第十一話 学術都市散策/ほんの少し手を広げて
「ええええええええええええええええ!!!!!????」
うわっヤメロデカい声を出すんじゃあない!
「まて、落ち着け!勘付かれる!」
あのノーノとか言う奴に見つかったら後が面倒そうだから逃げてきたのに!
「すすす、すみません、で、でも、デ、デートって...」
真っ赤になって壊れたスピーカーと化しているカガミ。
可笑しいな、この程度で女は動揺しない...気がするのだが。まあこうなってるってことは俺の認識違いだろう。修正修正。
「男と女が一緒に出掛けてたらデートだろ?」
「え、あ、それはそうですね、ははは...(そうだよね、そうですよね!)」
如何やら調子を取り戻せたらしい。
まあ、そうなれば善は急げ、と。
「行くぞ」
「ええ今!?...えっと、その」
手を差し出す。カガミは反射的に手を取ろうとした...が引っ込めてしまう。
「行けませんよ」
む。
「何故だ」
「何故って...だって、私とデートになんてしたら、いけない噂が立っちゃいます。あんな猿となんて...って」
..................そうか。
そうか、そうか、そうか。
こいつを、猿、ね。
白状しよう。俺は少し怒っていた。
どうもこの娘は俺の琴線の何処かに触れたらしい。他人がどうなろうと知ったことじゃない筈の俺の心に、しかし確実に火が灯っていた。
...既にこの娘は身内と思っているらしい。我ながらちょろいな。
だからか、知らないが、少し、いつもと違うセリフを吐いていた。
「言わせておけ」
少し語気を荒げていう。
「ーーーえ」
ぽかんとしているが関係ない、言ってしまえ。悪い言葉ではないのだから。
「言わせておけ、お前が気にする必要はない。」
言葉を重ねる。次にいう言葉が見つからないまま。
こんなの、いつぶりだろうか。ああ、アイリーンが俺の腕が失われてすぐ、悪夢を見たと泣いていた以来か。あれは苦労した。慮ることが苦手な俺にアレはきつかった。
今回もそんな試練。だが、母さんが...今生ではなく、前世の母がかつて言ったように...。「女の子が泣いているのに気付いたならば、泣き止ませるのは気付いた男の仕事」。気付かない、認識できない事の方が多いけれど。いまは気付いている。ならば、最大限に言葉を紡げ。
「奴らの美的感覚がおかしいんだ。カガミ・ノノムラ。お前は十分に...いや、十二分以上に、かわいいさ。」
「~~~~~~~ッ!!!!」
「お転婆に見えて楚々としているのが可愛い。少し幼いけど素直そうなその表情が可愛い。そのーーー」
「いいです!もういいです!ありがとうございます嬉しいです!でもこれ以上は供給過多で死んじゃいます!!」
む、そうか。見れば真っ赤になって、...恐らくは別の意味で涙目になっているカガミ。
たしか褒められすぎるとかえって恥ずかしい、らしいな。
加減を覚えろと言うのも母さんの言葉だな。...なんで知ってたんだ?
「はあ、はあ...その、...その、嘘は...なさそうですけど。もしかして、ふくすうの女の人とか、言い慣れてるんですか?こういう事...」
はあはあと数回深呼吸して落ち着いたのち、カガミはおずおずと聞いてくる。
...む?
「いけない事だったのか?『女の子が泣いているのに気付いたならば、泣き止ませるのは気付いた男の仕事』と昔言われたんだが」
言うと、カガミは数瞬きょとんとして、今度は思い切り笑い始めた。
「すっごい、本音だ!あははは!そっか、ズレてるんだ、貴方!」
ーーーーー!!
「なぜ、気付いた!それに!」
今度は少し警戒する。何故かいまは意味が一瞬で分かった。
こいつ、
俺の欠陥に気付きやがった。
じり、と一歩引くと、それに気づいたか俄かにカガミが慌てだした。
「え、あの、そんな、つもりじゃ」
ーーーーー....そうか、...悪気は、なさそうだな。
「すまん、一応隠してきたつもりだったから、ついな」
「ああ、そうだったんですね...すいません。その、実は少しだけ。私、心が読めるんですーーー」
彼女の話は、やはりと言うか悲しい話であった。
幼いころから差別と憐みの底で生きてきた彼女にとって、他人の表情を見ると言うのは必須技能だった。
しかし、神の慈悲か、それとも世界に届くほどの欲求か、何時しか他人の言葉の”裏”が見える様になったのだーーーと。
「...そうか」
「すいません、いつもは言わないんですけど...嬉しくなっちゃって、...いいえ、その前に失礼でした、疑うなんて...」
「いや、悪気がないなら構わない。そら、行くぞ」
再度手を差し伸べる。...まだためらうか
「いいんですか?その、心をのぞき見ーーーわっ!?」
無理やりに手を引っ張り上げ、その勢いのまま横抱きにしてしまう。
どうもここに人がいることがばれかけているらしく、下が少し騒がしい。
俺だとバレないうちにトンズラと行こう。
「お、お、お、お姫様抱っこ!?」
そのたんごこっちにもあるのか。
まあいいや。
「跳ぶからな、舌嚙むなよ!【演算仮定・運動不定式】!とうっ!」
言いつつ、助走してから魔法込みで思い切り跳躍!!!
