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第九話 夜のお仕事

 今日、ぼくは「都市周辺の監視」の依頼を受けることにした。

 この仕事は、辺境都市リントを囲む都市防壁の上にある監視塔に登り、都市周辺に異常かないか監視するというものだ。

 辺境都市近くには数多くの魔物が棲息する危険地帯が存在する。そういった魔物の住処から危険な魔物がやってきたら門を閉ざして迎撃態勢を取らなければならない。

 また、堅固な都市防壁で守られたリントの周辺には小さな開拓村が幾つもあり、そうした小さな村が自力で手に負えないような魔物に襲われた場合は、リントから救援を出したり避難してきた村人を保護する必要もあるらしい。夜間でもやってくる可能性のある救援を求める者を発見して受け入れるのも監視の役目だった。

 そんなわけで、かなり重要な任務なのだけど、慢性的に人手が足りないので冒険者にもほぼ常設扱いで依頼が出ているのだそうだ。本来は冒険者ではなく都市を守る兵士の仕事らしい。

 しかし、この依頼を受ける冒険者は少ないのだそうだ。理由は依頼内容が夜間の監視だからだ。

 辺境都市リントにいる冒険者は、ぼくのような街中の仕事しか受けられない初心者を除けば、だいたいが都市の外の危険地帯で仕事をすることになる。安全な街中に戻ってきたら夜はぐっすりと寝たいだろう。

 本当はぼくも午前中のルークさんとの訓練が辛くなるから徹夜の仕事は避けていたんだけど、明日はルークさんが冒険者の仕事があるため訓練が中止になったのでこちらの依頼を受けることにした。

 それから、夜間の監視だから夜目が効く者が求められていることも依頼を受けにくくしているらしい。

 もちろん冒険者の中にも訓練して夜目が効くようになった人や、稀に先天的に暗視スキルを保有する者、あるいは種族的な特性で夜目が効く者も存在する。でもそういう優秀な人は外に出て冒険をするので街中の仕事はあまり受けないらしい。

 逆にそれほど高性能な目を持っていない人は雑用扱いで報酬も少なめになる。

 え、ぼく?

 ふふん、セルフブーストで視覚を強化すると、夜目もばっちり効くようになるんだよ。もちろん視力もアップして遠くまではっきりくっきり見えるのだ。

 冒険者ギルドでぼくの能力は確認してもらっているから、報酬は一晩で銀貨三十枚もらえる。街中の安全な仕事としては結構よい方だ。

 これが、夜目が効かないと銀貨二十枚に減る。それでも街中の依頼としては高い方なので、金に困った駆け出し冒険者がたまに受けるらしい。

 異常なんてめったにないから、退屈かもしれないけど、ぼーっとあたりを眺めているだけでお金がもらえる楽な仕事。

 そう思っていた時期がぼくにもありました。


 「お前が依頼を受けた冒険者か。俺はアレックス。一晩よろしくな。」

 「冒険者の亮平です。よろしくお願いします。」

 アレックスと名乗ったお兄さんは、リントを守る兵士だった。今回の依頼は、このアレックスさんと一緒に周囲の監視を行うことになる。

 「一晩よろしく」って、変な意味じゃないからね!!

 仮にも人命にかかわる重要な仕事、冒険者に依頼したから全てお任せじゃなかったってこと。

 元々、都市周辺の監視任務は二人一組で行うものなんだって。実際、昼間は兵士の人達が二人一組で監視しているんだそうだ。

 夜も同じように二人一組でしっかりと監視したいところなんだけど、人手が足りなくて難しいらしい。

 夜間の監視だから夜目の効く者が適しているのだけれども、その適した人間はそんなに多くない。

 また、兵士にはしっかりと休養を取ってもらい、昼間に元気に活動できるものを一定数揃えておかないといけないから、徹夜作業に回せる人数に限りがある。

 非常時ならばともかく、平時から兵隊が無理をして睡眠不足でフラフラしているわけにはいかない。そんなんじゃ非常時に役に立たないからね。

 監視塔は都市をぐるっと囲む都市防壁に一定間隔であるから、全てに人員を配置するとそれなりの人数が要る。監視している人だけじゃなくて、何か発見した時に動く人とかもいるから結構な人数が必要になるらしい。

 なので、普段は冒険者に依頼を出したり、一般からアルバイトを募集したりして数を補っているんだそうだ。

 それでも人数が足りないときは、兵士が一人で監視したり、あまり重要ではない場所の監視塔からの監視を止めたりして対応しているんだって。

 そんなことをアレックスさんから教えてもらった。


 「なぁ~んにも起こりませんね~」

 「ハッハッハッ、この任務、何も無いのが一番だぞ。」

 アレックスさんの言う通りなんだけど、退屈だよ~、暇なんだよ~。

 いやー、何もせずただぼーっと見ているだけって、結構辛いんだね~。

 誰だよ、楽な仕事だなんて言ったのは! 誰も言ってねーよ! ぼくが勝手に思い込んでただけだよ!

