第一話 多元宇宙論/出来損ないの大学生
受験、それは正しく戦争である。
戦争、それは勝者と敗者を生み出すものである。
敗者、それは即ち俺である。
「はあ...」
夏のクソ暑い気候をダイレクトに浴びながら俺はため息を吐く。
今日もクソつまらない講義を最低限だけ聞いて帰路につく。
世間一般的にレベルが低いとまでは言わないが俺、小鳥遊 灰兎にとっては解りきった情報の羅列を眠らないように受け入れる作業に過ぎない。まあ今日の教授はそもそも授業がつまらないことで有名だが。抗議してやろうか、講義だけに。
受験に失敗したのが半年前。調子に乗って国立でも一番上のほぼ一本狙いを敢行した俺はある意味でバカと言っていい。なんで家に近いからって何レベルも下の大学を滑り止めにしたんだよホント。
東京大学、それは要するに全教科において最高峰の力を見せつけなくては敷居を跨ぐ事を許されない聖域である。
国際社会を謳う現代、ましてや英語ができないなど理系であっても論外と言っていい。
要するに俺のことだ。国語においては教師曰く「人の心がわからない」などとどこぞのセイバーのような評価を食らい、英語においては「前時代の日本人を結晶化するまで煮詰めたような英語力」と友人に言わしめた。
それが分かっているなら俺はともかく親に止められると思うものだが母は止めなかった。というか結果聞いて爆笑しやがったあの外道。「大学なんかに収まるタマじゃない」だそうだが絶賛燻ってるよコンチクショウ。
「あーーー、去年の俺が恨めしい」
そんなもう何度目になるかわからない恨み言を吐きながら歩いていた、その時だった。
さて、話は変わるが諸君、”異世界転生”というものをご存じであろうか。所謂”なろう系”の代表作でありこの国においてタイトルだけで氾濫を起こしかねないレベルで大量に存在するテーマだ。というかこの話もその一つである。
そして異世界転生という通り、転生、つまり主人公は序盤に死ぬ必要がある。そしてその転生、死ぬという主人公にとっての事件においてすらパターンというものがいくつかある。
まず一つ。トラック。もう代名詞といっていいほどよく見るパターン。
二つ、事故。鉄骨なんかが有名だろうか。まあ痛そうだ、体験したくはないな。
そして三つ。通り魔など犯罪者に殺されるパターンである。
ぱぁん。
ごく平凡であるはずの東京の市街に非日常が割り込んだ。
驚いて目を向けると、鉄パイプというにはあまりに異形な...散弾銃を右手に携えた禿た男が女性の首筋にナイフを押し当てていた。
あまりに異常なその光景に俺は間抜けにも(過剰装備じゃないか...?)などと考えたがすぐに逃げようとあたりを見渡し...気付く。
逃げ場がない。寄りにもよってここはカーブ。奴は道のど真ん中な上に近くに居るのは推定凶悪犯の奴を追ってきた警官二人のみ。寄りにもよって一般人は哀れな美人さんと俺だけである。
「ちょうどいい、お前も人質だ!!こっちにこい!」
まあそうだろうな、と頭の片隅で考えつつ、勤めて冷静に凶悪犯某の方へ歩み寄る。
「まあ落ち着けよ、人生に疲れたのか知らないが、他にやることくらいあるんじゃあないか?」
「うるせえ、撃つぞ!」
おっと交渉失敗。サルにインテリジェンスな会話は難しいか...おいどうにかしろよ警官二人、一応注意引くためにやったんですけど。
完全にへっぴり腰な警官二人に呆れていた、そのときであった。
がすっ。
どこか間抜けな、しかし致命傷の音が...俺の脳天から響いた。
なぜか急速に薄れ行く思考を驚愕が数瞬埋め尽くし...理由に行き当たる。
簡単な話だ。真上に弾丸をぶっ放したら弾丸はどうなる?簡単だ、落ちてくる。ビームライフルでない以上、弾丸は重力の軛から逃れられない。
至近距離の俺の頭に当たりやがったことから考えるとスラグ弾、すると、空気抵抗があるのでそこまで加速しないとは言え30gの鉛玉が自由落下に近い挙動で降ってきたことになる。死ぬわ、そんなもん。
そうこうしてるうちにさらに意識が薄れていく。
クソみたいな確率だ、とか、こういう時は走馬灯を見るもんじゃないのか、などと色々なことを考えるがもう遅い。
予想外の事に驚いて両手の者を取り落としている凶悪犯某...ではなく美人な女性...あれこの人芸能人じゃないか?まあとにかく女性に向かって口を開く。
「確率ってクソだわ...」
それが俺、小鳥遊 灰兎の最後の言葉であった。
「おわあああああああああっ!!!!」
がばっ、と起き上がる。
なんだこれ生きてる!?と数年ぶりに焦りながら頭を触る。凹んでる!?俺はゾンビか!?いや気のせいだ、きのせいだ。落ち着け、落ち着け...。非常識じゃない、大丈夫だ...。俺は自分を落ち着けるため、胸に手を当てて深呼吸する。
だがそんな俺をあざ笑うかのように、後ろから声をかけられた。
「おめでとうございます!あなたは今回の転生者に選ばれました!」
オー、イッツァ非常識...
「じゃない、誰だ!?」
ばっ、っと振り返るとそこには、古代ギリシャの貫頭衣をきた、いかにも私は女神です、といった風貌の女がいた。
「...まさか女神とか言わないだろうな」
ぼそりとつぶやくと、女は満面の笑みで
「その通り!私こそが女神エフィルです!」
と告げてきやがった。
クソつまらん講義の教授よ、我が師たる高校教師よ、俺は今、あんたらの教えを全否定するものと相対しているぜ...。
初シリーズです。