第十六話 スカーレット・スタディ/平和な午後は嵐の前の
人殺し。そういう意味において、俺はこの上ない適正を持っていたのだと思う。
紫色の液体で満ちた部屋の中、俺は独りそう思う。
人生の岐路を、最後の一線について迷うには、俺は人でなさ過ぎた。
ともすれば。
人の醜さの果てに本当に人でなくなった、こいつよりも。
体験授業が終わって一週間、俺は充実した日々を過ごしていた。
予定通り魔道具科を選択し、戦闘科や儀式科やらの授業に顔を突っ込むスタイルにした。
そこそこ詰まった時間割だが...まあ、暇になれば技術開発か訓練か読書くらいしかやることがないと思えばやることは言う程変わらない。寧ろ”教師”が付いた分効率的になったと言えるか。
また、新たに半ば同級生となったカーネリアンと多くつるんでいた。
彼女の話を聞く限り、ドワーフの魔道具に使われている技術は人間のものと大きく違う様だ。
聞いた印象ではほぼスチームパンク。少なくとも人間の魔道具より、特殊かつ癖が大きいが強力なもの、という印象を受けた。
またドワーフらしく、と言うべきか...金属加工に非常に優れていた。
ドワーフ固有の...数少ない魔法である”加工魔法”。これを利用することで、彼女は驚くほど短時間かつ精緻に金属を鍛えてしまう。
彼女は人間の社会にある技術を学びに来たのだそうだ。儀式魔法や一般魔法はドワーフではほぼ使える者がいない技術であり、それを製作に活かせないかと思ったとのことだ。
そんな生粋技術者が、俺の...明らかに未知の義手に興味を持たない訳がなく。
たった一週間でいくつもの作品を二人(+たまにローゼナ)で生み出した。
今日やっていたのも...その一つだった。
「どわぁっ!?」
俺の間抜けな叫びとがすん!という着弾音が放課後の校庭に響く。
俺はもうもうと巻き起こる砂埃のなかひっくり返っていた。
「...大丈夫ですわ?」
見学...と言うか観覧というか野次馬と言うか、まあそんな風に見ていたネアが駆け寄ってくる。
「いてててて...」
受け身はとったが限界まで引っ張られた肩と打ち付けた背中がじんわりと熱を持っている。
「やっぱ、制御系が課題よね、風魔法じゃ調整が間に合ってないわ...爆発で空を飛ぶってやっぱ無茶じゃない?」
大体のパラメータを記した布の切れ端を見つつカーネリアンが言う。
そう、俺たちは実験を...改造した俺の義手の試験をしていた。
今作っているのは改造の目玉...となる予定の追加装備、爆発魔法と風魔法、あとは物理制御で空を飛ぶ、噴進機構である。
試験結果は...まあもちろん失敗である。
「よっこらっしょっと。...はあ、爆発魔法の不安定さに比して制御機構が全く追いついてないな...」
起き上がって深くため息を吐く。
物理的な制御...推力偏向はギリギリで及第点。だが風魔法の制御が全く持ってうまくいかない。
「そうね...正直魔法陣は畑じゃないのもあるけど、それでも要求される反応速度の3割程度は不味いわ。...でもねえ、図書室漁ってもそんな早い魔法陣は見当たらないわ...考えれば考えるほど無茶な気がする!」
と少し頭を抱えるカーネリアン。
正直まあ、現状の技術と設計でジェット推進するのは無茶なのは、うん、それはそうとは思う。
はあ、ともう一度ため息を吐く。
「あーーーー...仕方ない、やっぱ鎧型にするしかないか」
つぶやくと、それを聞いていた二人が一気に詰め寄ってきた。
「「鎧型って何よ(ですわ)!!??」」
「うお!?下ろせ!下ろせ!」
ちょ、二人がかりで胸倉を掴むな!ネアお前さては自分が使えるかもしれない強化アイテムの匂いを感じ取りやがったな!!
と言うか持ち上げすぎだ!半分高い高い状態じゃないか!!
閑話休題。
「はあ、はあ...ったく、興奮し過ぎだぞ」
「だって急に新しいこと言うから...」
「だってなんか強化に繋がりそうだったんですもの」
はあ、まあ俺も技術者や科学者の端くれだからな、カーネリアンの言い分は解る。
だがネアよ、お前教会関係者と言うには少々バーサーカー過ぎないか?
