第二十一話 異世界経済学/エルフ商人は黄金の夢を見る
さて。この世界...恐らく全ての世界において。
人間がそこにいる限り、”価値”というものが存在する。
それはキャラクターという”価値”であり、美しさという”価値”であり、機能性という”価値”であったりする。
そしてソレを手に入れるために”貨幣”と言うものが生まれた。
それは価値を示す数値でありリソース。故に人はそれを求めるのだ。
「ま、何のかんのと言って俺も金が欲しいんだけど」
ぼそっと呟く。
「そうなの?もしかして資金、足りない?」
聞こえたのか、カーネリアンが聞き返してくる。
因みに今は授業中...まあ、半ば研究開発の場と化している魔道具学の時間である。
「いや、少なくともこいつ分は足りる...筈」
こんこん、と出来上がった装甲版を叩く。
そんなに大きなわけでもない装甲版。しかしこれだけでも素材費だけで下手な庶民の収入では何年もかかる代物である。まあ、俺の環境だと金属素材はタダなのでそこからかなり軽減できるが。
「まあ、どれだけお金稼いでても足りなさそうですよね...自動人形用の空白基盤を頼んでる...んでしたっけ?」
ほう、と溜息を吐くローゼナ。
空白基盤とは、言ってしまえば魔術版コンピュータである。
「まあ、そうだな...と言うか今回の金の使い先の7割以上がそこだし...」
これ、制作難易度が超高いのだそうでまあこれが高額なこと。
そこら辺の1カラットダイヤがティーカップ一杯買える値段と言えばわかりやすいか?
多少こちらのダイヤは価値が低いので何とも言えないのだが、日本円に直せば億のオーダーに届く。
自動人形は”宝石のゴーレム”と呼ばれたりもするが...まあ、頷ける話だ。
「ほんと、どうやってお金稼いでるんです?私は万年予算ギリギリなのに...」
いや、だってあんた割と金使い荒いじゃないか。前に予算使い込んでどうでも良いパーツ買ってただろ。
「んー。空白基盤ついでに、こいつを本格的に作る以上、ある程度ネタバラシが必要だから、金ヅ...取引相手を呼んだんだが」
「いや、呼んだって、ここ学園ですよ...?」
首を傾げるローゼナ。まあその言葉も当然だ。
商人、まあ部外者が入ってこれるような場所ではないのだ。本来なら。
「あいつにセキュリティとか乾いたハチミツ程度の障害にしかならないし...」
しかも一応この学園に関わりがあるから多分素通り。
「ええ...どんな人なのよ、そいつ...」
聞いてくるカーネリアンに俺は悩みながら告げる。
「んんんんん...クズとか人でなしとかそんなの?あと胡散臭い」
随分な言い様である。
とは言え事実だ。アイツは俺とは別ベクトルで人の心がーーー、っと。
「来たか」
ぐわら、と教室の戸が開かれる。
そこに立っていたのは。
「あれ、用務員さんですか?この時間は掃除、ない筈ですけど...」
この学園の用務員....の恰好をした。
「ああ、違いますよ教授。そいつです」
商人。
「ははははは!いやあクズとはひどいじゃないかアッシュ君!僕は只利益を追い求めているだけじゃあないか!!」
そう言いながらずかずかと入ってきたのは金髪で耳の長い人物...エルフだ。
「「」」
ぽかんとしている二人にこのアホを紹介する。
「紹介しよう。こいつはエルフの商会、「七つの森」の経営者にしてこの学園の一応用務員、カモミール・アルダーだ。胡散臭い上に盗みや覗きの適正の方が高そうな男だがまあ多分悪い奴ではない、きっと」
「自信なさそうに言わないで欲しいなぁ!?」
だったら何時ものクズムーヴやめろやこのボッタクリ。
貧乏人相手には負けてやるが、一度金持ちと認識されるとひたすらに詐欺まがいのボッタクリを仕掛けて来るヤツである。ばれないギリギリを通すのがまた最悪。
「ええと、この人が?」
漸く復帰したカーネリアンが問うてくる。
「そ、こいつが俺の...まあある意味御用商人」
緑色の宝石みたいな瞳を金色に濁らせ、美形な顔を胡散臭いオーラに沈めているが、まあ、うん、契約にこぎつければまあ誠実なのだ。うん。
「性別不明、年齢不明、出身地不明。名前は本物らしいけど謎だらけ。だがその商売の腕は本物...だったか?」
「うん、本人に聞く事じゃないねえ。...君が一生ウチだけと取引するって契約してくれたら裸くらいは見せてもいいんだよ?」
「いらん!!」
とまあ、軽薄な奴だ。
はあ、と溜息を吐き顔を戻すと複雑な顔でカモミールを見つめるカーネリアンが目に入る。
「...あ、エルフとドワーフは仲が悪いんだったか?」
創作などでよくある話である。この世界でもそういう話は聞いたことがあったのだが。
