第五十七話 非常事態 その5
巨大なイノシシは倒れたけど、魔物はまだまだたくさんいる。
東の森でおなじみの猿や狼は、むしろ数を減らしている。元々の数は多いかったのだけど弱いからどんどん死んで行くんだよね。
代わりに見慣れない魔物が増えてきた。
白い虎っぽい魔物。
灰色の熊っぽい魔物。
黒いゴリラっぽい魔物。
フォレストウルフより二回り大きい狼型の魔物。
みんなさっきの大イノシシと同じくらい強そうだ。
うわぁ、狼型の魔物がこっちに来た!
速い! フォレストウルフより大きいのに速くて俊敏だ!
弩砲の矢を器用に避けてこちらに向かって迫ってくる!
――ドシン!
そしてぼくの魔術防壁にぶつかって止まる。
幸いぼくのセルフブーストの中でも防壁は一番強固だ。この程度ではびくともしない!
ちょっと焦ったけど。
ああっ、虎っぽいのまでやって来た!
――バリバリバリ!
爪とぎは他所でやってくださ~い!
うーん、おっきな狼と虎に襲われて危機的な状況って感じなんだけど、ぼくの魔術防壁はまだまだ余裕があるよ。
噛みつくのもひっかくのも体当たりも物理攻撃だから、物理攻撃に強い防壁には大したダメージになっていない。
――ドン!
あ、大きな石が落ちてきて、狼に直撃した!
そっか、投げることはできなくても、落とすだけなら何とかなる。都市防壁の真下で動きを止めた狼ならば十分に狙える。
狼は死んではいないようだけど、地面に突っ伏してぴくぴくしている。
――ザバン!
今度は何やら液体が降って来て、その大部分が虎にかかった。
あれはたぶん煮え立った油。直撃した虎が地面を転がりのたうち回っている。
油は魔物が都市防壁に取り付いて登り出した時に使うんじゃなかったっけ?
まあ、これで狼と虎は無力化された。なんて思っていると、うわぁ! 今度はゴリラと熊が来た!
狼と虎を踏んづけて、ゴリラパンチとベアークローが襲ってくる!
……まあ、やっぱりぼくの魔術防壁で防げるんだけどね。
かなり力強い攻撃だけど、防壁が破られなければ問題ない。物理攻撃だから防壁の消耗もたいしたことはないし。
ルークさんだと一点集中で強力な斬撃を集中させて来るから、半端な防壁だと破られちゃうんだよね。
ゴリラも熊も、生身で喰らえば即ミンチになるような攻撃だけど、ただ漫然と叩きつけて来るだけなら後で魔力を補充するだけで良い。
それに防壁は二重に張ってあるから、たとえ一枚破られても二枚目が受け止める!
……念のためにもう一枚張っておこう。
なんだかここまでたどり着く魔物が増えてきた。
追加で到着する魔物の数に、倒す速度が追い付いていない。
そろそろ引っ込んだ方がいいのかなぁ。
ここにいる魔物の攻撃ならぼくの魔術防壁で防ぎきれる。
でも殺気立った魔物の無差別攻撃を直近大迫力で見続けるのは気分のいいものではない。と言うか、純粋に怖い!
ゴリラや熊の攻撃を魔力の鎧で受けきる自信はないよ~。鎧が破られなくても、体ごと吹っ飛ばされそう。
ぼくの魔術防壁を一撃で破壊するような魔物が出てきたら、ここで死ぬよ。確実に!
よーし、ここは戦略的撤退!
門の中に移動するぞ……、いや、待てよ。
ぼくの魔術防壁を一撃で破るような魔物がいたら、門の内側に逃げても危なくない?
ぼくが全力で作った魔術防壁はたぶん門の扉よりも頑丈だ。その防壁を破れる魔物ならば、東門も破られる! 下手をすると都市防壁も危ない!
さ、さすがにそこまで強い魔物は来ないよね?
だったら、この場で見ていても大丈夫かな?