「で、一応聞くけど何で鎧?」
ある程度は自分で仮説を立てているらしい。確かめるようにカーネリアンが聞いてくる。
「単純に推力中心と重心の乖離が想定より酷すぎるのが一つ。風魔法で制御するより、そもそも噴き出す口を増やす方が制御効率そのものは上がるだろうというのが一つ。これ以上機能拡張するには容量が足らなそうなのが一つ...かな」
「ふむ、なるほど。確かにそうね。...複数の爆発で制御とかそこのバーサ...ごめんなさい謝るからメイス構えないで!」
...カーネリアン...その先は地獄だぞ...。
まあ、それはさておき。
「ただまあ、非常に気が進まない選択ではある」
「そうね」
二人腕を組んでうんうんと頷く。
「どうしてですの?」
「「単純に素材費」」
そう、この魔道具は高度な技術をふんだんに使用している以上、素材が高い。
自分ひとりで作っているときは素材から加工費まで全てタダだった。なにせ素材を加工した状態で生み出せるんだからな。
が、これがカーネリアンと作るとなると話が変わってくる。
彼女の驚異的な鍛造術は俺には作り出せないモノ。おかげで強度が大幅に向上したが...その過程で使われる素材が高価な上に俺には作れない。さらに言えば魔法陣を刻むモノにも金がかかる。
その理由は”魔物の素材”だから。
魔物の素材は魔法金属と言われるものと違ってそれそのものが多かれ少なかれ魔力を含む。流石に魔力で魔力を作るなんて無法な事は出来やしないので...それだけは買うしかない。
かつて父がこの世から跡形もなく消し飛ばしたハイドログリズリーの毛皮等は超高級品である。あとで領地の経理担当の男にこんこんと説教されるくらいには高級品。
だが鎧型でこれ以上のものを作るとなるとそのレベルの素材がそこそこ要ると思われる。
流石に貴族の家が傾くほどのシロモノではないが...逆に普通子供が出せる金額は優に超えている。
まあ、俺は無理すれば出せるケド。
「金策するかぁ...」
本日三度目のため息を吐きながら言う。
するとネアがぽん、と手を叩いた。
「そういえば、アッシュさんはどうやってお金を得ているのですわ?その腕...おそらく魔法金属がふんだんに使われていることもですが...その魔剣、私はそんなに魔剣に明るくはありませんが...高いでしょう?それ」
「まあ、100万はしたな」
100万!?と驚くカーネリアンをよそに、ネアは疑問を重ねる。
「まず間違いなく子供が出せる金額じゃないですわよね、それ。そんなお金をポンと子供に渡す親は相当な親馬鹿かお金持ちだけですわ」
親馬鹿...はちょっと否定できないかもしれない。
赤ん坊時代の記憶を思い出すが...まあ、どちらにせよ金は貰ったものは生活費以外に使い込んではいないので実際不正解だ。
「まあちょっと伝手があってな」
「伝手って何よ」
「いや、まあ...非合法ではないとは言っておくがちょーっと狡い手段混じってるから内緒」
魔法一つで金属素材を無限生産できるとか知られる相手によっては厄ネタすぎる。
素材側もそれに関係してるし、内密にしておきたい理由はほかにもある。
「教会関係者の前でズル宣言とはいい度胸ですわね...まあ、あくどいことやってないのならいいですけど...やってませんよね?」
「やってない」
黄金の饅頭みたいなことして金受け取ってるから絵面の酷さは折り紙付きだが。
というか人を騙すのは俺のコミュ力的にキツイ。
「とらぬ魔物の皮算用ってやつだが、まあ金は何とかするとして、作るかあ...」
「そうなるなら、あたしいくつかアイデアあるわ」
「私も使えるように、とかできません...?」
「「暫くは無理」」
「あう...」
そんな風に、三人で今後の展望を話していると...。
「大変です!!」
カガミが飛び込んできた。
全速力で走ってきたのか、ぜえはあと息切れし、非常に焦ったような物言いで飛び込んできた所を見るにまずもって只事では無い事が伺える。
「...何がありましたの?どうも只事では無いようですが...」
ネアが、息を切らしているカガミに少し遠慮がちに聞くと。
その答えが返ってきた。
「アイリーンさんが誘拐されました!!」
ちょっと短め。次回に続く。
魔物の素材について
高濃度の魔力を含む。半金属質の素材があったりするので鎧にも一般的に使われる。
弱くそこら中に居る魔物だと庶民でも買えるが、こと竜の素材となってくると伯爵の家を潰しても手に入らないレベル。




