第三十二話 影回廊/ジェットストリーム
その日は生徒会入会の書類だけもらって帰された。
まあ、あのセリフでまともに活動するのは不可能と踏んだのだろう。
俺は問題ないが、平然と活動していたらさらなる不興を買うのは分かる。
エレーナ先輩に感謝しておくべきか。
そういう意味では今週は土曜日が休みだったのは僥倖と言える。なんでも開校記念だとかなんとか。
あるんだなそういう休校日。
ま、そんなわけで俺はさっそくエレーナ先輩に呼び出された。
曰く、「早速だが例の自動人形職人に合わせよう」とのことだ。速いな、おい。
一応この世界にもいくつか高速の通信手段はある。以前...入試の時にアイリーンが宿のために使った魔導伝書を始め、”共振”ーーー物理現象とは別のモノだーーーを使った通信。水鏡の魔法なんてものもあるのだとか。だが、それでも翌日にはアポがとれているのは異常である。というか地球世界でも異常である。
それだけの影響力があるのか、単純にフッ軽すぎるのか。...多分両方だな。
「ねえ、今日行く自動人形職人の家ってどこなの?」
「あ、それ私も気になってた」
かぽかぽ、とゆったりと走る馬車の中、俺の両側に座る二人の女子の声が耳に入る。
まあ、当然の様にアイリーンとカーネリアンである。
「知らん」
「いや、知らん、って...」
カーネリアンが呆れる。
「とは言っても本当に教えられてないからなぁ...。だってそもそもこの街に自動人形職人はいない筈だし」
そうでもなければ一週間も苦労するものか。
「それもそうね...ああ、あたしはもう一つ疑問があるんだったわ」
そんなことをカーネリアンが言い出す。
「ん?」
「いや、...ああそうか当たり前なのか...えっと、じゃあ聞くけど、なんでアイリーンがいるのよ?自動人形職人に会いに行くんでしょ?」
ああ、なるほど。
「だってよ」
アイリーンに振ると、彼女は少し顎に人差し指を当ててから答えた。
「んっとね、アッシュが行くから...が一番なんだけど、他には...私も興味があるから、かな」
「興味?貴女戦闘科でしょ?」
怪訝そうな顔をするカーネリアン。
「あー、そっか、知らないよね。えっとね、私、一応魔法工学も教えてもらってはいるの」
あ、カーネリアンが固まった。
「え」
「まあ、入学前のアッシュの個人授業程度だけど...一応魔道具の修理できるくらいの知識量はあるよ」
そうなのだ。まあ、一から作るのは苦手なようだったが、本当にカーネリアンは異常なほどにも覚えがいい。俺は転生してるからまあ、からくりのある天才というか...反則だが、アイリーンは自然発生な天才少女である。
「ほんとに多才ねあんたら...」
「それほどでもない」
「それほどでもないよぉ」
「うん、真顔で言わないで」
そうこうするうちにかぽかぽと景色が流れていく。
暫くすると景色は止まる。
こんこん、と馬車の扉がノックされた。
「お、ついたっぽいな」
がちゃり、と扉が開かれる。
男爵以下しか乗ってないとはいえ、一応貴族用の馬車だ、その車内はそこなりに広い。するりと真ん中の席から抜け出して先に降りる。
「お手をどうぞ?」
「あら、エスコートかしら?」
たまにやっている芝居染みたやり取りでアイリーンを下ろす。ま、普段はアレだがアイリーンもまた貴族。流麗かつ優雅な動作で馬車から降りる。ま、本来ならこのまま目的地へ手をつないだまま歩くところだが、今回はエスコートすべきお嬢さんがもう一人。
「貴女もどうぞ」
「え”」
普通に飛び降りようとしていたカーネリアン硬直する。
彼女は4秒間たっぷり硬直し、恐る恐る手を取った。
「ほっ、と」
すとん、と奇麗にカーネリアンを地面に下ろす。
ん、完璧。
「あ...ありがとう?」
「なんで疑問形」
状況についていけないあたり面白い。
「おや、二人ほど連れてくるとは言っていたが、両手に花とはね。なかなかやるじゃないか、アッシュ君」
と、背後から声がした。
「迎えに出てきてくれるとは僥倖で。...先輩も加われば花束ですかね?」
言いつつ振り返るといたのはやはりエレーナ先輩。...と恐らくはこの屋敷の使用人。あ、荷物預かってくれるんですか、どうもどうも。
