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天上院守の責務

<簡単な登場人物紹介>

天上院てんじょういん まもる α 

蓮の父親。世界的に有名な天状製薬の代表取締役社長 。

同性愛者。修二を幼少期からずっと愛し続けている。修二には、とある事件をきっかけに彼に逆らうことができない。

息子は世界的に有名な俳優・蓮。他に二人の息子と娘がいる。

天上院てんじょういん 玲香れいか α  

守の妻、女性。

守が同性愛者であることを理解して結婚した。過去に番を交通事故で亡くしている。

花恋とは本家と分家の関係でもあり、仲良し。


九条くじょう 修二しゅうじα

38歳。真の父親。

容姿端麗・文武両道。九条病院の院長であり、医学界の神と称されている。

世界で初めて認知症の治療薬を作り、世界最年少でノーベル賞を受賞している。

家族LOVE。害するものは許さない。

番であり、真と実の母である藤宮花恋は難産?により亡くしている。


藤宮ふじみや 花恋かれん Ω

修二の運命の番。真と実の母。

天才プログラマー。

難産で若くして亡くなっている。蓮の代わりに亡くなった・・・?とは。


九条くじょう まこと Ω(オメガ)

黒髪の美青年。20歳。

小中高大飛び級を繰り返し16歳で医学部を卒業し国家試験も満点で合格。特例で医師免許取得。自身が院長のΩ専用メンタルクリニックに勤める。蓮のファンであり彼とは番関係だが、彼から身を隠している。息子が一人いる。

〇九条 ルイ 真と蓮の息子。蓮に内密で出産した。


天上院てんじょういん れん α(アルファ)

茶髪、切れ長の瞳にスタイル抜群、圧倒的イケメン。25歳。生粋の方向音痴。

国内外で人気のアイドルであり俳優。また世界的に有名な天状製薬の次期社長であり、投資家などさまざまなジャンルを席巻している。高校の時から真を愛しており、離れ離れになった後もずっと探し続けている。

