第三十七話 計画再始動/その頭脳は誰が為に
「言い訳をさせてくれ」
暫くの沈黙ののち、サミュエル氏はそういった。
...いやはや、世間とは狭いものである。
カモミールの奴が取引をした職人が彼だったとは。
もしや知っていたのかとエレーナ先輩を見るとふるふると首を振る。
...本当に世間は狭いな。
「カモミールの奴は僕との交渉に臨むとき必ず僕を酔わせるんだ」
...
「...なんか察しが付きました」
「おおむねあっていると思うよ...まあ、酒の勢いで君にあれを売る事を承諾したのはいいモノの文法書を同梱するのを忘れたらしい」
おおう...いや、何と言うか。それで酒を飲んでしまうサミュエル氏も悪くはあるが...
「カモミールが8割悪くないです?」
「そう言ってくれるとありがたいね。...ともかく済まない」
「いえいえ」
「...とは言え、それがこの直接の邂逅に繋がったのなら、ある意味では僥倖...か」
まあ、そうとも言える。
「面白い人に会えましたからね。こちらとしても...」
「そうではない。...いや、面白い奴に会えたというのもあるが、それだけじゃないぞ」
す、と手を組むサミュエル氏。
ごく、とカーネリアンが息を呑んだ。
俺には良く分からないが...これが”圧力”と言うモノか。かすかにだが感じるモノがある。
「ふう...もう一つの質問だ」
...覚悟をせねばなるまい。
何となく何を聞かれるかは予想が付く。
...営業のための上面を捨てて、素の...すべてを包み隠さない”俺”で掛からねば。
「お前にとって、技術とは何だ?」
...やっぱり。
「君はこれからも新たな技術を生み出し続ける。と思う。...勘だが、...下手をすれば世界の常識を塗り替えるかもしれん」
...凄まじい眼だこと。確かに俺は地球産の知識を大量に保有しているし、こっちで生かすことにためらいはない。大っぴらにばらまけば、サミュエル氏の言う通りになるだろう。
「だが、人とはかくも愚かなもの。今回君が作ろうとしているモノの様に分かり易くはなくとも、なんでもない技術が殺しに使われることもある」
...まあ、科学の常だ。
アインシュタインは核のために相対性理論を生み出したわけではないし、ライト兄弟が空からの爆撃を考えて空を目指したわけでもないだろう。
だが、科学の発展は得てして軍事と共にある。
優れた技術は兵器に使われ、さらには人を殺す為に技術が生まれるのだ。
例えば形状記憶合金などは戦闘機に使われる部品の為に誕生した...ハズだ。
「だからこそ聞かねばならん。君は、技術の果てに何を見る?」
カーネリアンが、アイリーンがこっちを見る。
人類史の発展のため、なんて高尚な事を宣うつもりはない。
科学を進めることで人々が幸せになるとも思わない。
人はいつか余裕を失う。
人はいつか余分を嫌う。
けれど。
「たのしいから」
静まり返る室内。俺はそのままに言葉を紡ぐ。
「技術に善悪はない。技術者に責任はない。俺たちは、無責任に発明ばいい」
「...」
「バカな幼い弟が近くに居ると思えばいい。管理なんてその程度でいい。まあ、金も欲しいけど、人間、誰だって遊びは楽しい」
「...」
ぽかん、と俺ですら分かるほどに呆然としているサミュエル氏。だがしばらくして笑い出した。
「ふ...ははははははははは!!!」
呵々大笑、と言う言葉が似合う笑い。声の大きさに少々気圧される。
「ははは、技術で遊ぶ子供と来たか!いいね、捉え様によっちゃ協会が聞いたらひっくり返りそうな話だが気に入った!」
「...そうだな...聞きようによっては世界が滅び寄るようなことになっても構わないと取れる...。聞かなかったことにするか」
エレーナ先輩が頭を抱えた。
それを見てさらにサミュエル氏は笑う。
「ははは、人間の貴族もこうか、傑作だな!」
「人間嫌いだからって不謹慎な笑い方しないで欲しいがな!」
エレーナ先輩が珍しく(だと思う)突っ込みに回る。
だが、俺もサミュエル氏もすげなく黙殺した。
「いいね、詫び二割気に入り八割、このサミュエルが全力の協力を約束しよう!!」
「よろしくお願いします!」
こうして最後のピースが揃った瞬間、新兵器の開発計画は、一気に進みだしたのだった。
どうしてもキリの問題で超短い。




