第六十二話 戦い終わって
リントの北門に続々と馬車が到着する。
フェリに避難していた人達が帰って来たのだ。
ドラゴンを撃退したから、みんなリントに帰って来たのだ。
ドラゴン、ちゃんと倒したよ。
いや~、大変だったよ。
ぼくのプチプチ魔法はきっちりドラゴンを倒した。
でもやっぱり即席の魔法術式じゃいろいろと問題があった。
まず、照準が甘かった。
あれだけ大きな的だったのに、結構な数がドラゴンを逸れて後ろの森を焼いた。
まあ延焼して森林火災にならなかったからいいけど。
やっぱり追尾機能を付けるべきだったかな。
それから、やっぱり効率が悪い。使った魔力に対して威力が低めだった。
バッサリと省略した補助的な記述も、全部集めると思った以上に威力を高める効果があったみたいだ。
大量の魔力を注ぎ込んだからエリーザさんの大魔法を上回ってどうにかドラゴンを倒せたけど。
それから、消費魔力量の計算も失敗した。ほとんど全魔力を使っちゃったよ。
原始魔術だと魔力を自分で制御するから発動した後でも調整は効くんだけど、魔法の場合魔法術式が自動的に魔力を持って行っちゃうんだよね。
エリーザさんが気絶したのも、無茶な大魔法で限界を超えて魔力を吸い出されたからだ。
ぼくは気絶するところまではいかなかったけど、結構くらくらしたよ。魔力を使い切ったのは初めてだったよ。
亜空間シールドは維持にほとんど魔力を使わないから問題なかったけど、セルフプロテクションの防壁を作る余裕もないくらいに消耗してしまった。
ドラゴンを倒せていなかったら危ないところだったよ。
まあ、エリーザさんの百倍の魔力を注ぎ込んだんだから、多少効率が悪くても受けたドラゴンが無事で済むはずがない。
と言うか、効率が悪くてちょうどよかったのかもしれない。
単純にエリーザさんの大魔法の百倍の威力があったら、たぶんドラゴンは木っ端みじんだよ。
ぶち込んだ魔力に対して魔法の威力が低かったから希少なドラゴンの素材が残ったんだよ。
凄い魔力の無駄遣いしちゃったなぁ~。
即席で作った魔法をぶっつけ本番で使ったし、そもそも魔法を使うのに慣れてなかったし、仕方ないと言えば仕方ないことなんだけど。
ドラゴンを倒した後も大変だったよ~。
魔力を使い果たしたぼくとエリーザさんはしばらく休憩して、その間に他の人がドラゴンが死んでいることを確認した。
領軍の騎兵の人がドラゴンを倒したという第一報を届けに走り、その後丸一日様子を見て魔物が出てくるなどの危険は無さそうだと判断して避難指示が解除された。
問題はドラゴンの死体だった。
大き過ぎてそのままではぼくのアイテムボックスに入れられなかったのだ。
いや、ぼくのアイテムボックスは超大容量だからドラゴンが百体だろうと入るんだけど、ポーチの入口に入らなかった。
ドラゴンは割と細長いから、亜空間シールドでやった大きなアイテムボックスの入口を作れば格納できそうだけど、それは秘密だからやるわけにはいかない。
おっさんはぼくのアイテムボックスを都合よく使うけど、魔法倉庫に偽装したポーチに入らないものは運ばせない。そのあたりは徹底している。
だからと言って、馬車に載せて持ち帰ることもできない。ドラゴンの巨体を載せられる馬車が無いからだ。
今からドラゴンを運ぶための荷車を作るにしても時間がかかってしまう。リントの職人は避難中で、戻って来ても混乱しているからすぐには作業に入れない。馬車を引く馬も人の輸送にかかりきりですぐには手配できない。
しかし、ドラゴンの死体を何日も放置しておくわけにもいかない。腐るのはまだ先としても、南の森から魔物が出てきて食い荒らして行くかも知れない。
結局、ドラゴンと戦った冒険者のみんなで大雑把に解体したよ。
とりあえず一番大きく開いたポーチの口から入ればアイテムボックスに入れて持ち帰れるから、ポーチの口を通る大きさになるまでバラバラにした。
大きなドラゴンを切り離すのも大変だったけど、そこはみんな一流の冒険者だからね。ちょっと強引だったけど、サクサクと切り分けて行ったよ。
解体の専門家から見ればせっかくのドラゴン素材を駄目にしている部分もあるかもしれないけれど、放置するよりはましだからね。
その場でみんなでドラゴン肉を焼いて食べたりしたよ。
ドラゴン肉は鶏肉っぽい感じで、不味くはなかったけど特別美味しいと言うほどでもなかった。
ちょっと期待したんだけどな~、ドラゴン肉。
まあ、火で焼いて塩を振っただけだから、ちゃんと料理すればすっごく美味いのかもしれないけど。
そんなこんなで持ち帰ったドラゴンは、後日解体の専門家に渡した。
一週間くらいはぼくのアイテムボックスに入れっぱなしだったよ。
