表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/62

第七話 初めてのお仕事

 「さーて、何かいい依頼はないかな?」

 ぼくは冒険者ギルドの一階、冒険者に対する依頼の張り出された掲示板の前に来ていた。

 仕事が解禁されてから、ぼくの日課はちょっとだけ変わった。午前中の基礎訓練と午後の原始魔術を使用した戦闘訓練をひとまとめにして午前中に行うようにした。講師はもちろんルークさん。

 そして、空いた午後を自由時間として冒険者の仕事もできるようになったのだ。

 別に冒険者になると決めたわけではないけど、身近な仕事から試してみることにした。簡単な依頼ならばアルバイト感覚でできるし、それでお金ももらえるからね。

 もっとも大した仕事ができるわけではない。

 冒険者として登録されたばかりのぼくは、現在最低のFランク。やはりランクによって受けられる依頼が決まっていて、Fランクでは都市内での雑用くらいしか受けられないらしい。

 それに、今のぼくはその日の午後で終わらせられる依頼でないと受けられないし。

 そういうことで、掲示板を眺めてみた。

 本当ならば、割の良い仕事は早い者勝ちで取られてしまうから、冒険者は朝一で仕事を奪い合うものだそうだ。

 ただその割りの良い依頼と言うのは採取とか討伐とか護衛とか都市の外に出て行うものばかりで、今のぼくには関係なかったりする。

 さて、ぼくにできそうな依頼は……


・どぶさらい

 うんうん、定番だね。

 おっさんに聞いた話だと、この国では主だった都市は上下水道完備だそうだ。

 中世ヨーロッパ風のファンタジー世界に見えるけど、衛生面ではかなり進んでいるのだ。糞尿をそこいらに放置していた暗黒時代のヨーロッパとは違うんだよ!

 初代国王――だけじゃないだろうけど――内政チートで頑張ったんだろうな。

 そんなわけで、下水だけでなく雨水を流すための側溝もちゃんと完備されている。だから、側溝を掃除する仕事もある。

 結構重労働だろうけれど、セルフブーストがあればできるかな? とりあえず保留。

 えーと、次は……


・下水道の害獣駆除

 うわー、内容がパワーアップしているよ。たぶん臭いとか汚れ的に。まあ、これも定番だろう。

 下水道は都市の地下に張り巡らされており、人が入って整備できるように地下道になっているそうだ。

 で、その下水道に住み着いた鼠や蝙蝠が駆除対象の害獣らしい。

 でも、これはハードルが高いかもしれない。だって、下水道だよ! 街並みがきれいな分、臭い汚いのレベルが高いはずだよ!

 それに、これって巨大なワニとか謎のモンスターとかが出て来るパターンじゃない?

 初心者向きじゃないよね~。

 次行ってみよう。


・都市防壁の補修工事の手伝い

 都市防壁と言うのは、この都市、辺境都市リントをぐるっと囲むでっかい壁のことだ。

 辺境とは人の住めない領域に接していることを意味し、その領域からたまに出てくる魔物から都市を守るためにあの巨大な都市防壁があるのだそうだ。

 堅固な都市防壁とは言え、強い魔物の攻撃を受け続ければ傷つきもするし、長年風雨に晒されていれば傷みもする。

 ということで、都市を囲む都市防壁はいつでもどこかしらで補修工事をしているらしい。

 慢性的に人手が足りないから冒険者にまで作業員の募集がかかっているということだ。

 でも、専門の知識や技術があるわけではないから、単純な肉体労働要員なんだよね。

 セルフブーストには時間制限があるから、ずっと肉体労働が続くのはきついかもしれない。うーん。

 次は……


・都市周辺の監視

 これは都市防壁の上に作られた監視塔から都市の周辺を監視して、何か異常がないかとか魔物が襲ってこないかとか見張る仕事らしい。

 魔物の集団が押し寄せてくるような異常事態を早目に察知して迎撃準備をしたり、都市周辺で魔物や盗賊に襲われている人を見つけて救助を出したりと、人命にかかわる結構重要な仕事だった。

 もっとも、危険な魔物が襲ってくるなんてことはめったにないし、都市近くで活動する盗賊もまずいないから、何もないときはただぼーっとしているだけでお金がもらえる美味しい依頼らしい。

 何かあった場合は真っ先に死ぬかもしれないけど。

 ん? 暗視スキル保有者優遇とある。

 あ、これは夜間の見張り要員を募集する依頼だった。

 ぼくは朝早くからルークさんとの訓練があるから、パスね。

 他には……


・迷い猫の捜索

 うーん、これも定番と言えば定番だね。

 って、どこの貧乏探偵用の依頼ですか?

 報酬も子供の小遣い並だし、依頼書に付けられている猫の絵も子供の落書きレベルだし、こんなの受ける人いるの?

 ……あれ、もしかして本気で子どもからの依頼?

