異世界を創造する神々の語らい~異世界サンドウィッチ問題を添えて~
異世界が舞台の小説に「サンドウィッチ」等の現実世界の固有名詞が出てくると違和感があるという、いわゆる「異世界サンドウィッチ問題」は、何十年も前から幾度となく繰り返されてきた話題です。
異世界の言葉を翻訳した結果「サンドウィッチ」になっている、という理屈で受け入れている人もいれば、理屈は分かってもなんとなく引っかかりを覚えるという人もいます。「サンドウィッチ」は気にならないけれど「南無三」は気になるという人もいるという風に、どの言葉に違和感を覚えるかは人によって様々なのでしょう。
だからこそ、この問題に対する決定的な答えが出ず、何度も何度も繰り返されてきたのだと思います。
先日、そんな異世界サンドウィッチ問題に通じる話を、ファンタジー小説を多く書かれている作家のひかわ玲子先生の著書の中に見つけました。1999年に出版された『ひかわ玲子のファンタジー私説』(東京書籍)です。
物語世界の整合性について書かれた部分ですが、ひかわ先生がデビューして間もない頃、ある新人賞の下読みをしたことがあったそうです。その中に「全長200メートルの巨大なゴブリンが現れ、主人公たち旅のパーティに襲いかかった」という戦闘シーンがあって、ひかわ先生は思わず「机に突っ伏してしまった」のだとか。
ひかわ先生が引っかかったのは「メートル」と「ゴブリン」という言葉です。「メートル」という現実世界固有の単位は異世界にそぐわないし、200メートルの相手に15人のパーティが剣や弓矢だけで戦うのはもはやギャグになってしまう。それに、「ゴブリン」は英国の民間伝承の小人種族を示す言葉であって、巨人を示すものではない、ということだそうです。
そこから続く言葉についての話の一部を、以下に引用します。
【そうした、日常的な感覚の違い、あるいは、同じ部分を的確に表現し、読者と作者がその感覚を共有できるように、わかるように描写するために、また、言葉の問題が出てくるわけです。
(中略)
固有の意味をもつ名詞、形容詞は、特に要注意です。読む人は、その言葉にイメージをもってしまっています。前述した、ゴブリン、メートル、という言葉など……巨大なゴブリン、美しいゴブリン、といった言葉は、言葉自体が混乱しますし、メートル、という単位は、いちいち、現実の世界のにおいをその異世界に持ち込みます。
どう、言葉に気を遣い、どう言葉に法則性をもたせるかは、人、それぞれでしょうけれど。ですが、少なくとも、意識して言葉の選択には敏感になるか、あるいは開き直る必要があります。
ことわざ、も曲者です。警句や、罵り言葉にも、独特な文化のにおいが漂います。西洋風な格好をして剣を振り回している戦士が、いきなり、「諸行無常」とかつぶやくと、ちょっと興ざめだったりしますよね。】
「現実の世界のにおい」がする言葉は、それまでファンタジーの世界に浸っていた読み手を、急に現実世界に引き戻してしまいます。書き手は気を遣った方がいいでしょうが、どの言葉に現実世界のにおいを感じるかは人それぞれなので、結局「異世界サンドウィッチ問題」はどうやっても無くならないのかもしれません。
ひかわ先生のこの本は、ファンタジーを書きたい人、ファンタジーを読むのが好きな人はもちろん、そうでない人にも楽しめる良い本だと思うのですが、絶版のようで、読むには図書館を利用するか古本を探すかになってしまいます。
全く同じでなくても似たような話をもっと手軽に読むことはできないかとちょっと調べてみたところ、探せばあるものですね。
他の小説投稿サイトを紹介するのは少し気が引けるのですが、NOVEL DAYSに「第四回オンライン女性作家座談会『ファンタジー小説の書き方』」がありました。
2017年に佐々木禎子先生が主催し、ひかわ玲子先生、縞田理理先生、栗原ちひろ先生他が参加され、チャット形式でファンタジー小説の作り方を語っておられます。
「ファンタジーの世界を作る上でとりあえず何を想定するか?」という話や「魔法には限界や制限があったほうがいい」「異世界の食べ物」「読んでおいたほうがいい小説」「呪文の作り方」等、興味深い話ばかりでした。
「動植物を全部作った」なんて私には到底無理ですし、「神話がしっかりしてると文化の統一感が出しやすい」などは読み手目線でもなるほど、と思います。
ファンタジー小説を書くには、言葉に気を遣うのはもちろん、物語世界の整合性も大事で、多方面の知識も必要になってきます。かといって設定を作り込みすぎると分かりにくくなってしまうわけで、そのあたりの匙加減も気を付けて書いているファンタジー作家さんは、本当にすごいことをしていると改めて思いました。
異世界を創る神様たちの会話を聞いて、ファンタジー小説をそれほど読む方ではなかった私も、色々読んでみたくなりました。
◇おまけ
異世界が舞台の物語で「サンドウィッチ」という呼称が使えないなら他の言葉に言い換えられないかと思いましたが、「サンドウィッチ」に相当する日本語はありません。
しかし、サンドウィッチが日本に伝わって間もない、まだ「サンドウィッチ」という名前が定着していない頃の文献を探せば、日本語で言い換えられていたりするかもしれません。
というわけで、軽く探してみました。
国立国会図書館デジタルコレクションで探してみたところ、1929年に大倉書店から出版された赤堀峯吉著『赤堀西洋料理法』に
【チツキン、マヨネーズ、サンドウヰツチ(鶏肉蛋黄酢和へ入り食麺麭)】
とありました。他にも数種類のサンドウィッチが出てきますが、だいたい「~入り食麺麭」です。
でもこれだとあまりサンドウィッチ感が無いような気がします。「挟む」という言葉が欲しいですね。「食パン」もちょっと現実世界の雰囲気が強いです。
うーん、あまり参考にならないかも。
第四回オンライン女性作家座談会『ファンタジー小説の書き方』(https://novel.daysneo.com/works/e6197177c1c0d97c93bf53521d572345.html)