3.天上院蓮の初恋
<簡単な登場人物紹介>
・九条くじょう 真まこと Ω(オメガ)
黒髪の美青年。20歳。
小中高大飛び級を繰り返し16歳で医学部を卒業し国家試験も満点で合格。特例で医師免許取得。自身が院長のΩ専用メンタルクリニックに勤める。
16歳で妊娠、17歳で出産しており3歳の愛息子・ルイがいる。
番は人気俳優・天上院 蓮だが、彼には一途な想い人「カレン」がおり、自ら身を引いて息子と二人で暮らしている。昔から今も蓮のファン。
・天上院てんじょういん 蓮れん α(アルファ)
茶髪、切れ長の瞳にスタイル抜群、圧倒的イケメン。25歳。
子役時代から俳優として活躍し、今や国内外で人気のアイドルであり俳優。また世界的規模の天状製薬社長の息子であり、投資家などさまざまなジャンルを席巻している。
テレビに露出するたびに想い人「カレン」に愛を囁くことでも有名。
・九条 ルイ
真と蓮の間に生まれた子供。三歳。
三歳児とは思えない風格をしており、容姿は親譲りの端麗さ。すでに三か国語を習得する神童。
真をこよなく愛している、父親が蓮であることを知らない。
・「カレン」
蓮の想い人。詳細は不明
・柊
蓮の敏腕マネージャー。
蓮が幼少期から担当している。
自分の愚かな過ちで、
最愛で、最良で、最高な運命の番を、
一瞬で失うことになるなんて。
ーーーーーーー
天上院 蓮は自分の人生がつまらなかった。
αの姓を授かり、実家は世界的大金持ち、容姿や才能にも恵まれ、努力しなくても何でも手に入れることができた。子供の頃にスカウトされ、流されるまま芸能界に入り、子役時から絶大な人気を保ち続けている。それ故に、男女関係なく、他人は自分を褒めたたえ、うんざりするほどの好意を日々押し付けられた。
試しに何人かと付き合ったこともあるが、一週間と持たず終了。他人に興味が一ミリも湧かないのだ、当然の結果だった。
「(あーーーー、だる)」
校内でうるさい女子たちから逃げ、屋上の隅で寝転がっていると、珍しく屋上のドアが開く。
絡まれたらだるいなと思ったが、動くのもだるく蓮はその場に留まった。
一人の青年が一瞬こちらに目をやるが、特に気にしない様子でベンチに座るとお弁当を広げ食べ始める。
「ーーーーーーー」
拍子抜けだった。
男子でも自分を見たら、Ωやβはすり寄ってきて、αは自身の私利私欲のために声をかけてくるのに。
蓮は彼の横顔を見る。
美しい黒髪に澄んだ瞳。綺麗に整った顔、高校生とは思えない可愛らしさ・・・・なぜか異様に彼に惹きつけられる。
「(甘い匂い・・・・)」
今までに嗅いだことのない、心地よい匂いに蓮は思わず笑みを溢す。
その日以降、屋上にいるとたまに彼と遭遇した。
彼とは一言も会話をしなかったが、蓮は彼との静かな時間が好きになっていた。
「えー!そんな綺麗な子いたら絶対噂になっていると思うけど、知らなーい」
クラスメイトに彼のことを聞いても、そんな特徴の生徒はいないと言う。
「(え、俺まさか疲れすぎて幻覚見たりしてないよね・・・?)」
彼への興味は日に日に増し、あまり実家を盾にしたくなかったが、父と親しい校長に聞きに行った。
校長は自分の問いに少し慌てた様子を見せたが、蓮の真剣な表情を見て、困ったような表情を浮かべる。
「・・・・恐らく、『彼』のことだろう。君が気になるのもわかるが、彼には関わらない方がいい」
「俺の頼みでも言えないんですね」
「そういう約束で、うちで一時期だけ引き取っている」
