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jumble'ズ  作者: 井ノ上
〜喧嘩番長は巣立鳥に浮く〜
19/45

左門徹平 ⑥

徹平は160サイズの段ボール箱を片手で抱えていた。中には色とりどりの果物がめいっぱい詰まっている。

それを持って、退院した剣道部主将へ謝罪に行った。

大吉が高かっただろ、と訊くと、単車を売ったんだ、と少し寂しげに答えた。

主将の骨折は思いのほか早く治るとのことで、高校最後の大会にもなんとか間に合うらしい。

もともと試合の勝ち負けにこだわる人ではない。高校最後の大会が初戦敗退になっても言い訳ができる、と笑って徹平を許した。


「で、こいつをどうするか、だな」

三年の教室を出て、階段の踊り場で大吉と徹平は段ボール箱を挟んで見下ろす。

「そりゃこんなもん、貰ったって困るわな。考えりゃわかるだろ」

「うるせ。こういうのは気持ちだろうが」

食いきれないからと、主将はメロン一玉とバナナ二房だけ取り、あとを返した。

徹平が真面目な顔で悩むのが可笑しかった。

「なに笑ってんだよ」

「週末に噴水公園でピクニックやるんだ。何人か集まるから、そこで皆で食ったらいい」

「ほお、そりゃいい。じゃこいつはお前が引き取ってくれ」

「ばか、お前も来るんだよ」

「俺も?」

いいのか、と言いたげな顔をする。

「こんなもん、俺じゃ運ぶの大変だ」

それを片手で運ぶ徹平は、とても怪我人とは思えない。

大吉との喧嘩で外れた左肩は、はめ直して三角巾で吊るしていた。

「そうか。じゃ、呼ばれるとするか」

徹平はひょいと段ボールを抱えた。

「どこ行くんだ?」

階段を降りたところで、徹平が渡り廊下の方へ足を向けた。そちらは職員室や選択教科で使う実習室しかない。

「校長室。呼ばれてんだ」

「この前の、ゲーセンの件か?」

「どうだろうな。身に覚えがあり過ぎてわかんね」

鷹揚に笑い、徹平は校長室へ向かった。

それから三日、大吉は学校で徹平の姿を探したが見つからなかった。


週末の日曜日。

「退学になっちまった」

けろっとした調子で言った徹平は、明らかに怪我が増えていた。

「お前、その腕。顔も、ぱんぱんじゃないか」

「せめて高校は出ろって、隆子に言われてたんだ。それがこうなっちまって、こうなった」

無事だったはずの右腕も左腕と一緒に三角巾で吊るされ、顔は蜂の巣の中に突っ込んだのかというほど腫れあがっている。

各務瀬かがみせさん、恐いな」

「ほんとだぜ」

運動公園の噴水の前だった。

徹平と待ち合わせの場所は決めていなかったが、この公園で人と会うといえばこの場所だ。

時間は、それほど待たずに済んだ。

ポケットの中でスマートフォンが振動する。さきに原っぱに場所取りに行った春香たちからかと思った。

画面には、アレッシオの標示。

「出ないのか?」

「ああ。用件はわかってるし、あとでかけ直すさ」

着信を切って、携帯をポケットに戻す。

「それより退学って、どうにかならないのか?」

「無理だろうな。今回の件だけが原因ってわけじゃない。元々の素行とか、積もりに積もっての累積退場だ。だから自業自得さ」

今回の一件の裏には、大吉が”悪童”と呼ばれていた頃に因縁を持ったチンピラがいた。

そのことを知るきっかけになったのは、意外にも春香だった。

寺岡がゲームセンターで乱闘騒ぎを起こしたと、春香が報せてきたのだ。

すぐには誰だかわからなかった。話を聞くうちに、春香にどつかれて尻切れに終わった喧嘩があったと思い出した。

母親の仕事のことを馬鹿にされたのがきっかけだった気がする。

去り際、追い縋ってこようとした寺岡がつんのめって顔から転び、額から血を出していたのはうろ覚えに記憶にある。

「ま、哀れに思うなら会社でもつくって俺を雇ってくれや」

徹平がわっはっはと退学を笑い飛ばす。

「その冗談はお前で二度目だよ」

大吉と徹平が話していると、瑞希と陽衣菜がやって来た。

ヘアバンドをした陽衣菜が、徹平の足元にある段ボールの果物を見つける。

わぁすごいいっぱい、と驚く。

その陽衣菜の前に、瑞希がずいと出てきた。

「ちょっと大吉、いつまで待たせるつもり。フェンガーリンなんて涎垂らして我慢してるのよ」

瑞希はつんけんして原っぱの方を指さす。今日は柔らかく軽そうなスカート姿だ。

「お、威勢がいいな。このちっちゃいのも大吉の友達か」

「誰がちっちゃいのよ。そういうあんたは無駄にデカいわね。あと顔が変!」

「はっはっ、言うねえ。気に入った! 顔は今はこんなだけど、元はなかなかの美形なんだぜ」

キリ、と決め顔をする徹平。しかし腫れあがった顔では決まるものも決まらない。

「なんなのよ、こいつ」

「瑞希ちゃん、指差しちゃ悪いよ」

瑞希と徹平のやり取りにあたふたしていた陽衣菜が、遠慮がちに言う。

「こいつはそうだな、ダチ、かな」

徹平に視線を寄越す。

徹平は一抹の恥じらいもなく、むしろちょっと浮かれたように言った。

「おうダチだ」

大吉はむず痒さを覚え噴水の方を向く。

水辺にいた鳥が羽ばたいた。

巣立ったばかりなのかぎこちなく翼をはばたかせ、けれど空高く舞い上がる。

風はない。

ピクニック日和だ、と大吉は思った。

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