第十話 異世界人種問題/虹と黄色と混沌と
ホームルーム。
高校なんかではよくあるシステムだ。
小・中は基本的にクラス単位で行動し、大学では完全に個人主義。
そして高校は中途半端なためこうなる、と言う場合が多い。
ようするに、クラス単位ではあるが授業が始まるとバラバラになる、訳だ。
どうもここ、アズワーツ魔法学園においてもそのシステムが採用されているらしい...が、それはある意味で露悪的かつ残酷なシステムだ。
完全成績順クラス分けシステム。便宜上わかりやすいのでこう言い表そう。まあ暗殺〇室の
椚ヶ丘〇園を思い浮かべればほぼその通り。成績上位者になるほど使える設備が良かったりする。
まあ底辺が差別されるかと言うとそうでもないが。何せ出ればエリートだ。退学しようものなら各方面から蔑まれるが、居る限りはそいつは優秀なのだ、間違いなく。
さて、そんな俺たちのホームルームだが。
「たった十人とは思わなかったな...」
見渡すと入学式で見覚えしかない面子。
「まあ、うん、濃いねやっぱりさ...私も予想外だよ」
教壇でため息を吐く校長。…そう、我等が担任は校長その人だったのである。
「いや、むしろ何で校長がウチの担任なんですか」
と聞いたのはファルコ。うん、俺でもわかるぞその気持ち。
「いやだってさ、例年通りなら弄りがいのあるやつらが来る予定だったんだよ、初見で振り回されるとは思わなくてさぁ」
うん、わからないぞその気持ち。
「自己紹介...はもう終わってるようなもんか」
まあ、うん。ソウデスネ。
「じゃあ、まあ、校内地図渡すぞー」
ぺらぺらと羊皮紙に書かれた地図が渡される。
...地下もあるのか。何と言うか広いな。
「見ての通りウチは相当広い。過去には一日迷ったやつもいるくらいだ」
方向音痴すぎる。
「だからこれを配ってるんだな。ああそうだ!魔力込めてみろ魔力」
魔力を...?うわっ。
「自分の位置が分かるようになってるんだ。今はないが受ける授業を選んだ後だと授業に応じて教室が光る」
簡易的なGPSか...
「よくこんなの配れますわね...」
ノーノがぼやく。お嬢様スタイルっぽくないセリフだな。
「流石に魔道具の地図は成績優秀者だけだよ。成績落ちたら没収されるから注意しろよ」
なるほど、成績優秀者が使える”便利なモノ”に入るのね、これ。
「ああ、今日はもう自由行動、明日からは各学科の体験授業が3日間あるからな、ちゃんと全部回れるから、まあ気になる学科をチェックしとけよ!以上!」
どたどたと去っていく校長。忙しないなあの人。
...確か図書館が...オワッ。
「こんにちわですわアッシュ様!」
ノーノか。
「...何の用だ?」
「いえ、先ほどの入学式から気になっていたことがありまして!」
なんかアイリーンの視線を感じる。
「その、アイリーン様との関係は!?」
...はあ?なんだ拍子抜けな。
「幼馴染っつったろ」
言うとしかしノーノは食い下がる。
「いえ、それだけであの発言は出ないはずですわ!ーーーー」
もうそこで俺はノーノから意識を離した。
悪い女ではなさそう...な気はする。だがこの局面ではめんどくさそうだな。
俺は、理解できない会話に耐えられないんだ。
...逃げるか。
【演算仮定・力量演算式】。
バヒュン、と一瞬で俺は天井に移動する。直線であれば慣性無視で超加速できるんだよ、コレ。
「え!?消えましたわ!!??」
「あー!一緒に行くつもりだったのにー!ノーノちゃん!」
そんな会話を尻目に天井を歩いて天窓からこっそりと教室を出た。
その後、下手に図書室直行したら張られてるかな...と思いながら俺は屋根の上を歩いていた。
碌になかった学術書を漁るチャンスを逃がしたくはない。しかし図書室そのものは逃げないだろうし、この際諦めるか...と思い至った、その時。
「アッシュさん」
「おわっ」
吃驚した。
今気配無かったぞ、誰だ?
