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jumble'ズ  作者: 井ノ上
~闇医者は入梅に焦がる~
25/45

于静 ⑥

于静が冥王星の石を持っていないのに気づいたのは、タクシーで老街のマンションに辿り着いてからだった。

拳法着を着た酔いどれ女は、大吉を抱えて屋根から屋根を飛び移った。その時の動揺が尾を引いていた。

その女とはタクシーに乗る時に別れた。

その際、于静が報酬のらしき封筒を手渡していた。

于静は水路に落ちた拍子に石を落としたらしい。

「失くしてしまったものはしょうがない。ともあれ無事に帰り着けて良かったじゃないか、大吉クン」

命の危機に瀕しても手放そうとしなかった石を失くした割に、あっさりとしていた。違和感は覚えたが、戻って探そうとも言い出せなかった。

奇襲してきた赤ポンチョを纏った女が、まだ辺りをうろついていないとも限らない。

観光に出ていた春香たちは先に帰ってきていて、シャワーを済まてルームウェアに着替えていた。

ずぶ濡れなのを適当な言い訳で誤魔化し、大吉もシャワーを借りた。

旅行券には宿泊先も含まれていたが、春香が董娜とこの短い間に随分打ち解けていた。

于静の勧めもあり、マンションの空室を使わせてもらう流れになった。

夕食はフェンガーリンが食い残して持ち帰った小籠包で済ませた。

「大吉、起きてる?」

春香の声。大吉はベッドの脇にあるスタンドライトを点け、部屋のドアを開けに行く。

「これ、お土産」

スウェット姿の春香が包みを差し出す。開けると、赤い扇子が出てきた。

「この扇子を見つけた時に大吉が思い浮かんだから、買ってきちゃった」

「おう、そうか。ありがとうな」

普通に振舞えているか自信がない。

幼馴染とはいえ、就寝前にこんなふうに話すのは小学生ぶりだ。春香からは、ほんのりシャンプーの香りがした。

「それじゃあ、おやすみなさい」

春香も、どこかぎこちない気がした。


目覚めると、大吉は知らない部屋にいた。

「?」

「おはよう大吉クン、いい朝だね」

呼びかけられ、顔を向ける。于静に添い寝をされていた。

「なにしてやがる」

「なにって、治療だよ、ち・りょ・う☆」

「あぁ?」

起き上がろうとして、腕が引っ張られる感じがした。

見ると、両腕から数本の管が伸びている。なんだこれ。

改めて部屋を見回す。無菌室のような場所にいつの間にか移されていた。ベッドの脇には管が繋がるごつい機械があった。

戸惑う大吉を見て、于静が楽しそうに笑っている。

「記憶がないのも無理はないよ。寝てる大吉クンを起こさないように董娜に運んでもらったんだ」

「で、勝手に治療をはじめてた、と。添い寝してる理由も含めて、一応訊いておこうか。なんでだ?」

「驚くかな、と思って」

ベッドから蹴り落した。于静はしたたかに尻を打つ。

「新田様、ただいま管を外します。それと、春香さんが部屋の外でお待ちです。入っていただいてもよろしいですか?」

「ん、頼む」

董娜が春香を名前で呼ぶようになっていた。昨晩、董娜とどんな話をしたのか尋ねても、春香は頬を赤らめるばかりで教えてはくれなかった。

春香は、変わりない大吉の様子を見て、深く安堵の息を洩らした。

「大吉クン、これを」

「なんだ?」

于静が小瓶を手渡してくる。

中には赤い結晶がいくつか入っていた。軽く振ると固い音がした。

「大吉クンの身体から取り出した、フェンガーリンクンの血液の結晶。本人は要らないだろうし、大吉クンに渡しておくよ」

「俺に渡されてもな」

「昨日は吸血鬼の力に頼らない方がいいとは言ったけど、どうしても、って場面もあるだろう? だから、念のためだよ」

于静は春香には聞こえないよう、大吉に顔を寄せ小声で言った。

「そんな場面、もうないだろ」

「だといいけどね」

于静は大吉の肩をぽんと叩いて離れて行った。

大吉は吸血鬼の血の結晶をそっとポケットに仕舞った。


「それじゃあ、董娜さん、また会おうね」

「はい、また」

于静と董娜は空港まで見送りに来てくれた。

春香は空港の搭乗ゲートを潜るまで、何度か振り返って手を振っていた。

名残惜しげに、飛行機に乗り込む。

「フェンは長生きしてるから、今までいろんな土地を旅してきたんだよね」

「せやな。だいたいヨーロッパやったけど」

「その中には、一度会ったきりだった人もたくさんいたよね」

フェンガーリンは春香がほんとうはなにを訊きたいのか、察したらしい。

「そらな。ウチにまた会おうちゅう気ぃがあらへんかったからな。会おうと思えば、案外簡単に会えてたかもしらん」

「そっか。そうだね」

大吉はチェアに深く腰掛け目を瞑り、二人の会話を聞くともなしに聞いていた。

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