第五十二話 自宅探索
ブックマーク登録ありがとうございました。
――ざわわ
――ざわわ
――ざわわ
南国の風が吹き抜けて行った。
「どうなってるの、これ~!!!」
最近ぼくはちょっと気になっていることがあった。
ぼくの自宅、魔道具だらけのこの屋敷のことだ。
この屋敷、買ってからあまり間を置かずに王都に行ってきたから、あまりじっくりと調べていないんだよね。
この屋敷はレイモンドさんが設定したおかげで、屋敷自身の判断で必要な物を勝手に購入することができる。代金は月末に冒険者ギルドのぼくの口座から引き落としだ。
で、月末になったので恐る恐る口座の明細を見たのだけれど、屋敷が購入した金額は予想よりも少なかった。
王都でも報酬をたっぷり貰って来たから、残高は増えているよ。収入に比べたら、出費は微々たるもの。屋敷の使った金額よりも、王都で買って来たお土産代の方が高いくらいだ。
まあ、屋敷が購入するのは食材と日用品くらいだし、王都に行っていた一ヶ月近くの間留守にしていたわけだから、たいして買うものが無くても不思議はない。
ただ、ぼくが留守の間もマリーさんがちょくちょく来ていたのだそうだ。マリーさんの目的は、護衛とかの目を逃れて羽を伸ばすことだからね。
マリーさんは屋敷に来るたびに、屋敷の出すお茶やお菓子、たまに昼食も食べて行ったそうだ。
マリーさんの話では、だんだんと出て来るお菓子が豪華になったり、昼食のメニューが豊富になったりして行ったらしい。どうも侵入者の撃退に注力していた三十年間の状態から、住民の快適性を求める方針に切り替わったみたいだ。
そして、よくよく考えると、これまで飲み食いしていた分を合計すると結構な金額になるとマリーさんが申し訳なさそうに謝ってきたのだ。
だからちょっぴり覚悟していたのだけれど、テイラー商会からの請求額はたいしたことなかったんだよね。
調理は屋敷の魔道具が行うから材料費だけで済む、と言っても砂糖たっぷりのあま~いお菓子とかもたくさん出てきたそうだから、庶民の水準からすればかなり割高になるはずなんだよね。
そう考えると、ちょっと出費が少なすぎる。
気になって調べてみたんだけど……
「うーん、よく分からない。」
気になって調べてみたけど、屋敷が注文した内容とテイラー商会の明細は一致しているみたいだ。
やっぱりあんまり食材を買っていない。でもそうなると、マリーさんがたくさん食べたお菓子とか、妙に豊富になったメニューとかの説明がつかない。
王都に行っている間に屋敷が行ったことを表示させてみたけど、情報量が多すぎてわからないよ。
『屋敷内で生産しているみたいっスね。』
阪元さん、分かるの!?
『食材生産用の部屋を増設したって書いてあったっス。』
さすがは阪元さん。一瞬で必要な部分を読み取ったよ。
『部屋の場所も確認したっス。見に行くっスか?』
行ってみようか。
『ここっス。この扉の先っス。』
このドアか~。
ぼくは廊下についている何の変哲もないドアをまじまじと眺める。
これがぼくが王都に行っている間に増えた部屋……と言っても、見ただけで分かるほどこの屋敷を熟知しているわけじゃないのだけど。
ドアも他の部屋と変わらないし。
それでは、開けてみよう。
鍵がかかっていたので、マスターキーで解除、いざ開けドア~!
「どうなってるの、これ~!!!」
『サトウキビ畑っスね。』
扉を開けると、一面のサトウキビ畑だった。
部屋の中じゃないの?
それにここ、地下だったよね?
上を見上げると青い空。
『ここは異空間の中っス。さっきの扉は異空間に繋がっていたっス。』
ここはアイテムボックスの中みたいなものか。それにしても広すぎない?
『ここは俺っちの封印されている異空間の一部っス。お兄さんがマスターになったから、屋敷からこの異空間にアクセスできるようになったんだと思うっス。』
へー、阪元さんの居場所ってこんな所だったんだ。
『異空間の中を障壁で区切って、独自の環境を作っているっス。恐らく屋敷のアーティファクトの能力っス。』
そうか、阪元さんのいる亜空間は無茶苦茶広かったんだっけ。
『ここではお兄さんの魔法倉庫は使えないから注意するっス。』
アイテムボックスの中で魔法倉庫は使えないんだっけ。ポーチを開いても亜空間の出入口はできずに、普通にポーチの中身が見える。
あれ、何で阪元さんと話できてるの?
