第六話 まだまだ修行の日々
それから一週間ほど過ぎた。この世界、少なくともこの国では一週間は七日間だった。初代国王が決めたんじゃないかな、たぶん。
この一週間は修行の日々だった。自分でも頑張ったと思う。
毎日午前中はルークさんと剣士の修行。体力作りが優先ということで、うさぎ跳びを減らして走り込みにしてもらった。
……なぜだろう、自分の意見が通ったのにちっとも嬉しくない。
一週間くらいじゃ大した効果が現れないだろうけど、走り込みもうさぎ跳びもだいぶ慣れてきた。根性? さあ、どうだろう。
一応剣の振り方とかも教えてもらったんだけど……
「リョウヘイ、お前剣の才能全然ないな。」
ルークさん、率直な意見をありがとう。自分でもうすうす気付いていました。
「剣は刃をしっかり立てて振らないと斬れない。変な角度で斬り付ければ刃が欠けたり、最悪剣が折れる。」
剣士の指導をしているだけあって、こういう時のルークさんは真面目で真剣だ。いつもこうならもっとモテるだろうに。
「だから剣を振る時は、振る方向に合わせてしっかりと刃を立てなければならないんだが、リョウヘイはそのあたりが上手くできていない。」
うん、自分でもそのへん上手くできていないと思っている。咄嗟に刃の向きとか意識していられないんだよね。
「本来ならば修行してしっかりとした太刀筋を身に付けるものだが、リョウヘイには才能がないから相当時間がかかる。それにリョウヘイの場合は魔法も使うから余計に難しい。」
そうそう、ぼくの場合原始魔術が使えないとただの雑魚だからね。普通の魔法が使えたら後衛やってればいいんだけど。
「魔法文字を書くために片手で剣を持つならば、しっかり握らないと刃がブレる。いっそ、メイスとか打撃武器にしたらどうだ?」
うーん、あまり重い武器だとセルフブーストを使っていないときの持ち運びが大変になるけど、魔法使いらしく杖とかいいかもしれない。
午後は魔法の練習。主にセルフブーストを使いこなすための訓練だ。
「ハッハッハッ、どーしたリョウヘイ。いくらパワーとスピードを強化しても、そんな大振りじゃ当たらないぞ~。」
ぼくが必死になって振り回す木剣を、ルークさんがひらひらと躱しながらそんなことを言う。
あっれ~、おかしいなぁ。午前中とやっていることが大差ないぞ。
魔法の修行はエリーザさんに手取足取り教えてもらう予定だったのに、どうしてこうなった?
いや、まあ、最初はエリーザさんに教わっていたんだよ。でも二日くらいで魔力制御とかできるようになったんだよね。
だから、あとは実際に使いながら練習ということで、こうなった。自分の魔法の才能が恨めしい。
午前中との違いは、ぼくがセルフブーストで強化した状態で木剣を振っているということ。
それにしても、ルークさんはやっぱり強い。セルフブーストでルークさんよりも速く動いているはずなのに簡単に避けられてしまう。力も強くなっているはずなのに、簡単に受け流されてしまう。
おっと、そろそろセルフブーストの効果が切れる。
ぼくはルークさんから距離を取り、左手で守護の、右足で癒しの魔法文字を書く。そして、魔力を込めて発動する。
ふふふ、セルフプロテクションとセルフヒーリングの同時発動だ。普通の魔法は複数同時発動はかなり難しいらしいけど、原始魔術については魔力の制御を教わったらあっさりとできるようになった。
剣を握るために、右手でも左手でも魔法文字を書けるように練習していたら、左右の手で同時に別々の魔法文字を書いて、同時に魔術を発動なんてこともあっさりとできた。
ちなみに、一番たくさん使った癒しの魔法文字ならば足先で書けるようになったぞ。
守りを固めて一息ついたところで、改めてセルフブーストをかけ直す。
「セルフブーストの強化も安定しているし、効果切れの時間もちゃんと把握している。魔法の発動も速いし、あとは戦闘技術を身に付ければ十分に戦えるんじゃないか。」
その戦闘技術が難しいんだけどね。ぼくは魔法以外の才能はさっぱりみたいだし。
さて、午前と午後の訓練の合間を縫って、自主的に普通の魔法の勉強もしている。まだまだ諦めてないよ~。指パッチンできればいいだけだから。
もちろん指パッチンの練習もしているよ~。全然鳴らないけど。
指が鳴らせないから発動できないけど、魔法文字を書く所までならば練習はできる。
それから、ペンとノートをもらったので、エリーザさんから借りた教本を見て魔法文字の一覧や初級の魔法を書き写したりしている。
そして、魔法の理論というか魔法文字の文法についても少し勉強した。
簡単に言えば、魔法文字はプログラムのようなものだった。
最初に指定した元素や魔法の効果に対して、どのような形で、どの程度の強さで、対象は何で、等と言った命令を記載していくらしい。
原始魔術でイメージと魔力制御で行っている部分が、魔法文字の記載によって自動的に行われているということは感覚的に分かった。
