第二十五話 冒険者講習4/トリガー・オン
いやはや、戦力評価を誤っていた。
正直”超級使い”もこんなものか、と考えていたが...。まあ、そんなことは全くなかった、と言うワケだ。
最終的に、最初の戦力評価が大体あっていたが...。
途中で戦術構築を変えるべきじゃないな。よくあるマークシートのテストでマークを変えたら変える前が正答だった時の気分だ。
ともあれ。
恐らくはこれで勝利は確定だろう。
俺は右手に収まった...ガンブレードが上げる煙を眺めつつそう思った。
何が起こった!?
最初に出てきたのはそんな感想。
左腕と共に蝶の様に舞えが飛んでしまい、【最速たれ・勝利の偉業】も暴走の結果破却され、私を包む魔法の効果が全て解けてしまう。
魔力で作られた偽の身体が血の代わりに赤黒い煙を噴き上げる。
ざむ、と崩れ落ちる私の頭の中には疑問が渦巻いていた。
魔法使いは多かれ少なかれ魔法を使うときに魔力を放出する。これは”そういうもの”だ。個人の努力で完全にどうにかなるものではない。
だが、いまアッシュは。
全く魔力を出さなかった。
つまり飛び道具。物理的な武器でしかありえない。
その出所は、恐らくは彼の右手。
奇妙な形の剣の様なモノ。
しかし、あれが火を噴いたなら...。
「銃、か」
「そそ、武器種としては”ガンブレード”っていうんだけど」
”帝国”ではよく使われているという武器。火薬の爆発力を使い、弾丸を射出する武器だ。
だが、あれは少なくとも。
「私が知ってるそれは...腕を吹き飛ばす威力は無い筈なんだけど」
そう、威力がおかしいのだ。
帝国の銃は、人こそ殺せる者のある程度の騎士なら防ぐのも簡単だし、弓の名手には威力も射程も全く勝てない程度の戦力でしかない筈なのだが。
「あー、まあ、そう作ったから、としか言えんな。説明すると威力の高い火薬と魔導銀の弾頭を使ってるだけなんだが」
「ミスリルを...使い捨て...」
速くてそこまで良く見えなかったが、あの一瞬、複数のなにかが放射状に飛んだ気がした。
あれが全て弾丸だとすると、つまりそれだけのミスリルを使い捨てたということである。
「希少金属ゥ!」
拾いたくなるのも貧乏人の運命であろう。流石にはしたない...と言うか貴族として行動には移せないけれど。
いや、純度にもよるけど金より高い金属を放り捨てる方がおかしい!
「まあ、諸事情で王城の浴場があふれる程に手に入るからな...わかったわかった、吠えるな吠えるな」
うううううう!!!
王城の浴場があふれる程、というのはこの国の慣用句で、使いきれない程、とか無駄なくらいに、とか、そういう意味だ。あそこの浴場は湖かと言うほど広いから。
ミスリルがそれくらいあったら城が立つどころではない。もう玉の輿狙った方がいいのでは?
「まあ、それは置いといて...まだやる?」
じゃこっ、とアッシュはくるりとガンブレードとやらをまわす。桿のようなものが動いたが...まさかあれで再装填が終わりなのでしょうか。銃口から火薬を入れたりするものと聞いていたのですが。
「...はあ、降参ですわ」
この状況で勝てるものか。
蝶の様に舞えは折られてこそいないモノの弾き飛ばされ手の届く範囲にない。
飛びつこうともその前に引き金を引かれて終わり。魔法の再発動は論外。
詰みである。
「ん」
と、がちゃ、とそこでアッシュはガンブレードを下ろした。
「え、撃たないんですの?」
「打つ必要ないだろ、蹴落とさなきゃいけない状況でもないし」
まあ、要するにゴールラインに早く着けばいい、というルールな以上必ずしも私を倒しておく必要性はないか。
「ほれ」
差し出される左手。...はあ。
「意外とお人よしですのね...っと」
ぐい、と引っ張り上げられて立ち上がる。
痛覚がほぼシャットアウトされているこの状況だ。躊躇いなく傷口を焼き出血...出煙?を止めておく。
「ま、それでこそ人だ、ってことさ。ふう、ま、見逃して先にゴールされても困るし、連れていくぞ」
そのまま手を引かれる。
...ごめんなさいですわ、アイリーンさん。
「あの」
数分後、あともう少しでゴールと言うところでノーノに話しかけられた。
「どうした?」
「聞きそびれていましたが...どうして幻覚の中で私が分かったんです?」
ああ、それは。
「初歩的な事さ。まあ、普通は気付かんだろうがな...」
簡単なこと。とても簡単だが、普通は絵面の...超高速で動く人間が何人も分身するとインパクトのせいで見落とすであろうモノ。
「影と足跡」
「あっ!」
そう、あの分身はあくまで、”幻覚”なのだ。実際に増えているわけでも、光学的に(鏡とか)増えているわけでもない。
彼女の姿を脳に送り込んでいるだけ。
だからそれはただの合成映像。
「影はめちゃくちゃに付けられるし、さらに言えば足跡なんかの痕跡が残らない。慣れれば割と見分けられるだろう。...まあ、慣れる前に普通は死ぬんだろうが」
俺と言う魔眼と思考加速持ちに当たったのが、と言う奴だ。
「ま、俺は特化型だからあんまりアドバイスはし辛いんだが...光魔法とかで誤魔化すとか...幻覚そのものはそっちにも見えるんだろ?」
「まあ、視覚的に見えているわけではないですが、わかりますわ。光魔法ですか...成程...参考にさせていただきますわ」
ま、参考になったのなら何よりだ。
「あ」
「ん?まだ聞きたいことがあるのか?」
「そういえば、程度ですわ。...その剣...ガンブレード?の銘が少し気になって」
あ。忘れてた。
カーネリアンが名付けた”ガンブレード”は要するにこの武器固有ではなく武器種に付けるべき名前。似た形式の武器が出来ても十中八九”ガンブレード”っぽい形になるのは間違いないからちゃんと固有の名前は付けておいた方がいいか。
「うーむ」
「決まって無かったんですの?」
若干呆れたノーノの声。うるさいな、銘つける前にカーネリアン寝ちゃったんだよ。
「まあ、俺が勝手につけても問題ないか...そうだな、"侵略の徒"...かな」
ま、現代技術の象徴足る”銃”の要素を多分に含む剣だ、このあたりがお似合いだろう。
「アグレシア...いい名前ですわ」
そうか?字面的に物騒じゃないか?自分にネーミングセンスがないのも自覚している。お世辞ではないのならセンス不足か?