『この異空間の中なら、声くらいは届けられるっス。』
さすがは阪元さん。この亜空間は阪元さんの領域ってことか。
――ガサガサ
おや、木でできた人形みたいなものが出てきた。
『ウッドゴーレムっスね。屋敷がこの部屋の管理用に作ったんだと思うっス。』
部屋……部屋の中なんだよね、ここ。屋外にしか見えないけど。
あっ、サトウキビを収穫しているよ。
……早くない? この部屋(?)できてから一ヶ月経ってないなよねぇ?
『魔法で促成栽培してるみたいっス。』
そんな魔法があるんだ。スゲー!
『屋敷に設置されたアーティファクトの特性みたいっスね。環境を整える魔法が豊富っス。』
そう言えば屋敷の普通の部屋も、三十年間も空き家だったとは思えないくらい奇麗に整っていたっけ。
『他にも色々あるみたいっス。見るっスか?』
ああ、やっぱり砂糖以外も作っているよねぇ。もうちょっと見てみようか。
「米と、麦だ……」
そこには豊かに実って頭を垂れる稲と、黄金色に輝く麦畑が広がっていた。
百姓でもないのに、主食を自己生産しちゃってるよ。そう言えば、食事のメニューにライス付きとか、丼ものとかが追加されてたっけ。今度頼んでみよう。
『トウモロコシ畑もあるっス。三大穀物完全制覇っス。』
食材の注文が減るわけだよねぇ。屋敷から直接注文を受けるようにしたレイモンドさんの思惑も外れたかな?
「ここは、果樹園かな?」
大小さまざまな木々に、季節を無視していろいろな果実が実っている。
あれはリンゴ、こっちはミカン。向こうにはブドウもある。
こっちの世界の植物だから厳密には違うのかもしれないけど、今のところ見た目と味が全然違うことはなかったから気にしないことにした。
『日本酒も、ビールも、ワインも作れるっスね。』
ぼくは飲まないけどね。
「野菜がいっぱい……」
根野菜、葉野菜、豆に芋。
日本でも見たような野菜が畑にいっぱい植わっている。
みずみずしい真っ赤なトマト。
一抱えもあるでっかいカボチャ。
青々とした新鮮なキャベツ。
何故か大輪の花を咲かせるヒマワリ……種から油でも採るのかな?
それからこれは……何だろう?
『それはマンドラゴラっス。』
こんなところにファンタジー植物が!
えーと、次は……
「イノシシ?」
何故かそこには一頭の大きなイノシシがいた。今更だけど、ここ室内だよねぇ。
あっ、違った。あの特徴的な大きな牙は、ファングボア! 魔物だよ、あれ。
うわぁ、こっちに向かって来る!
反射的にセルフプロテクションで防壁を展開したけど、その前にファングボアの突進が止まった。
『魔法障壁で決められた範囲外に出られないようになっているみたいっス。』
それじゃあ、この魔物は屋敷が飼っているってこと?
そう言えば、ファングボアの肉は食用になるんだっけ。ちゃんと料理すれば美味いらしい。
もしかして、屋敷の出す豚肉料理の正体はこれ!?
「今度はブラックバイソンか……」
またもや魔物がいた。ブラックバイソンは真っ黒い毛並みの牛みたいな魔物だ。
牛肉料理の素材ですか?
『乳牛扱いみたいっスね。』
ええ、ブラックバイソンが! かなり獰猛な魔物だって話だよ。よく乳しぼりとかできるなぁ。
マリーさんもクリームたっぷりのケーキなんかを食べたって言っていたけど、その元がこれ?
牛乳が採れるということは、子牛がいてミルクで育てているのかな?
魔物の生態はよく分かっていないんだよね。
「でっかいニワトリだ!」
『コカトリスっスね。』
やっぱり魔物だった! しかもかなりヤバい奴!
『卵用みたいっスね。』
本当だ。ウッドゴーレムが卵を回収している。普通の鶏卵の三倍くらいある大きな卵だ。
あっ、ウッドゴーレムがコカトリスに突かれた。でも平然と作業を続けるウッドゴーレム強い!
それに、結構な数の魔物を管理している屋敷も凄い。
万が一あの魔物が屋敷の外に逃げ出して行ったら大変なことになるよ。
『障壁が維持できなくなる前に異空間を切り離せば問題ないっス。そういう作りになっているっス。』
一応安全対策はしてあるのか。でもあんまり気楽に入っていい場所じゃなさそうだ。
ぼくは部屋を出ると扉をしっかりと閉めた。そして鍵をかける。
採れた食材は直接食糧庫とかに送られるらしく、普段はこのドアを開く必要はないそうだ。
板でも打ち付けて封じてもいいのだけど、そこまでする必要はないかな。
とりあえず、ドアの表札に注意書きでもしておこう。
『危険、立入禁止』