第五十八話 非常事態 その6
どうやら魔物の暴走はあれで終わったらしい。
まだしばらくは監視が必要になるけれど、今のところ東の森から魔物が出てくる気配は無いようだ。
これでしばらくはゆっくり……できなかったよ~!
解体祭り再び!
千体を超える(推測)魔物をリントの東門のすぐそばで倒したのだ。後片付けも大変なことになる。
ろくに素材も採れないほどにぐちゃぐちゃになった死体も多いけど、普段は東の森にはいない魔物も多数いた。
より危険な場所に行かなければ手に入らないはずの希少な素材が目の前にあるのだ、解体しないという選択はないだろう。
おっさん、これが狙いでリントに魔物を誘導したんじゃないよね?
まあともかく、解体しまくったよ~。猿と狼以外の魔物も多かったからちょっぴり新鮮だったよ~、最初のうちだけは。
それから、素材にならない魔物、と言うかその残骸も放置できない。
だって東門の目の前だよ~。腐って異臭を放つようになったら嫌だし、伝染病でも発生したら困る。飢えた魔物や猛獣がやって来るかも知れない。
それなりに人の通る場所だから、早めにきれいにしないといけない。
で、誰がそれをやるか?
もちろん冒険者だよ~。
役所に何とかしてって泣きついても、結局冒険者に依頼が出るだけだよ~。
まあ今回は場所が場所だけに街の有志とか兵士さんとかも手伝ってくれたけどね。
東の森掃討作戦の時よりもたくさんの魔物を処理したんじゃないかな。
ぼくも頑張ったよ~。たくさん穴を掘ったよ~。
量が量だから、穴掘って埋めていたらきりがない。大きめの穴を掘って、魔物の残骸と油と薪を突っ込んで燃やしたんだよ。
焼却用の穴もたくさん掘ったし、燃料の薪や油もいっぱい運ぶことになった。
解体しない魔物からも魔石くらいなら採れるんだけど、面倒だからそのまま燃やしちゃったのも多いだろうなぁ。
一応回収した魔石は自分のものにしていいことになっているけど、丁寧に魔石を探しているといつまでたっても片付かないからね。
ぼくは穴を掘ったり魔物の死骸を燃やすのに忙しくてそれどころじゃなかったけど。
魔物の死骸を処理している間にランクの高い冒険者が東の森を調査し、当面魔物の暴走の恐れがないことを確認した。
今回の暴走は偶然が重なった結果の一時的な現象だったという結論になったみたいだ。
本来もっとゆっくり魔物が増えるはずのところ、何らかの理由で一気に東の森に魔物が集まったのではないかと言うことだ。
その、「何らかの理由」と言うのがさっぱり分からないんだけどね。
魔物の増える平均速度は変わらないけど、瞬間的に速度が急上昇して暴走になったって感じらしい。
魔物の暴走が発生して、森から出てきた魔物の大部分を討伐したから、今のところ東の森は落ち着いているらしい。
もっとも、南の森の異変がどうにかならないことには本質的な解決にはならないんだけど。
それでも、第四回東の森掃討作戦をやったようなものだから、しばらくは東の森に魔物が溢れ返る心配はなさそうだ。
魔物の処理も一段落したころ、南の森の調査に行っていたルークさん達が帰ってきた。
そして再びリントに非常事態を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「南の森の異変が判明した。ドラゴンが一頭、真直ぐにこちらに向かって進んで来ている。」
冒険者への説明は、おっさんの爆弾発言から始まった。
「南の森の主が追い出されたのか、主に挑んで敗れたのか。いずれにしても、南の森の奥深くで強い魔物同士が戦い、敗れたドラゴンが移動を始めた。それが南の森の異変の原因だ。」
ドラゴンよりも強い魔物がいるんだ!?
いや、ドラゴン同士の戦いだったのかもしれない。
「確認されたのは地竜。空を飛ばない種だから移動速度は速くないが、今のペースで進めばあと三日で南の森を抜け、リントに到達する。」
たったの三日!?
おとなしく聞いていた冒険者たちがさすがにざわめく。
ドラゴンが相手と言うだけでも大事だけど、たったの三日では大した準備もできない。少なくともドラゴンを相手にするには不十分だろう。
「フォルダム辺境伯及びリントの行政府はリントからの一般市民の避難を決定した。低ランクの冒険者はリントの衛兵と共にその誘導と護衛に当たってもらう。」
魔物の暴走に対しては行った籠城作戦を行わず、今回はリントの放棄も視野に入れているみたいだ。
強固な都市防壁でもドラゴン相手では荷が重いらしい。
「高ランクの冒険者には、ドラゴンに追われて南の森から出てくる魔物への対処とその後に出て来るドラゴンの足止め、可能ならば討伐をやってもらいたい。」
そうか、ドラゴンが来る前に、ドラゴンから逃げ出した南の森の魔物が出て来るんだ。
それにリントは大きな都市だ。住民も多い。たったの三日で全員避難するのは難しいかも知れない。
だったら、避難が終わるまで魔物やドラゴンを食い止めておく必要がある。
でも、「可能ならば討伐」と言うあたり、ドラゴンを倒すのは難しいのだろうなぁ。
「ドラゴンに追われて出てくる魔物の方はさほど問題ないだろう。強い魔物は頭もいいから、ドラゴンの進行方向を避けて逃げる。近くの領軍もこちらに向かっているから、避難民の守りも大丈夫だ。」
あっそうか、ドラゴンの進路上にいる魔物が全部出て来るわけじゃないんだ。右か左に避けないといつまでも追われ続けるからね。
猿や狼は頭が悪いからそのまま森から出て来るかも知れないけど、もっと頭が良くて厄介な魔物はちゃんと逃げて森の中に留まるのか。
「問題はドラゴンだ。まっすぐ進んで来れば最悪リントの都市防壁は破壊され、都市は再建のめども立たなくなる。」
やっぱり都市防壁ではドラゴンは防げないみたいだ。そうなると、せっかく買ったぼくの家も危ない。
あの魔道具だらけの屋敷でも、さすがにドラゴンを追っ払うことはできないだろう。
できないよね?
それに、屋敷が無事でもリントが再建されずに放棄されたら住んでいられないし。
「ドラゴンの進路がリントを逸れたとしても、その後何処に向かうか分からん。それに、ドラゴンほどの強い魔物が居つくとそこに魔物が集まって、人の立ち入れない魔境ができるらしい。」
へー、ドラゴンが移動すると南の森みたいな場所が増えるのか。腐〇が溢れた~、みたいな感じかな?
この世界では少しずつ魔物を駆除しながら人の住む場所を広げて来たのだそうだ。これが逆に魔物の住処が増えて来ると色々と困るらしい。
リントが無事でも他の都市が壊滅したり、往来が阻害されると立ち行かなくなるそうだ。リントだけでは自給自足できないのだ。
「よって、三日以内にこの場でドラゴンを撃退する作戦を考える。無理ならばリントを捨てて領軍と合流、戦力を整えてドラゴンを討伐する。」
どっちにしてもドラゴンと戦うんだ。大変だなぁ。