第五十一話 魔術の修行をしてみた テイク5
ようやく自宅に到~着~!
この家を買って割とすぐに王都に向かったから、あんまり自分の家に帰った気がしないよ。
ついつい冒険者ギルドの二階に戻りそうになっちゃったよ。ついでにギルドの職員の皆さんにも王都のお土産配って来たけど。
道順もちょっとうろ覚えだったけど、まあ近くまで来たらすぐに分かった。大きくて目立つからね。
近所の子供は幽霊屋敷扱いしてたよ。
ともかく久しぶりの我が家だ。誰もいないけどただいま~!
「お、リョウヘイ、帰ったか。久しぶりだな。」
マリーさんがくつろいでいました。まあいいけど。
あっ、そうだ。マリーさんにも渡しておこう。
「はい、王都のお土産。」
ぼくは王都で買った品をアイテムボックスから取り出して渡した。
「これは!」
マリーさんが驚いて目を丸くしながら受け取る。そしてケースを開けて中から取り出した。
「フォークギターか!」
そう、王都の雑貨屋に無造作に置かれていたギターだった。
「過去の『渡り人』が持ち込んだギターの、レプリカじゃないか、って話だよ。」
『渡り人』は時折この世界には存在しない、異世界の物品を持ち込むことがある。
ギターという楽器はこの世界には存在しないらしい。似たような弦楽器はあるけど、形が違うんだそうだ。だからこのギターは『渡り人』が持ち込んだものと考えられる。
ただ、昔の『渡り人』が持ち込んだと考えるとこのギターは新しすぎるのだ。手入れもされずに雑貨屋の片隅で埃を被っていたはずなのに、まるで新品のようにきれいな状態だった。
ぼくやアキト君の前の『渡り人』は数十年前になるらしい。しかもその『渡り人』はほとんど荷物らしい荷物を持たずにこの世界に来たという記録があるのだそうで、ギターを持ち込んだとしたらさらに昔のことになりそうだ。
だから昔に持ち込まれた古いギターを見たどこかの職人が再現したレプリカではないかというのがおっさんやレイモンドさんの見解だった。
ちなみに、『渡り人』がやってくる時代や場所はランダムなのだそうだ。例えば百年前に現れた『渡り人』が未来のガジェットを持ち込んでいた、なんてこともあり得るらしい。
――ポロン♪
「チューニングは必要だが……うん、いい音だ。」
マリーさんがギターの弦を指で軽く鳴らした。
十歳の女の子にはちょっと大きなギターをマリーさんは抱えるように持ち、けれどもその姿はなかなかに様になっていた。
ちゃんとした音が出たみたいでよかった。レプリカだと外見だけ似せて中身は全くの別物になることもあるらしい。
ギターとは似ても似つかない音が出たらどうしようと思っていたけど、マリーさんの様子を見る限り大丈夫なようだ。
「ありがたくいただくぜ。」
マリーさんはギターをそっとケースにしまった。そしてギターケースを抱えてドアの向こうに消えて行った。
……あれ?
そこは玄関じゃないですよ~。
マリーさんの入って行った扉をよく見てみると……
『マリーの部屋』
……まあ、部屋はいっぱい余っているからいいけど。
さて、お土産も配り終えたし、今日はちょっと思いついたことを試してみようと思う。
ということで、冒険者ギルドの練習場にやって来た。
それでは、さっそく。
ぼくは音の魔法文字を書いた。
爆音石の魔法術式にはこの音と光を使っている。
色々なパターンを作ってみたのだけど、魔物の注意を引いたり追い立てたりするためには大きな音が効果があると言われたので、第一魔法文字に音を用いた魔法術式をレイモンドさんに渡していた。
爆音石ではとにかく大きな音を出すだけだったけど、音の魔頬文字を使った魔法は色々な音を出すことができるのだ。
魔法術式が複雑になり過ぎるから、魔法で喋ったり、音楽を演奏することは無理だけれど、ちょっとした物音とか楽器の一音くらいならば鳴らすこともできるらしい。
ちょっと試してみよう。
――パン
――パチパチパチ
――ドン
――パァーン
爆発系の音は爆音石の試作でさんざん試したから問題なく出せる。
原始魔術の場合、イメージさえしっかりとできていればどんな音でも出せるはずだ。
逆に言うとイメージが曖昧だとまるで思った通りの音が出ない。
これがかなり難しいんだ。
イメージと言ってもただ出したい音を思い浮かべればいいわけではなくて、魔法で音を出すイメージを作らないといけない。脳内で再生した音楽がそのまま流れて来るわけじゃないのだ。
爆音石の時は光る石の光の代わりに音を使ってそれっぽい魔法術式を書いたらたまたまそれっぽい音が出ただけだったりする。
さっきやったのは、爆音石に使った魔法術式から逆算してイメージを作ったものだ。
だいたいやり方は分かったし、これを元に改造して行こう。
目指すは、指パッチンの音!
