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jumble'ズ  作者: 井ノ上
~吸血鬼は朝陽に踊る~
3/45

フェンガーリン

噴水の飛沫が風に光り、黒色の石で整備された水路を流れてく。

麗かな水辺ではしゃぐ子どもが、宙を泳ぐ魚を掴もうと手を伸ばす。

その姿は小さな羽虫を追っているふうに見えなくもない。

魚のかたちをした妖の姿は、その子の後ろにいる親には視えていないのだ。

「あの妖、なにかに似てない?」

春香が、日向混じりの栗色の髪を耳にかける仕草をした。

「トビウオかな」

左右にある八つの目を除けば。

「春の水場でたまに見るんだ」

「そうなのか?」

大吉は春香と同じく霊や妖が見える。

観察は春香の方がしていた。

霊にも妖にも、人同様に関心をもって接する。時折それで寂しい思いをしたとしても、幼少から春香のその性格は曲がらない。

噴水の側。

青色のベンチに1人腰掛けている女も、宙を眺めていた。

「あの人も視えてるみたい」

白いシャツの袖を肘まで捲った春香が、大吉に耳打ちした。

「みたいだな。珍しい」

春香が抱える色彩豊かな花から、ふわりと匂いがする。

病床から出られない父に、春の花を届けたいという春香に付き合っていたところだった。


女は子どもに手を振られ、照れ臭そうに振り返す。知り合いではないらしく、後ろの母親が恥ずかしそうにお辞儀している。

霊や妖の類ではない。それは視れば判別がついた。

背丈は190㎝あるだろうか。座る姿からでも、完成された容姿がうかがえた。

すっと伸びた脚を組み、締まりのある腰に豊満な胸。流れ落ちるようにベンチに垂れる白銀の髪は、光の粒子を纏っているように見える。

女がこちらに気づき、

「なんやねん、お前ら」

睨まれた。

派手な容姿に西洋風な顔立ちをして、こてこての関西弁だった。

「不躾に見てしまってすみませんでした」

あまり関わらない方がいいかもしれない。

春香の手を引き立ち去ろうとするも、

「ちょい待ちいや」

呼び止められてしまった。

「なにか?」

白銀の髪の美女が、いやに優しげな笑みを向けてきた。

「うちな、吸血鬼やねん。ヨーロッパから旅してきたな。でも泊まるとこないねん。どやろ、今晩世話してくれへんか?」

西洋風な風貌も相まってエセ臭い関西弁。

「なんやねんその目」

「急にわたし吸血鬼って言われて、そうですかってなるわけないだろ」

「なんやと〜(怒)。そんならウチが吸血鬼っちゅー証の超スゴ技見せちゃるけんにぁ!」

「どこのなに弁なんだよ」

みとれぇ、と言い放つと、女はベンチから立ち上がる。やはり背が高く、大吉は女をやや見上げるかたちになり後退る。

手ぶらで、身体のシルエットが見てとれるタイトな服装の女。

「ここに取り出したるは一冊の週刊少年ステップ」

「まて、どこから取り出した」

厚み2.5㎝はあるぞ。

「これを、ほれ、この通り」

女は週刊誌少年ステップの背表紙側を両手で掴み、「ふっ、ぅぅぅぅぅぬゅゅゅゅっ!」

び、びりり。り。

「どや! こんなん、吸血鬼にしかできん芸当やろ!」

無惨真っ二つに裂かれた週刊漫画雑誌。

後ろにいる春香が、大吉の袖を引く。

「大吉、」

ん、見たことあるんだよな、そういうことしてる人。

「あ、まだ信じとらへんな! ならこれでどうや! これはもう人間技やあらへんで!」

白銀の女は地面に両手を着く。

「なんだろう?」

春香は興味津々だ。

白銀の女は膝を折り、スキニーデニムに包まれた脚を地面水平に上げ、身体の安定を取る。そこから左手を向かいの肩に当て、全体重を右腕に乗せる。

