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伏龍街八丁目十二  作者: 夜船
第一話 死者の国のカレーライス
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 イソシマの店、「イソシマ珈琲」は、伏龍街の中心から少し外れたところにあった。そこでユキマサは、夕方メニューのカレーを頼んで食べていた。ハヤテは彼の横でブラックコーヒーを啜りながら、イソシマに向かい合っていた。


「あの、ニシナさん。いいですか?」

「あ、すみません、食べるのやめます……」


 ユキマサがきまり悪そうにスプーンを置き、イソシマの話を聞く体勢に入る。


「ああ、いえ、少しショッキングな話になるので、お食事中は控えた方がいいかと思いまして」

「そういうことなら心配ない。こいつは今とんでもなく腹が減ってるんだ。食欲は減退しない」


 ハヤテが助け舟を出すと、イソシマはわかりました、と頷いて話を始めた。ユキマサはこっそりとカレーをまた食べ始めた。


「私は殺されました。『スプランディッド』の店主、ワタナベに」


 なるほどショッキングな話とはこういうことか。ハヤテが納得しつつ隣を見やると、ユキマサは変わらずカレーを食べていた。死に近い彼にとって、殺した殺されたは大した問題ではない。


「『スプランディッド』って、たしか一丁目に出来た洋食店だったよな。そこの店主がどうしてあんたを殺したんだ?」


 ハヤテが訊くと、イソシマは顔を翳らせた。


「わかりません。競合他社を潰したいと見ていますが……」


 そこでカレーを完食したユキマサが口を開いた。


「わかりました。我々が調査しましょう」

「まだ食べ足りないのか?」


 ユキマサに頭をペしりと叩かれ、ハヤテは不満げに頬を膨らませる。しかし実際食べ足りないのだろう、そこからの行動は早かった。


「イソシマ珈琲」がある十二丁目から鉄道で移動して約一時間。ハヤテとユキマサは、一丁目の「スプレンディッド」までたどり着いた。

 石造りの白い建物で、店はかなり大きい。白亜の洋館のようだ。その建物を埋めるようにけやきの木が青々と茂っている。


「おおユキマサ。緑が多い店だな」


 ハヤテが店構えを見てまず口にした言葉はそれだった。ユキマサははなにか考える仕草をしたあと、「そうだな」と頷いた。


「ハヤテ、今日は好きなものを食べていい」

「本当か、やったー!」


 すっかり機嫌が良くなったハヤテは、踊るように入店する。


 店内は感じのいい洋食店といった雰囲気で、どこからかバターのいい匂いが漂っている。給仕服を着たウェイトレスがふたりを出迎え、窓際の席に案内した。


「ご注文はいかがしますか?」

「鹿肉のボロネーゼとハンバーグステーキにBセット、それと食後にりんごジュースにパフェを」


 食べっぷりに少し驚きつつ、ハヤテもオムライスとコーヒーを頼む。


 やがて注文した料理が届く。オムライスは卵が半熟で、上には甘めのデミグラスソースがかかっている。


 口に入れると卵が舌の上でとろりと溶け、中から塩辛いチキンライスが顔を出す。小さく切られたソーセージは肉厚で、噛むたびに肉汁が出てくる。グリーンピースに火が通っていて、甘く柔らかい後味がある。


 ハヤテはそのオムライスに感動して、しばらく調査のことを忘れてひたすらオムライスを食べていた。それはユキマサも同様で、ふたりはしばらく食事を続けた。


 ハヤテはオムライスを食べ終えると、辺りを見渡した。店に人は多い。しかしウェイター・ウェイトレスも多く、まるで店の奥にある何かを守っているかのような──。


「ハヤテ、何か変わったことは?」

「……店の中に人が多いな。不十分とも思えるほどに」


 なるほど、と頷いて、ユキマサはBセットの白飯を食べ進める。


「カマをかけてみるか。……注文いいか、ウェイター」


 ハヤテは近くを歩いていたウェイターを呼び止めて、追加注文をした。


「カフェオレを頼みたい。十二丁目の『イソシマ珈琲』で、ここのミルクが美味いと今日教えられてな」


 ハヤテがそう言うと、ウェイターはあからさまに顔色を変えた。


「イソシマ……!」

「おっと、心当たりがあるようだ。店主を呼んでくれるか?」


 ウェイターは狼狽え、店の奥に消えた。しばらく待つと、キッチン方面から朗らかな青年が出てきた。


「当店店主のワタナベです。なにか料理に問題でも?」


 ハヤテは好機だ、とばかりに微笑んだ。


「料理は非常に美味しいんだ。イソシマの紹介だけあるな」


 その名前を出すと、ワタナベは眉を顰めた。


「……そうですか。ありがとうございます」


「しかしなあ、しかし……」ハヤテはオムライスを指さし、残念そうに笑った。「これを作るのに、いったい何人の料理人を殺したんだ?」


 その言葉に、店の空気が変わる。ワタナベは怒りをあらわにし、店の客は混乱して悲鳴をあげ、ある客は新聞の記事を指さしていた。


「ああ──巷じゃあこの事件に名前がついてるんだったな」


 ハヤテは今日帰ってきたときに聞いたその名を口にする。


「『料理人失踪事件』……その犯人がお前なんじゃないかと、私は考えているんだが」


 ハヤテは追い詰められたワタナベのしかめ面を見て、これはやったな、と得意げに呟いた。


「何をでまかせを、俺は──」


 ワタナベは言葉を続けようとしたが、突如店の外で響いた轟音にその先は遮られた。


 ハヤテとユキマサは同時に椅子から立ち上がる。ユキマサは事態を察し、一万圓札を机に置いて走りだす。


「よかったなワタナベ。念願が叶ったらしいぞ」


 ハヤテはごちそうさまでした、と手を合わせ、ユキマサの背を追って店の外へ飛び出した。

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