バッ!と振り返るとそこにいたのは。
「さっきぶりです。驚かせてしまいましたか?」
とほほ笑む東方風の銀髪少女。
「...カガミか」
「はい!」
......ええと、この世界では日本じゃなくて来陽だったよな、確か。
「ライヨウズ・ニンジャ...」
言うとカガミはぶんぶんと首を振った。
「違いますよ!...ってあれ?私が来陽人とのハーフって何時言いましたっけ?」
え?見れば...ああそうか、わからんのか。
「まあ、何となく?知識あれば解るだろ?」
「はえー、正直中華人だと思われなかったのは初めてですよ?」
…俺でもわかる表情。隠しきれないこの影は…憂い、若しくは悲しみか。
入学式で聞いた「東洋人か」というフレーズが思い起こされる。
…は、異世界ですら人は人か、下らない。
「人種とは、全く持ってくだらないな」
「え…?」
…あ、しまった口に出ていたか。
…まぁいい。この親しみのある見た目に免じて、少しくらいは語っておこう。助けになるかなど知らんが…まぁ、この世界にないであろう言葉を授けるくらいは、な。
「"神は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず"」
本当は「天は」だけど地の底にすら神がいるらしいこの世界で言うと面倒なので。
「…?」
「"人は生まれながらに貴賤無し。ただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ"。人の価値は学びがあるか否か。それだけだ…という意味の言葉だよ、確か」
福沢諭吉の言葉である。啓蒙思想とかはよく知らんので1万円の人としか思っていなかったが…
あれ?なぜ知っている?…誰かに教えて貰った…気が…。
いや、いい。少なくとも、今はどうでも。
「生まれで価値が決まるなど牛肉だけで沢山だ。それともお前は家畜なのか?」
に、と笑いかける。鳩が豆鉄砲を食らったような顔だ。ちょっと笑える。
「違います…けど」
「だったら構うかよ!お前は人だ。それ以上でも、それ以下でもない。そしてここに居る以上、あの教室に居る以上、価値ある人間に他ならないさ少なくとも、俺にとってはな」
言っててちょっと不安になってきた。
地雷踏んで無いよな?俺には思い切り表情変わらんと分からんぞ…
「えと、その」
ん?涙?...やっぱミスったか?
「あー...すまーー」
俺が謝ろうとすると、カガミは酷く慌てた様子で俺を制止した。
「いえ!その、違うんです。...嬉しくて」
そうか、それならよかったが...泣かれると困るな。
なにか、思い出せないモノを思い出しそうになって。
...野暮か?
「その、そんな風に、当たり前に人として、って言うか、対等に扱って貰えたこと、なくて」
ああ、まあ、聞いたことはある話だ。
被差別者と言うものはそういうモノ。
差別されるか、可哀そうなモノか、そうとしか映らない、と。
そこから考えると、案外、素直そうな言動も、そうせざるを得なかったのかもな。まあ、であって初日だし考察は無意味かもだが。
...ふむ、この状況の最適解は....と。
「なら、そうだな...デートにでも行くか」
ぽん、と思いついたことを口にする。
「はい。....はい?」
ぽかんとするカガミ。
あれ?
「...聞こえなかったか?デートだデート」
聞こえなかったようなのでもう一度言うと、泣き笑いの顔が驚愕の色へとみるみるうちへ変わっていった。
「ええええええええええええええええ!!!!!????」
爆 弾 発 言
共感性欠如を主人公にすると心理描写が難しいっすね。
主人公の欠陥
究極の自分本位。強制された自己中心。向けられる感情に気付けず、己に関わるもの以外に抱く感情も無い。
彼が優しさを見せるときには必ずちょっとしたエゴが含まれています。無償の愛なんて抱けない。今回の場合、偶々カガミが日本人に、もっと言えばほんの少しだけ妹に似ていることを無意識化で感じ取ったので優しくなっています。もしカガミが日本人以外の外見...滅茶苦茶不味い事を言いますが黒人であったりしたら、慰めることなく、ふーん。で終わっていた事でしょう。と言うか会話したかすら怪しい。
アイリーンに優しいのは出会った時に可愛いと思ってしまったから。あとは今のところ優しさを見せるのは父と母くらい。それ以外は例え目の前で暴漢に殺されかけていても、本屋行くか、で終わる。本人は頑張ってこれを押さえつけているが、無視しても危険な状況でない、若しくは逆に自分の命が勘定に入るとこの傾向が表出してしまう。
また空気を全く読めない。かなり脳のリソースを割いて必死に表情を読んで会話についていく。故に自分にとって意味不明な会話がスタートすると脳にリソースを割ききれなくなりその場から逃げ出してしまう。
正直彼にとっては難関大の問題解くより会話する方が難しい。
彼の妹はこう言った。
「兄ですか...客観的に言うなら”獣として生まれた人格者”...かな」




