九条先生の過去⑥ ―再会、そして―
<簡単な登場人物紹介>
・九条 真 Ω(オメガ)
黒髪の美青年。20歳。
小中高大飛び級を繰り返し16歳で医学部を卒業し国家試験も満点で合格。特例で医師免許取得。自身が院長のΩ専用メンタルクリニックに勤める。
16歳で妊娠、17歳で出産しており3歳の愛息子・ルイがいる。
番は人気俳優・天上院 蓮だが、彼には一途な想い人「カレン」がおり、自ら身を引いて息子と二人で暮らしている。昔から今も蓮のファン。
・天上院 蓮 α(アルファ)
茶髪、切れ長の瞳にスタイル抜群、圧倒的イケメン。25歳。
子役時代から俳優として活躍し、今や国内外で人気のアイドルであり俳優。また世界的規模の天状製薬社長の息子であり、投資家などさまざまなジャンルを席巻している。
テレビに露出するたびに想い人「カレン」に愛を囁くことでも有名。
・神宮寺 帝斗α
美濃部首相の第一秘書、真が通学していたころ傍付きだった。
番は中学からの友人であり美濃部礼二。
・九条 修二α
38歳。真の父親。
容姿端麗・文武両道。九条病院の院長であり、医学界の神と称されている。
世界で初めて認知症の治療薬を作り、世界最年少でノーベル賞を受賞している。
家族LOVE。害するものは許さない。
・「カレン」
蓮の想い人。詳細は不明。
あなたは、この世に生を授かり、
幸せだと思いますか?
...........Yes。
あなたは、自身の第二性がΩと分かった時、
生まれてきて良かったと思いましたか?
...........Unknown。
ーーーーーーーーーー
「真先生は、修二先生のご子息なんですね。こうして一緒に働くことができて光栄です」
九条病院の精神科担当医・久月は優しく微笑んだ。
父よりもずっと年上のようだが、16歳の自分に対し嫌悪感や威圧感を出さず、むしろ自分や父に対する敬意が話の節々から感じ取れる。非常に寛容な人だと思った。
医師免許取得後、真は父が院長を務める九条病院で研修を受けており、現在はどの科を専攻するか模索しつつ、様々な科の回診に同行させてもらっていた。
「今日の患者のカルテは目を通したかな?率直な感想は・・・」
「分かってはいましたがーーー入院患者の第二性がΩの方が多いですね」
「うん、そうだね。ここだけに限らず、他所の精神科も入院患者の半数以上Ωだ」
九条病院の精神科に入院している患者のほぼ8割の第二性はΩである。
カルテを見る限り、個々に入院理由は違うが、Ωという性が起因していることが多い印象だった。
不定期な発情期による周囲からの孤立、信頼していた人間に襲われかけて対人恐怖症、重い発情期のストレスで摂食障害・・・・・Ωである自分に対し、父が異常なまでに過保護になる理由も分かる気がする。
「彼を連れてきて!!!!!!僕が発情期を利用して彼にレイプさせたんだ!!!!!!彼は悪くない!!!!!!!彼はどこ、彼はーーーー!!!!!!」
病室から一人の患者の声が響き渡る。
慌てた様子で看護師が何人か足早に駆けていく姿が見えた。
「・・・・彼は、一人のαに恋をしてね」
久月は立ち止まると窓から差し込む日差しに目を向ける。
「αと個室で二人きりになったときに、発情促進剤を飲んで、無理やり関係を持った・・・もちろん、そこから恋愛に発展するわけでもなく・・・Ωの彼は、捨てられてしまった。その事実が受け入れられず、自殺未遂を図り、ここで治療を受けている」
「そう、ですか・・・」
「九条真先生は、どう思う?」
久月は目を伏せると言った。
「αとΩーーーーーーーーーーどちらが被害者で、どちらが加害者か」
彼の質問に、すぐ回答できなかったのを今でも鮮明に覚えている。
********
天上院蓮と高校で別れてから、早3年ーーーーーー。
天上院蓮、ファンクラブ限定握手会当日。
九条真は帽子とマスク、そして分厚い度なし眼鏡をかけると鏡の前で大きく頷く。
