第1話 日常的でハッピーな飲み会
「あ〜、めっちゃ飲んだわ〜」
「飲んだね〜」
「ほんと、あたしもすっかり酔っ払っちゃったよ〜」
「ふわぁ〜あ。だな、久々にこんなに飲んだわ。眠いわ。けど今日もすげぇ楽しかったよ、来てくれてありがとな」
すでに時計の針はテッペンを回っている。
大学の学部が一緒で仲良くさせてもらってる4人で飲み会をして、もうこんな時間。
まぁ、いつものことと言えばいつものことだ。
俺たちが大学に入学して、後2ヶ月くらいで早くも2年が経つ。
俺の部屋で飲み会をするのも、深夜まで飲み明かすのもいつものこと。
普段ならこのままみんながうちに泊まってくことも少なくないけど、明日はみんな朝早いからってことで、ちゃんと帰るらしい。
「「「こちらこそ〜」」」
眠気を噛み殺しながら、今日も楽しい時間を過ごさせてくれたことに礼を言う俺に、律儀に礼を返してくれる3人の声が玄関に響く。
「ちゃんと帰れるか?」
一応聞いたけど、3人とも下宿先はそんなに遠くないし、実際心配はしてない。
社交辞令的な、そういう一言だ。
「お〜、任せとけ。あーちゃんは僕がちゃんと送ってくからさ〜」
「さっすが吟くん! 今日もカッコイイよ!」
玄関の外から僅かに冬の冷たい空気が入ってきているのに、それを感じさせないアツアツな茶番を繰り広げてくれちゃってくれているカップル。
男の方が四谷吟嶺。
明るめの茶髪を短く刈り込んで、いつも爽やかな笑顔を振りまきよる犬っぽいイケメンくん。
めんどくさがりだけど、心根は優しいイイやつだ。
俺より数cm身長が高い。多分、177cmくらいだと思う。
そんで、吟嶺のことをカッコイイとキャーキャー言ってる女子。
吟嶺に『あーちゃん』なんて呼ばれてる女の方が五行明稀端。
ご覧の通り、吟嶺の彼女だ。
吟嶺より15cmくらい低い身長に対して、脇くらいまで伸ばした黒髪をハーフアップにしているから、その長さが相対的にかなり長く見える。
いや、実際長いんだけどね。
こいつらは昨年の8月ごろから付き合い出して、1年半たった今でもこうしてアッツアツ。
細かく聞いてはないけど、最初は五行がアプローチして、いつの間にか吟嶺も押し負けたって感じらしいんだけど。
今となっては、誰がどう見ても文句なしのバカップルで、幸せ成分で満腹になるレベル。
そんな彼らが若干うざくもあり、微笑ましくもある。
とか言いつつ、こいつらのイチャつきを見てるの、俺は割と嫌いじゃない。
けどま、いつまでも玄関でたむろされてちゃかなわんからね。
「はいはい、ごちそうさまです。ほら、そろそろ帰った帰った」
「つれねぇなぁ、楯は。まぁいいや、ほんと、今日もありがとな! また明日の講義でな〜。............ん?」
いつも通り、素っ気ない別れの挨拶を返してくれる吟嶺は、その後ろ、玄関の扉のところから吟嶺の上着の裾をチョイチョイと引っ張る五行の方を振り返る。
五行は吟嶺の顔を『明らかなメス顔』と形容するしか無いような表情で見つめてる。
吟嶺は一瞬。ほんの僅かな瞬間だけ困ったような目線を俺に向けたかと思ったら、五行の方に徐々に顔を近づけて......。
ジュルジュル。ズゾゾゾゾ。
と激しい音を立てたフレンチキスを炸裂させる。
吟嶺はこちらに背を向けてるからわからないけど、吟嶺の背中越しに僅かに見える五行の表情は幸せそのもの。
キミら、ホント仲いいね。
数秒続いたそれをぼんやりと眺めながら待っていると、チュパッと唇を離す音とともにソレが終わる。
2人の唇の間に艶かしく伝う唾液の橋が切れる頃合いを見計らって、声をかけておいてやる。
「おいおい、だから、そういうのは帰ってからにしろって......。まぁいいや。さみぃし、暗いから気をつけろよ〜」
「「お〜」」
誤解なきように言っておくが、俺から五行に対して、異性に抱くような感情は一切ない。
そのことはこの場にいる全員、吟嶺も含めてわかってくれてるはずだ。
だから、さっきの意味深な目線も、多分、ていうか絶対、『今俺が見送ってる前でそんなコトして良いのか?』みたいな葛藤があったんだろうと推察できる。