 そう考えると、持てる限りの小遣いをつぎ込んだ精一杯の依頼だったのかな。

 ……三毛猫のミーちゃん、見かけたらちょっと考えておくか。


 最初の仕事なので、無難にどぶさらいを選んで窓口へ向かった。

 「ライザさーん、この仕事受けまーす。」

 ぼくは掲示板から持ってきた依頼書と自分の冒険者カード(とは呼ばれていない金属製のプレート)を窓口に差し出す。この時間は空いているから並ばなくてよい。

 「はいは~い、リョウヘイ君の初仕事ね~。うん、この依頼ならば受けられるわよ~。」

 このノリの良いおねーさんはライザさん。冒険者ギルドの職員で受付嬢をやっている。

 ぼくは冒険者の仕事をしたことはなかったけれど、ギルドの職員のほとんどと顔見知りだったりする。食堂で顔を合わせるからね。

 ちなみに、冒険者ギルドの受付には美女が多い。冒険者ギルド発足当時からの伝統で、「荒くれ者の冒険者を抑えるには美女の一言が一番。」ということらしい。

 先輩方、グッジョブです。ルークさんも大絶賛の英断でした。

 ライザさんもおっとり系の美人で冒険者の人気も高い。

 ただ、裏方を知ってしまったぼくとしては色々とアレなわけでして……

 「リョウヘイ君、なにかなぁ~。」

 にこやかに言うライザさんだけど、目が笑ってないよ、ひぇ~。

 「な、何でもありません!」

 世の冒険者諸君、ギルドの受付嬢を怒らせるとろくなことはないよ。

 「これは個人の依頼だから、最初に依頼主に会って詳細を聞くのよ~。隣近所と合同の依頼だと思うから、清掃範囲をちゃんと確認するのよ~。」

 初仕事なのでライザさんも丁寧に教えてくれる。

 「必要な道具はギルドで貸し出しているから向こうで手続してね~。貸出料は銀貨一枚だけど、失くすと弁償よ~。赤字になるから気を付けてね~。」

 仕事で赤字になって借金抱えるのはやだな~。気を付けよう。

 「それから、汚泥は所定の場所に棄てること~。不法投棄すると捕まっちゃうわよ~。」

 それはまずい、下手に前科が付いたら「面白い死に方」一直線になりかねないよ。

 「終わったら依頼主に確認を取って、こっちの用紙にサインをもらってね~。それを持って帰ったら用具の貸出料もまとめて清算するわよ~。」

 よかった。先払いだったら道具を借りれずに仕事ができないところだった。

 「手続きは終わったわよ~。それじゃあ、お仕事頑張ってね~。」

 返却された金属のプレートを受け取り、ぼくは仕事に出かけた。


 よいせ、よいせ。

 どぶさらいの仕事は単純だ。

 まず側溝にたまった泥やごみをスコップで掬い、大きなバケツに入れる。冒険者ギルドで借りたバケツは木製なので、どちらかと言うと桶みたいだけど。

 バケツが一杯になったらリアカーっぽい台車に載せて、所定の捨て場へ行き、バケツの中身を捨てる。

 あとはこれを側溝の泥が無くなるまで繰り返すだけだ。

 よいせ、よいせ。

 ぼくはまず依頼主のステーヴというお爺さんに挨拶して、作業範囲を確認した。

 そのあとはひたすら単純労働で今に至る。

 よいせ、よいせ。

 辺境都市リントは割と雨の多い地域だそうで、街中のあちこちに雨水を流すための側溝が掘られている。

 しかし、この側溝は放置しておくと泥やごみが溜まってだんだんと埋まって行ってしまう。すると雨の時に水があふれて道路や家が水浸しになる。

 また、泥やごみの中に虫や鼠が住み着いて、その糞や死骸が腐敗して異臭を放つこともあるそうだ。

 だから定期的にどぶさらいをする必要がある。役所でも行っているけど、手が足りないから自分の家の前くらいは自分でやってしまうことが多いんだそうだ。

 スティーヴ爺さんも昔は自分でどぶさらいをしていたのだけど、最近は重労働が辛くなってきたので依頼を出したのだそうだ。

 ぼくの作業を眺めながら、スティーヴ爺さんはそんなことを話してくれた。

 べ、別にぼくが頼りなさそうだから監視されていたわけじゃないよ、たぶん。

 よいせ、よいせ。

 せっかくだから今日はセルフブーストの実戦デビューをしてみることにした。戦闘じゃないけど。

 セルフブーストで腕力を強化してガンガンスコップを振るうと五分ほどでバケツが一杯になった。強化し過ぎてスコップが折れると困るからこれでも加減しているんだけどね。

 セルフブーストが有効なうちにバケツが一杯になるので、そこで一旦セルフブーストを切って、バケツの泥を捨てに行く。街中であまり速く走っても危ないので、移動にはセルフブーストは使わない。

 戻ってきたらセルフブーストをかけ直して再びスコップを振るう。

 制限時間のあるセルフブーストだけど、こうしてオンオフを繰り返せば滞りなく作業を進められるのだ。

 そして疲れたらセルフヒーリングは基本だよ。

 汚泥とゴミを全部取り除いたら、デッキブラシっぽいのでゴシゴシ洗って、最後に水で流して終了!

 原始魔術をガンガン使ったかいあって、まだ日の明るいうちに作業は終わった。本来は一日がかりで行う仕事だったらしく、スティーヴ爺さんが驚いていたよ。

 一通りきれいになったことを確認したら、スティーヴ爺さんにサインをもらってぼくは冒険者ギルドに戻った。


 本日の報酬は、借りた道具の代金を差っ引いて銀貨四枚。うっかりスコップを折らなくてよかった。

 聞いた感じ銀貨一枚は千円くらいかな? この国では一般的な庶民なら一日銀貨二~三枚で生活できるらしいから、一日の稼ぎとしては何とか黒字になる。

 でも、本来一日がかりの仕事でどうにか一日分ちょっとの稼ぎと言うのは、あまり実入りのいい仕事とは言えない。

 一日がかりの重労働を毎日続けなければ生活できないし、何日も依頼がなかったり、失敗して赤字になると苦しいことになる。

 冒険者なら良い装備を買うためにお金を貯める必要があるけど、こんな依頼ばかりではお金が貯まるまでいつまでかかる分からない。

 そのくらいは働いた経験の無いぼくにも分かる。

 実際スティーヴ爺さんの依頼も一月くらい放置されていたそうで、ずいぶんと感謝された。

 まあともかく、ぼくの異世界での初収入が無事手に入った。

 何に使おうかな~。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