白河いなほ
杓丘高校への通い慣れた道に、丈の大きめな制服に身を包んだ新入生の姿をちらほら見かける。
「大吉、新入生だよ。あ〜、ついに私たちも先輩になるんだね。しっかりしなくっちゃ」
隣を歩く春香が、両こぶしをささやかに膨らむ胸の前に持ってきて、がんばるぞっとポーズをとる。
「そうだな、じゃあまずその寝癖直すか」
大吉が肩口で跳ねている毛先を言うと、春香はぷうと頬を膨らませ、
「寝癖じゃないの! 猫毛なの!」
と主張する。
小さい頃からの、お決まりのやり取りだ。
「襟首、クリーニングのタグついてるぞ」
「え、あわわわ」
「先輩、がんばってな」
大吉は剣道の防具袋を肩に背負い直し、空いた手でタグをとってやる。
春の陽気にあくびが混じった。
通学路の交差点に差しかかった。
信号を待つ。その先に、この辺りでは見かけない制服の女子がいた。
「大吉」
春香も気づく。あぁ、と頷いた。
固そうな印象を受ける紺色のセーラー服が目立っていた。
大吉たちの制服はブレザーで、この季節、セーターだけの生徒も多い。
春香の淡い栗色とは対照的な髪色をしている。それを低い位置で結い、肩から前に流していた。
通学路を行く生徒に気弱そうに話しかけては、通り過ぎられることを繰り返している。
「なにか困ってるみたい」
「そうだな」
彼女の前を通り過ぎる彼らが薄情なのではない。
信号が変わる。同時に、春香は駆け出した。そうするだろうとは思った。
「だいじょうぶ?」
春香が親しみを込めた声をかけると、年頃の変わらないその女子の目が涙に潤む。
「あの、わたし、今日はじめて学校に行くのに、道がわからなくなっちゃって」
革のスクールバックを持つ両手に、きゅと力が入る。
春香は、自然とその手に自分の手を重ねた。
「じゃあ、私と一緒にいこっか」
「い、いいの?」
「うん。私、森宮春香」
「あ、わたしは白河、白河いなほ」
「いなほちゃん、って呼んでいい?」
「じゃあ、わたしも、春香ちゃんって?」
春香は天真爛漫な笑顔で返した。
春香が手を引くように前に足を踏み出すと、いなほも歩き出した。
「こっちは新田大吉。新しいに田んぼって書くから、よくニッタって間違われるけど、アラタなの」
「あ、アラタくん」
「よろしくな」
男子に慣れてないのか、いなほはおずおずと頷き返す。
大吉は2人の後ろにつく。春香を不思議に見る新入生を、よく眠そうだと言われる三白眼で見返す。
睨むでもないが体格がいいのもあって、新入生は自然、視線を逸らす。
春香のことを知っている2、3年は慣れている。
霊や妖、そういう類のものが見える。
ほんとうにそうなのだと、どのくらいの人間が信じているだろうか。どちらにせよ、春香の人柄を知る誰もが春香には好意的だった。
いつからか春香と同じに見えるようになった大吉は、疑う余地がない。
人目を気にした方がいいんじゃないか。
一度言ってみたことがあったが、春香は少し考えて答えた。
「そこに居るのに居ないふりするなんて、悲しいから」
春香らしい答えだった。