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jumble'ズ  作者: 井ノ上
風呂屋の倅はメイド喫茶に夢を見る
44/45

桑乃瑞希 ⑨

-7月19日 AM 10:20-


映画館を出た。太陽から降り注ぐ熱気をアスファルトが反射している。

吸血鬼であるフェンガーリンはそんな中、館内で買った映画のパンフレットを抱き、満足気な表情をしている。

「どやった、大吉。ええ映画やったよな」

「出かけるって、新宿かよ」

その辺をぶらつくぐらいのつもりでいた大吉は、ほぼ部屋着姿で新宿に立っていた。

「さてと、どっかカフェで感想会しようや。お、スタバあるやん」

「勘弁しろ」

「なんやねん。ほんなら御苑でもぶらつきながら話すか。確か中で飲み物とかも売っとたよな」

どんどん日本に詳しくなるな、こいつ。


新宿御苑に入った。

人はちらほら見かけるが、静かな場所だ。

池で水鳥が戯れている。木陰の道に入ると、風が涼しく感じられた。

「わっかりやすく落ち込んどるな、大吉」

「わかるなら、黙っててくれよ」

「空気読まへん関西人の血がな」

「えせ関西弁話すだけの吸血鬼だろ」

「あっはっは、せやったな。なぁ大吉、もうええんちゃうか?」

「あ?」

「瑞希のことや。確かにかわいそうやとウチも思う。でも大吉がそないボロボロになるまで頑張らなあかんか? 

一度助けられとるウチが言うのもなんやけど、瑞希は死ぬわけやないんやろ。人生がちょっと窮屈になるだけやんか。出自が特別いうんはあるやろうけど、思い通りの人生を送れんのは、まぁまぁありふれた不幸なんと違うか?」

フェンガーリンの言うことは理解できる。軽薄だと怒る気持ちも湧いてこない。でも。

「そうじゃないんだよ、フェンガーリン」

「なんや」

「俺の問題なんだ。俺が納得できない。瑞希には瑞希らしくいてほしい」

「なんや、我儘かいな」

「ふ、そうだな。我儘だ」

「なるほど、なら止めても無駄やな。ええやん。ウチを助けてくれたんも、その我儘や」

フェンガーリンが大吉の肩に腕を回す。暑苦しいな、とその腕をどかす。

「我を通す。男の子はそれぐらい元気でちょうどええか」

「でも、負けちまった。正直、どうしたらいいのかわからねえ」

玉砕覚悟で突っ込むことは、出来る。だがそれで命を落とせば、瑞希の兄に言われた通り、傷つくのは瑞希だ。春香も束早も、母親だって、悲しませることになる。

池にかかった橋を渡る。青い葉をつけた柳が、そよ風に揺れている。

「負けたんショック過ぎて、頭が固なっとるな。ウチがわざわざ大吉誘いだして映画観た理由わからんのか」

「映画?」

「せや。あの映画こそ、ウチからのアドバイスやで」

映画の内容は覚えている。

商売で一度は失敗した男が、新しいビジネスをはじめて成功するまでの物語だった。

「あの映画で、主人公はなんで一度失敗した商売で成功できた?」

「それは、二度目はアイデアがよかったから、か?」

「アホ、それは要素や。本質やない」

考える。見かねたフェンガーリンが、溜息をつく。

「あの男は最初、一人でなんでもやろうとしたんや。だから失敗した。それを学んで、次に成功した。大事なんは、ここや」

フェンガーリンが言わんとすることが、理解できた。

「でもよ、いいのかな。俺の我儘なんだぞ、瑞希を助けたいってのは。瑞希がそれを望んでるのかだって、今じゃわかりゃしないのに」

背中をバシンと叩かれた。大吉は前につんのめる。

「お前、自分を王様かなんかと勘違いしとるんか」

「は?」

「頼まれようが金積まれようが、みんな嫌やったら嫌っちゅうわ。でもその逆もある。我儘やろうがなんやろうが、お前に協力したい人間はそうする」

「フェンガーリン」

「ちなみにウチは、後者の一人や」

フェンガーリンが親指で自分を指し、ドヤ顔を作る。

「くっ、くくく」

我慢できなかった。大吉は、腹を抱えて笑った。落ち着いた雰囲気の庭内を散策する、他の客の注目を集める。

「ふう、あぁ笑った」

「なんで笑うねん。ウチめっちゃいいこと言ったで」

「ああ、ほんとにな。さすが、長生きしてるだけのことはある」

「婆さんみたいな扱いすな」

尻を蹴られた。

「すまんすまん。なぁ、フェンガーリン」

「なんや」

「頼む。力を貸してくれ」

大吉は風にそよぐ木々に目を向け、言った。

同じものを見つめるフェンガーリンは、答える。

「任せとき」


         ◆


新宿から戻ると、大吉は養護施設を訪ねた。

「徹平」

「面構えが戻ったな。まだ腑抜けてたら、気つけ代わりに一発ぶん殴ろうかと思ってた」

「心配させたか」

「頭下げんなよ。俺とお前は、そうじゃねえだろ」

「そうだったな」

大吉は徹平の胸板を拳で叩いた。

「出番だ、徹平」

徹平はにやりと笑う。

「やっとかよ」


それから銭豆神社へも行き、尚継にも助力を求めた。

「瑞希と水上はクラスメートだ。俺だって気持ちは同じだ」

尚継は言葉を濁らせる。

「尚継は神社の跡取りだもんな。無茶を言った、すまん」

「うるせえ。そんなことはどうだっていいんだ。神社を継ぐ気なんてねえし、俺には俺のやりたいことがある」

「ああ」

「でも、親父や靜にとっては、大事なもんだ」

「わかってる。ありがとな、尚継」

尚継が悔しそうに俯いた。大吉はその頭をぐしぐしと撫でまわし、神社を後にした。

尚継の協力を得るのは難しいとは思っていた。能天気だが、優しく情に厚いやつだ。口ではなんと言っても、銭豆神社を大切にする家族のことは裏切れない。

桑乃と銭豆神社は、この町では長く共存してやってきたのだ。

それでも尚継に会いに行ったのは、決めたからだ。

「次だ、次」

やれることは全部やってやる。

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