「じゃあ、自分で調べます」
「やめなさい」
校長がはっきりした口調で言う。
基本的に蓮に対して激アマ対応なため、はっきりと止められたのは初めてだった。
「関わったらいけない、彼は秘密の子なんだ」
「なにそれ、映画のタイトルみたい」
「・・・・彼はこの高校にいるが、年齢はまだ13歳。日本では飛び級は認められていないが、認めざるを得ない『神の子』だ。場所は言えんが、一人別の場所で授業を受けている。彼に関わるな」
「・・・・」
そんなに気になることを言われたら、自分で調べるしかないだろう。
校長に背中を向けると蓮は校長室を後にする。
どこかにいるのなら話が早い。
教室を片っ端から調べていけば、いずれ・・・・・
だが彼はどこにもいなかった。
授業を終え、屋上で彼に出会えるか待ってみる。
その日、夕焼けがとても綺麗だった。
屋上のドアが開く。
彼の姿に思わず駆け寄ろうとするが、彼が誰かと会話しているようで歩む足を止めた。
「父さん、僕はこの高校が気に入ってる。問題も起こしてない!どうして・・・・!!」
電話越しの相手に声を荒げながら彼は泣いていた。
彼を見かけたらすぐに駆け寄って、何者か聞こうと思っていたのに、なぜか足が動かない。
今まで他人を泣かせても何も感情がわいてこなかったが、彼の泣き顔に全身が硬直している。
「(俺が・・・困惑している・・?)」
なぜ泣いているの?どうしたの、俺に話してごらん・・・・?
いつもみたいに甘い言葉を吐いて、泣き止ませればいい。
たったそれだけのことができない自分がいる。
彼に対して、そんな軽い態度で接したくない。なら、なんて声をかければ・・・
「分かったよ・・・・明日から、父さんが言う学校に通う」
その言葉に蓮は目を見開くと、気が付けば彼の肩を掴んでいた。
彼は驚いた様子で振り返る。
初めて彼と目が合った。漆黒の瞳に自分の姿が吸い込まれる。
慌てて涙を拭うと彼は自分に会釈した。
「ごめんなさい!寝ているところ、邪魔しちゃいましたか・・・?」
「ーーーーーーーー」
どうして泣いているの?
俺がいつも屋上にいることを認識してくれていたの?
大丈夫?話聞こうか?
君は一体誰なんだい?
どうしてこんなにも自分の心に、入り込むことができるのーーーー?
頭の中で疑問が溢れ出す。
感情の整理がつかない。
何か言わねば、何かーーーーーーーーーー。
「君・・・・・・・・明日から、ここにいないの?」
ようやく絞り出した言葉は、彼への慰めではなかった。
彼はさらに目を丸くする。
両目の涙を拭うと、「はい、また違う学校に通う予定で・・・」と小声で返事をした。
「そう・・・・・」
胸がひどく痛む。
呼吸がうまくできず、蓮は一言言うのがやっとだった。
「この学校で、天上院さんにお会いできて、すごく嬉しかったです。実は子役時代からずっとファンで・・・・この先もずっと、応援しています」
彼は笑顔でそう言うと、足早にその場を後にする。
一人取り残された蓮は、彼に触れた右手をしばらく眺めていた。
ーーーーー蓮って、他人に興味ないよね~!他人に嫉妬とかしたことないでしょ!ーーーーー
俳優業をしている男性から言われた言葉をなぜか今思い出した。
ねえ、君はこの学校から去ったあと、どんな人生を歩んでいくの?
好きな人は?今までの交際歴は?ファーストキスはいつ?もう初体験はした?
この先、君は誰に恋をして、誰と共に人生を生きるの・・・・・?
