第十五話 魔法学園体験授業3/切り捨てたモノと見つけたモノ
二限目。
この授業の名は「儀式学」。
儀式魔法、それは簡単に言えば。
魔法陣を指す。
尚生贄とかも儀式魔法だが違法なのでほとんどの場合魔法陣で使う魔法を指す。
俺自身はこんなもの使えないと思っていた。
まさか俺にも使えるとは。
法則があるのだ、これ。
つまりはそういうことである。
「魔法陣とは、呪文を図形と文字に組み替えたモノであり、これを適切に描くことで様々な魔法を”保持”することが可能です。」
儀式学の教授であるマドルチェ・ガバナザーーー80代後半のおばあちゃん先生だーーーが教鞭をちょっとたどたどしく振るう。
「適切に、と言うことが重要です。例えば『砕け、弾け、石の壁よ』を『弾砕けけ壁石のよ』などと詠唱しても発動しないのと同じことです。」
要するにこれ、端的に言うならプログラミングと回路作りである。
関数を順番に並べ値を指定してファイルを実行する、それが適切な動作をするようにワイヤや抵抗なんかを並べる、を魔法に置き換えると、呪文に対応した文字や図形を正しく並べて発動する、となると言うワケ。
「今皆さんに発動してもらっているのは各々ランダムな属性の初等魔法に当たるモノです。これは~~」
まあ呪文学の延長の様な側面を持つ以上少々宗教的なアレこれを含む教授の小言を聞き流しながらさっさと周りを見渡す。
初等と言うだけあってクソ程簡単なので共通点探しは簡単だ。
見たところ発動している魔法はすべて”球体”系魔法。攻撃力がほぼなく、一般に魔法制御の訓練に使われる魔法だ。詠唱は全て『〇〇よ、丸く美しき、真理の結晶となれ。【〇の球】』で統一されているので共通点探しは簡単。
と言うか中心の模様以外共通だった。
後はこれを用意された特殊な(防腐処理された魔物の血液を混ぜ込んだもの)インクを利用して描くだけだ。
魔力、それは特殊な性質を持った素粒子である、と言うのは前に語った通りだ。
動作原理としては、文字に並べられた励起した魔力の振動が疑似的に人間の脳波を再現することで魔法として放たれる、形になるらしい。ただ文字のみだとほとんどの場合魔法として足りないこれが関数に当たる場所だ。プログラム的にも単独の関数で動くものはプログラムとしてしょぼいのは解りきったことだ。それを掛け合わせ複雑に絡み合い編み上げるのが図形の役割。これが回路に当たる。
プログラムで言うなら言語と法則、回路で言うならパーツと効果。これが理解できれば、知識さえあれば誰でも組めるというのがこれらの特徴。魔法陣もこの特徴を持っている。
通常の、詠唱する魔法は”技”に近い。職人の技を工業的に再現するというのが難題であるように、科学畑である俺の脳には合っていない。
が、儀式学...魔法陣は”理論”であった。判り易く再現性があり、法則がある。それは人を問わず扱うため”技術”である。例えば、この世界には火系の魔法が得意だがそれ以外はからきしと言う人間がいる。と言うか得意属性と使えない属性があるのが普通だ。だがこれは自分の使えない魔法だろうと(魔力量が足らないと使えないものの)使うことが出来る。
よって。
「おお...」
俺の目の前には火の玉が浮かんでいた。
ちょっと感動。魔法らしい魔法を脳内でさんざんこき下ろしてきた俺だが。
まあ、それとこれとは話が違う。
男子ならみんな魔法を使ってみたいと思ったことはあるだろう。...ない奴はいるかもしれないが、少なくとも俺はそっちの方ではなかった。
まあ、アンパ〇マンとか、仮面ラ〇ダーとか、きかんしゃトー〇スとか、ああいったものや世界観への、子供の憧れ程度でしかないが...。
一つの夢が叶ったのだ。うれしく思わない訳がない
...これなら普通の魔法も...無理か。根深いな、俺も。
兎も角、魔法を放つ手段、手数が増えたことは喜ばしい。物理魔法で魔法陣を召喚して、みたいなことは流石に難しいかもしれないが、事前に巻物の様な形で準備しておけば銃の様な感じで魔法を放つことが出来るだろう。
と言うか銃型の魔道具が作れるかもしれない。これは後で魔道具学の体験授業があるから確かめられるかもしれない。
それにしても落とし穴だ。まさか切り捨てたモノに光明があるとは。
まあ失敗した実験で出たゴミ拾ったら新物質でしたとかままある話だしな、そんなモノか。
と、ふと隣を見るとめっちゃうるうるした目で俺を見ているアイリーンが映る。
...そういえば戦闘科一択っぽかったこいつが何でここにいるんだ?