それにしても、まさか本人直々のお出迎えとはね。
「その言い回しはあまり上手くないな。...おっと、そこの二人は初対面だったね。どうも。学園の生徒会長をしている、エレーナ・レピオスだ。エレーナ先輩と呼んでくれたまえ」
「「は、はあ...」」
一応解説しておくがこの世界では実はあまり先輩呼びは一般的ではない。正確に言うならば、貴族が用いる呼称では全くない。
俺一人の時は流したが、普通侯爵令嬢を先輩と呼ぼうものなら不敬であるとされても文句は言えないのだ。
それこそ本人がそう呼べと言わない限りは。
「さ、二人の名前も教えてくれるかな?」
恐らく既に知っているであろうに堂々と名前を問うエレーナ先輩。
「あ、はい。アイリーン・ソラウです」
「カーネリアン・ケイです」
二人、ペコリと頭を下げる。そういえばドワーフ社会って敬語や礼が存在しないと聞いたことがあるが...また迷信か、それともカーネリアンが人間側のマナーを学んだのか。
後に聞いた所一年に一度言えばいいほうなくらいには敬語を使わないそうだ。つまりカーネリアンの努力であった。
「ふむ、宜しく。...ああ、ようこそ、我が侯爵家が保有する屋敷へ。早速だが入りたまえ。案内しよう」
そう言ってエレーナ先輩は踵を返す。まさかとは思ってたがやっぱ侯爵家の屋敷か...。
...女子の家に四人、男は俺一人と言う中々な状況だな、そういえば。...まあいいか。
俺たちは三人とも大人しくエレーナ先輩の後を追う。
「アッシュ、ほんとに生徒会入ったんだねえ」
侯爵家の屋敷だけあって広大な庭を歩いていると、アイリーンがそんなことを言ってくる。
「失礼な。もしかして嘘とでも思ってたのか?」
そうだとしたらちょっとショックである。アイリーンにはよっぽどの状況でもないと嘘は吐かないぞ。
よっぽどの時は吐くけど。少なくとも今回はそんな状況ではない。
「いや、さ。いつもなら「やだ。かえる」で終わるよなぁ...って」
「否定できない」
実際そうするつもりだったし。
「ま、入ったから問題が解決できたんだがね」
実際エレーナ先輩がいなければ自動人形職人との邂逅はなかったわけだし。
「そう考えるとすごいね、エレーナさま」
流石に先輩呼びにするには位が高すぎたか、様付けするアイリーン。
「ま、半ばスト...付きまとい観たいな調査力だから出されるとビビるがな」
「一応言っとくが聞こえているぞアッシュ君」
おっと不味い。
話題変えるか。
「そういえば、何で先輩はここに屋敷を?確か学園って全寮制でしたよね?」
問うと、先輩は額を抑えた。
「露骨に話題を買えたね君。まあいいか。あー、その理由だがね。...君たちは”空間魔法”を知っているかね?」
勿体ぶるなぁ...。
それにしても空間魔法、か。
「失われた...というか、再現不能な魔法...ですよね」
そういったのはアイリーン。ああ、たしかそんな話だったか。
「そう。明確に存在するとされているのに、誰も実際に見たことのない大魔法だ」
「まさか、再現に成功したのが先輩かご家族とか言いませんよね」
ちょっと自分でも戦々恐々となりつつ聞く。
「いいや?全く」
おい。
「まあ、似たようなもの、と言うべきかな。試作品の移動用魔道具があるんだ。そこそこの設備が必要だから屋敷を用意する必要があったのさ」
移動用...まさか自領に連れていくつもりか。そうなると移動用魔道具はバイクとかそういう乗り物型とは考えづらい。レピオス領はここから王都を挟んで真反対。まあ、飛行機なら別だが、陸路では何日かかかる。たった二日の休日ではたどり着けない。
「茶の一杯でも振舞いたいんだが。実は急かされていてね。早速”ソレ”を使って我が領に向かうとしよう」
「”急かされている”...ですか?」
そう問うアイリーン。それは俺も引っ掛かった。
「そう、と言うか急にアッシュ君を呼んだのは向こうが急かしたからに他ならなくてね。如何に侯爵家の者でも彼の要求となると一概に無下に出来なくてねえ」
「何者ですかその人」
「ま、恐らく世界一の自動人形職人だよ。とんでもなく偏屈だけど」
成程、な。...ん?なんかどっかで聞いたような。気のせいか。
促され、俺たちは白壁に青い屋根の瀟洒な屋敷に踏み入れる。
