第四十九話 勇者会談 その2
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議論は白熱した。
あれ? この会談って何かを論じる場ではなかったような?
勇者アキト君を説得して無駄な殺戮を止めてもらえばいいだけだよね?
なんだか王子もエレーナさんも聖女ケイティを煽っていません?
今は王子とエレーナさんの二人がかりで聖女ケイティをやり込めている形になっている。聖女ケイティはむきになって言い返しているみたいだ。
失言を誘発しようとしているのかな?
その一方で、ぼくと勇者アキトは議論に加われないでいた。
宗教や政治の難しい話になんかついていけないよ。
勇者会談で勇者二人が置いてけぼりと言うのもどうなんだ?
仕方がない。はぐれた者同士、アキト君とちょっと話してみようか。
「アキト君、うさ耳が気になるのかい?」
「え、あ、その、珍しかったからつい。」
きょどってる、きょどってる。
アキト君がエレーナさんのうさ耳に気を取られていたことは、見ていればわかる!
まあ、人族至上主義のベルガ帝国では、兎人族とか見たことなくても不思議はないよね。
「この国は差別が少ないから、色々な種族の人がいるよ。獣人系なら犬、猫、狐、その他色々見かけたし、エルフにドワーフもいる。」
「おお!!」
食付いてきた。
この部屋にも一人エルフがいることは黙っておこう。
「ちなみに、ドワーフの女性に髭はない。エターナルロリだ!」
「なんと!」
話が通じるあたり、アキト君もぼくと同様ライトなオタクなんだろう。
ドワーフは作品によっては女性でも髭もじゃずん胴で男性と区別がつかない場合もあるけど、この世界の場合ドワーフ女性に髭はない。小柄でずん胴体型だから一見子供に見えるのだ。……リントで見かけたドワーフのおばさんは、貫禄があり過ぎて子供と間違えることはなかっけたど。
「見た目魔物っぽい人も普通に共存しているから、ハーピーとかラミアとか、海の方にはマーメイドもいるらしいよ。」
「おお、いろんな種族の美女がいっぱい……」
別に美女とは言っていない。おっさんみたいな例もあるし。
でも美女もいることは間違いない。たぶん。
「この国ではみんな人間扱いだから種族が違っても結婚できるし、養えるのなら一夫多妻もOKだってさ。」
「ケモミミハーレム来たぁ~!」
一人で盛り上がる勇者アキト。なんか隣の議論を放置してこれだけで説得終了していない?
しかし、さすがに危機を感じたのか、聖女ケイティがこちらの話に割って入った。
「勇者様! 亜人がよろしければ神聖ベルガ帝国でも手に入ります! 使命を果たして英雄になれば、亜人奴隷がいくらでも手に入ります!」
なんか外道なことを言い出したんですけど、この聖女様!
それになんだか胸を押し付けるようにしてアキト君にすり寄っている。聖女なのにエロキャラ?
あ、色仕掛けで勇者を操る役割ですか。
「奴隷メイドハーレムかぁ~」
いや、メイドはどこから出てきた!?
ああ、こっちに傾いていたアキト君が、一気にあちら側に傾いちゃったよ。
そう言えば、ラノベとかでも奴隷ヒロインが出て来る物語も結構あったっけ。アキト君もそう言うのが好きなタイプだったのかな。
「ハハハ、甘いな少年。」
そこで会話に入ってきたのは、ルークさんだった。
えー、おっさんは立会人で、その護衛でしかないルークさんに発言権はないはずなんだけど?
誰も文句を言わないからいいのか?
「ハーレム王アキヨシ曰く、『奴隷の愛は、奴隷から解放した時に判る。』」
そう言えば、ルークさんは『ハーレム王』のことを心の師匠とか言っていたっけ。あれ本気だったんだ。
「ハ、ハーレム王!!」
しかもアキト君、ハーレム王に食付いた!
欲望に忠実過ぎない、この勇者!?
