第三十五話 自動人形師/芸術家はアンドロイドの夢を見る
かんかんかん。エレーナ先輩がサミュエルとやらの屋敷のドアノッカーを叩く。
すると出てきたのは、美しい女性。だが確実に、自然にできたモノではないと直感する
『ようこそおいでくださいました、エレーナ様。ご主人様がお待ちでございます』
それだけで、俺の背筋に迸るモノがあった。
『申し遅れました。私はご主人様、サミュエル・ワジュロ様の111番目の被造物...【アイズ】と申します。宜しくお願い致します』
ふわ、とその女性がお辞儀をする。実に優雅な動きだ。
成程、これがサミュエル某の自動人形か...凄まじいな。
この世界では俺も貴族の端くれだ。自動人形そのものが初見と言うわけではない。だが、だ。俺が見た...普通の自動人形はもっと、もっと陳腐なものだ。
それは文字通り、ただの人形。自動で動くだけの人形だった。あれだ。地球世界のロボットで例えるとペッ〇ー君みたいなものだ。あくまで人型をしているだけ、というものにすぎない。受け答えもぎこちなかった。
だが、サミュエル氏の作品はどうであろうか。表面ではない。肌といっていい肌、袖から覗く、球体関節ではない、本物の様な肘関節、彫刻作品もかくやと言う精緻に計算された美貌、するすると違和感なく駆動する手足、完璧に追従する唇によどみなく流れ出る言葉。
どれをとっても完璧と言っていい。
人間ではない。人間でないのは一目で判る。”完全な人間”と言うにはどうしてもどこか違和感は残る。
だが。”不気味の谷”はとうに超えているだろう。
不気味の谷。それは”造形物”を”人間”に近づけていくとある一定範囲内では人間が不気味に思ってしまうという現象である。
ほかの自動人形はそれに踏み入れすらしない程度でしかなかった。だがこれは...余りに人間的すぎる。
「はは...マジかよ」
「これは凄いねぇ...」
「最高級の職人...ね、これは納得だわ」
三者三様に感嘆する。
舐めまわすように見てしまいたい衝動を我慢していると、エレーナ先輩が苦笑した。
「ははは、技術に興味を取られるんだね君たち」
それに追従するようにその自動人形も苦笑した。...マジかよ、疑似的な感情まで実装されてやがるか。
『そうですね。...貴族のご子息がいらっしゃられると大体は私共に見惚れる、求婚する、といった反応をなされるので、中々新鮮な反応でございます。...皆様は技術者でいらっしゃるので?』
「あ、ああ。そうなんだ。...正直興奮している、と言う意味では君の言うほかの貴族と変わりはないがな...」
どんなAIを積んでやがる。滑らかなんてものじゃあ無い。完璧以上だ。
察する、推測する能力なんて地球世界のAIですらまだ発展途上なんだぞ?頓珍漢な事すら...まあ、アイリーンに関しては技術者ではないが、まあ、そこはご愛敬と言う者だろうが、それすら言わずに俺たちの素性を言い当てるなんて異常も異常。
「正直、アシストシステム程度の技術が見れればいいと思っていたが...これは期待以上なんてものじゃない。技術的特異点じゃないか...!」
〇ッパー君もどきのほかの自動人形ではない。これは限りなく完璧に近い機械人間と言っていい!
自分ですら自覚できるほどにきらきらとした目で見つめていると、頬の色こそわからないモノの、彼女は照れたように頬を掻いた。
『そう言われて悪い気はしませんね。...このまま話しているのも良いですが、そろそろ皆様をご案内しなければなりません。ご主人様が拗ねてしまいますので』
言われるがままに俺たちは彼女に付いて行く。
途中、働くメイドをたくさん見るが、その全てが彼女と同じ自動人形。凄まじい精緻さの自動人形が、普通のメイドと同じように働いていた。
「...もしかして、この屋敷、人間がいないのかな」
ぽつりとアイリーンが言う。そう思うのも無理はない...と言うか。
『ええ。この家にはご主人様を除き、誰一人として人間は居りません』
その通りであった。
『私が製造されたと気にはまだ数人の人間の使用人もいらっしゃいましたが、今は料理人なども含め、その全てが自動人形でございます』
...ため息を吐きたくなる。
「全く、いったい幾ら掛かったんだそれは...」
「ふ、私も把握しきっているわけではないが。少なくともそこらの小国の国家資産規模さ。さらに言うなら、自動人形も含めたこの屋敷の資産価値は既にこの国を傾けさせられる範囲を裕に超えている。下手したら国土の半分を買えるだろうね」
oh...。
かつて、アメリカのペンシルバニア鉄道はたった一企業で合衆国の国家予算を超える資産を保有していたと聞く。だが、国家予算規模を個人で保有しているなんてとんでもない話だ。
地球世界の長者番付ではトップの資産は40兆程度。そう、たったそれだけなのだ。日本の国家予算は一年で100兆規模。
そう、国を超える個人など在り得ざるべき話。
だというのに。
「正直サミュエルが”人形屋敷”の長であることは我々にとっても僥倖だよ。これが全部金に変えられてたなら...ぞっとしない話だ。まあ、こんな高度過ぎるもの、たとえ売ろうとしてもそう簡単には売れやしないだろうが」
たかが人サイズの集まりが国家規模の資産になるというのなら、一体一体の価値も推し量れると言うモノ。
ま、たった一体で小国程度なら傾くか。
はは、とんでもない人の所に俺たちは来たらしい。
『前にも言いましたが、エレーナ様。ご主人様の前でその話はしないように』
「わかってるよ、ここで言うのすら在り得ない可能性だからだ。こんな危ないことをそう簡単に言うか」
『ええ、まあ、そこは理解しておりますが、念のため』
「まあ、そうだな。君たちにとってもこの話題は気分のいいモノではないだろうし、ここまでにしておこうか」
『そうしていただけると。...ああ、ここが我がご主人様の居室兼工房でございます』
辿り着いた先は白亜の扉。明らかに重厚なそれは音を遮断するためか。
と言うか。
「さっきから階段を上がらないと思っていたら工房に住んでるのか...」
『ええ。基本は製作に没頭しているので。食事や入浴の際は必ずお出になられますが』
そこらへんは普通の技術馬鹿とは違うのか。普通の技術馬鹿とは?
「あくまで僕は自動人形が好きだからな。籠ってしまえば楽しむこともできんだろうが」
『ご主人様?どうしましたか?』
「キリの良いところまで作業が終わってしまってな。待ちきれんし、出るかと思ったら居た」
ガチャリ、と扉が開く。出てきたのは神経質そうな細身の男。
...こいつが
「お前たちが今日来ると言ってた貴族の子供か。サミュエル・ワジュロだ。...制作物ではなく、僕の技術を求めるとは面白い連中だ。...僕にその目的を言ってみろ。面白かったら無料で全面協力だ」
成程、つまり発表会か。...面白い。
サミュエル・ワジュロ。
かつては屈指の変人・奇人として名を馳せていましたが、その変態性が講じすぎてこうなった。人間と比較して寿命が長いのも原因。
彼のオートマタは正直現代技術では実現不可能なレベルです。主人公の世界の地球でも当然不可。