「はは・・・・ッ!」
蓮は両手で自身の顔を覆うと笑ってしまう。
自分は今、まだ名前すら知らない彼と共に未来を歩む誰かが、妬ましい。
これが嫉妬。
なんて醜くて汚い感情だろうか。
彼を今追いかけたら、きっと自分は彼を拘束して、自分しか見えない場所に閉じ込めてしまう。
「でも、大丈夫・・・・きっと彼とはまたどこかで出会える。今の自分じゃ彼にふさわしくない、もっと早く大人にならないと・・・・それに感情のコントロールもできるようにして・・・。そして彼に愛されるような人間にーーーーーー」
両目から涙を流しながら、夕日に向かって泣き叫んだ。
**********
名も知らない彼と出会って、数年後。
蓮はより俳優業に力を入れ、メディアへの露出を増やした。
昔なら断っていたアイドル業も、今や率先して行っている。
それもあり、企業広告には彼が多く起用され、SNSでは日々彼の話題で持ちきりであった。
「それにしても、ほんっと天上院さんあれだけ騒がれるの面倒くさがっていたのに、露出増えましたよねー。広告の起用は芸能界一ですよ。しかも握手会の開催なんて・・・」
マネージャーの柊が、握手会会場で蓮の成長ぶりに涙する。
「どういう風の吹き回しなのか・・・何か、企んでます?」
「そうだね・・・・好きな子に、嫌でも毎日俺の姿を見てもらうため、かな?」
「うわーーーーー重・・・・」
「握手会始まりまーす!順々に人入れますね!」
スタッフから声がかかり、自身のファンクラブに入っていて、尚且つ抽選を勝ち上がってきたファンたちが一人一人自分に愛の言葉を投げかけた。
「(前だったら適当にあしらっていたけど、今この目の前のファンが、『彼』とつながっているかもしれないし・・・・・・・・・・優しくしとこ)」
満面の笑みを浮かべる蓮は、一人一人丁寧に接し、ファンサービスを行う。
蓮のモチベーションの根底には、いつだって『彼』がいた。
握手会も終盤。
今日もダメだったかと蓮が肩を落としていると、甘い匂いと共に、聞き覚えのある声がする。
「今日は会えて嬉しいです!こ、子役で活躍されている時からファンで、いつもすごい元気をもらっていて・・・!」
目の前にサングラスにマスクをし、帽子を深く被る青年が一人。
ああ、やっと見つけたーーーーーーーーー。
「僕はオメガなんですが、周りから疎まれることが多くて・・・・そんな時、天上院さんの歌を聴いたり、演技を見て、すごく励まされて、元気をもらっています・・・!」
健気な彼の姿に蓮は胸を高鳴らせる。
「(あーーーーーーー可愛い、どうしよう、抱きしめたい。無理。しんど、変装してるつもりか容姿よく分からないけど、匂いですぐわかるし、あーーーーーー握手会やめたい・・・。というか、周りから疎まれてって何?彼のこと傷つけた奴、全員殺ㇲ・・・・)」
頭の中で邪念が広がるが、何とか理性を働かせる。
よく見ると彼は小刻みに震えていた。
自分と会うことの緊張からか、それとも先ほど言っていた、オメガ故につらい思いをして、彼自身が追いつめられた状況なのか・・・・
蓮はそっと彼の両手を握りしめる。
「アルファだろうとオメガだろうと関係ない、君は人より何百倍も努力した。胸を張って生きればいい」
『神の子』なんて言われ周囲から孤立させられ、若くして汚い大人の世界に身を投じて、それにオメガだったのなら・・・・相当辛い思いをしてきたのだろう。
「(俺がそばにいたら、絶対に守ってあげれたのに・・・)」
蓮の言葉に、彼の震えが徐々に収まっていく。
彼はサングラスとマスクを静かに外すと、あの時と同じ瞳で真っすぐに自分を見た。
「ありがとう、ございます・・・・お会いできて、本当に良かった・・・・」
「君ーーーーーー」
蓮が立ち上がろうとすると、柊が「お時間です、退出をお願いします」と声をかける。
彼は深々と頭を下げるとその場を後にした。
「柊、あと握手会何人残ってる?」
「あと三名ですね」
「巻きで」
蓮はそう言うと彼の笑顔を思い出し、全身が熱くなる。
早く追いかけなければ・・・・早く・・・・!
自分はこの時、彼と再会できて非常に浮足立っていた。
まさか今日を境に、番を失うなんて、夢にも思わないままーーーーーーーーーーーーー。