第二十八話 防御傘拳銃/これなるは無敵の傘
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一週間後の放課後。予定通りそれは完成した。
「おお~...」
アイリーンが手に取ったそれ。
完成品の杖だ。
菱形の銃身パーツに折り畳み傘の様な骨が付き、全体が角ばった無骨な外観。しかし気品のある象牙色に魔力を効率よく流す役割も持つ金色の流麗な装飾がその無骨さを美しく染め上げる。
それはある意味で一つの芸術品。人を殺す武器でいて、化粧道具の様なしなやかさ。そんな杖。
「”銃型”だけど”銃”では無いからね、そういう意味ではデザインに余裕があったから色々できたよ」
まあ、過去でやってた洋ゲーのデザインとドワーフの伝統デザインを色々混ぜただけだけど。
それでもまあ、武器としては結構綺麗にできたのではないだろうか。
「んん、狙いやすいねこれ」
|身体を横に向けた片手持ち《インラインスタンス》で軽く壁に掛けられた工具に狙いを付けたアイリーンが感嘆する。
「まあ、そうだな。芯材を含め基本的な重心はできるだけ手元に来るように設計した」
拳銃の重心位置と言うのはいくつかの派閥が存在する。
反動の大きいハンドガンでよく使われるのが前重心。要するに銃口の近くまで重心を持っていく設計。
メリットは反動の抑制。単純な回転モーメントの話で、回転の支点から離れたところに重心を置く事で回転しにくくすることができる。
逆に手元に重心を置く場合、銃を動かしやすくできる。取り回しを重視する場合は此方を選ぶ。
今回は、”銃型だが銃ではない”と言う事情があった。
魔法の杖に反動は無いのだ。
まあ、当然ではあるが。
なので極端に取り回しを重視した設計にした。
「ふうん...で、言ってた...”盾”はどう出すの?」
「ああ、そこについてるリングを引いてみてくれ。ああ、思いっきり引いて構わない」
「リング...」
銃身下部に取り付けられた、引き金と言うには少々隙間が長いリング。
それをアイリーンは勢いよく引き絞る。
バシャッ!ガシュッ!ビュワッ!
すると杖が小気味よい音を立て続けにかき鳴らして展開する。
見た目としては青白い半透明の膜が張られたすこし丸みを帯びた長方形の傘の様な形を取っている。
「おお...?」
「スクトゥム、というちょっと...いやかなり昔の盾を参考にした。」
スクトゥムとは地球世界では古代ローマ時代に用いられた長方形の巨大な盾である。
俺のアイデアそのものはこのように地球由来ではあるが、この世界でもほぼ同じものが運用された記録がある。名前は...翻訳の結果か、多分。
「...ああ、魔法盾の部分は良く分からんから説明交代な」
物に刻むタイプの魔法は学園来てから本格的に学び始めた上にドワーフ秘伝の技術なんかも使われているらしいから余計に分からんのだ。
「ん。えっと、その魔法盾...ドワーフだと【光の盾】って言うんだけど」
えっと...何語だ?多分だがドイツ語系か...語学は苦手だ、転生のオマケがなきゃ詰みだなマジで...。
「性質は殆ど”重量がほぼないだけの盾”って感じ。多少魔法耐性に比重が置かれてるけどまあ誤差と言っていいわ。耐久力は魔力量依存ね。魔力が続く限りは原典よろしく高い防御力をあなたに授けるわ。ま、本家本元よりはちょっと防御面積小さいけれど」
それは機構の問題だった。あれ以上広げるとたたむスペースと強度がね...
「へえ...すごいねこれ...ん?これ何?」
次にアイリーンが指したのはグリップの後ろに付いたリング。
「あー、腕輪型固定具...とでも言おうかしら。単純にそれ展開して腕通すのよ」
「あーね?でもこれは展開しっぱでも...あ、もしかして投げつけたりするような状況を想定してる?」
おお鋭い。
武器を腕に固定するのは取り落とす心配を無くすが、緊急時の取り回しもまた失われる、と俺は考えたわけだ。
「あのね、私はアッシュみたいに武器=消耗品な思考じゃないんだけど」
ぐ。
「だってアッシュ、魔法武器ならともかく普通の武器とかだと「いくらでも量産できる」とかいいてふっつーに投げ捨てるというか使いつぶすじゃん」
ぐぐぐ。
「私はそんなことしないけど」
「いやお前は馬鹿力で折ってただろうが剣を」
「うっ」
剣の消費が早い幼馴染コンビである。
「一応鍛冶師の端くれとしては聞き捨てならない会話ね...」
額を抑えてため息を吐くカーネリアン。
ははは、申し訳ない。
「まあ、いいや。...幾らか試運転したいんだけどどう?カーネリアンちゃんもアッシュも時間ある?...忙しくなるって言ってた気がするけど」
「ああ...実は暇なんだなこれが」
「え、どして?」
「まあ、予定がつかなかったのさ。...前に、自動人形用の空白基盤を買った...って話はしたよな?」
「ああ、うん。...なんか話が読めた気がする」
ジト目になるアイリーン。いや、これは多分俺悪くないぞ。
「ま、如何せんノウハウの蓄積不足でな...設定用機械を付けてくれたまではいいんだがそいつの使い方すら良く分からんと言うありさまでな。まあ流石にこうなるとは思わんかった」
ため息を吐く。
「まさか先々期言語で書かれてるとはね。解読は俺の魔眼のお陰でどうにかなったけど...読みと書きは別物でさぁ...」
考古学資料も図書室で漁りはしたがどうにかなるもんでもなかった。
「ただ、オートマタのプログラミング言語としては一般的らしいという情報だけは得たから...そう特異なあれではないらしくてな。誰か知ってる人に助けを求めようと思ったんだが...」
「いない、と」
「そ。教授ですら自動人形系の技術者とのつながりはないらしくてな、”鎧”は今装甲板だけで転がってるわけだ」
言うとアイリーンはやれやれと首を振る。確かに魔眼と地球知識で何とかなるとおもって突貫したのは事実だけどなんか納得いかない。
む、と唸っているとアイリーンが今度は元気に迫ってきた。
「成程ね...じゃあ、遠慮なく付き合ってもらおっかな!」
「お、おう」
ま、時間もあることだ、試運転程度には付き合うか...。
”鬼に金棒”という諺があるが類義語に”アイリーンに杖と大盾”を追加したいところだ。
味方としては頼もしいことこの上ないが俺が相手する可能性を考慮に入れていなかったなぁ...。
短め。
アイリーンの戦闘スタイルは”本気”から見せないとインパクトがなくなっちゃうので細かく見せません。
入試のときに一応見せたのも、なんなら主人公がミートスライムを撃破した時ですらこの二人は”最大限に手加減”しているということを念頭に置いといてください。