避難する時は実質二日でリントを空にしたのに、戻って来る時は一週間経っても混乱が続いている。急いで避難したつけが回って来たということらしい。
それにドラゴンを解体した人なんていないから、古い記録を調べたり、他の都市からも応援を呼んだりと、解体屋さんも大変だったらしい。
ドラゴンは作戦通りエリーザさんの大魔法と冒険者たちの総攻撃で倒した。
公式にはそう発表された。
ぼくも異存はない。
と言うか、ぼくを守るための措置だそうだ。
この世界にやって来て一年にも満たない無名の『渡り人』がいきなりドラゴンを倒すような真似をすると悪目立ちするのだそうだ。どうしてもよからぬことを企む輩が出て来るらしい。
アキト君なんか、勇者に祭り上げられたあげくに国際陰謀に巻き込まれちゃったからね。
だから国内でも有数の魔法使いであるエリーザさんや同じく一流の剣士であるルークさん他トップクラスの冒険者たちの手柄として、ぼくの存在を隠すことにしたのだそうだ。
たぶん、国とかフォルダム辺境伯とかには連絡行っていて、相談した結果そういう方針になったのだと思うけど。
ぼくとしてもその方がありがたい。もう一度同じことやれと言われてもできないし。
プチプチをほぼ使い切っちゃったからね~。
探せば何個か無事なやつもあるだろうけど、あんな大規模なプチプチ魔法はもう無理だよ。
真面目に切り札となる魔法を考えておいた方がいいのかな?
もっとちゃんとした魔法術式を作っておけば、全魔力を使い果たすとか、プチプチを全部潰すとか言った無茶をしなくても良かったんだよ。
ドラゴンは、エリーザさんの使った大魔法を数回連発すれば倒せたと思う。プチプチ十個も潰せば大魔法五発分だよ。
ただ、ぼくにはエリーザさんの大魔法は使えない。
あの踊るような全身で書く動作を覚えなくても、魔法術式さえ分かれば書くことはできる。ぼくならエリーザさんの十倍くらい時間の余裕があるからね。
けれども大魔法にはイメージと魔力制御で補わなければならない箇所が随所にあるから、魔法術式だけ憶えても使えない。練習が必要だ。
……練習に使えるほどプチプチは残っていないから、やっぱり指パッチンできないと無理!
それに、大魔法って使い難いんだよね。
大魔法の芸術的な魔法術式は色々な要素をギリギリまで詰め込んでいて、融通が利かない。大魔法は使える局面が限られているのだ。
例えば大魔法の威力を抑えようと思ったら指パッチンを一回だけにして半減させるくらいしか手がない。イメージと魔力制御で加減できるのは誤差の範疇だ。
エリーザさんも威力を高めるために無理をして三回目の指パッチンを行うしかなかった。
効果範囲の調節にも限界がある。本来は範囲魔法だから、単体の魔物相手に使えるのはドラゴンのような大型の魔物に限られてしまう。
そもそも一つの魔法であらゆる状況に対応することはできない。同じ大魔法で大量の魔物を殲滅したり、強大なドラゴンにダメージを与えたりできるエリーザさんの技量が凄いのだ。
ところがぼくの場合はちょっと事情が変わって来る。
ぼくならば大魔法クラスの魔法術式でも普通に書いて書ききることができる。それに分かりやすい魔法術式にしておけばその場で簡単な修正をすることもできる。例えば一度に何発魔法を放つかくらいは修正できる。
ちゃんと威力を計算できれば、必要最低限の魔力で魔物を倒せる魔法をその場で作れるようになるはずなんだよね。
プチプチ一個でドラゴンを倒せる魔法と言うのもヤバそうだけど。
指パッチンできるようになっても使えるわけだし、そのうち考えてみようかな。
さて、ぼく専用の魔法はおいおい考えるとして、もう一つ重要な課題がある。
それは、これだ!
ジャーン!
アイテムボッスから取り出したのは、ドラゴンの魔石!
貰っちゃったんだよね、これ。
公式にはぼくは荷物持ちとして参加しただけだから、ドラゴン討伐に参加した他の高ランク冒険者よりも報酬は少なめだった。まあそれでも危険手当込みで普通の依頼よりも高額なんだけど、ドラゴン素材を売却した代金の分配はなかった。
で、その代わりにポンと貰ったのが、このドラゴンの魔石だった。
非公式にはドラゴンを倒したのはぼくだから、現物支給と言うことらしい。
ドラゴンくらい希少で強大な魔物の魔石となると、混乱を避けるために国が買い取ることが多いそうだ。
つまり、ばっちり国が関わっているよね、これ。
普通、こんなものをもらっても困ってしまうよね。換金する当てもないよ。
困ったら国に頼れという話らしい。
けれども、ぼくにはドラゴンの魔石の使い道がある。
……屋敷に与えたらとんでもない超兵器を作りかねないけど、そこまでは知らないんだろうなぁ。
やらないよ! ただでさえ過剰な防衛戦力持っているんだから、この屋敷は!
