第三十四話 人形屋敷/玩具の屋敷はメルヘンチック
とぷん、と。俺たちは入った時と同じように、粘性のある空間と通常空間の狭間を抜ける。
「あー、ひどい目に遭ったわ...」
「んー...まっくらな中であれは流石にねー」
「流石にダメか。私も少々慣れ切っていないしな。仕方ない」
グロッキー状態のアイリーンとカーネリアンをみてふるふると首を振るエレーナ先輩。
俺も興奮状態だから平気に見えるけどきついモノはやっぱりきつかった。
平衡感覚がどっか行っている。
「だが、まあ、体調不良見合う速さだろう?」
「まあ....それはその通りですね」
学術都市側の門に入ってから三十分程。俺たちはこの国を半ば縦断していた。
通常手段が馬車の数週間がかりの行程と言うことを考えると破格も破格...いや、マッハ2地球世界でも中々ないか。
超音速戦闘機を自家用で乗り回すアホがいたなら話は別だが。
「ゆくゆくは軍隊の移動なんかに使えるようにしたいものなんだがな」
しみじみと言うエレーナ先輩。
兵は神速を貴ぶという様に、軍の展開は早ければ早いほどいい。文字通り音速で軍を展開されてはたまったものではない。
「でも、学園生徒だから大丈夫ですけど、普通の人だと酔う...いえ、むしろ骨折するんじゃないです?」
まあ、カーネリアンが言うことももっともであるが。
魔法を使えるものは多少なりとも耐久力がある、と言うのが通説だ。恐らくは無意識に魔法を発動しているのだろう。まあ、本体が引きこもりだと多少病気にかかり辛い程度の話でしかないが、この場に居るのはドワーフ1、戦闘科2、戦闘科の幼馴染に振り回されてきた男1。筋肉量も魔力量も十分だ。
だが、それ故に俺たちが耐えられる、と言うことは魔法をあまり使えない一般人が耐えられる証明にはならない。
「骨折まではいかないけど、負傷した例はある。まあ、君たちもそうなる様なら回復魔法を掛け続けるつもりだったけれど...大丈夫そうだったからね。まあ、逆に言えばそうでもしないと使えないんだが」
脳筋な解決法だこと。だがそれが必須となると酷い話だ。戦う前に既にズタボロとは。
「そもそもかかるコストが大きすぎるから現状は無理なんだが」
ま、それは試作品の性と言う奴だ。テレビを始め、多くの工業製品は超大型、超高額、低性能から小型、低価格、高性能に進化していくものだ。その後大型化、高額化、超高性能化が図られるまでがワンセットだな。
「さて、と。少し休憩したら酔い覚ましがてら歩いて行こうか。幸い目的地は近所だからね」
俺たちの酔いは酒の酔いではないんだが?まあ、こっちの酔いも歩けば軽減されるのは間違いではないんだが...言い方の問題だな。
十分後。俺たちは自動人形職人がいるという工房に向けて道を歩いていた。
「なんというか...不思議な雰囲気ですね。確実に人間の街なのに...ドワーフの街の様な匂いがする」
ほう、とカーネリアンが息を吐く。
まあ、確かにこれは一部で”金属の街”と揶揄されているのも納得である。
レンガ造りの建物がいくつもいくつも立ち並び、濛々と煙を立ち昇らせている。
そこかしこから金属音が響き、何かを煮込む音が這い回る。薬の、鉄の匂いが立ち込めて、煤の付いた建物をさらに引き立てる。
工業とは無縁のこの世界に在って、この街は異様なまでに工業的であった。
「あはは、実は先祖はドワーフの街を参考にしたんだそうだ。伝聞だけだろうしあくまで人間の街だから違いは多いだろうがね」
成程、カーネリアンの印象も間違いではないのか。
「このレピオス領は実は土地がそこまで豊かではない上に土が固いんだ。農業には向いていなくてね。鍛冶やらに精を出すしかなかったのだ...そうだよ」
ま、分かる話だ。確かここら辺は大きな河にも割かし近いしな。土が固いということは地盤がしっかりしているということでもある。産業が発展する下地はありそうだ。
そんなところを任されたレピオス家の先祖には脱帽だな。どういう経緯かは知らないが、貴族の領地経営で必須ともいえる農業が制限されたこの土地でここまでの発展をなせる礎を作るとは。
...む、前と言えば。
「そういえば...自然に連れ出されたから気付きませんでしたが、レピオス侯爵はいらっしゃらないので?」
大体の場合というか、原則貴族やその子息が他領を訪れた場合、その領の当主に挨拶するのがルールだ。
お忍びとか不在でない場合は、だが。
「ああ、不在なんだよ。この時期父は王都勤めでね」
ああ、なるほど。
「あー、では後で宜しく言っておいて頂ければ」
「ああ、言っておこう。...君、実は礼儀作法が苦手だったりしないかな」
...げ。
「わかりますか」
「分かるとも。肩肘を限界まで張っている様に見えるからね」
うーむ。ま、前世の記憶があるからなぁ。現代日本の若者らしく、敬語と言えば丁寧語程度しか使わないような人間である。貴族の礼儀作法なんて慣れる訳もない。
「あー、その、許していただけると」
「ははは、私が気にするものか。とはいえ、父はその辺り厳格だからもし会ったら気を付けると良い。」
うえ。
尚、小声でアイリーンに突っ込まれたが「宜しく言う」ことをお願いすることは、下心丸出しであると受け取られるそうな。「不在の折にお伺いしてしまったことを申し訳なく思う」と言うべきだとかなんとか。うーむ、複雑怪奇だ。指摘しないでくれたエレーナ先輩に感謝するべきだな。...やっぱ社交はアイリーンに任せて逃げるか...無理だな。弟でもいれば違うんだが...。
「おお、着いたぞ」
そんなことを考えているウチに目的の場所に辿り着いたらしい。
どんな工房かと顔を上げた俺の視界に映ったのは。
大きな白亜の屋敷であった。
「ほあ...」
アイリーンが呆気に取られるのも無理はない。巨きく聳えるその威容は、輝き光るその色は、いっそ工房に、この街に相応しくない程に美しい。
それは、まるで。
「ーーー”人形屋敷”」
まるで、小さな作り物の箱庭を、そのまま人間サイズにしたかの様で。
「そう、正解だな。ひたすらに自動人形のために作られた屋敷。”造る”為の”工房”にして、”並べる”為の”展示場”。故に人呼んで”人形屋敷”。当代最高の自動人形職人...サミュエル・ワジュロ。...半亜人の職人さ」
ちょっと短め。
半亜人は差別用語ではないです。亜人は別に非差別者ではないのでマジでハーフ程度の認識でしかありません。国籍や大陸が違うと差別する癖に。
”優秀な種族”との関係は誇りにしかならないという。傲慢ですね。




