第三十三話 アルクビエレ・ドライブ理論/夢の超特急
「「「わああああああ....」」」
エレーナ先輩曰く影の中、粘つくどす黒い空間に俺たちの悲鳴が反響する。
俺は視界の端にまれにちらつく布の存在を黙殺するためにこの空間のカラクリについて考える。
いや、姿勢保つの無理だって。
まず、この空間の粘性は気体の作用ではなかった。
理由その一、音が普通に伝播すること。通常音と言うのは媒質によってその伝播速度や特性が変化する。
例えば水と空気の場合、弾性率が水の方が高いため、水の方が5倍ほど早く音を伝えられる。
ま、魔眼で解析すれば一発だ。
理由そのニ。通常通り呼吸できること。まあ、これについては、魔法なりで性質を変化させた気体を口や鼻の周りで”解凍”なりしていると考えれば成立するが...制御難易度的にないだろう。どうやって鼻と口を認識しているのかという話になるし。
酔って俺たちは、液体の中に沈むと言うよりも、粘液の様なモノに緩く拘束されていると言った方が近いのかも知れない。まあ、実体のない魔法なんだろうけども。
次。
最大の謎と言うか何と言うか。
この高速移動のカラクリだ。
まあ、ここは通常空間ではないのでいろいろと不明だが、少なくとも俺たちはこの影の中を実に2000km/hで移動中だ。音速の2倍近い速度である。気体ごと移動しているから問題ないのだろうが、もし外でこの速度を出したら俺たちは速やかにハンバーグとして食卓に出せる状態となるだろう。この世界の、未だ馬車で移動している者からすればまさしくこれは”瞬間移動”だ。
ではどうやって実現している?
”影空間”と先輩は言った。その魔法自体は以前母が悪戯の為に使っていたから理解している。
要するにあれは、”影を入り口としてその内部に疑似的に空間を定義する”魔法だ。今回の場合で言えば、普通に影空間を作った場合、只燃費の悪いトンネル魔法が出来上がるだけなのだが...。
...いや、待て。そういう事か、畜生。
そうか、この原理は...!
「アルクビエレ・ドライブ...!!」
「縊れが何!」
「何でもない!」
声に出てしまった。だが仕方のない事だ。
はは、くそったれ。魔眼は...うん正解、だ。
この世界の文明は全体的には遅れている。俺は常々そう思っていた。多少は地球文明を上回る技術を魔法と共に開発しているが、結局それは地球では、”いや、すごい技術だけど今更いらんだろ”で終わるような物ばかり。だから内心では見下していた。
だが、それは間違いだった。確かに文明水準は比べるまでも無い。だが、異世界の...この世界の人間の発想力は、いっそ悪魔的だ。
アルクビエレ・ドライブ。メキシコ人のスタートレックマニアの物理学者がひねり出した理論物理学で通用するワープ航法の提言である。
その内容は、一言で表すならば”空間ごと動けば光の速さ超えられるんじゃない?”という理論である。
”この宇宙では光より速い物質は存在しえない。”ソレを記したものがアインシュタインの相対性理論である。すなわち秒速約三十万キロ。それがこの宇宙における最高速度。違反者の居ない法定速度である。因みにこの理論はこの世界でも通用することは確認済みだ。
ではどうやって速度を超えるのか。何の事は無い。空間そのものを動かすのだ。
動く歩道と言うものがある。ベルトコンベアの上を人が歩くあれだ。あれを歩く人と、普通に地面を歩く人を想像してほしい。
同じ速度で歩いていても、動く歩道を歩いている人間と普通の地面を歩いている人間では動く歩道を歩く方が速い、と言う事は想像がつくと思う。要するにこのワープ航法はそういう発想だ。
ま、厳密には異なるが。もっと近いモデル化を行うなら、軽いモノを前から掃除機で吸い込みつつ後ろから風を送っるようなモノになるだろうか。
この影空間はソレを再現している。
後ろから順に影空間を閉じ、その分だけ前方に影空間を開くのだ。
影空間には閉じる時にそこに存在したモノを弾き飛ばす性質がある。これを利用して母は大ジャンプしていた。
これでこの空間の中の物質を弾き続けることで疑似的にアルクビエレ・ドライブを再現している様だ。
全く、これじゃSFじゃないか......!!
成程、魔法での拘束は俺たちが直接”弾き出し”に触れないように、か。下手をすれば影空間の端でシミになりかねない。
「ふ、はははは!」
「ちょ、どうしたの!?」
ははは、これが笑わずに居られるかアイリーン。
「最高だなこの魔道具は...!!」
「ふ、君に掛かればこれすら骨抜きか!」
もしやこれを見せるのも目的だな?
ムシ出来ないとは言え職人は職人。貴族を呼びつけるのは不自然。こんなものがあるなら向こうをこっちに送る方が筋が通っている。エレーナ先輩は何処かで俺の魔眼の情報を持っていた。その能力を見るための呼び出しでもあったわけか。
ま、少々癪だがこれは嬉しい。
光速を超えたわけではないから厳密には”ワープ”とは言えんだろうが、それにつながる技術をこの目で見れるとは。
「はははははははは!!」
技術者特有の笑いを響かせながら、俺はこの影に揺られていった。
ちゃんと存在する理論です。それを私なりに解釈して魔法にしました。




