第三十六話 計画対談/イッツ・ア・スモール・ワールド
「さて」
名探偵、皆を集めて、さてといい...ではないが、とりあえず俺は工房兼この屋敷の長...サミュエル・ワジュロの居室にて、チョークを握って居た。
皆で一通り自己紹介を終え、そのままプレゼンに入った形である。
ふむ、やはり彼も数学者な部分もあるようだ。...数学者が黒板を持っていると言うのも偏見か?
まあいい。
求められているのは俺のやりたいことを面白く見せる事。
つまりやることは単純だ。
一つ。俺の計画の開示。
これは当然だ。元を知らなければ判断のしようがない。
二つ。浪漫の提示。
研究をやったことがある者には新規性と言い換えてもいい。うっ頭が。
おほん。
つまり、今この世界に存在しないモノを語って聞かせるのだ。
誰しも”新しいモノ”は面白い。嫌う者はいるが、まあそれはそれ。
三つ。実現性。
これが無ければ論外だ。19世紀の蒸気機関程度の技術しかない人間に核融合発電の話をしても小説でも書いていろと言われるだけだ。
これが企業だったり、国に研究の資金を誘致させている大学だったりしたならば、これを世間でどう生かすか、だとかどこに”価値”が...金を生み出す力が有るかを示さなければいけない。だが。
絶対にヤツは芸術家タイプ。浪漫主義と言ってもいい。
金は奴には必要ない。人と手を取り合う必要がないからだ。
だから、示すのはこの三つでいい。
「では、私、アッシュ・クロウが、説明させていただきます。えー、仮称”星越え計画”の概要を」
ぱちぱち、とアイズの拍手が鳴らされる。
...ちょっと恥ずかしい。
「まず第一に、...えー、サミュエル氏は戦闘についての知識は如何程で?」
「あんた、最初見た時と随分雰囲気変わったな...」
ははは、すいません。
「まあいいか。いいや、全くないね。それが?」
その答えを聞きながら俺はデフォルメされた人間を描いていく。
...うん、まあ、いい出来なんじゃないかな。なんか、ねんど〇いどみたいになってるけど。
「ああ、それは寧ろちょうどいい。では質問ですが、戦闘における人間の弱点とは何でしょう?例えば魔物との闘いとか。...あーそこ、手を上げても君に回答権は上げないよこのお転婆娘」
あ、しょぼくれた。...フォローめんどいなあ。
「ふむ?そうだな。...力が弱い、とかか?」
サミュエル氏のその回答に俺はにっこりと笑う。
「ええ。正解です。...ですが一部ですね」
むっとした顔になるサミュエル氏。そう焦らないで欲しいな。すぐに答えは言う。
「人間の弱点なんて人間であることしかないんですよ」
かんかん、とね〇どろいどの横に「弱い!」と書く。
「...それは全否定じゃないか」
「ええ。取っ組み合えば体格で負け、殴り合えば筋力で負け、魔法を撃ち合えば長ったらしくて邪魔な...おっと、これ以上は言うと不味いですね。兎も角呪文のせいで発動速度は言うに及ばず。...こと戦闘においてのメリットなんてないに等しい」
ねんどろ〇どの上に「貧弱!」「小さい!」「遅い!」と書き加える。
「まあ、考えれば確かにそうだろうな」
そう。人間では太刀打ちできないと言われている魔物は数多い。
実際、体育館サイズのイノシシが時速100kmで突っ込んできたりする世界だ。
ちっぽけな人間でどうしようと言うのか。
「まあ、解決法はいくつもあります。強力な兵器...魔剣とか爆発物とかを使う、魔物を使役してしまう、とか。でも、もっと根本的で簡単に解決する方法があるじゃないですか」
「...ああ、何となくわかったぞ」
「ええ。多分あってます。人間をやめる。それだけでいい」
ウチの父なんかがいい例だ。あれは先天的に魔物を超えたナニカだからな。
「まあ、英雄だとか言われる人種は先天的にそう、と言えます」
ムッキムキの人型を描く。...二の腕がソーセージと化してるが、まあいい。ついでに「POWER!!」と書いておく。ちょっとアメコミ風。
「でも、英雄なんてそうは生まれない。実際私は違います」
「そんなことないよ!」
「...違うんです」
にこお、とアイリーンを黙らせる。話が進まないじゃろが。
「では、この貧弱がこのマッチョと同じ力を得るには、どうするか。...まあ、自己改造とか倫理観を無視すれば意外と方法はありますが...まあ、少なくとも魔道具学の領域ではない」
「まあそうだな。その結論だったら僕のところに来ない」
「ええ。ではこの問題を解決する、実に魔道具学的で、自動人形的なアイデアは何か。」
す、と一息つく。たっぷりとためて、それを言う。
「着るんですよ。英雄をね」
「ーーほう」
食いついたか?