フ、フ、フ。指を鳴らせないのなら、魔術で鳴らせばいいのだよ!
なるべく近い音の奴を元にして……
――バチン
うーん、ちょっと違う。
――ブチン
これも違う。
――ペチン
ちょっと近付いたかな?
――パリン
違う~。また遠くなったよ~。
――スカッ!
いや、それは要らないから!
結構難しいなぁ。
でもやり方は分かったし、もう少し粘ってみよう。
………………。
………………。
………………。
――パチン!
よし、できた。
――パチン!
――パチン!
――パチン!
うん、何度でも問題なく使える。頑張った甲斐があった。
よーし、次が本番。
この指パッチンの音で魔法を発動するのだ!
最初はやっぱり光で試せばいいかな。
ぼくは右手で光、左手で音の魔法文字を書いた。
ここからはちょっとややこしい。
左手の音の魔法文字に指パッチンの音をイメージして魔力を送り込み原始魔術を発動するとともに、左手の光の魔法術式を発動するように意識するのだ。
言葉にするとややこしいけど、魔道具を作る時の付与と同じようなものだろう。
それでは行ってみよう。魔力注~入~!
――パチン!
――ピカー!
……しまった。ついつい光の魔法文字の方にも魔力を投入してしまった。
うーん、魔法で光ったのか、原始魔術で光ったのか区別がつかない。
今度は原始魔術を発動しないように気を付けてっと。
――パチン!
……今度は全く光らない。
光の魔法文字に魔力を行かせないように注意し過ぎて、魔法の発動も阻害しちゃったのかな?
加減しながらもう少し試してみよう。
――パチン!
――パチン!
――パチン!
――ピカー!
……だめだ、やっぱり魔法が発動したのか原始魔法で光ったのか分かり難い。
こういう場合は、原始魔術ではできない魔法で試せばよい!
簡単なのは火を飛ばす魔法……火、棒、前……
いやいや、これはまずい。原始魔術として発動しちゃうと自分に向かって来るよ。
ぼくは慌てて魔法術式を消して、火の代わりに光を使った魔法術式に書き直す。これならば当たってもダメージはない。
それでは行ってみよう!
――パチン!
――ピカァー!
眩しい~!
やっぱり魔法の発動を意識しながらだと原始魔術として発動しちゃうよ。
魔道具作成の刻印や付与では魔法の発動を意識していなかったから問題なかったけど。うーん。
光は当たってもダメージないけど、眩しくて魔法の方が発動したか確認できなかったよ~。
どうしよう?
あっ、そうだ。こういうのはどうだろう。
まず念のために魔力の鎧を纏う。
次に魔法術式。水、球、前、それとゆっくり。こんなものかな。
水の球ならば速度が無ければ攻撃力もないし、発動した瞬間を見ななくても水の跡を確認すればいい。
行くぞ~!
――パチン!
――びちゃっ!
うわぁ、やっぱりこっちに来たぁ!
こっちに飛んできたのは原始魔術の効果。魔法の方は……痕跡がない。
あれー? 何で?
『音だけじゃ無理なんじゃないっスか。』
あっ、そうか。もしかして、音だけじゃなくて指パッチンの動作も必要?
『…………』
やってみよう。
――スカッ!
――パチン!
――びちゃっ!
……やっぱり魔法は出ない。
何故だ~!
結局、魔術で指パッチンの音を出しただけでは魔法は発動しないことが分かった。
行けると思ったんだけどなぁ~、残念。
『渡りギター』
過去の渡り人が持ち込んだアコースティックギター。
長期間放置されていたにもかかわらず新品同様に保たれていたり、自分を使いこなせる者の手に必ず渡るという不思議な能力を持っている。
使い手によってはさらなる能力を引き出せるかもしれないが、詳細は不明。