「え、わあああああああーーーーーー」
カガミの悲鳴をBGMに、俺は天高く舞う。
「着弾予測ヨシ、距離457.2m、予想誤差3MOA、数秒の空の旅をお楽しみくださいってなあ!!」
「よゆうないですうううううううう!!」
数分後。
「はあ、はあ、はあ、死ぬかと思いました...。」
「ははは、あれくらいは序の口さ」
「怖...」
大通りから少し奥まったところにある空き地。そこが俺が選んだ着地場所だった。いや、前から目は付けてたんだよ。寮から抜け出すのに使える立地だ、ってな。
警報機が設置されているとは聞いたが、内側から出る分には作動しないらしい。戻るときは面倒そうだが、まあ、今は関係ないのでヨシ。
「そらいくぞ」
言いつつカガミの手を引く。
抵抗を感じる。摩擦係数は…って違うそうじゃない。
「まだ迷ってるのか?」
「えっと…その、はは、…教科書買いに来た時も…ちょっと」
この街も印象が良くないと。
…まぁこれだろ。
「【夢想印刷】」
「え、わぶっ」
ぼさっ、とフード付きの外套を創り出して掛けてやる。この土地は春でも少し気温が低い。まあ悪目立ちはしないだろう。
「ほら、これで大丈夫だ、な?」
「あ……はいっ」
漸く決心が着いたか、カガミは自らの足で、大通りへと出ていった。
「前は目的があったから見てなかったが…結構いろんな店があるもんだな」
ほう、と感嘆する。
見渡す限りの露店、露店、露店。長い大通りの横を埋め尽くすように立ち並んでいる。
串焼きや果物屋なんかの食物系、皿などが売っている雑貨系、果ては格安で似顔絵を描いてくれる店まである。
この街は上流とまでは行かなくとも、裕福な家がかなり多い。そのせいか嗜好品の類も多かった。
「ほんとに色々あるんですね…あんまりきちんと見ていなかったので、ちょっと驚いてます…」
とはお上りさんと化しているカガミの言葉。…人のことは言えんが。
ぽてぽてと店を冷やかしつつ歩いていく。途中でやたら日本臭い焼き鳥を買い食いしたり、「最新式!全く新しい筆記用具!」と銘打たれた、どう見てもただの万年筆を買ってみたり(この世界ではまだ羽根ペンが主流なので最新式なのは間違いではない)、カガミは「剣を大切にする方へ」と書かれた剣のお手入れセットを買っていた。
やっぱり刀使いなのだろうか?
夕方。
結局半日盛大に練り歩いた。この頑強な今生の体が少し疲れる程に。
今はそろそろいい時間だと学園に戻っている。
「いやぁ、なかなか楽しかったな」
大体のものは自分で作った方が高性能だ!と思っていたくせに結局衝動買いしてしまったあれやこれやを抱えて笑う。
いやはや、なかなか良い買い物だった。万年筆のペン先はイリジウム辺りに改造しておこう。
「そうですね…幸せな時間でした」
店を回っている時の溌剌とした声とは少し違う、しっとりとした声の答えが聞こえてくる。
もしかしたらこっちが素だったりするのだろうか。いや、違うか。
「あ、そうだ、今日の件…いいや、やっぱなんでもない」
「なんですか?」
んー、と悩みながら言う。
「いや、内密にすべきか迷ってな、アイリーンのやつ、最近俺が女性と喋ってると怒りっぽくてな。原理は不明だがどうも再現性があるらしき以上対処しておくべきかな、と」
「(そこまで察せてて恋に行き当たらないんですかこの人)あんま隠さない方がいいと思いますよ、個人的に」
「何故だ?」
「恋び…親しい人には嘘を付かない、これ、関係が長続きする秘訣です」
嘘をつかない。…成程な。
「そうか、参考にさせてもらおう」
「はいっ!」
そんな会話をしながら歩いていると。
「きゃぁああああ!!」
と悲鳴が鳴り響く。
「悲鳴!?」
と気付いたのはカガミ。俺は完全に認識外だったがカガミの言葉で漸く気付く。
「ーっ!」
だっ、と駆け出すカガミ。
「あっ、おい!…追いかけない訳にもいかんよなぁ!」
ダダダッと走る。人が悲鳴で止まる中、その音源に辿り着く。
そこは例の似顔絵屋。しかしあったのは露店の残骸と、ひっくり返った絵描きの女だった。
「どうかしましたか!」
カガミがひっくり返ったままの女に声をかける。
「あいつ...強盗」
なんとか女が指したのは如何にも逃げる途中と言ったような黒ずくめの男。
「ッ!」
ばん、とカガミが走り出す。
俺は一瞬この女に付くべきかカガミを追うか迷い。
「カガミ!」
カガミを追うことにした。
ちょっと長くなりすぎたので分割。ちょっと語るには出そろってないので設定開示はスキップ。




