第五十九話 非常事態 その7
三日後。
住民の避難は順調に進んだ。
凄いよね~。リントがほとんど空っぽだよ。
リントは町や村じゃなくて都市だよ。人口も何万人もいるんだよ、たぶん。
大勢の人が大した混乱もなく、整然と列を作って北門を出て行った。行先は北のフェリだよ。
十年前の魔物の襲来をきっかけに、有事に備えて避難訓練は怠らなかったんだって。
テイラー商会も協力してくれて、何台もの馬車がリントとフェリを往復した。
それでも馬車の台数には限りがあるから、子供と老人、病人を優先して、元気な人は歩いて行ったよ。
フェリの方でも受け入れ準備を進めていて、先着順に避難所暮らしを始めているそうだ。
ただしフェリの避難所はあくまで一時避難なので、完全にリントを放棄することになったらそれぞれ移住先を考えなければならない。
それに、ドラゴンが北上してフェリに向かったら、フェリの住人も含めてまた避難しなければならなくなる。
だから、やっぱりリントの手前で撃退するのが一番だ。と言うことで、おっさんは頑張って作戦を立てた。
もっとも、今いる人員と装備や兵器類だけでどうにかしなければならないから、できることは限られているらしい。
相手がドラゴンでは低ランクの冒険者は足手まといと言うことで、避難する住民の護衛を兼ねて一緒にフェリに向かった。
二日目に到着した領軍も、対ドラゴン戦には装備が不十分と言うことで避難民の移送と護衛に回ってもらった。元々東の森の暴走対策で近くに来ていたので、あまり強い魔物と戦う準備はしていなかったらしい。
今リントに残っているのは、おっさんが厳選した高ランク冒険者の精鋭と、ドラゴンと冒険者の戦いを見極めて領軍や辺境伯に報告するために残った少数の騎兵だけだった。
そんな中、ただ一人残っている低ランクの冒険者がぼくだった。
違和感ありまくりだよ~。
ぼくもおっさんから直々に頼まれたんだよ。作戦に組み込まれちゃってるらしい。
ぼくの仕事はもちろん荷物持ち……だけじゃなさそうなんだよね。おっさんがいつになく真剣な顔で頼み込んできたし。
もちろん荷物持ちの仕事もたくさんやったよ。
おっさんが想定した戦場の近くに冒険者ギルドから持ち込んだ物資を運んで。
リントを守っていた兵士さんから提供された弩砲なんかの兵器も運んで。
単なる荷物持ちならこれで終わりで、最後まで残っていたギルドの職員と一緒に今日の朝一にフェリに向かっていたはずだ。
倒したドラゴンを運ぶ心配ならば、倒した後にすればよいことだし。
今回は無理そうなら撤退する予定らしいし。
まあ、とにかく作戦を聞きに行こうか。
リントの南門から南の森までは少し距離がある。
さすがに危険な森のギリギリ直近に都市は作らないし、リントができた後にも森を端からちょっとずつ伐採したり東の森を貫通する街道を作ったりしているそうだ。
南門を出て真直ぐ南下していくと、南の森の手前で少し開けた場所に出る。おっさんが選んだ戦場がここになる。
南の森を出たところで迎え撃とうということらしい。
相手がドラゴンともなると、木の陰に隠れたくらいじゃ隠れた木ごと吹っ飛ばされるから、視界を確保できる分森の外の方が良いのだそうだ。
その戦場予定地の手前には小高い丘になっているところがある。
戦場全体を見渡せるこの場所をおっさんは作戦本部に定めた。
ぼくが運んだ荷物もだいたいこの場所に持ち込んだんだよ。
持ち込んだ弩砲は既に組み立てられ、地面に固定されている。
大きなテントが張られ、仮設本部になっていた。
その大きなテントに入ると、既におっさん以下みんな揃っていた。
これがリントの最大戦力……。
冒険者のランクはどれだけ危険な仕事を受けられるかの目安なのだそうで、基本的にランクの高い冒険者は強い。