 はぁ~。

 でもいくら退屈でも居眠りするわけにはいかないんだよね~。

 暇つぶしに本を読むこともできないんだよね~。

 まあ、一時も目を離してはいけないということはなく、時々休憩も入るし、その時はお茶くらいは飲ませてもらえる。

 ぼくのセルフブーストは視覚の強化だけならば一時間くらい持つようになったから、休憩の度にセルフブーストをかけ直せば監視の仕事自体は問題ない。

 でもやっぱり暇なんだよ~。

 仕事に支障の出ない暇つぶしというと、もうだべるしかない。

 そんなわけで、アレックスさんには色々と話を聞いていた。

 アレックスさんは結構お喋りなので、水を向けると色々と話してくれた。

 まあ、さすがに軍事機密とかは話さないだろうし、ぼくも聞きたくないけど。

 ポロっとヤバい話とかしてないよね、アレックスさん? あとでぼく消されたりとかしないよね?

 「十年くらい前にずけー数の魔物が押し寄せてきて、危うく都市防壁が破られるところだったんだってよ。今頑張って修復しているのは、だいたいその時に壊れかけた部分だ。」

 いやー! 別の意味で聞きたくない話だよ~。

 「南の森の奥深くにはドラゴンが住んでいるって噂だ。さすがにドラゴン相手じゃここの都市防壁でも防ぎきれないだろうな。」

 だから、恐いよ~。変なフラグじゃないよね?

 さて、無駄話して目が覚めたところで、外を眺める仕事に戻りましょうか。

 あ、もしかしてこれが二人で監視する目的かな。二人で喋っていれば眠気もまぎれるから、話し相手がいれば退屈な監視も続けられる。

 ちょっと不思議だったんだよね、依頼の条件としてどうして夜目の効かない人を対象外にしなかったのかって。相方に夜目の効く兵士がいれば、本人は暗くて見えなくても相方が眠くならないようにサポートする役目なら出来るわけか。

 ぼくはその上監視の仕事も分担できるから報酬が上乗せされているわけだ。

 報酬分はしっかり働こう。

 じーーーー。

 じーーーー。

 ぼけーーーー。

 うーん、やっぱり何も変化がないと集中力が続かないなぁ。

 全体をぼんやり見るだけでなく、もうちょっと細かいところも見て行ってみようか。

 セルフブーストで視覚を強化しても、視覚はあくまで視覚なので全く光がないと何も見えない。でも今夜は良く晴れているから、月明り星明りがあってそれなりに明るい。

 そうそう、この世界にもちゃんと月はあるよ。地球で見るやつよりも小さいのが三つほど。

 今夜はそのうち一個の月が満月に近い。なので、強化した視覚ならば問題なくよく見える。

 えーと、あれが街道かな。石畳で舗装された大きな道が東の方へと長く伸びている。すると、街道をこちら側にたどった先のあの辺りが東門か。

 昼間は賑わっている街道や東門も、今は静まり返っている。門が閉まっているからね。

 閉門の時間に間に合わなくて門の近くで野宿している人は……いないみたいだ。

 街道の続くその先には深い森がある。街の人からは『東の森』と呼ばれるその森は、ぼくがこの世界に最初に現れた場所だ。

 東の森の奥の方には魔物がいて、昼間は街道近くまで出て来ることはめったにないのだけど、夜は街道近くでも夜営は危険なのだそうだ。ぼくもレイモンドさんに拾われなかったら危なかったよ。

 見える範囲で街道沿いに人影も魔物らしき姿も無し。森の中まではここからは見えないけど、ここから見えるほどの異変が森の中で起こっていたらそれはそれで一大事だよ。

 東の森は途中で途切れて、そこからリントの都市防壁までは背の低い草が生い茂る草原地帯で、たまに生えている高い樹木もまばらだ。

 あっ、木の上に鳥が止まっている。鳴き声が聞こえないかな? そうだ、聴力も強化してみよう。

 うーん、それらしき鳴き声は聞こえないなぁ。夜だから鳥も寝ているのかな? 森の奥深くから微かに聞こえてくる不気味な唸り声は……聞かなかったことにしよう。

 あれ、なんか近い所から動物の鳴き声が聞こえる。どこだ、どこだ?

 いた! 門のすぐ近くの木の上に、あれは……

 「猫?」

 「どうした?」

 うわぁ! びっくりした。聴覚強化してたから、横で喋られると凄い大声に聞こえる。聴覚強化オフ、オフ!