「かつてハーレム王は世界中を旅して百人の奴隷美女を購入したという。」
なんか、ルークさんが語り出した。
「そして全員を奴隷から解放したころ、そのうち九十七人に逃げられたそうだ。」
ほぼ全員に逃げられてるじゃん!
「だがハーレム王アキヨシは、『この三人こそ真実の愛の持ち主だ』といって残った三人を妻にしたのだ!」
「かっこいい!!」
かっこいい……か?
盛り上がるルークさんと勇者アキトをよそに、何だか微妙な空気になった。
特にエレーナさんと聖女ケイティの視線が冷たい。
「ちなみに、逃げられた九十七人と言うのも、それぞれ事情を聴いて家族や恋人などのいる故郷に送り届けたりしたそうだ。」
うーん、美女限定とはいえ人助けをしているのか、ハーレム王。でも、残った三人は行き場が無かっただけじゃない?
「良いか少年! 奴隷嫁を手に入れただけで満足するな! 全員幸せにしてこそ真のハーレムだ!」
なんだかいい感じでまとめているし、アキト君も感動しているっぽいけど、他は微妙な空気だ。聖女ケイティだけでなくてエレーナさんも突っ込みたそうだ。
「まあハーレム王はともかくとして、帝国では亜人奴隷を愛人として囲う者は変態扱いであろう? 余も何人か獣姦趣味の変態貴族と呼ばれている帝国貴族を知っておるぞ。」
王子が先に突っ込んだよ。
たぶん聖女ケイティが突っ込むのをためらったのは、アキト君の望みを否定して離反されることを恐れたんだろうな。帝国で亜人奴隷を開放とかできないだろうし。
うっかりアキト君の望みを叶えると変態勇者になりそうだけど。
「それよりも帝国の聖女よ、其方は自分の心配をすべきではないのか?」
「わ、私に何をするつもりなのですか!?」
王子に言われて思わず身を引く聖女ケイティ。
アキト君が寝返ったら、敵地で完全に孤立無援になるからね。
「いや、我が国の法に反せず我が国の国民に害をなさぬのならば我らは其方に何もしない。だが、神聖ベルガ帝国とベルガ正教は成果を上げられなかった其方をどう扱うかな?」
「うっ……」
心当たりがあるのか、聖女ケイティが顔をしかめる。
「そもそも貴女は自称聖女の下っ端神官ですから、結果がどうあれ切り捨てられますよ。」
聖女ケイティに対する時だけ、エレーナさんは言葉の端々に棘がある。
「わ、私はちゃんとした聖女です!」
聖女ケイティもむきになって言い返す。この二人は本当にそりが合わない。
「いや、残念らが其方は正式な聖女ではないのだ。其方たちが我が国に入った後に神聖ベルガ帝国から正式な通達があってな、アキト殿のことは勇者と記されていたが、そなたのことはただの随員としか書かれていなかった。」
「え、でも、確かに私は聖女にと……」
「帝国では聖女の肩書は大きな権威と権限、そして義務を負います。単なる神官に口頭で任命できるものではありません。」
エレーナさんも追い打ちをかける。
「そう言えば俺も、神殿で勇者と認める派手な儀式をやった後、皇帝の前でお披露目とかやったなぁ。」
さらにアキト君からもさらに追い打ち。悪気はないんだろうけど。
「帝国は勇者や聖女を認定する度に頼んでもいないのに周囲の国々に通達を出すからな。勇者の通達と同時に通達されなかった以上、其方は帝国が認めた聖女ではない。勇者に付き添う女という意味で、通称聖女といったところであるな。」
「そ、そんなぁー。」
聖女ケイティいや、神官のケイティさんが情けない声を上げる。本当に口頭で聖女やれと言われただけらしい。
「帝国からの通達には、勇者を親善目的で向かわせたと記されていたが……」
「え、悪の魔王がいるから倒してくれって言われたぞ、皇帝って人から。あと魔物が蓄えている財宝は人間から奪ったものだから倒して自分のものにしていいって。」
アキト君があっさりとばらした。ケイティさんが慌てて止めようとしたけどもう後の祭り。