知らない間に強い魔物が来ていきなり門が破られるのも怖いし、もう少し様子を見ようか。
で、様子を見ていたら、さらに魔物が増えた。
それも、そこそこ強い魔物がたくさん。
むしろ、東の森でおなじみの弱い魔物が見当たらない。
どこかにいるんだろうけど、弱い魔物はここまでたどり着けないから見えない。
ぼくの周囲には投石くらいじゃびくともしない大きくて頑丈そうな魔物が密集しちゃって、後ろの方が見えない。
君たち、東の森が過密になって溢れ出て来たんだよねぇ? ここでそれ以上に密集しちゃってどーすんの!?
三密はダメ!
今のところぼくの防壁は破られる気配もないし、隣の大門の扉も健在だ。
でもこの数の魔物をどうすればいいの?
早目に倒さないと進行方向を変えて他所の都市に行ったり、その辺でバラバラに散らばって面倒なことになったりしない?
……あれ?
壁の上からの攻撃が減ってないか?
東門の手前まで来た魔物には小さな石を投げてもほとんど効果が無いから、大きな石を落としていたみたいなんだけど、さっきからそれが途絶えている。
石は大小たくさん運んだからまだ余裕があるはず。一体何が……え?
思わず上を見上げる。
ここからでは特に何も見えないけど、何か大きな魔力が……
次の瞬間、世界は炎に包まれた。
視界いっぱい、無数の炎が降り注いだ。そしてバタバタと魔物が倒れて行く。
炎は数も多いけれど、威力も高い。
急所に当たれば、それだけで魔物は死ぬ。
急所を外しても、炎は魔物に燃え広がり死に至らしむ。
そして魔物が倒れれば、それ以上延焼せずに炎は消える。
これは魔法の炎だ。
これは広域殲滅魔法。
これは、……エリーザさんの大魔法!
一回だけ見せてもらった、踊るように全身で魔法文字を書くやつ!
み、見たかったよ~~!!!
魔法の効果はしっかり見たけど、魔法を発動するところもちゃんと見たかったよ~!
ど~してぼくはこんなところで門番なんかやってるんだよ~!
はぁ。
それにしてもやっぱりすごいな、大魔法。
あれだけたくさんいた魔物がほとんど全滅しているよ。
生き残っている魔物も瀕死みたいだし、一度に何百体倒したんだろう?
――パタン!
突然背後の通用門が開いた。
ぼくは慌てて防壁を解除して門の前からどいた。
「よっしゃー! ようやく出番だ!!」
「腕が成るぜ!」
門から出て来たのは、待機していた冒険者の面々だった。
前衛ばかりのパーティーだったから、壁の上からの攻撃には参加せず、門の手前で待機していたのだ。
都市防壁の内側に魔物が侵入した時の対処か、外の魔物の数が減った後の掃討を行うことになっていた。
今回は後者だね。
門の外に出た冒険者の先輩方は、その光景を見て絶句する。
「……出番、あるかな?」
ほぼ全滅だからね。
大魔法の範囲外だったのか、離れたところに無事な魔物も少数いるけれど、恐れをなしたのか東の森の方に逃げようとしている。
暴走は終わったと思っていいのかな?
「とにかく、息のある魔物を仕留めて行くぞ! 気を抜くなよ!」
ぞろぞろと門を出て行く冒険者たち。
上から見て、追加の魔物が来ないようならば他の冒険者も出て来るだろう。
今度こそぼくはもういいよね?
これ以上面倒なことが起こらないうちにと、ぼくは引っ込むことにした。
主人公、ただ見ているだけ!
実は亮平が門の前に立っているだけで、「人を見たら取り敢えず襲ってくる魔物」が亮平めがけて集まってきます。
亮平の作る防壁が破れない限り魔物の侵攻はそれ以上進めなくなるため、結果として狭い範囲に数多くの魔物が密集することになりました。そこを広域殲滅魔法で一網打尽にして、一気に終息へと持って行ったのです。
そんなわけで、亮平はただ突っ立っているだけで大きく貢献しています。