触れる。すると。


ぱしゅん、と割とフォーマル目な格好に変化する。


「これで、まあ一見して怪しい二人組ではないでしょう。こちらです」


...うそお。


いや、唖然としている場合じゃ...いや、うっそだぁ...



どう見てもアニメそのものだった”返信シーンに”呆然としながらもわたしは彼の後を付いて行く。

そのうちに発着ゲートもスルーして待機場に移る。今のゲートはチケットさえ懐に入れていれば手荷物など含めそのまま歩けば済む。


「この先が貴女の乗る飛行機です」


何故か極端に人が少ない待機場で男は笑う。


「...付いては来ないのね」


まあ、付いてこられてもだけども。


「あはは、まだ仕事がありますので」


まあ、本職は清掃員らしいしさもありなん、か。


すると彼は芝居がかった動きでお辞儀した。


「それでは、Bon voyage(良い旅を)、マドモワゼル!...ああ、それと。どうか、良い人生を」


「ええ。You too(あなたもね)


言うと彼はひらひらと手を振って去っていった。

何となく、不思議な人だった。



結局、わたしは飛行機の中でも爆睡した。

まさかのファーストクラスだったが人生初の体験にはしゃぐ間もなく寝落ちしたようだ。


飛行場では宣言の通り...いや、宣言以上か。二人が私を待っていた。一人は言った通りハクナという少女。10歳くらいか。本当に小さかった。もう一人は...そう、カイト。ハクナの兄で、私が会いたかった男の子。

思わぬ速い再開だったが...まあ、嬉しかったのは間違いない。

鳴きながら抱き着いたのも許されてしかるべきだろう。

ハクナちゃんには怒られたけども。


与えられたのは都内の小さめのアパートだった。

付いてきたのは小さなチョーカー型の翻訳機と、ある程度の生活基盤を整えさせるためのお金、そして()()

晴れて私は日本人のマリア・カワセミになった。

マリアなんてごまんといるし大丈夫、とはハクナの言。会って話すと本当に子供なのかと思った。ちなみにハクナちゃんが11でカイトが13だそうで。いや、年齢サバ読んでない?

あとは二人とも少し”雑”な性格だった。そこはどうも一族の血なのだとかどうとか。


一週間後に”ひび割れた者達(クラックス)”の会合に出席しろと言って彼女たちは帰っていった。


ひび割れた者達(クラックス)”は控えめに言って天国の様だった。皆それぞれわたしの様に”欠陥”を抱えているから、だからこそわたしたちは”仲間”で入れた。

私たちは二週間に一度、秘匿されたネット回線でVR上で出会い、会話し、いろんなものを作ったり弄ったりして帰る。それだけで幸せだった。

そこで”一匹狼(ロンリー)”と呼ばれていたカイト、”女帝(エンプレス)”と呼ばれていたハクナ、”樹木(ツリー)”と呼ばれていた現実世界では動くこともできないという音楽家の男の子、神の手(ゴッドハンド)と呼ばれていた光と音を認識できないというエンジニアの女の子、”はにかみ屋(シャイガール)”と呼ばれていた失語症かつ盲目で、点字でしか会話ができないという小説家の女の子、”暴食家(グラトニー)”と呼ばれていた生まれつきの過食症の料理人の男の子、”強震(シェイカー)”と呼ばれていた手が震え続ける画家の男の子、”過剰機動(オーバードライヴ)”と呼ばれていた”過剰に動き過ぎる”という症状を抱えた陸上選手の女の子。

そしてわたし、”吊女(ハングドガール)”。

それがそのひび割れた者達(クラックス)の構成メンバー。

何故か最年長でも”過剰機動(オーバードライヴ)”の16歳と幼い子供の集団であったが、むしろ同年代故に楽しかった。


特に”過剰機動(オーバードライヴ)”のフェリアとは同じ”動作”の異常を持つ者同士、かつ同じ国の出身者どうし仲が良かった。...まあ、彼女のスタイルだけには嫉妬したがそれは別だ。


結構序盤にわたしが彼...”一匹狼(ロンリー)”こと灰兎(カイト)に恋しているのがばれたのは驚いた。

そんなに分かり易かっただろうか。...と言うか彼女にばれているということは最低でも”はにかみ屋(シャイガール)”とハクナちゃんにはばれているってことなんだけど。...うん。


ひび割れた者達(クラックス)の活動は簡単に言うと”自分たちの才能で遊ぶ”こと。

あくまで一般社会に迷惑はかけないで、ひたすらいろいろなモノを作ったりして遊ぶのがこの集まり。フェリアと神の手(ゴッドハンド)だけはリアルでの活動が多かったが、もう次から次へと世の中で見たこともないような技術やら技、画やら音楽が完成していく様はいつ見ても驚愕の一言だった。

わたしも実はあそこのVR空間内にいくつか数学の未解決問題の答えを書いていたりする。あんまり発表してほしくはないけど、()ならもういいかも。活かしてくれているといいな。


