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伏龍街八丁目十二  作者: 夜船
第二話 ローストビーフと葬儀
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 二十分ほどで五丁目に到着し、そこからは地図を見て歩く。ユキマサは地図が読めないので、ハヤテの案内でパーティ会場であるウォルコット・ホテルまで向かった。


 ウォルコット・ホテルはゴシック建築の建物で、この時代には珍しく十六階建てだ。ハヤテは見上げるのを諦め、長身のユキマサでさえ鬱陶うっとうしげに見上げていた。


「パーティは二階だ。ほら行くぞ」

「なんかちょっと怖くなってきた。やっぱ近所の店でローストビーフでも買おう」

「どの口が言う」


 ハヤテが珍しく怯えるので、ユキマサは心の準備ができるまで待った。五分、十分と苦悶し、十五分になったとき、ふいに顔を上げた。


「よく考えたら中立派・反対派にユキマサが声を掛けられたら救えるのは私だけか」

「まあそうだな」

「じゃあ仕方ない」

「なんだったんだこの時間」


 ユキマサは呆れつつも、ウォルコット・ホテルに入っていく。


 電気式のエレベーターを見てすっかり上機嫌になったハヤテは、意気揚々とパーティ会場に乗り込んだ。


 パーティ会場はシャンデリアの光で眩しく、ビルの見かけよりずっと広かった。周囲を歩く客は誰もが真剣な面持ちで、全員が高そうなスーツやドレスを纏っている。


「ほらハヤテ。ジュースでも飲んでなさい」

「肉は?」

「まだだ。会長の開会の言葉が終わったらな」


 少し人が多すぎて怖くなった。ハヤテはユキマサの腕にしがみつきながら、甘いオレンジジュースを口に含んだ。


 ユキマサはふらりと歩き、ひとりの男性に声をかけた。彼は伏龍街の外に本社を構える会社の社長で、ユキマサのことを褒めたたえていた。


「ニシナ博士。今回もありがとうございました。

 ところであの件ですが──」

「……ええ、はい。分かりました。情報ありがとうございます」


「そういえば博士の技術を弊病院でも取り扱いたいとのことで相談が──」

「そうですね。ええ。検討してみます。あちらの方の進捗はいかがでしょうか?」


 どうやらリストは正確らしい。周りのユキマサとの話を聞きつけた人間が、沢山集まってくる。


 蘇生技術は富裕層に人気がある。従業員の労災による死をできるだけ少なくしたいとの切実な理由だ。簡単な外傷で死んだ場合、慰謝料や手当のほうが治療費よりもかさむ場合がある。


 また、金のある人間は心にも余裕がある、とはユキマサの弁だ。確かにみな、余裕のある微笑みを浮かべている。そういう人間は生理的な拒否感よりも理性が勝つのだという。


「立派だな、ユキマサ」


 たくさんの紳士との話が一段落ついたところで、ハヤテはそう呟いた。ユキマサはきまり悪そうに、しかし嬉しそうに、笑った。


 その後もユキマサは規則性のない動きで次々に参加者に声をかけていく。みな一様にユキマサを褒めている。ユキマサも緊張していないようだった。


 ハヤテが二杯目のオレンジジュースを飲み干したころ、突然辺りが静まり返った。そしてそのあと、老人の声が会場に響く。


 これがユキマサの言っていた開会の挨拶だろう。人に隠れて老人の姿は見えないが、話の内容からしてウォルコット・カンパニーの会長らしい。


 この会社が作られた経緯を一から話すが、どうもユキマサの話と違う。初めは食品会社だったというが、ハヤテにとって姿の見えない老人よりユキマサの方が信頼に値した。


「なあユキマサ、肉は?」

「まだだって。静かにしなさい」


 ユキマサの言葉通り待っていると、突然明かりが消え、スポットライトが人混みの向こうで当たった。


「お、お待ちかねの肉だ。シェフの紹介もしてるぞ」

「行っていいか」

「まだだ。開会式が終わったらサインを出すから、もう少し待ってくれ」


 ユキマサが遠くを眺めていると、不意に人差し指である方向を指した。先程スポットライトが当たった方向だ。ハヤテはここぞとばかりに人混みをかき分け、そちらの方向へ向かう。


「あ、ハヤテ、俺も……」

「おや貴方はニシナさんでは? お久しぶりです、先日従業員を施術していただいたベック建築会社の者ですが……」


 ユキマサは咄嗟に背後を振り返り、声をかけてきた紳士とにこやかに握手を交わす。話をしているうちにだんだんと人が集まってきて、ハヤテを追うどころの話ではなくなってきた。ユキマサはなるべく態度に出さないように、ハヤテの行く末に気を揉んだ。

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