ここにいる冒険者は、単身南の森に入れるBランク以上の冒険者の中からさらに個々の能力を吟味して対ドラゴン用におっさんが厳選した精鋭だった。
……ぼくだけFランクで凄く場違いだよ。
「全員いるな? これより作戦を説明する。」
おっさんが説明を始める。
まあ、ぼくが荷物を運んでいる間に他の冒険者と相談しながら作戦の詳細を詰めて行ったらしいので、ぼく以外はだいたい分かっているらしいんだけど。
「まず、戦場は丘の下に広がる平地に限定する。ドラゴンが他の場所に出たり、想定した範囲外に出た場合は失敗とみなして撤退する!」
この場所は南の森から出てくる魔物が現れやすい所で、十年前の暴走の際にも多くの魔物がこの辺りから出てきて真直ぐにリントに向かったのだそうだ。
ドラゴンがこの場所から出て来ればリントに向かう可能性も高いということで、おっさんはこの場所に山を張って待ち構えることにしたのだそうだ。
持って来た弩砲も全部地面に固定しちゃったから、他の場所に出られたら使えない。
「今回の相手は地竜だ。他の魔物が出てきても、どうせドラゴンから逃げて来ただけだから、こちらに向かってこない限り無視してよい。」
今日までに南の森から出てきた魔物もいたけれど、暴走にならない程度の少数で、一度森を出た後再び森の中に戻って行ったものも多かったそうだ。
設営中の作戦本部やリントに向かって行った奴だけ倒したらしい。魔物の死体は処理する暇がなかったからぼくが預かっているよ。
「地竜はドラゴンの中では特に強い部類ではない。人間の手で倒した例もある。空も飛ばず魔法も使ってこない。ただ防御力が高い。リョウヘイ並みの防御魔法がかかっている状態と考えていい。」
冒険者ギルドの強みは国境を越えて冒険者とその遭遇した魔物の情報が集約されていることなのだそうで、遭遇例の少ないドラゴンの情報もしっかりとあったみたいだ。
でもドラゴンを説明するのにぼくを例に出すのはどうなの!?
「攻撃手段は、近接は牙と爪、遠距離ではブレスを使ってくる。どれも伝説級の防具でもなければ防げないから確実に避けるように!」
やっぱりドラゴンの攻撃力は凄いらしい。
伝説級の防具? そんなものがあるの?
「問題は防御力だ。地竜は全身に魔力による防御膜のようなものを纏っていて、並の武器では攻撃が届かない。まずはこれを引きはがす必要がある。」
ぼくの魔力の鎧みたいなものかな? でもあれはそこまで強度が無いんだよね。どーしても可動部の継ぎ目とかが弱くて、ルークさんにはあっさりと破られちゃうんだよ。
「そこで、まずエリーザの大魔法でドラゴンの防御膜を吹っ飛ばす! 防御が弱まったところを弩砲の一斉射撃で弱らせ、後は防御膜が復活する前に総攻撃をかける!」
エリーザさんの大魔法! 確かにあれを一点に集中させれば凄い威力になる!
ぼくのセルフプロテクションと同じなら魔法攻撃の方が効果あるはずだし、防御に穴を開けることくらいできるかも!
「ただし、大魔法が発動するまでに接近されたら終わりだ。だから、ドラゴンが出てきたらまず前衛部隊が気を引いて足止めする。効果は無くても攻撃して、後はその場で逃げ回れ!」
うわぁー、ルークさん達大変そう。
「足止めできなければ作戦失敗で撤退だ。足止めできたらエリーザの大魔法を使う。ただこの時問題になるのがドラゴンのブレスだ。大魔法が完成するまでエリーザは避けることができない。」
そうか、距離があれば牙や爪は届かないけど、遠距離攻撃のブレスは届く。直接狙われたのではなくても、あの魔法術式を書いている最中のエリーザさんには避ける余裕はないよね。
「そこで、エリーザの守りはリョウヘイに任せようと思う。」
え? ここでぼく??
「ドラゴンブレスに耐えられるのは、リョウヘイの異様に強固な防御魔法しかないだろう!!」
えええ???