父と母譲りの目立つ顔は綺麗に隠れている、せめて私服はセンスのあるものを着ようと思い、兄である実にコーディネートしてもらった。
「まだヒートは来てないけど、抑制薬も予防で服用したし、あとは彼の前でうまく話せるかが問題だけど、きっと・・・・なんとか、なる!」
会場のトイレの鏡の前で一人意気込むと握手会待ちの列に並ぶ。
もっと女性が多いと思ったが、意外なことに男女半々ぐらいの割合だ。
男子で一人悪目立ちするか肝を冷やしていたが胸を撫でおろした。
一人持ち時間は2分、一般の握手会に比べたらかなり長い。
真は再度蓮に伝える言葉を頭の中で整理し始めた。
「(高校の時以来ですね・・いや、待って・・・きっと覚えられていないだろうから、言うのやめた方が・・・でも、もし覚えていたら触れないのは失礼?でもあの時僕は13歳だったから、何かツッコまれたら・・・・言うのはやめよう、うん)」
ひと月前から伝える言葉を考えていたはずなのに、直前になって、あれは失礼なんじゃないか、これは伝えたい、などなどーーーーーーーー考えを整理するのは得意なはずだが、どうやら好きな人の前では通用しないようだ。
順番に番号が呼ばれ、一人一人パーテーションの向こうに姿を消していく。
「(この匂いーーーーーーーー)」
気のせいか分からないが、高校の時に感じた心地よい匂いがする気がした。
すぐ近くに彼がいる、心臓のバクバクと五月蠅い・・・・・・・!
あっという間に自分の番号を呼ばれ、真はパーテーションの向こう側へと歩みを進めた。
そこには椅子に腰かけ、こちらに笑みを浮かべる青年がいる。
「(天上院、蓮ーーーーーーー)」
蓮の前に一歩踏み出す。彼は三年前に見たときよりも、画面越しで見るよりも、ずっと綺麗でカッコ良い。体も引き締まっていて、意外と肩幅がある。肌も色白で、鋭い目もとも、どこか優しくて・・・・・・。
「(やばい・・・好きすぎる、ます・・・・)」
自分よりも40、50歳年上の人ばかりが参加する学会発表でも緊張しなかったのに、足が震える、手汗がひどい、呼吸が荒いせいかマスクでメガネは曇る。
「今日は会えて嬉しいです!こ、子役で活躍されている時からファンで、いつもすごい元気をもらっていて・・・!」
案の定冷静に話せるはずもなく。
「僕はオメガなんですが、周りから疎まれることが多くて・・・・そんな時、天上院さんの歌を聴いたり、演技を見て、すごく励まされて、元気をもらっています・・・!」
なぜか自らΩをカミングアウトして。
あれだけ綿密に立てた計画が無になった。
必死に話し終えた真は蓮が目を丸くしてこちらを見ていることに気が付く。
蓮のマネージャーらしき人が後ろで手を指さしており、慌てて頭を下げて蓮に両手を伸ばした。
「(握手会じゃないか。まず握手をして、それから冷静に想いを伝えるのが常識だろう・・・!!)」
恥ずかしさから真は俯き目をギュッと閉じた。
「(きっと変人と思われたに違いない、気持ち悪がられたら、いや、間違いなく気持ち悪がられて・・・)」
「アルファだろうとオメガだろうと関係ない、君は人より何百倍も努力した。胸を張って生きればいい」
「ーーーーーーーーーー」
蓮の言葉に真は思わず顔を上げる。
真摯な表情を浮かべる彼は、自分と目が合うと優しく微笑んで両手を握った。
全身が熱い、先ほどとは比較にならないぐらい心臓がバクバクと五月蠅い。涙腺が緩む。先ほどの恥ずかしさを忘れてしまうぐらい、嬉しいーーーーーーーー生きていて、良かった・・・・。
ーーーーー医者の世界は過酷だ。それにΩだと、より苦労することになるだろう・・・それでも、真は目指すというのかーーーーー
九条家に生まれ、九条修二の息子として生きて、才能があろうと、努力は怠らなかった。
ーーーーー真様の青春にピリオドを打ったのは、私なのですよ・・・!ーーーーー