でも、そんな幸せな日々は唐突に終わった。


「カイトが消えた」


そんな話が飛び込んできたのは、私が21、ひび割れた者達(クラックス)に通わせてもらっていた日本の大学で、就職活動を始めていたころだった。


ひび割れた者達(クラックス)で外界との接触を主に担当しているハクナちゃんですら見つからないという完璧な失踪。


いや、()()()()()()()()()という謎の状況なのだという。

生きている、とハクナちゃんは言ったが、私はそうは思えなかった。

状況を聞けば頭を撃たれたのを見た人間がいるのに死体が影も形もないのだとかなんとか。


確かに奇妙だ。それでも彼が生存している確率は3.4掛ける10のマイナス45乗。

0と言ってもいい。


ただ、一つだけ。日本で”なろう系”と呼ばれていたアニメでよくある展開、”転生”。その確率だけが妙に高かった。

10のマイナス10乗。いや、ほぼゼロなのは変わらないが、むしろ条件的には()()()()()()()()()()()()()()

わたしが計算違いを起こしたかと思ったがそうではない。

何度計算してもその値になる。


すぐに計算を始めた。

限りなく少ない値だが、さらに言えばサンプルすら一つしかない状況だが、そこから”転生”の条件を揃えていく。

個人用に用意してもらったVR空間が容量オーバーになりそうなほど次々と計算式を書き込んでいく。

ハクナちゃんに頼み込んで似たサンプルがないか調べてもらう。失敗する。どうも、転生(それ)は”記録されないらしい”。失踪事件のリストアップ。そこから最後の目撃が不自然な事件をまとめ上げる。

過去三十年間で7件のヒット。

地域、場所、状況はどうしても予想するしかないが、恐らく()()()()()()()()()()()。事故死が多いが。

条件は五つ。

一つ、各国首都の()()である事。

最後の目撃証言は必ず全て各首都の外周に二点を置いたときに最も長い線を結んだ時の中点位置。

二つ、時間。午後3時45分32秒。猶予は恐らく5秒以内。これは3つの目撃地点の監視カメラのログで”不自然な場所”を発見してもらった。

三つ、月の位置。全ての例で月の位置は太陽を挟んで真反対の時。

四つ、即死である事。時間がずれるというだけかもしれないが恐らく程度にでも死因が判明した例では大型トラックに撥ねられるなど即死であろうと予想された。

五つ、気温と天気。必ず気温が25℃以上かつ空の雲の量が一割未満、つまり快晴の日である事。


それをメモに書き残しておく。

多分、()()()()()()次のチャンスは一年以上先だ。

よほどぶっ飛んだわたしでも予想できないような気候変動があるのは別だけど。

リスクは正直とんでもない。

未確定の”転生”なんて概念である以上失敗する確率は大きいし、多元宇宙理論(マルチバース)的に考えると下手したら彼と違う世界で目覚める羽目になる。

けれど。それでもこの世界で彼と再会できる確率よりは、だ。


ここは彼が消えた場所。...まあ、周りの人を怖がらせたら申し訳ないけど。


残り五秒。


懐から拳銃を取り出す。

日本警察の制式拳銃たるニューナンブだ。手に入れたルートは....まあ、秘密だ。


残り四秒。


ああ、少し怖いな、やっぱり。

今は”あの時”と違って未練がある。私自身がどうなってもいい、なんて無謀なかけをするには重い。


残り三秒。


けれど、ごめんね、フェリア、ハクナ。私は彼がいないとダメなんだ。

ちっぽけな出来事で、ちっぽけな恋心。引き金を引くには一般的にはしょぼい出来事だけど。

私にはそれが全てだったから。


残り二秒。


少し震える手でこめかみにに拳銃を当てる。

周りがざわつき始めた。

今日はなぜか人通りが多いんだよね。ごめんなさい。


残り一秒。


わたしを止める声がする。大丈夫。酷いものを見るけれど、多分きっとすぐに忘れるから。


ゼロ。


引き金を引き絞る。無骨な金属が薬莢の発火薬(プライマー)を叩き、連鎖する爆発が鉛の弾丸を押し出す。

亜音速に達した弾丸はわたしの頭蓋を瞬間的に貫通し脳漿を致命的にかき回す。

意識が薄れだす。もはや意味もないのにアドレナリンが出ているのか少しゆっくりに感じる。

カイトの世界はこんななのかな、とふと思う。


そこで、わたしの意識は途切れた。

実は地球世界も未来でした、って話。

ルビ振りの文字制限がクソ。


妹ちゃんとゆかいな仲間たちの初登場です。

まあ、何と言うか異世界に来てから唐突に好き勝手試打したのではなく前世から好き勝手そのものはしてたんですよね。大学生、就職しようとしてた身としてはクソな人生まっしぐらですが、最悪クラックスに骨をうずめる、そこだけで生きる方向で生きれば普通に金持ちになって死ねました。アイデア品は妹ちゃんが捌くので。

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