こんな形で、あなたを縛り付けるつもりじゃなかった。

ごめんなさい。どうか、許して。

あなたの人生は、あなたのものよ。


一人の美しい天使が舞い降りて、

青年をそっと抱きしめて、懺悔した。

ーーーーーーーーー


「しゅーちゃん、行って…!」

花恋は一瞬迷いを見せた修二の背中を押した。

「まだ陣痛は来ていないし大丈夫よ。それに初産だから、陣痛が来てから出産するまで時間もかかるはず」

修二はじっと花恋を見つめ、小さく頷くと外出の準備と九条病院のオペ室確保に動き始める。

コートを羽織り、玄関で花恋を抱きしめると「すぐ戻る」と囁き出て行った。

笑顔で修二を見送った花恋は彼が行ったことを確認すると、壁に寄りかかりながらずるずるとその場に座り込む。

ーーーーー陣痛は、もう来ていた。

だが、このタイミングで正直に言えるはずがない。

ズキズキと痛みが全身を襲う。

「(これでいいの・・・この先、しゅーちゃんの傍にいるのは彼なんだから)」

修二がもしここで自分の傍にいたとして、天上院蓮に万が一のことがあったら、彼は死ぬほど後悔することになるだろう。それに守との関係が今回を機に破綻しても困る。

自分が死んだあと、彼を精神的に支えられるのは、子供たちと守だけなのだ。

余命わずかな自分が、これから先、長い時間を生きる彼らに我儘を言う権利はない。

体の弱い、自分の罪。彼に黙って命を削り続けた、自分の罰。

それに修二が出産に携われなくとも、出産予定の九条病院には、他にも信頼できる産婦人科医や助産師がいる。修二が傍にいなくとも、大丈夫ーーーーーーーーー。

「・・・行かないで............しゅーちゃん」

私だけの、傍にいて。

花恋は両目に涙を溜めながら、誰にも言えない本音を呟いた。


***********


天上院守が藤宮花恋の秘密を知っている。


守は抗がん剤の新薬についての治験データを見ながら父と今後の方針について話していた。

今回承認を目指している抗がん剤は、従来のものより結果が良く手ごたえを感じている。

「それにしても、いいデータが取れていたのに残念だ・・・」

守の父・天上院てんじょういん すぐるは資料を眺めながら溜息を吐いた。

「え、だれか治験から離脱したの?副作用もかなり抑えていて効果も良い薬だし、治験参加者からもかなり好評なのに」

「・・・妊娠したらしい。マウスで治験したときに催奇形性の疑いがあったから、本剤は妊婦には原則禁忌だがーーーーーまさかこの薬の治験参加者の中で、妊娠希望の人間がいたとは・・・・。しかもかなり症状が進行しているというのに、中止したら、恐らく急激に悪化し一年も生きられないだろう」

今治験を行っている薬は、腫瘍が大きくなることを大幅に遅らせる抗がん剤で、従来の抗がん剤に比べ副作用が少なく体への負担も軽い。参加者の多くは腫瘍を全摘出することが難しい患者で、妊娠なんて考える余裕もない者が多いのだが・・・・・。

傑は離脱した治験者のデータを守に渡す。

それを見て守は息を吞んだ。


治験参加者 13番 

藤宮花恋 女性 Ω 番あり。

妊娠のため、抗がん剤投与を中止。

ステージⅣ、腫瘍切除困難、放射線治療、従来の医薬品による化学療法を実施済み。本治験では......


「父さん・・・ちょっと出掛けてくる」

「?、お、おい・・・!」


治験に携わる担当者達には守秘義務が課せられている。

だから、こんなことは本来してはいけない。見て見ぬふりをするべきなのだろう・・・

「見て見ぬふりなんて、できるはずがない・・・運命の番だから、修二を愛しているというから、彼女に任せたんだ..........なのに、こんな・・・無責任だろう..........!」

会社の廊下を走りながら、守は携帯を取り出すと花恋に電話を掛けた。


幸い修二は出勤しており、花恋は修二と住んでいる一軒家に一人でいた。

守はチャイムを鳴らすと、しばらくして玄関のドアが開く。

花恋は肩で息を切らす守を見て一瞬目を丸くするが、苦笑すると中に招き入れた。

「いらっしゃい。ゆっくりしていって」

動じることなく台所で紅茶の準備をする花恋に守は口を開くが、自分自身を落ち着かせるためにも大きく深呼吸する。

荷物を床に置くと椅子に腰掛けた。

淹れたての紅茶と茶菓子を差し出した花恋は、守の正面の椅子に腰掛ける。

「話は分かっている。ーーーーー私の余命が短いことでしょう?」

「・・・修二はこのことを知っているんだよね?」

「知らないわ」

平然とそう切り返す花恋に対して唖然とする。

「し、知らない・・・・?」

「ええ。あなたの会社の治験データ以外、ハッキングして私のカルテを書き換えているもの。私の腫瘍は摘出し、予後良好ということにしてある」

「な、何を言っているんだ.........」

「藤宮家は代々プログラミングに長けた一族よ。こんなこと、造作もないわ.....ただ、治験データをいじれるわけがない。私のデータが、将来同じ立場の人間を救うことになるかもしれないのだから」

「それでも、最愛の番には伝えるべきだろう・・!なのに、なぜ............!!」

花恋はそっと自身のお腹を触る。


「この子たちが、しゅーちゃんに心の底から愛されるためよ」


「ーーーーーーー」

「もし私が子供たちのために治療を中断し、余命を削ったと知ったら・・・・しゅーちゃんが子どもたちに、少しでも負の感情を向けるかもしれない。それだけは、耐えられないの」

守は花恋を見つめる。

頭に血が上っていたが、徐々に自分が冷静になっていくのが分かった。

彼女の行動の意味が、そして彼女の並々ならぬ覚悟が少しずつ理解できた。

治験に参加し続けても、数年以内に彼女は確実に亡くなるだろうーーーーそれが分かっているからこそ、彼女は余命を削り、修二に家族を残そうとしている。自身が死んだ後の、残された修二を想って。

「私が亡くなった後、しゅーちゃんの心を埋められるのは、彼を心の底から愛するあなたしかいない。どうか、お願いね」

「はは・・・・」

つい乾いた笑いが出てしまった。

自分が修二を愛していることを花恋が知っていることよりも、それを知って尚、彼女が愛する番を自分に託そうとしている彼女の強さに驚きが隠せない。

普通は、自分の番に手を出すなとか、牽制するものではないだろうか?