「あ、ううん、別にそんなことはないわ。迷信ね、それは」
どうも只の単なる都市伝説だったようだ。
「そうなのか?」
「うん、まあ。仲がいい悪いというかお互いを認識してないと言うべきだけどね。だってそうだろ?森の民と火山の民の間に交流があった方が変だ」
成程。確かに里の環境が違いすぎるか。
「ま、あの迷信はエルフとドワーフの話がかみ合わな過ぎて発生したものさ。エルフと人間やドワーフと人間はギリギリ話を合わせられるけどエルフとドワーフは全く合わないからね。何をするにも木材、植物な僕たちと火!金属!なドワーフじゃね...お酒の話位さ、里を出てきたばかりの両者で話せるのは。僕位ずっと人間社会で暮らしてるとどうにかなるけど」
別分野の研究者同士が専門用語使いまくって会話しようとするようなものか。半ば言葉が通じない状態ってことかな。
「だから私が言いたかったのはそう言う事じゃ無くて...え、大丈夫よね?カタギの人間...エルフ、よね?」
「...そんなにあやしい?」
流石にちょっと傷ついたらしいカモミールが聞いてくるので全力で頷いてやる。あ、項垂れた。
「流石にちょっと反省かな...初対面のお客さんに引かれたら意味ないし。はあああああ、あいつ相手すると色々荒むんだよねえ」
溜息を吐くカモミール。
「あいつって誰だ?」
「んー、ちょっと個人名はナイショだけど、ちょおおおおおおお偏屈な自動人形職人。多分変な奴度で言えば僕の四倍くらいは変な奴だよ。...冗談じゃなく本気で」
本当にげんなりしているカモミール。
「そりゃ...災難だったなホントに。......因みに校長と比べると?」
「ああ...あの子?あの子は変人っぽい事言ってるけどかなり真面だよ?」
やっぱ何かしら面識あるのかこいつ。
「そうか...まあいいや。で、モノは手に入ったのか?」
問うとカモミールは先ほどまでの辟易とした顔を何処かに放り捨てて満面の笑みを浮かべた。
「ああ、そりゃあもちろん!ほら」
ぽい、と投げ渡されたのは白い立方体。
いや精密部品投げるな。
「これが?」
「そそ、それが空白基盤さ」
見回す。
乳白色で半透明の立方体の中に精緻な線がびっしりと走り回っている。この全てに意味があり、あれだけの価値があることが一瞬で分かる程に高度な品だ。
「いや、思ったよりは安く売ってくれたよ?おまけで設定用の機器も付けてくれた。」
こと、と机に置かれる、立方体を納めるのであろう窪みと握りが付いた箱。
これでプログラムするのか。
「安く済んだって...負けてくれたのか?」
「んー、ま、そうと言うか、何と言うか。君が作ろうとしてるモノの話をしたらね。5%引きだけど、結構な額だろう?」
まあ、そうだな。
偏屈な技術者には面白そうな技術を提示すれば口も財布もゆるゆるになる。心理だなこれは。
だが、まあ、それはそれとして
「いや、勝手にバラすなよ,,,寧ろ俺の制作物の秘匿はお前が言い出したんじゃなかったか?」
「いや、まあそうなんだけどね。彼、言わなきゃ売ってくれもしなかったから...」
門前払い→大幅値下げか。0-100かよ。
「ま、定期的に会いに行かないと勝手に死にかけてるレベルで世捨てだからオーライオーライ!」
からからと笑う。ほんとこいつは...。
「それで?この状況で呼び出した...ってことは、この子たちを僕に紹介する気なんだろう?」
既に品定めを始めているのか、商人の目をしているカモミール。
「まあ、そうだ。この学園で、チームを組んで開発をしていく予定である以上、仲間と教授にはネタバラシが必要だし、あんたとの面識はそのうち必要になる...と思ってね」
言うと、カモミールはうんうんと頷いた。
「ナルホド、道理だね。...じゃ、改めて自己紹介とさせていただこうか。僕はカモミール・アルダー。ちょっと儲けてるだけの商人さ。今はアッシュ君の魔道具で大いに儲けてる。あとは、そうだね。魔物の素材をアッシュ君に提供しているのも僕だ」
「なるほど、魔道具でお金を得てたのね...あれ、そんなに稼げるの?鎧全部のお金なんて。」
おっと、良い質問だ。
「そうだね。アッシュ君の魔道具は他にない代物だし、製造速度も結構早いし、何より性能が高い。貴族のニーズも解ってるからとんでもなく高く売れちゃうけど、それでも彼の計画には全く足りないねえ」
訳知り顔で解説するカモミール。
因みに他にない仕掛けで稼働する魔道具と言う事もあって結構値段釣り上げても飛ぶように売れるらしい。相場がない商品だから値段を気にする必要が薄いとかなんとか。やっぱクズでは?
