桑乃瑞希 ⑨
-7月19日 AM 10:20-
映画館を出た。太陽から降り注ぐ熱気をアスファルトが反射している。
吸血鬼であるフェンガーリンはそんな中、館内で買った映画のパンフレットを抱き、満足気な表情をしている。
「どやった、大吉。ええ映画やったよな」
「出かけるって、新宿かよ」
その辺をぶらつくぐらいのつもりでいた大吉は、ほぼ部屋着姿で新宿に立っていた。
「さてと、どっかカフェで感想会しようや。お、スタバあるやん」
「勘弁しろ」
「なんやねん。ほんなら御苑でもぶらつきながら話すか。確か中で飲み物とかも売っとたよな」
どんどん日本に詳しくなるな、こいつ。
新宿御苑に入った。
人はちらほら見かけるが、静かな場所だ。
池で水鳥が戯れている。木陰の道に入ると、風が涼しく感じられた。
「わっかりやすく落ち込んどるな、大吉」
「わかるなら、黙っててくれよ」
「空気読まへん関西人の血がな」
「えせ関西弁話すだけの吸血鬼だろ」
「あっはっは、せやったな。なぁ大吉、もうええんちゃうか?」
「あ?」
「瑞希のことや。確かにかわいそうやとウチも思う。でも大吉がそないボロボロになるまで頑張らなあかんか?
一度助けられとるウチが言うのもなんやけど、瑞希は死ぬわけやないんやろ。人生がちょっと窮屈になるだけやんか。出自が特別いうんはあるやろうけど、思い通りの人生を送れんのは、まぁまぁありふれた不幸なんと違うか?」
フェンガーリンの言うことは理解できる。軽薄だと怒る気持ちも湧いてこない。でも。
「そうじゃないんだよ、フェンガーリン」
「なんや」
「俺の問題なんだ。俺が納得できない。瑞希には瑞希らしくいてほしい」
「なんや、我儘かいな」
「ふ、そうだな。我儘だ」
「なるほど、なら止めても無駄やな。ええやん。ウチを助けてくれたんも、その我儘や」
フェンガーリンが大吉の肩に腕を回す。暑苦しいな、とその腕をどかす。
「我を通す。男の子はそれぐらい元気でちょうどええか」
「でも、負けちまった。正直、どうしたらいいのかわからねえ」
玉砕覚悟で突っ込むことは、出来る。だがそれで命を落とせば、瑞希の兄に言われた通り、傷つくのは瑞希だ。春香も束早も、母親だって、悲しませることになる。
池にかかった橋を渡る。青い葉をつけた柳が、そよ風に揺れている。
「負けたんショック過ぎて、頭が固なっとるな。ウチがわざわざ大吉誘いだして映画観た理由わからんのか」
「映画?」
「せや。あの映画こそ、ウチからのアドバイスやで」
映画の内容は覚えている。
商売で一度は失敗した男が、新しいビジネスをはじめて成功するまでの物語だった。
「あの映画で、主人公はなんで一度失敗した商売で成功できた?」
「それは、二度目はアイデアがよかったから、か?」
「アホ、それは要素や。本質やない」
考える。見かねたフェンガーリンが、溜息をつく。
「あの男は最初、一人でなんでもやろうとしたんや。だから失敗した。それを学んで、次に成功した。大事なんは、ここや」
フェンガーリンが言わんとすることが、理解できた。
「でもよ、いいのかな。俺の我儘なんだぞ、瑞希を助けたいってのは。瑞希がそれを望んでるのかだって、今じゃわかりゃしないのに」
背中をバシンと叩かれた。大吉は前につんのめる。
「お前、自分を王様かなんかと勘違いしとるんか」
「は?」
「頼まれようが金積まれようが、みんな嫌やったら嫌っちゅうわ。でもその逆もある。我儘やろうがなんやろうが、お前に協力したい人間はそうする」
「フェンガーリン」
「ちなみにウチは、後者の一人や」
フェンガーリンが親指で自分を指し、ドヤ顔を作る。
「くっ、くくく」
我慢できなかった。大吉は、腹を抱えて笑った。落ち着いた雰囲気の庭内を散策する、他の客の注目を集める。
「ふう、あぁ笑った」
「なんで笑うねん。ウチめっちゃいいこと言ったで」
「ああ、ほんとにな。さすが、長生きしてるだけのことはある」
「婆さんみたいな扱いすな」
尻を蹴られた。
「すまんすまん。なぁ、フェンガーリン」
「なんや」
「頼む。力を貸してくれ」
大吉は風にそよぐ木々に目を向け、言った。
同じものを見つめるフェンガーリンは、答える。
「任せとき」
◆
新宿から戻ると、大吉は養護施設を訪ねた。
「徹平」
「面構えが戻ったな。まだ腑抜けてたら、気つけ代わりに一発ぶん殴ろうかと思ってた」
「心配させたか」
「頭下げんなよ。俺とお前は、そうじゃねえだろ」
「そうだったな」
大吉は徹平の胸板を拳で叩いた。
「出番だ、徹平」
徹平はにやりと笑う。
「やっとかよ」
それから銭豆神社へも行き、尚継にも助力を求めた。
「瑞希と水上はクラスメートだ。俺だって気持ちは同じだ」
尚継は言葉を濁らせる。
「尚継は神社の跡取りだもんな。無茶を言った、すまん」
「うるせえ。そんなことはどうだっていいんだ。神社を継ぐ気なんてねえし、俺には俺のやりたいことがある」
「ああ」
「でも、親父や靜にとっては、大事なもんだ」
「わかってる。ありがとな、尚継」
尚継が悔しそうに俯いた。大吉はその頭をぐしぐしと撫でまわし、神社を後にした。
尚継の協力を得るのは難しいとは思っていた。能天気だが、優しく情に厚いやつだ。口ではなんと言っても、銭豆神社を大切にする家族のことは裏切れない。
桑乃と銭豆神社は、この町では長く共存してやってきたのだ。
それでも尚継に会いに行ったのは、決めたからだ。
「次だ、次」
やれることは全部やってやる。