また、魔法文字の一覧を見ていると、条件指定とか、繰り返しとか、変数とかもあるらしい。
教本に載っていた基本的な魔法ではほとんど使われていないけれど、エリーザさんが見せてくれた大魔法には複雑な制御用の魔法文字がふんだんに使われていた。
大魔法はともかくとして、魔法文字の組み合わせ方は何となくわかった。
魔法文字は数が多いので全部覚えるのは大変だけど、文法は論理的な分憶えることは少ない。一つ魔法術式を憶えたら、使用する元素や形状の指定等を変更すれば別の魔法術式に変えることができる。
ならば、この世界の魔法使いは即興で魔法術式を組み立てたり、自分だけのオリジナルの魔法の一つや二つ持っていたりするのかと思えば、そんなことはないらしい。
普通の魔法使いは魔術式を書いていられる時間が短い。魔法文字が消えるまで一分くらい時間のあるエリーザさんはかなり優秀で、一般的な魔法使いは十秒や二十秒で消えてしまうらしい。
だから、いちいち考えながら魔法術式を組み立てる余裕はなくて、既存の魔法術式を無心で素早く正確に書くことに専念するらしい。
魔法術式のアレンジにしても、普通の魔法使いが使える短いものは定番が出来上がっていて、一介の魔法使いが手を加える余地はほとんどないのだそうだ。
新規魔法の開発などは、冒険者として活躍するような魔法使いとは別に、魔法の研究を専門にしている魔法使いが行っているらしい。
実は自分でも一から魔法術式を組み立ててみたりしている。まあ、試せないから本当に使える魔法になるかは分からないんだけどね。
修行に励む日々の中、たまにおっさんがやって来てこの世界の常識的なことを教えてもらったりもした。
いや、そこはエリーザさんじゃないの? ギルドマスターって暇なの?
「これは冒険者ギルドに所属していることを示す身分証になる。失くすなよ。」
今日は別件だった。おお、これが世に言う冒険者カードと言うやつか。
渡されたのは名刺くらいの大きさの金属製のプレートだった。ぼくの名前とかが刻印されていて、端の方にはひもを通す穴が開いていた。
「この国の最低限の常識とある程度身を守る術は教えたつもりだ。簡単な仕事くらいなら受けても問題ないだろう。」
おお、お仕事の許可が出た。冒険者ギルドで依頼を受けるためには身分証の提示が必要だから、これ貰わないと冒険者の仕事はできないんだよね。
これで無一文とはおさらばできる。
「だが、無理に冒険者の仕事をする必要は無い。何かやりたい仕事があったらいつでも言ってくれ。相談にのるぞ。」
ぼくは現在冒険者ギルドに保護されている状態だけど、別に冒険者になる必要は無かったりする。
よくある異世界転移物の話では、身元のはっきりしない人物が就ける職業が冒険者しかない、となどと言う理由で冒険者になることがよくある。
けれども、この国では『渡り人』を保護しているので、割と自由に仕事を選べるらしいのだ。
「商売を始めたいなら商業ギルド、職人になりたいならば対応する職人ギルドに紹介してやる。適性があれば国の機関に推薦することもできる。まあ、生活の目途が付くまでは冒険者ギルドで保護するからじっくりと考えると良い。」
その気になれば、色々と就職先はあるみたいだ。ただし、進学という選択肢は無い。
いや、実はこの国には学校そのものはあるのだそうだ。内政チートやらかした先輩方、ご苦労様でした。
ただ、一般的な学校は小学校相当の基礎教育だけで終わりらしい。
それ以上の高等教育となると、王都にある王侯貴族専用の学校とか特殊なものになるそうだ。王族や貴族の子息は国や領地を治めるための学問を学び、将来に向けて人脈を作るために通うのだそうだ。入学できると言われてもちょっと遠慮したい。
他には魔法使いを養成する学校というものもあって、本来ならばぼくの進路として真っ先に上がるはずだった。
けれども、魔法学校はだいたいが入学後一月くらいで魔法が使えないと才能なしと判断されて退学になるそうだ。そして当然のように指パッチンのやり方を教えるというカリキュラムは存在しない。
この辺り魔法使いに個人的に師事した場合も似た様なもので、一通り教えた後で魔法を発動できないと破門にされてしまうそうだ。
ぼくの場合、指パッチンできないうちは魔法学校に行っても無駄で、逆に指パッチンできるようになれば世界でもトップクラスの魔法使いであるエリーザさんから直接教えを受けることができる環境にいる。
そんなわけで、進学するという選択肢は実質的に無かった。
こんなに早く就活することになるとは思わなかったなぁ。
問題はぼくにできる仕事があるかということ。高い能力を持った『渡り人』は引く手あまたらしいけれど、その仕事に合った能力を持っている場合に限られるからね。
どこかに魔法を使えない大魔法使い向けの仕事はありませんか~。