まぁ、今更気まずいとかないから、別にいいんだけどね、ほどほどにしてね。
そんなこんなでようやく玄関を出るかと思ったら、五行のやつが足を止めて、俺の隣で何故か見送る側として立ってる女に声をかける。
「ところで、心珠ちゃんはほんとに帰らないの〜?」
「うん、あたしはもうちょっと酔い覚ましてから帰るよ〜」
幽心珠。
いつもつるんでる学部仲間4人のうちの1人。
ニッコリと微笑んで細くなってる目とか、150cm前半の小柄な身長とか、シルバーのインナーカラーを入れた黒のセミロングの細い髪とか。
肩に羽織ったベージュとブラウンとクリーム色のタータンチェック柄のストール。
ややハスキー目で穏やかな声。
そういう要素が絡み合って、大人しそうで心優しそうな奥手女子、って感じの外面が演出されている。
「そかそか。まぁ心珠ちゃんのお家、すぐそこだもんね。おっけ〜おっけ〜。犬鳴くん、心珠ちゃんのこと、まだ妊娠させちゃダメだからね!」
下ネタをぶち込んでくる五行。
まぁこれもいつものことだし、こういう適当なノリができる関係でいられるところもわりと好きだから、こいつらといつメンしてるところはある。
けど、妊娠させるどころか、俺は幽とソウイウ関係じゃないからな。
かつて何回も何回も『違う』って説明しても受け入れてもらえないから、いつからかわざわざ訂正したりはしなくなったけど。
「アホか、そんなんしねぇよ。まだってなんだよ。つーか、むしろお前らの方が心配だから」
「確かに〜」
ケタケタと笑う五行。
いや、俺の方は冗談とかじゃねぇから。
人の家でもこれだけ盛るんだから、2人になったらどうなることやら。
せめて居心地の良いこの関係を、妊娠して中退、なんてつまらない結末で飾らないでいただければ。
そんなことより、問題は俺の隣りにいるコイツだ。
「幽も、すぐそこなんだから帰れよ」
「えー、お願い、もうちょっとだけ居させて......?」
上目遣いに瞳を潤ませて見つめてくる心珠。
その様子を、吟嶺も五行のやつも面白そうに見守る。
はぁ......しゃーねぇなぁ。
「............わかったよ。ちょっとだけな。じゃあほら吟嶺も五行も、また明日な」
「「ばいばーい」」
キィィ。ガチャン。
深夜の冷たい空気の中で、心做しかドアが閉まる音がいやに響いて聞こえる気がした。
「ふぅ」
にぎやかで楽しい飲み会が終わって一息つく。
俺はこの時間が結構好きだ。
心を許しあえる友達とすごした楽しい記憶がリフレインして、心の中に温かいものが燻ってる感じがして、なんか幸せな気分になる。
今日も集まってくれた俺以外の3人はみんな、1年浪人して入学してきてるみたいだから、3人とも俺より1歳年上。
そういえば年上って知ったのは知り合ってから2ヶ月くらい経ってからだったな。
幽と五行がやたらと仲良いからなんでだろって思ってて、聞いてみたら、昨年通っていた予備校の仲間だったということらしく、彼らが浪人生だったことが判明したというわけ。
今となっては、逆になんで気づかなかったのかわからないくらいだけど、当時はあんまし違和感感じてなかったからしょうがない。
まぁ年上だって知ったときは、最初こそ一瞬、『丁寧語で話したほうが良いかな?』とか、『態度変えたほうが良いかな?』とか思ったりもした。
だけど、大学に入ってからの感覚で別に年齢差とかほぼ気にならないってことはわかってたし、彼らも「気にしないでほしい」って言ってたので、お構いなく過ごさせてもらってる。
僅かな年齢差があったとしても、関係なく穏やかな気持ちで、余計なことを考えずに楽しく過ごせる彼らは、俺にとってかけがえのない存在。
もちろん、彼ら以外にも大学の友達とか高校までの繋がりとかはあるけど、他では感じられない楽な時間が過ごせる。
俺にとって彼らとの時間は、そんな安心感のある居場所になってる。
「さて、楯。お説教の時間よ」
こいつと2人きりにさえならなかったら............。