 「門の外に猫がいたんです。」

 「外にか? 迷い出たのかな? 可哀そうに、飼い猫は都市防壁の外では長生きできないらしいぞ。」

 飼い猫が野生で生きるのは厳しそうだよね。この世界、魔物とかもいるし。

 ん? あの猫ひょっとして……

 「あの猫、もしかして迷い猫捜索の依頼が出ていた、三毛猫のミーちゃん?」

 三毛猫だし、依頼書に書かれていた絵となんとなく模様が似ている気がするし、絵に描かれていたのと同じような赤い首輪をしているし。

 「なんだって!? どこだ?」

 うわっ、アレックスさんがすごい勢いで食付いてきた。

 「あ、あそこです。門の近くの木の上。」

 「おお、本当にいた! 東門を出て左手の樹上にてマリーお嬢様の猫を発見! 至急保護してくれ!」

 アレックスさんは伝声管に飛びつくと大声で叫んだ。

 伝声管は、高い位置に突き出ている監視塔から下階で待機している兵士に連絡を入れるためのもので、緊急時以外に使うと怒られるって言ってませんでした?

 『なんだって!? おい、みんな起きろ! マリーお嬢様のミーちゃんが見つかった! 急いで保護するぞ!』

 伝声管を通して下の兵士さん達の声が聞こえてくる。

 え? え? え? これって何の騒ぎ?

 しばらくして東門――さすがに大きな正門ではなく、その横についている通用門――が開き、兵士達がぞろぞろと出てきた。

 その数、ざっと十名以上。本当に何が起きているの?

 「な、何でこんなに大騒ぎしているんですか?」

 「ん? そうか、リョウヘイは知らなかったのか。あの猫の飼い主のマリーお嬢様は、リントを含むこの辺り一帯を治める領主、フォルダム辺境伯の娘さんだぞ。」

 へ?

 「貴族の依頼だったんですか?」

 あの猫探しの依頼、確か報酬が子供の小遣い程度だったんだよね。貴族の依頼だとは思えないんですけど。

 「いや、マリーお嬢様は庶子だ。母親が平民で正式に結婚もしていないから貴族としての権利を何も持っていない。ただ辺境伯が溺愛していて過剰なくらいの支援をしているんだ。」

 あー、何だか面倒臭い話になってきた。

 『ミーちゃんを発見しました!』『よし、恐がらせないようにゆっくりと近付くんだ! 他の者は周囲の警戒、魔物を近づけるんじゃないぞ!』

 東門の外では、ミーちゃん捕獲作戦が開始されているようだ。兵士の皆さんが気合を入れて、てきぱきと動いていた。

 「マリーお嬢様はまだ十歳なので大金を待たせていないらしい。冒険者ギルドへの依頼はお嬢様自ら少ない手持ちのお金を出して行ったんだろう。」

 なるほど、本当に子どもの依頼だったんだ。

 「しかし、ミーちゃんを保護すれば確実に辺境伯からの報奨が出る! 実際に領軍には内々に通達が出ていて、あいつらは成功すればボーナスをもらえることになっている! くそー、監視任務じゃなければ俺もあっちに参加したのにー!」

 なんか悔しがっているアレックスさん。でも軍の内々の通達をぼくにばらさないで欲しい。

 「あと、ミーちゃんは希少なオスの三毛猫だから、金貨十枚くらいで売買されるらしい。辺境伯がプレゼントしたものだそうだ。」

 えー、確か金貨一枚は銀貨百枚分くらいだったから、……百万円くらい? ミーちゃんお高い!

 『ミーちゃんを無事保護しました! 怪我などもありません!』『おー!!』

 外から歓声が聞こえてきた。兵士の一人が毛布にくるまれた猫を抱えていた。

 「無事保護できたみたいだな。まあ、俺も発見に貢献したということでちょっとは手当てが付くだろう。」

 兵士達がぞろぞろと戻って来る。これでこのイベントは終わりだ。ここからはまた退屈な監視に戻ることになる。

 「そうだ、第一発見者としてリョウヘイのことを報告しておいてやろう。領主様とお近付きになれるぞ。」

 「そーゆーうのは苦手なんで、遠慮させてもらいます。」

 貴族とか領主とか言う人とどう付き合えばいいかなんて全然分からないよ。


 ――後日

 「辺境伯からの報奨を辞退したんだって? もったいないことをしたな。」

 おっさんはそんなことを言うけど、一般庶民に貴族の前に出ろってハードル高いよ。

 「フォルダム辺境伯は領民を大切にする良い領主だぞ……娘が絡まない限りは。」

 いや、ダメじゃん。今回ばっちり娘さん絡んでいるよ!

 「せっかくだからマリー嬢ちゃんと仲良くしておけばよかったのに。あの子は将来美人になるぞ。」

 ルークさん、十歳の女の子相手に何言い出しますか。ぼくはロリコンじゃない!

 「五歳年下の嫁さんなんてちょうどいい年齢差じゃないか。うまくすれば将来安泰だぞ……辺境伯に殺されなければ。」

 やっぱり無茶苦茶危険じゃないか!


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