愛する者を自分以外の他人に託すことなんか、自分にはできない。

だって、悔しいじゃないか。死にきれないじゃないかーーーーーー愛した者が自分の死後、他人の者になってしまうなんて。

「俺は先日、君と仲良しの花宮玲香と結婚したんだよ。同性の修二のことなんか、別にーーーーーー」

「あなたは、違うでしょう?」

「ーーーーーーーーーーーー」

「気を遣わなくて大丈夫よ。修二は言っていたわ、私と同じぐらい、守が大切なのだと。そして、修二を見るあなたの表情は・・・彼を友として慕っている以上のものを感じた」

花恋はすべてを見透かした瞳に自分を映すと苦笑する。

違うよ、俺は玲香を愛している。修二のことは大切な幼馴染でーーーーーそんな嘘を吐こうとしていた守は思わず言葉を飲み込んだ。

彼女の死後、修二は永遠に君だけのものだよ、なんて、甘い言葉を彼女は望んでいない。

「もしかしたら出産後にまた治験に参加しなおしたら、長生きするかもしれないじゃないか。どうして何もかも諦めているんだ・・・まだ希望があるかもしれないのに・・・」

「私はきっと、長くは生きられない」

寂しそうに花恋は言うと、お腹に宿る我が子を大事そうに抱きしめた。

「分かるの。自分の体だもの」

「・・・・・」

「守、あなたにしか頼めない・・・しゅーちゃんを、よろしくね」

彼女は真っすぐに自分を見つめて、深く頭を下げた。


花恋の親友である玲香を愛していないのに結婚したことを知っていて、

花恋の愛する番の傍を離れずに、ずっと愛し続けていることを知っていて、

それでも尚、花恋、君はーーーーーーーこんな俺に、頭を下げるというだろうか。

ああ、自分は永遠に彼女に敵わない。きっと彼女が亡くなった後も、死ぬまで一生。

彼女の彼に対する底の見えない愛に、自分の愛が勝てるはずがない。


守は立ち上がると、床に正座すると頭を深々と下げた。

「花恋にもしものことがあった時は、その時はーーーーーーー俺が、君の番と、その子供たちを守ります。この命に代えてもーーーーーーーー。・・・だからどうか、長生きしてくれ」

真っすぐな守の言葉を聞いて、花恋は両目に涙を浮かべる。

そして彼女も床に正座すると、同じく頭を深々と下げた。

「ありがとう・・・・、本当に、ありがとう、ございます。長生きしたい....しますーーーーどうか、傍で私たちを、見守っていてください」

彼女は顔を下げたまま静かに泣いていた。


***********


修二が病院のオペ室、人員、個室の確保を迅速に行い、天上院蓮は無事手術を受けることができた。

どうやらドラマの撮影中に、エキストラとして参加していた同年代の子供に階段から突き飛ばされ、落ちた先に鋭利なものがあったらしく、頭部を損傷。出血により形成した血腫により頭蓋内圧のコントロールが困難な状態だった。

対処が遅れていたら、後遺症だけでなく命が危なかった。

「修二、夜中にすまなかった・・・・ありがとう、本当に、ありがとう・・・・」

おいおい泣く守に修二が微笑むと強く抱きしめた。

「お前の頼みだ。俺を頼ってくれて、ありがとう」

その言葉に守はさらに涙が止まらなくなる。

自分の愛する人間の懐のデカさ、頼りがいさ、カッコよさ、優しさーーーー改めて、好きだと思った。


愛している、修二!