生まれた時から周囲との人間関係は限定的、限定的な中で良い出会いがあっても、別れが訪れて、辛く落ち込んだこともあった。
ーーーーー・・・・・頑張ってねーーーーー
あなたのあの一言が、屋上で過ごした二人だけの穏やかな時間が、どれほど自分をの支えになったか。
あなたのおかげで、諦めていた夢を追いかけることができた。
もうこの先生きる上で、十分すぎるほどの勇気と希望を与えてくれたのに、まだこんなにも嬉しい言葉をあなたは投げかけてくれる。
真はマスクと眼鏡を外し、被っていた帽子を手に取った。
真の姿に蓮は目を見開き、後ろのマネージャーも組んでいた手をほどき呆然とする。
周囲に待機していたスタッフも、真の美しさと凛々しさに目を奪われた。
真はそのことに気づく様子もなく、満面の笑みを浮かべる。
変装せずに人前に出ないよう父に言われていたが、彼の前ではありのままでしっかりとお礼を言いたいと思った。
きっと直接会えるのは今日が最後なのだ。最後ぐらい、本当の姿で、彼に言葉で伝えたいーーーーーー。
「ありがとう、ございます・・・・お会いできて、本当に良かった・・・・」
あなたと出会えて、あなたを好きになれてーーーーこの上なく、幸せです。
「君ーーーーーー」
蓮が立ち上がろうとすると、柊が蓮を手で制し、「お時間です、退出をお願いします」と真に声をかける。
あっという間に過ぎ去った2分。
それでも自分にとって、かけがえのない思い出となった。
真は蓮の手を離すと慌ててお辞儀をして足早にその場を去る。
「父さんに連絡しなきゃ・・・・・」
興奮しすぎたせいか、特に蓮に触れてから、彼から言葉を掛けられてから・・・全身が燃えるように熱い。呼吸も早く、胸が苦しい。
蓮に直接会えただけで、自分の体はこんなにもーーーーーー変化する、のか?
真はいつもと違う体の異常に違和感を覚える。
「お腹が・・・・変・・・・・・だ」
それに体に力が入らない。歩くのもやっとだ。
まさかーーーーーーーーーー。
真は人が多く集まる会場のロビーを避け、人通りが少なさそうな通路を壁に寄りかかりながら歩く。
右手で自身の下半身を触り、手に付着した粘液を見て目を見開いた。
「そんなーーーーーーーー!!!!!!!」
それが何かが分かった瞬間、ぶわっと体がより熱くなる。
足ががくがく震え、真はその場に座り込んだ。
ーーーーー母さんはヒートが来た時、かなり強いフェロモンを周囲に撒いてしまっていた・・・フェロモンの強さは遺伝する。恐らく、真も・・・・・気をつけなさいーーーーー
以前父から言われた言葉を思い出す。
「(ああ、まずい・・・・非常にまずい・・・・・・・!どうして今・・・・!)」
思考回路が停止していくのが分かる。これがΩのヒート、これが、ラット状態ーーーーーー誰か、この苦しさから僕を、救ってーーーーーーーひどく、乱暴に、犯して、僕の中で朽ち果ててーーーーーー。
「オイ、こいつからだ、すごい匂いだな・・・!抑制薬を飲まないお前が悪いんだ、お前が・・・!!!!」
誰かが自分を見下ろしながら言い放つ。
ああ、君がこの苦しみから解放してくれるの・・・・・・?
解放してくれるなら、誰でもいい、早く、早くーーーーーー!!!!!
ーーーーーアルファだろうとオメガだろうと関係ない、君は人より何百倍も努力した。胸を張って生きればいいーーーーー
真は震えながら両手で首のうなじを覆う。
「誰でも、いいわけじゃない・・・・・」
自然と彼の姿が思い浮かんだ。
両目から大粒の涙を溢しながら真は必死に声を上げる。
「助けてーーーーーーーー蓮ッ・・・!」
乱暴に腕を掴まれ、ズボンに手を掛けられた直後、鈍い音が聞こえ傍で誰かが倒れる。そして、心地よく、優しい、安心する匂いがーーーーー。
「天上院、蓮・・・・・・・・・・・・」
顔を上げるとそこには、ここにいるはずのない人物が息を上げながら立っていた。