尚体験授業とは言え必修以外は出席は任意である。
よって今ネアとかロメルはいない。
「よかったねえ...」
しみじみと言うアイリーン。
コイツに魔法への憧れ云々を話したっけか。いや、こいつ俺の事はエスパーかってレベルで察しがいいし勝手に気付いていたのかもしれないが。
「まあ、今日は体験ですのでこのくらいとしましょう」
二限は呪文学だったので描写はカットだ。
つまらなかったとは言っておこう。
その後は魔法薬学などとる気のない授業だったので午後に移る。
”魔道具学”。
ある意味俺が最も楽しみにしていた授業と言っていい。
魔道具。それはまさに魔法を込めた道具である。
俺の持つ魔剣や、少し腕を広げればこの義手も入る。
工芸品とも評されるこれらは美しい技術の結晶である。
この国の最高学府であるこの学園において、その授業は。
あー、うん。
閑古鳥が鳴いていた。
「「「.............」」」
静寂。今この教室には、俺、入試の時に会ったローゼナ女史、それともう一人の女子生徒がいる。
それで終わりだった。
「えー、おほん。」
ローゼナ女史が沈黙を破る。
「最初に言っておきましょう。...魔道具科は人気がありません。最も生徒数が少ない学科です」
......まあ、見れば判るな。
既に二人しかいない。
「と言いますのも、魔道具技師は”学校”で育てるのが普通だからです」
まあ、そうか。優秀な奴が技師と言うのもおかしな話だ。東大卒が自動車整備工場で働くようなものだしな。専門で学ばせた方が正解だ。
「ですのでこの学園における魔道具科の役割は違います。この科が育てるのは研究者や開発者です」
成程、それは人気がないのも当然か。
この世界の研究者はあまり人気がない。
というのも、この世界において技術の発展はそう速いものではないからだ。
100年前どころか500年前の技術が普通に使われているような世の中で、新しい発見はそう簡単なものではない。が、もしそれが他国で起こったら面倒なので保護しないわけにはいかない、厚遇はされるが優遇はされないという、微妙な立ち位置にある。
よってこのありさまと言うワケである。
俺は...と言うか10位クラス(Sクラス)は「情報は自分で集めろ」の一声のせいで授業の、科の情報を貰っていない。俺以外はちゃんと集めたらしくここにはいないが、まあ、俺は集めていないので初耳である。
が、それ以外のクラスは情報が出回っているはず。故にこの、俺から少し離れたところに座る推定Aクラスであろう女子は研究者志望の奇特な生徒ということか。
「まあ、このクラスに来た以上二人にはウチに入ってもらいますので」
そそくさと話を進めようとするローゼナ女史。
...。
「「おい」」
いまなんつった。
二人で異口同音に咎めると俄かにローゼナが慌てだす。
「いえ、その、だって、今年も開講出来るギリギリなんですよ、E組の人たちは結構入ってくれるみたいですけど...それにあなたたち二人は私が担当を始めて以来の超有望株ですし、逃がしたくないですし...」
見かけによらんな、人は...。
ポンコツ臭あふれる言い訳を並べ立てるローゼナ。
「まあ、私は元々入るつもりでしたからいいんですけど...そっちの方はどうなんです?」
と、そんなことを言ったのは件のもう一人。
よく見ると。
「ドワーフ、か?珍しいな、初めて見た」
ドワーフ。地球においてはゲルマン語派における「ちいさきもの」を表す言葉。高度な鍛冶技能、工芸技能を持つとされることが多い伝説上の種族。