それよりも……
「これを使えば元の世界に帰れるのか……」
『世界を越えるために必要な魔力を確保できるだけっス。元の世界に行くにはそのための魔法を開発する必要があるっス。』
うん、そうなんだけどね。
ただ、一番の難関だと思っていたドラゴンの魔石が、いきなり手に入っちゃったんだよね。予想外だったよ。
『それに、必要な魔力を溜めるまでに時間がかかるっス。』
魔石は放置しておいても周囲から魔力を吸収する性質があるのだけれど、それだけだと蓄えられる魔力に限界がある。
普通の魔道具ならばそれで十分なんだけど、元の世界に戻るためにはその程度では不十分だ。
ドラゴンの魔石に限界いっぱいまで魔力を詰め込まなければ間に合わないらしい。
ぼくの総魔力の何倍もの魔力が必要なんだから、簡単な話ではない。ぼくの魔力を時間をかけてぎゅうぎゅうと詰め込まないといけない。
どのみち帰還用の魔法を開発するにも時間がかかるだろうし、気長にやるしかないよ。
一応やるよ、帰還用の魔法の開発と魔力の蓄積。
本当に帰るかどうかは別として、手段は用意しておこうと思う。
それに、魔力をたっぷりと溜め込んだドラゴンの魔石は、色々と使い道がある。
例えば、――
――無論、百篇魔導書を刻みし古代魔導兵器の作成だ!
あ、魔法少女黒歴史さん。ドラゴンの魔石なんか手に入れたから目覚めちゃったか。
――誰が少女だ!! それと、元ネタが分からんぞ!
いや~、元ネタ分かるようにすると、人名の前に「黒歴史少女」とか付けることになってちょっとまずいかなぁ~と。
――我は良いのか!?
黒歴史さんは、ぼくの黒歴史そのもの! だから。
――いいかげん黒歴史から離れんか!
『これから作るのに古代兵器なんスか?』
あ、阪元さんが突っ込みに回った。
古代に存在した超兵器を魔法で再現したものっていう設定なんだよね。
――神代において神々を討ち滅ぼした兵器を魔法で再現しようというものだ。大魔法を軽く超えるであろう!
『確かにドラゴンの魔石を動力源にしたら、大魔法クラスの攻撃魔法が可能っスね。』
それって、御禁制の魔道具だよ! 持ってるだけでヤバいやつ。
それに、ドラゴンの魔石は一個だけだから、どのみち百篇魔導書は無理だしね。
――その魔石で最初に対ドラゴン用の古代魔導兵器を作ればよかろう。残り九十九体のドラゴンを狩るのだ!
それって、ドラゴンを乱獲するってこと?
ドラゴンの魔石でドラゴンを倒せる武器を作れるなら、ドラゴンを倒す度にドラゴンを倒せる武器が増えることになる。
つまり、ドラゴンを倒せば倒すほど戦力が増えてさらに楽にドラゴンを倒せるようになる! 乱獲一直線だよ、ドラゴンさん逃げて~!
そもそも本当にドラゴンの魔石でドラゴンを倒せる魔道具を作れるのかな?
『自然に蓄積される魔力でも大魔法レベルっス。少なくともダメージは与えられるっス。』
確実に倒せるとは限らないけど、大きな戦力にはなりそうだ。今回みたいにドラゴンと戦わなくちゃいけない時にはあると心強い。
今回みたいなこと、そうそうあっちゃ困るけど!
……自然に蓄積される魔力で大魔法並みの威力なら、限界まで魔力を充填すれば確実に倒せるのかな?
『その場合だと、大陸が吹っ飛ぶくらいの威力は出せるっス。』
それはそれでヤバいよ!
『大陸を吹っ飛ばす所業に協力すると間違いなく刑期が伸びるっス。それは止めて欲しいっス。』
やらないよ!
――ふむ、それでは百篇魔導書の第一章は『終焉の大地』にするか。
だからやらないってば!!
それと、『終焉の大地』は滅びた異世界に相手を引きずり込んでフルボッコにするという設定の魔法であって、大陸を吹っ飛ばして世界を滅ぼす魔法じゃないから!!!
はあ~。
まあ、魔力を溜めるにも、魔法や魔道具を作るにも時間はかかることだし、のんびりやろう。
予定していた話まで書き終えたので、これで完結といたします。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。