「じゃあ、どこから?」
「ふ、僕が提供してるのは魔物の素材だけって事さ。...おっとこれ以上はだめだね。僕は彼の台詞を取るなんて野暮なことはしないさ。...さ、説明してあげなよ」
軽く手を広げ、芝居がかった動きで引き下がるカモミール。
...ま、これは俺の口から言うべきことか。
「そうだな。...俺の魔法、知ってるか?」
「...何よいきなり。確か鉱物由来とか水系の物体を出せるんでしょ...え、あれ、消える...わよね?」
だんだんとカーネリアンの声が緊張を孕む。
それはそうだろう。
それは、本来できてはならない事なのだから。
「ノー、消えない。あれは消してるんだ。わざわざ、な。」
愕然とする二人。
それも当然と言えよう。何せそれは物質をほぼ無制限に出せることに他ならない。
「ま、要するに。金属部材は俺が作る」
静寂。恐らく情報が上手く呑み込めなかったのだろう、たっぷり20秒押し黙ったのち、ローゼナの方が先に復活した。
「成...程。確かにそれは内緒にしておくべきこと...ですね」
「そ。アッシュ君が金属部材...それこそアダマント・ミスリル・金なんかを生成できる、なんて世間に知られたら終わりだよ。いっちばん平穏に事が推移してもまあ戦争だよね。なんせ移動式の人間鉱脈だし」
しかも枯れないしな。
「さて、秘密が明かされたところで、お嬢さんたちの名前を聞いておこうかな」
ぱちん、とウインクするカモミール。...無駄に似合う。
二人が此方を向くので適当に顎で促しておく。...おいカモミール、警戒されてるぞ。
結局ローゼナがさきに行くことにした様だ。
「ローゼナ・ティラミーです。えっと、魔道具科の筆頭教授やってます」
「ローゼナ譲、ね。...ああ、確か一年前に反復差動装置で特許取ってた...」
「ご存じなんですか!?」
こいつのリサーチ能力は並大抵ではない。少なくとも商売に関係しそうな名前はすべて覚えているらしい。特許は必ず毎週末に確認するのだとか。
ちょっとウキウキとしているローゼナだったが引き下がる。
するとカーネリアンが入れ替わりで前に出た。
「えっと、カーネリアン・ケイよ」
ま、凄腕とは言え学生だからな。特筆することはまだない...と思ったのだが。
「カーネリアン・ケイ...か。うーん」
カモミールが反応した。
「?...なんかあるのか?」
「...いいや?...ま、ちょっと昔知り合ったドワーフが”ケイ”のドワーフでね。ま、ドワーフは氏族の社会だからつながりはあるかも...ってね」
「ふうん...」
ぱち、とウインクするカモミール。俺にしても何も出んぞ。
「じゃ、まあ、僕はそろそろお暇するよ」
「ああ、予定でもあるのか?」
「素敵なマダムとの商談でね。僕に夢を見せてくれるお相手さ」
きらん、と擬音でもつけてやりたくなるさわやかな笑顔。
だが俺はその裏を知っているぞ。
「夢は夢でも黄金の夢だろうが。搾り取ると後で痛い目見るぞ」
「はっはっは!手綱を握れない夫の方にも責任の一端はあるさ。別にホントに破産させる気は無いんだ。商談は此方に利益がある限り断らないし、止めない。人には誠実じゃないかもだけどね。僕が誠実なのは黄金にだから、さ」
屑め。
ま、そっちの方が...”信頼”は出来ないが”信用”は置ける、か。全く。
「へーへーそーか。ったく、うちにはその顔で寄り付くなよ」
「君の母上にはお世話になったからね。値段の付けられない借りがある所にそんなことはしないさ。じゃあね!!」
そういって、アコギなエルフは来た時と同様に、風の様に去っていった。
アッシュの伝手はエルフでした。
エルフの名前について
基本、エルフの名前は植物由来。
女性名は花の名前が多く、男性名はハーブの名前。苗字は木の名前。長老は就任時にかつての長老の名前を受け継ぐので名前が長い。でもそもそもの寿命が長いのでピカソよりは名前が短い。
ただハーブでもあり花でもある名前が結構多いので、中性的な見た目をしているのが多いのもあって性別不詳が多い。なお本人たちですらわからない模様。
相思相愛になってベッドインしたら両方女/男だった、なんて事件がちょいちょい起こるエルフの里。
因みにダークエルフはちょっと違う。
ドワーフの名前について。
基本的に鉱石や宝石の名前。たまに合金の名前だったりする。苗字というか氏が100ある。結婚しても夫婦別姓が基本で、子供は成人するまでは苗字を持たない。ドワーフは歳が二桁(10歳)になると元服(成人)扱いで、その時に親のどちらの性にするか決める。
爛れ以外は氏族長や大王で、彼らに嫁入りすると必ず氏族長や大王の姓に改姓し、こどもも父親の姓となる。このシステムがあるので姓が一緒なら確定で関係がある家である。面識があるかは別とはいえ。