それがこの世界には存在する。
”亜人4種”と呼ばれる区分。東方に2種、西方に2種。傲慢にも人間が人であることを許した者たち。それがエルフ、ドワーフ、鬼、竜人の4種である。
尚西方においてはエルフとドワーフの差別意識は薄い。なくはないものの、むしろ東方人類への差別感の方が強い。結局のところ、エルフやドワーフとの外見的差異が殆どないからだ。
だが、二種とも人間社会と関わりが薄い種族だ。
片や森の深奥、片や火山の奥底に。彼らと関わりのある村や町は「守り人」とも呼称される程の存在。
それが人間の国で学園通いとは。
「...確かにあたしはドワーフだし、珍しいのは確かだけど、珍獣扱いされるのは納得いかないわね」
トランジスタグラマーという奴だろうか、130cm程度しかない身長に比してやたらでかい胸を震わせるドワーフの女子。
ふむ、怒らせたのか。
どう見ても平坦とかまな板とか断崖絶壁とかそういうアレな自前のモノを撫でているローゼナは黙殺する。流石にモーション的に判るが、俺も唐突に教授を弄り倒しに行く人間じゃあない。
まあ、なので普通に謝るのみだ。
「そうか、それは失礼」
ぶるぶると上下運動していた彼女が一転して静止する。
...伸びるぞ。
「なによあんた、妙な人間ねえ。...まあ、いいわ。慣れてるし、毒気抜かれちゃったし。で、結局あんたは入るの?」
「ん?ああ。当然。...って言うか、入学式でも言っただろ?」
言うとまたぽかんとする彼女。
「え、あれあんただったの!?...あー、あたし見えなかったのよ、すごくでっかい男が前に居てね」
成程、この少女では壇上が見えないか。
「へえ、何と言うか、もっと拗らせた奴だと思ってたけど、面白そうね。アッシュ、だったかしら?」
にこ、と笑う少女。
中々笑顔が似合う。マグマのような赤銅の髪に炎の様な橙の瞳。元気!!を絵にかいたらこうなるだろうが、それでいて粗野さは感じない。とんでもない体形だが筋肉質。そんな少女。快活なその笑みの破壊力は中々と言っていい。
「そうだ。君の名は?」
...小ボケのつもりだったがこの世界じゃ通じないじゃないか。
...く、ボケはやはりハードルが高いか。
そんな俺の内心の嘆きをよそに、少女はその笑みを深めて、握手の形にした手を差し出してきた。
「あたしの名前はカーネリアン。カーネリアン・ケイ。よろしくね、アッシュ」
「ああ。紅玉髄か、いい名前だな。...よろしく」
「ん、ありがと」
がっしりと手を握って握手する。...手ちっちゃいなー。
そんなことを考えているとローゼナがぱんぱんと手を叩く。
「はいはい、突発的ですが自己紹介が終わったところで授業に入ります。ええと、二人とも即戦力なので普通に授業します」
「「おい」」
これが、俺とカーネリアンの...。
もしアイリーンが守るべき相手、カガミが可愛がりたい相手とすれば。
相棒となるべき相手との、出会いだった。
ヒロイン候補四人目。落とすまでには時間がかかるのでまだまだ候補の候補みたいなもんですが。
因みに人間と認められた種が居れば認められていない種もいます。
ただ来陽だけやめったら色んな種族に人判定出してます。
来陽「えっちなら人!!」
こんなノリ。
ドワーフは鍛冶だけでなく工芸にやめったら明るいです。さらに言えばスチームパンク社会。魔法を得手とする人がいない代わりに火山の魔力をエネルギーとして利用しているのでかなり先進的。とは言え火山の地下じゃないと使えない技術だらけ...だけど、多分主人公にはカンフル剤になっちゃう。