「やはりそうであったか。一国の王の殺害はどの国であっても重罪。万が一にも成功したら、国際的に指名手配されたであろう。」
まあ、他国とは言え王様を殺した暗殺者を放置するわけにはいかないよねぇ。
「そして国によっては亜人とか魔物とか呼ばれる者であっても、我が国の国民として認められている者に危害を加え、金品を奪えばそれは強盗として扱われる。たとえベルガ帝国の聖女が魔物だと認定してもそれは覆らない。国際的に前例があるからな。」
それを認めちゃうと内政干渉し放題になっちゃうからねぇ。
「勇者殿に本当の聖女を付けなかったのも、聖女の権威で強盗殺人に加担するのは外聞が悪すぎるし、捕まる可能性が高かったからだろう。我が国と犯人引き渡し条約を結んでいる国は多いから、帝国まで帰り着くのは難しいぞ。」
アキト君とケイティさんが青ざめる。最初から捨て駒にされていたことに今頃気が付いたのだろう。
「あ、危なかったぁ……」
「…………」
アキト君が強盗殺人の指名手配犯にならなかったのは、イーハトーヴ王国が事前に手を打ったからだ。ベルガ帝国に言われるままに暴れていたら、今頃は捕まって牢屋にいるか、最悪危険なテロリストとして討伐されていたかもしれない。
勇者アキトは助かった。けれどもケイティさんはまだ助からない。
このまま何事もなく帝国に帰ったら、勇者を操って騒ぎを起こさせる密命を負った(たぶん)ケイティさんは任務に失敗したことになる。帰ったらどんな目にあうことやら。
……って、悪の組織じゃないんだから。
「亡命を希望するなら受け入れよう。国家的な陰謀にかかわったのだ、二人ともこのまま帰れば消されかねないからな。」
ええ、本気でそこまで危ないの!?
王子が怖いことを言う。
「あ、俺、亡命希望します! この国で俺もハーレム王を目指します!」
アキト君はあっさりと亡命を決意した。
なんか軽いよ~。命が危ないからじゃなくて、ハーレム作りたいから? 一貫して欲望に忠実な勇者だよ~。
でも、ハーレム王の末路は、馬車馬のごとく働いて過労死だよ~。
一方、ケイティさんは簡単には決められないようだ。
日本から来た『渡り人』のアキト君とは違い、ケイティさんは故郷を捨てることになる。これまで敵対していた国にいきなり亡命するのはさすがに躊躇するよね。
「それで、貴女はどうするのですか? さすがにイーハトーヴ王国まではベルガ正教の教会騎士団も追ってはこないでしょう。それとも、『魔物』が暮らす国には死んでも住みたくないですか?」
エレーナさんがちょっと怖い。まるで亡命しないと命が無いような言い方だけど、ベルガ帝国とかベルガ正教とかってそんなに危ないところなの?
「そうそう、我が国では信仰の自由は認められているから、別に改宗する必要はないぞ。国法に反しない限りは信仰も布教活動も自由だ。その結果何が起きるかは自己責任だがな。」
王子も追い打ちをかける。ベルガ正教では人間扱いされない種族がこの国にはいっぱいいて、社会の一員として頑張っているからね。この国で種族差別発言したら白い目で見られるよ。
「わ、私使命は勇者様の支援です。勇者様の向かうところ、何処までも御一緒いたします。」
一応帝国を裏切ったわけではないという体裁を取っているのだろうけど、それだと今後もアキト君に振り回されるんじゃない?
まあともかく、今後は二人ともイーハトーヴ王国で暮らすことが決まった。
これで一段落。ぼくの役目も終わりだ。
女性陣から冷ややかな目で見られるハーレム王ですが、実は一部の女性からの支持があります。
この世界は男尊女卑というほどではありませんが、女性の地位は低めです。女性が結婚もせずに独りで生きて行くのはなかなか大変です。
このため、多少経歴に問題があっても、適齢期を過ぎてしまっていても、子細かまわず受け入れる懐の大き過ぎるハーレム王は、行き遅れた女性の救世主だったのです。