君が告白してくれた時から、俺はずっと君だけを愛し続けていたんだよ。


修二への愛を心の中で叫んでいた矢先、何か大事なことを見落としている気がした。


ーーーーー守、あなたにしか頼めない・・・しゅーちゃんを、よろしくねーーーーー


彼女の声が、聞こえた気がした。

「ま、守!修二!花恋から連絡が・・・・!本陣痛がきて、破水したって…!自宅でどうにかするって、留守電が・・!!」

慌てた様子で蓮の病室から出てきた玲香の言葉に修二と守は慌てて携帯を取り出すと、そこには花恋からの着信履歴が数件あった。

「修二!!!!俺が車を出す!!!玲香は蓮の傍に........!!!」

気が付けば修二が花恋と別れてから、5時間という時が経過していた。



車を走らせ、修二の自宅に着き勢いよくドアを開ける。

開けた瞬間、複数の赤子の泣き声が聞こえてきた。

慌ててリビングに駆け込むと、バスタオルの上に産まれたばかりの赤子が二人泣いており、傍には血だまりに倒れる花恋の姿があった。

修二は駆け寄ると花恋を抱き寄せる。

彼女はかろうじて息があったが、もはや虫の息だった。

「(俺が修二を、花恋から引き離したからーーーーー)」

守は呆然と立ちすくむと、ひどい眩暈に襲われ壁に寄りかかる。


ーーーーー長生きしたい....します。どうか、傍で私たちを、見守っていてくださいーーーーー


彼女に長生きしてほしいと願い、その彼女のわずかな余命を、むしり取ったのは自分だった。

こんな終わり方を、自分は望んだわけじゃない。

「花恋、大丈夫だ。すぐに病院に連れていく、だから、どうか気をしっかり保ってくれ.....!!俺が、俺が傍を離れたばかりにーーーーー!!!」

「しゅー・・ちゃん」

花恋は修二の頬にそっと触れる。

「しゅーちゃんは、悪くない。・・・悪いのは、全部、私・・・」

もう目がほとんど見えていないのだろう。

花恋は震える手を修二のいない方へ伸ばすが、修二はその手を優しく自分の方へ手繰り寄せた。

彼から伝わる温もりに安堵したのか、それとも、死を目の前にしたせいか、花恋は静かに泣いていた。

それでも、うつろな目に修二を映して、彼女は最後の力を振り絞ると微笑んだ。


「世界で一番愛しい人・・・この子たちを・・・お願いね」


そして彼の背後にいる守を見て、小さく頷くと息を引きとった。

わなわなと肩を震わせ、修二は冷たくなっていく花恋を強く抱きしめる。

彼の泣き顔を、自分はこの時初めて見る。

それほど人前で泣かない彼が、子供のように大声をあげて泣いていた。

そうさせたのは、全部自分。愛する彼を、自分のせいで深く傷つけた。

「花恋・・・すまない・・・・私がいつも、不甲斐ないばかりに、大切な者を、守ると誓ったのに・・・!花恋!!!!!!!!私はーーーーーー!!!!!!!!」

泣き叫ぶ修二を見ながら、守は傍で寄り添う双子の赤子の元に歩み寄る。

自分が泣く権利などありはしない。それでも、泣かずにはいられない。

修二が愛した番の命と引き換えに、自分は愛息子の命を救った。

許されるはずがない。本来ならば、彼らの傍から離れるべき存在なのに、それでも、彼女の遺言を守る義務が自分にはあった。


俺が、君の番と、その子供たちを守ります。この命に代えても。


守は双子の赤子たちをバスタオルでおくるみのようにそれぞれ包み込むと、そっと優しく抱きしめた。

「君たちと、君のお父さんを..........これから先、ずっと守らせてください。......愛させてください。傍にーーーーいさせて、ください」

残りの人生、あなたたちのために、捧げさせてください。


この日、守は目に見えない首輪が繋がれた。

彼の手綱を握るのは、九条修二でも、真でも実でもないーーーーー天国にいる、藤宮花恋。

彼女の望まぬ形で、守は九条家に縛られることとなったのだった。

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