「ど、どどどど、ふぅっ、どうじゃ!」

「それも見たことあるだよ、再現してる人」

噴水の水場ではしゃぐ子供の声。春晴れの温かな陽気。

「今晩泊まる場所がないなら、うちに来ませんか?」

避けたかった言葉が、春香の口から出てしまった。

「ええの!?」

「はい。私、森宮春香。こっちは新田大吉です」

女はポーズを解き、凛と立ち上がると、長い髪を手で掻き靡かせる。

白銀の髪が放つ光の粒子が、噴水から舞う水滴と入り混じる。

「ウチは真祖の吸血鬼、フェンガーリンや」


         ◆


「大吉までうちに来ることなかったのに」

「お前なぁ」

自称吸血鬼女を1人で暮らす幼馴染の家に泊めさせるわけにはいかないだろ。

「急に外泊して、杏里ちゃんは大丈夫なの?」

夕飯の支度をする春香が、気遣げに言う。

「家には留守電入れたよ」

この時間、夜の仕事の母が家にいるわけもなく、去年から部屋を一歩も出なくなった妹も、電話には出なかった。2人とも、スマートフォンは持っていない。

春香は、そっか、とだけ応え、米を研ぐ水の蛇口を止めた。


「ハルカは料理上手やなぁ。お前さん、いい嫁をもっとるのぉ」

風呂から上がってきた自称吸血鬼フェンガーリンは、食卓の料理に舌鼓を打ちながらしみじみと言う。

「嫁じゃねぇ。というか、1人で先に食うなよな。まだ春香は風呂だし俺もまだなんだから」

「女2人のあとを所望するとは、えぇ、このムッツリ。気づいとるで、さっきからのお前さんのいやらしい目ぇ。ハルカの用意してくれた服、ウチにはちょっとサイズあっとらんもんなぁ」

「なっ!」

大吉が思春期盛りの懸命な反論をするのと、春香が風呂から上がり出てきたのは、ほぼ同時だった。

夕食後。

「漫画かアニメ見たいなぁ、あらへん?」

週刊少年ステップを持ち出したり、某格闘漫画のポーズを再現したりで勘づいていたが、フェンガーリンはやはりその手のオタクのようだ。

「どっちもないや」

「ホンマかいな、いつも家で何してるん?」そう尋ねられ、春香が2階の部屋から持って降りてきたのは毛糸玉の詰まった紙袋だった。

「お、知っとるで、セーターとか編むやつや。やったことあらへんけど、いい趣味やないか」

「えへへ、セーターはいきなりじゃ難しいかもだけど、腕編みとかなら」

フェンガーリンは太めの毛糸を受け取る。リビングのソファに横並びになって春香の手元と見比べながら、腕に毛糸を巻き付けていく。

程なくして。

「ほれ、大吉、お前さんの番やで」

フェンガーリンはダイニングテーブルに戻ってきて大吉と⚪︎×ゲームをしていた。

「お前、折れるの早すぎるだろ」

大吉は角に×を書き込む。

「また大吉の負けや。○×ゲームの必勝法しらんのかいなジブン、ぷーくすくすww」

小学生かよ。あとその笑い方はやめとけ。

「フェンガーリンさん」

「うん?」

春香がこの30分ほどで編み上げた、腕編みのマフラーをフェンガーリンの首にそっと掛ける。

「お、おお」

「思った通り、黒ならフェンガーリンさんの綺麗な銀色の髪が映える。ね、大吉」

同意を求められる。よくわからないが、楽しげな春香を前には首肯せざるを得なかった。

「春香」

フェンガーリンが腕編みのマフラーを頬に添わせ、嬉しげに、けれどどこか切なげに、微笑んだ。

「ありがとう。ウチのことは、さん付けせんと気軽に呼べ」

「いいの? じゃあ、フェンガーリン、フェン」

「おう」

フェンガーリンが照れ臭そうに笑い出し、春香もつられて笑みをこぼす。

自称吸血鬼の真偽は怪しいものだが、悪い奴ではないらしい、と大吉は思った。


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