第五十六話 非常事態 その4
「わざと暴走を起こして魔物をリントに向かわせる作戦」
それは、魔物で過密状態になった東の森に爆音石を投げ込み、出てきた魔物に追われながらリントに逃げ帰るという単純なものだ。
過密状態でストレスの溜まっている魔物は、一匹が走り出すと次々とその後を追って走り出す。結果として大量の魔物が同じ方向に一気に走り出す。これが暴走だ。
魔物の暴走は避けられないとして、どのタイミングでどの方向に魔物が進むか分からないことが厄介だった。
だったら、こちらの迎撃準備が整ったタイミングで、守りの堅いリントに向かって来るように意図的に暴走を引き起こせばいい。
理屈は分からないでもないけど、乱暴すぎない?
おっさんが言い出した時はてっきり冗談だと思っていたよ。
作戦の成功率も怪しいものだ。
そもそも暴走が発生した後では作戦が成立しない。
暴走を引き起こせたとしても、狙った方向に誘導できるとは限らない。魔物の行動を制御するなんて無茶なことだ。
上手くいったらいったで、誘導役の冒険者が魔物に追いつかれて殺される危険がある。
実行役にドミニクさんが選ばれたのは、今リントにいる冒険者の中で最速であることに加えて、魔物に追いつかれても高く飛べば逃げられると言う理由があるのだろう。
それらの条件をクリアしても最後の難関がある。
襲ってきた魔物を撃退できなければ、リントがヤバいことになる。
作戦の実行はフォルダム辺境伯の許可が必要とか言っていたと思うのだけど、よく許可が下りたよね。マリーさんがいるのに。
まあとにかく、作戦は実行された。そしてばっちり成功した。
次はリントが、特にこの東門辺りが戦場になる。
もう帰っていい?
こちら、東門の亮平です。
今まさに魔物の大群が押し寄せようとしています!
凄い数の魔物です!
ここからでは後続の魔物がどれだけいるのか見当もつきません!
先頭を走るのは毎度おなじみの狼でしょうか?
その背後からもっと大きな魔物が迫って来ているから、狼が必死になって逃げているように見えます!
そうこうするうちに、先頭集団が東門までたと百メートル……五十メートル……。
「今だ! 攻撃開始!」
おおっと、ここで壁の上からの攻撃開始だ!
矢が、石が、魔法が、魔物に向かって降り注ぐ!
空を飛んだり遠距離攻撃できる魔物はいないみたいだから、一方的な攻撃だ!
高さがあるから、ただの投石でも威力が高い! 猿や狼なら一撃で倒れるぞ!
人に当たっても死ぬから、よい子は絶対にまねしないで下さい!
それでも魔物は止まらない! まさに暴走!
倒れた仲間を気にすることなく、真直ぐに向かってきます!
今、先頭の狼が、東門に、……来たーー!!!
――ベチン!
一着で到着した狼は、ぼくの作った防壁にぶつかった。
さらに二位以下が次々に激突したので、先着順にもれなく圧死。合掌。
東門の前はえらいことになっていた。
都市防壁の上からガンガン攻撃しているから、どんどん魔物が倒れて行く。
その魔物の死体を踏みつけてあとからあとから魔物がやって来る。
そして運良く壁の上らかの攻撃に当たらなかった魔物は、ぼくの魔術防壁に激突して死ぬ。
なかなかの地獄絵図だよ~。
教育上、ちょっとお子様には見せられない光景だよ。R15くらい付くんじゃないかな?
ぼくはもう十五歳過ぎているから大丈夫。と言うか、解体祭りで慣れ過ぎて、魔物素材が勿体ないとしか思えない。これが冒険者脳?
しかし、これからどうしよう?
ぼくは何時までここにいればいいの?
魔物が来ると分かった時から、ぼくは通用門の前に移動して、範囲最大強度最強でセルフプロテクションの防壁を展開している。
東の森の魔物は魔力の鎧を突破する攻撃力を持つものはなかった。魔力の鎧よりも強力な防壁を展開しているのだから、ぼくは安全だ。たぶん。
でも怖いんだよ~! 殺気立った魔物が次から次へと押し寄せて来るんだよ! それを真正面から見てるんだよ!
それと、見ている以外にすることが無いんだよね。
範囲を限界まで広くしたから、ぼくはここから動けない。場所を移動すると原始魔術の有効範囲から外れて防壁に穴が開いてしまう。
まあ、防壁を小さくすれば防壁の中をある程度は移動できるから、門の内側に退避する時は一回り小さい防壁を展開して少しずつ移動すれば安全に避難できる。
でもわざわざ防御範囲を狭めようとは思わないから、門の内側に引っ込むまではこのままだ。
それから、防壁の内側から攻撃する手段がない。
後続に潰されるまでは元気にぼくの魔術防壁に体当たりしたりしてくる魔物がいるんだけど、こちらからも物理的に手が出せない。
セルフブーストで強化した筋力でぶん殴れば倒せる相手だけど、防壁は内側からの攻撃も通さないからね。
自爆技の攻撃魔術も使えない。防壁を限界まで大きくしちゃったから、発動地点を防壁の外に置けないのだ。
……まあ、放っておいても後から来た魔物に潰されるか、壁の上から落とされた石に当たって死ぬかしてるけどね。
この辺りは攻撃を行っている都市防壁の上から見てほぼ真下だ。弓では狙いをつけ難いから投石が中心になる。
魔法攻撃は少ない。魔法使い自体が少ないし、魔力を温存しているのだと思う。
十メートルの落差から投げ落とされる石の威力は大きい。東の森の魔物だったら、まともに当たれば一撃で致命傷だ。
投石用の石ならたくさん運んだよ。片手で投げられる野球のボールくらいの大きさのものから、ボウリング玉よりも大きいやつまで。
魔物の数が多いから適当に投げてもよく当たる。
魔物はどんどん死んで行くけど、それ以上に後続の魔物がやって来る。
あれ、これまずいんじゃない? 魔物の数が増える一方なんだけど。
それになんか東の森では見かけないような魔物がいるんですけど!
何あのトラックくらいの大きさのイノシシは!?
何本も矢が刺さっているのに気にせず暴れているし、投げられた石も弾き飛ばしてしまっている。
ほんと何あれ。祟り神か何かですか?
一番大きな石なら効果あるだろうけど、人の手では投げられないから投石機を使うことになる。狙って当てるのは難しそう。
――ドスッ!
あ、太っとい矢が刺さった。さすがに耐えきれず、巨大イノシシが倒れる。
そっか、弩砲はこういう時のためにあるのか。




