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jumble'ズ  作者: 井ノ上
風呂屋の倅はメイド喫茶に夢を見る
42/45

桑乃瑞希 ⑦

-7月18日 PM 8:30-


フェンガーリンが持ち帰った屋台飯で夕飯を取ろうと、祭りの人込みから抜け出して近くの公園に移動した。

「飲み物買ってくるわ。陽衣菜、一緒に来てくれる?」

「うん、いいよ」

陽衣菜を呼び、大吉たちと離れた。

「あれ、瑞希ちゃん、自動販売機あっちにあったよ?」

「少し二人でお祭り歩かない?」

「え、いいけど」

瑞希はきょとんとする陽衣菜の手を引いた。

祭囃子に子供の嬌声、屋台の呼び込み。はじめて来た夏祭りは、想像していたよりも賑やかな場所だった。

嫌ではない。むしろ、ずっとこの場所でみんなと遊んでいたい。

「瑞希ちゃん?」

「神社の方に行ってみましょう」

陽衣菜は不思議そうに、それでもついて来てくれる。二つ結びにしている仔犬のような髪が、左右に揺れている。

屋台が並ぶ通りが終わり、石段を登って銭豆神社の境内に入る。境内には幟旗が立ち、赤と白の祭提灯が空に釣られている。

「陽衣菜は、いまここで暮らしてるのよね」

「うん。向こうの建物だよ。宿坊っていうんだって」

「ごめんなさい。桑乃の都合で屋敷を追い出したりして。でももう大丈夫。陽衣菜には桑乃とは関係のない、普通の家庭を用意するよう姉に約束させたから」

「え、え?」

「陽衣菜、これ」

瑞希は巾着からフェリセットを出してあげ、陽衣菜に渡した。

「預かっていて。陽衣菜に貰った、私の宝物だから」

瑞希が微笑みかけると、陽衣菜はハッとして腕に飛びついてきた。

「だめだよ瑞希ちゃん、行っちゃだめ」

「ありがとう。ごめんね」

陽衣菜の手を、そっと解く。振り返る。境内の鳥居の傍に、羽子が立っていた。

「さようなら」

瑞希は親友に別れを告げ、羽子のいる方へ歩いていった。


        ◆


陽衣菜が半分泣きながら戻ってきた。

瑞希が行ってしまった。

そう聞いた時、昨日羽子に言われた言葉を思い出した。認識が甘い。

「私、瑞希ちゃんを止められなかった」

「まだ、間に合うかもしれない」

大吉と陽衣菜、春香と束早、そして自分は一人でも平気だというフェンガーリン、三組に分かれて瑞希を探しに出た。

「多分、瑞希ちゃんは縁談相手のところに連れて行かれるんだと思います」

成樟なるくすか。場所はどこなんだ」

「わからないです」

「なら、その前に見つけるぞ」

そうは言っても、闇雲に探して見つけられるのか。

どこに向かうにしろ、車には乗るはずだ。この辺り一帯は祭で交通規制がかかっている。

瑞希は縁談を素直に受ける代わりに、最後に夏祭りへ行く許しを得たのか。

「あ、」

並走していた陽衣菜が急に立ち止まる。

「どうした」

「フェリセットが」

「フェリセット?」

陽衣菜がぬいぐるみを拾い戻ってくる。

「そのぬいぐるみ、前に一緒に探したやつか」

「はい。なんだろう、いま急に動いたような」

「ぬいぐるみが動いた? そんなわけ―」

いや、待て。確かこのぬいぐるみは付喪神になりかけていると、以前尚継が言っていた。

付喪神は持ち主に懐く。

芽生えかけている付喪神の自我が、持ち主である瑞希の元に戻りたがっているのだとしたら。

「瑞希のところに運んでやる。だから、瑞希がどこにいるのか教えてくれ」

「大吉さん?」

大吉は陽衣菜の手にあるぬいぐるみ、フェリセットに呼びかけた。

陽衣菜が戸惑う。その戸惑いが、驚きに変わった。フェリセットの垂れさがった腕が持ち上がり、方角を示したのだ。

「これって」

「説明は後だ。今はフェリセットが示す方へ向かおう」

なりかけの付喪神に、大した力はないはずだ。その微小な力を振り絞って、瑞希のいる場所へ導いてくれる。瑞希がいかにこのぬいぐるみを大切にしていたかが知れる。

人気のない路地に出た。

いた。瑞希は黒塗りの車に乗り込もうとしている。

「瑞希!」

「瑞希ちゃん!」

大吉と陽衣菜が呼び止める。瑞希が、車に乗りかけた足を止める。

瑞希から向けられた驚きの瞳が、キッときつく細められた。

「どうして追ってきたの」

「瑞希、いいのかよ。姉貴の言いなりになって、よく知らねえ相手と結婚させられて。陽衣菜や春香たちとも、今日みたいに遊べなくなっちまうんだろ」

「あんたに、なにがわかんのよ」

「わからねえ。だからお前に訊くんだ。瑞希。お前はどうしたい」

「っ。私は―」

瑞希がなにか言いかけた。その言葉を遮るように車の運転席の扉が開き、男が一人降りてきた。

「盛り上がってんのを邪魔して悪ぃな。でもこっちにもスケジュールがあってよ」

白人系のアメリカ人だ。黒いスーツジャケットは肩と腕の筋肉で突っ張っている。足腰もかなり鍛えていそうだ。

「お前、この前屋敷に侵入したっていうやつだろ」

「だったらなんだ」

男が上唇を舐めて笑う。

「なぁ羽子。今度は俺が遊んでいいよな」

「勝手にしろ」

羽子の声。振り返ると、陽衣菜の背後に羽子がいた。

「騒ぐな。人が集まってきても面倒なんでな。静かにしてれば、なにもしない」

羽子は陽衣菜の口を片手で覆う。

「羽子」

「よそ見してていいのか?」

ジャリ、というアスファルトを踏みしめる音。

大吉は腰を捻り、アメリカ人の拳をぎりぎりでいなした。メリケンサックをはめている。掠めた肩が熱い。

「反射神経はなかなかだな。へイ、名前はなんてんだ」

他人ひとに名前訊くなら、まず自分から名乗るのが筋だろ」

「おう、そうだな。リュウジョウ傭兵団Aランクソルジャー、ジャン・ストライカーだ」

「新田大吉」

「ダイキチか。せいぜい楽しませてくれよ」

ストライカーが両手のメリケンサックを勢いよく擦り当てた。火花が散り、金属音が路地に反響した。それがバトル開始の合図ゴングだった。

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