「...あ、出口ですわ」
見ると、影を落とすばかりだった木々の隙間から光が見える。
「...一応言っておくが、俺が先に出るぞ」
「...いまさらそんなことはしませんわ」
「ならよし」
そういいながら木の枝を避けて顔を出すと...。
「あ、アッシュだ!」
「「アイリーン(さん)!?」」
既に、先客がいた。
...。
「あー、そっか二人で戦ってたのか~」
のほほん、とアイリーンが言う。
どうも俺たちが戦ってさえいなければ俺たちが勝っていたらしい。微妙に悔しい。
「あ、そういえば先輩とやらは?俺は遭遇してないけど」
「私もしてませんわ?」
「私はちらっとみたなー、逃げたけど」
「え?逃げたのか?」
アイリーンが即逃げとはよっぽどの強敵か?
「んーなんか複数の人が戦ってたからね、派手な音立ててたから一応」
ああ、なるほど。下手に集まってくると混戦になる、それを避けたのか。
「あれ?そういえばリリネ教官...先生?は?」
「ああ、先生なら完全に迷子になっちゃった子たちを救出しに行くって。戻ってくるまでは私が順位係。はいこれ」
渡された板切れには”順位表”の文字と枠。炭の棒がついているあたりこれで名前を書けと言うことか。
「二位、アッシュ・クロウ...っと。ほれ」
「あ、はい。三位、ノーノ・セニジア...」
そのとき、草むらが揺れた。
「む、四位ですか。...ちょっと迷いましたかね」
出てきたのはネア。...まあ、妥当なところか。
「どうぞ、ネアさん。...これに名前を書いておけ、だそうですわ」
「有難う。...ふむ、一位はアイリーンさんですか」
かきかき、と俺たちよりはるかに奇麗な字で名前を書きあげるネア。
教会所属は字の奇麗さも問われるのか?
...あ、そういえば。
「ロメルはどうなんだ?」
脳筋レベルはこの授業の参加者でもトップだからな。案外変に考えるよりも早く着くかと思ったんだが。
「ああ、彼なら先輩の...ダンテとか言いましたっけ、彼に吹っ飛ばされた死亡判定ですわ。林の反対側に居ると思いますわよ?」
とネア。
「知ってるってことはお前も戦ったな?」
「倒せはしませんでしたが、まあ。なんかやたらと高性能な魔道具で固めてたので、多分そもそも倒されることを想定してない駒ですわね」
ああ、やっぱりと言うかなんというか、加点に目がくらんだ奴への罠だったのか。
ま、その状態から撤退できるのもなかなかだが。
「お、今年のクリア者は四人か」
そう言いつつ登場したのは迷子サポートをしていたというリリネだった。
「四人?」
「ん。あたしが出て来るのを時間に合わせてたから...ほら」
りんごーん、と授業の終わりの鐘が鳴る。
成程時間通りだ。
「えっと一位は...ん、アイリーンね。じゃあ、約束通りなにか一つ...」
「あ、それなんですけど」
そういえば元々一位にはなんでも一つ買ってあげると言っていたか。
既に決めている様だが、何を望むのか。
そう思っていると、彼女は、ゆっくりとソレを告げた。
「杖の芯材をお願いしたいです」
杖の芯材。
主人公の予測について
あんまり作中で言及していないのですが、結構な頻度でしていますし当ててます。
基本主人公の完全予想外は無いです。バタフライダンスの能力とか、超級魔法の効果とかは良そうできませんが、”大体の戦力”...まあ戦闘力の数値みたいなものは当ててます。
というかそういった知りえないものを用意しないと速攻で詰め殺されます。