「さ、こっちだ」
そう言うエレーナ先輩が向かう方を見て驚いた。
「玄関ホールに地下行の階段が!?」
ちょっと予想外だぞ。普通の貴族や式で”地下”とはある程度は隠すものである。少なくともこんな入口が堂々と設置されるべきものではない。
「まあ、これは隠すものでもないからな。”移動手段”の問題でな。単純に地下の方が都合がいいんだ」
「成程...」
礼をしてくる使用人の方々に会釈を返しつつ地下に向かう。
7mは下ったか。そこそこ長い階段の末に、”ソレ”は現われた。
高さ5m、幅3mはある、大理石から削り出され、様々な魔術的な彫刻が刻まれた門。
地下の薄暗い空間の中、ランプの魔道具らしきもので照らされるそれは、不気味で...。
「地獄門...?」
カーネリアンのその表現が腑に落ちた。
うん、地獄の門だコレ。
「いや、まあ、うん、そう見えるのは分かるが違うよ。これは”影の回廊”という名の魔道具さ」
「”影の回廊”...ね」
「そうだ。影魔法を用いて目的地までの距離を大幅に短縮できる優れものだよ。まあ、迷宮産出品をふんだんに使っているせいで今のところここと王都と我が領しか繋げていないのだが」
その行き先じゃほぼ個人用だな...。
それにしても影魔法、か。確か...影の中にものを隠して置いたり、影の中に短時間潜れたりする魔法があるんだっけか。ふむ、原理は兎も角として、影と影の間を繋げられるとかそういう話か。
「では入ろうか」
唐突だな。...まあ、急かされているみたいだしいいか。
エレーナ先輩が門に手を掛けると、門が一人でに開いていく。覗き込むと、その中は闇。この地下室も暗いとは言え、ランプの光がある筈なのに、一切の光がそこにはなかった。
「ああ、そうだ。先に言っておくが、中では少々押し流されるような感覚がある。まあ、ケガの心配はないから安心すると良い」
そのセリフに少々動きが止まる女子二人。しかし、
「まあ大丈夫だろ」
そう言って俺が歩き出すとついてきた。
「うお」
門に入ろうとした俺の手に、とぷん、という、少しぬめりのある液体に入った時のような感覚がする。
...液体...ではないな。粘性のある気体...か?漏れ出してるようには見えないが...これはあくまで疑似的な入口にすぎず、物理的に内部とつながっているわけではないとかそんなあたりか?
まあいい。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。
ずぶ、ふわあ。
浮遊感。唐突に重力から見放されたような感覚。液体っぽい肌触りなだけに浮力かとも思ったが、やはり重力が薄いか無いようだ。
「きゃ...」
「わっ...」
狼狽える二人に、真っ暗闇のはずなのに何故かはっきりと見えるエレーナ先輩が落ち着く様に言う。
「ああ、暫く使っていなかったから忘れていた。ここは少々、上と下の概念が乏しいんだ」
成程、ここでは無重力をそう表すのね。
「お、門が閉まる。...一応体勢を崩し過ぎないようにしてくれ。...下着を見られては困るからね」
ならスカートを履くな。...三人ともスカートじゃないか!
そんな内心をよそに門ががこん、と締まる。すると。
「うわ!」
「「きゃあ!」」
「っ....!慣れないねこれは」
ずあっ、と。まるで突風のような、渦潮のような勢いで俺たちは押し流されていった。
空間魔法について。
空間を操ることは魔法の範囲内で十分に可能です。超難しいですが。空間の歪曲などの減少は現実に存在する物理現象の一つですし。また時間も同様に可能です。ま、まだ考えてませんけど。
レピオス家について
次回本格登場しますがあまり説明しないであろう要素を。
レピオス家の領地は地球で表すと工業地域です。現代のような大規模な重工業は行われていませんが、魔法や魔道具の力もあり、そこそこの規模で軽・重工業が展開されています。侯爵にしては領地が狭くはありますが上げる利益は王国トップ3に入ります。むしろそんなに稼ぐので領地が狭くてもよいのです。
あとめっちゃ金持ちです。寄付とか孤児院の運営とか色々と手を広げつつ、運用するだけで法外な値段の試作魔道具を友人を自領に呼ぶために使える程度には金持ちです。