「要するにイメージは生ける鎧です。こいつを着用者の運動に追従させる」
幽霊っぽい鎧を描き、ねんど〇いどと糸で繋ぐ様にする。
「ーー成程。人の動きに追従させる、っていうのなら、確かに僕の技術が必要だな」
生ける鎧を着るという発想が過去になかったわけではないそうだ。ま、そいつは人間の関節の可動範囲を超えてねじ切れて死んだそうだが。...アメリカのパワードスーツ研究でもそんな事件を聞いたな...。
逆にそこんじょそこらの自動人形でも不可能。パントマイム矯正装置が爆誕するだけだからな。そこらへんは俺が開発する予定だったが...必要なさそうだな、サミュエル氏の協力が得られるなら。
そんな期待を込めて目を向ける。それに気づいたのか、それともいないのか、サミュエル氏はおもむろに口を開く。
「...ふむ。自動人形はそれで完璧なものであれ...と言うのが僕の持論なんだが」
...む。
なるほど、”自立したモノ”を命題とするなら嫌うべきものか...?
「そう不安げな顔をするな。いや、君のアイデアが面白いことは認めるさ。”英雄を着る”...中々いい響きだ」
男は誰しも英雄に憧れるものだ。ましてや変身するなら猶更な。
「だが二つほど質問がある」
...来たな。
「まず一つ。実現できるのか、だ。君の技術力は見ていないが...まあ、僕の技術だけでも正直生ける鎧のパチモノはすぐに作れる」
それはそれで凄いな。
「だが、だ。これではタダの生ける鎧だ。着用者の動きに追従などできる訳がない」
そう、恐らく現行の技術では、着用者の動きにワンテンポ遅れるように付いて行くのが精いっぱいだ。移動用や運搬のモノならいざ知らず、近接戦闘なんかに利用した時にそれは致命的だ。
まあ、だから...。
向こうの技術を取り入れる。
「まあ、そこについては案...いえ、既に解決しています」
ぱ、と懐から出した紙替わりの布の切れ端を手渡す。
「ほう?...図面か。...この小さなボタンの様なモノが君の言う”解決策”かね?」
「ええ。それを介することで脳...頭と基盤を電気...あー、魔法的に接続できます。空白基盤に接続して反応するのは確認済みです」
要するに脳波読み取り機だ。一番苦労したのは電気信号を魔力波に変換することだったが。
「成程な。...むしろそこまでできて何で僕の所...違うな。そこのエレーナ...様に聞いたが、闇雲に自動人形職人を求めていたそうじゃないか。」
あー.......。
「今の口ぶり的に、空白基盤も設定用の魔道具も持っているんだよな?」
「まあ、はい」
「なら何故だ?」
「その...お恥ずかしながら、機器の使い方は理解できたのですが、どう書き込むかがさっぱりでして...」
俺の魔眼ですら”そこにないモノ”は分からない。白紙から言語を見ることは流石にできやしないのだ。
と、サミュエル氏が驚愕に目を見開いた。
「何故だ?文法書を持っていないのか?」
「?...ええ。それらをいただいた時にも、そんなものは」
「在り得ん。...普通は設定用の魔道具と一緒に渡すものだ。なければでくの坊すら作れるモノか。辞書もなしに言葉を学べと言っているようなものだぞ。そんなことををする奴はよっぽどの...あ」
”あ”?
「....待てよ、鎧、設定用の魔道具、空白基盤...まさか」
サミュエル氏が何やら呟き出す。いくつかのキーワードらしきものを並べた後、がば、と俺の肩を掴んだ。
「...まさか、その空白基盤はカモミールと言う商人から買ったものか!?」
...なぜ知ってるのか。
「え、ええ」
嘘を吐く訳にもいかないので素直に返答する。...と、サミュエル氏はふらふらと座っていた椅子に戻り、頭を抱えた。
「...すまん」
「?」
「君に文法書を渡さなかった大マヌケは...僕だ」
「「「「え」」」」
一応伏線回収?
オートマタ職人は必ず文法書を持ってます。と言うかそれがないとオートマタは作れません。
現実でもペッパー君だって膨大な量のプログラミングが必要なのです。さらに複雑化しているオートマタ製作で使うテクニック全てを記憶なんてできません。だからオートマタ職人が弟子を取るとき必ず己の文法書の写本を渡すのです。弟子を育てるのが得意な職人なんかは写本代を徴収したりもする。




