第四十七話 偉い人と面会した
あけましておめでとうございます。
翌日、ぼくはおっさんに連れられて、王都の冒険者ギルドに来ていた。
「ここが冒険者ギルト・センダイン支部だ。」
王都のギルドというから、ド派手な建物を予想していたんだけど、意外とこじんまりしていた。……あれ?
「王都なのに支部?」
「ああ、冒険者ギルドは国に捕らわれない組織だからな。」
そう言えばそうだった。でも、『渡り人』が冒険者ギルドを作ったのなら、同じく『渡り人』が作ったこの国を中心に活動しているのかと思っていたよ。
「それに、王都みたいな治安が良くて魔物の少ない場所では冒険者の仕事があまりないんだ。冒険者ギルドの本部は今は隣国の迷宮都市に置かれている。」
言われてみれば、リントの冒険者ギルドの方が建物が大きい。辺境都市は冒険者の仕事が多いから、ギルドの規模も大きいのか。
迷宮都市のギルドはさらに大規模なんだろうなぁ。だから本部になるのかな。
「大勢の冒険者が活躍しているところのギルドでないと金が無いから、本部としての仕事をやってられないんだよなぁ。」
なんか世知辛い理由だった~!
「やあ、やあ、キミが『渡り人』のリョウヘイ・ワタラセだね。ボクはパトリック・ナカガワ。一応この国の王子だよ。『渡り人』が来るというので是非とも会いたくてねぇ。無理を言って担当を変わってもらったんだ。」
な、何が起きてるの~!?
今日は王都の冒険者ギルドで国の偉い人に会う日程と注意事項を聞くだけじゃなかったの!?
何でいきなり王子様が出て来るの!?
王子様の隣で小さくなっている王都のギルドマスターに視線を向ける。
あ、目をそらした!
そうだよね、いくら冒険者ギルドが国から独立した組織だと言っても、王子様自ら来られたら断り切れないよね。
押し強そうだし、この人。早口にまくしたてられて反論する隙も無いし。
「はっはっはっ、今は非公式の場だから緊張することはないよ。そうだ! ボクのことは親しみを込めてリックと呼んでくれないか! ほら、ほら!」
うわぁ、なんかすごい期待に満ちた目と、よく分からないプレッシャーが~!
「え、えーと、リック、さん?」
その瞬間、周囲がざわめいた!
え、え、まずかった?
「まさか本当に呼ぶとは!」「さすがは『渡り人』、畏れを知らない!」「儂らはまだ『渡り人』を甘く見ていたのかもしれないな……」
いや、駄目なら先に教えてよ!
まあ、教えてもらう時間をぶっ潰して王子様が押しかけて来たんだけど。
「おお! 心の友よ!」
言わせた本人は、なんか感極まっていた。
……って、何でぼくの手を握るの!?
「いやー、いくら頼んでもボクの立場上、気安く呼んでくれないんだよ。家族以外に愛称で呼ばれたの初めてだよ!」
そりゃぁ、王子様だからねぇ。気安く呼べないよ。
「あ、でも、国によってはいくら本人に頼まれても不敬罪になるから注意が必要だよ。うちの王族は割と寛容だけど、公式の場だと問題になるから気を付けてね。」
そんな怖いことやらせたのか~!
「あのー、殿下。そろそろ私のことも紹介していただきたいのですが。」
王子様の横に座っている女性が恐る恐る声をかけた。
うん、ぼくも気になっていた。
白い神官のような服を着た女性で、特徴は頭に生えている大きなうさ耳。
王子様の隣にいるのだからそれなりにえらい人だと思うけど、貴族とか政治家には見えない。
「ああ、悪い悪い。彼女はエレーナ、王都にある神殿の司祭様だ。せっかくなので立ち会ってもらうことにしたんだ。」
「大地と生命を司る女神レーア様を祭る神殿で司祭をしております、エレーナ・ミーシナと申します。」
宗教関係の人だった。確か司祭というのは神官の上の立場の人だったはず。
この世界の宗教は結構おおらかだ。入信の勧誘とかはほとんど見かけないし、厳格な教義で人々を縛ることもしない。
多神教らしく複数の神様の名前を聞くけど、信者が別の神を崇めてはいけないという決まりもないことが多いそうだ。
大地母神レーアは信者の多い比較的メジャーな神様だったはず。
神官は回復系の魔法を使えることが多いので、信仰とか関係なく病院代わりに利用する人も多かった。少なくともリントではそうだ。
「彼女に同席してもらったことにも関係するんだけれど、今ちょっとした問題があってねぇ。神聖ベルガ帝国って知っているかい?」
「えーと、確か西の方にある国……」
おっさんから一般常識として習った中にあった。
神聖ベルガ帝国というのは、イーハトーヴ王国から西に三つか四つの国を越えた先にある小国だそうだ。
小国なのに帝国を名乗るというのも違和感があるけど、昔はすごい大きな国だったのだそうだ。
「そうその西の小国。人族至上主義のあの国は昔から我が国とそりが合わなくてねぇ。離れた国なのに何かとちょっかいをかけて来るんだよ。」
この世界で『人間』という言葉はかなりあいまいだ。エルフ、ドワーフ、獣人族、妖精族。色々な種族がいてどこまでを『人間』に含めるかは人や立場や状況などによってコロコロと変わる。
人族というのはぼくたちと同じような特に目立った特徴のない人の種族を指す言葉で、人族至上主義は人族のみを人間扱いするかなり極端な考え方だそうだ。
イーハトーヴ王国では「言葉を交わして同じ社会で暮らしていければみんな人間」という、こちらもまた極端な思想の国だ。
こうも両極端な国同士でそりが合うはずがない。
「困ったことに、神聖ベルガ帝国の思想を助長しているのが、大地母神レーア様を信奉する宗派の一つなのです。」
エレーナさんが苦々しそうに言う。
「あれ? でも確か大地母神信仰って……」
「はい。全ての生命は大地母神レーア様の創り出した命であり、意味もなく殺したり傷付けたりしてはならない。これは全ての宗派に共通する基本理念です。」
生きるための狩りや生活空間を守るための猛獣や魔物の駆除などは認めているけれど、意味の無い殺生は止めるべきだという自然保護団体みたいな信仰だ。
当然種族間での差別などは認めておらず、どちらかと言えばイーハトーヴ王国の考えに近い宗教だったはずだ。
「しかし、ベルガ帝国の国教として祭り上げられた際に、彼の国の人族至上主義に迎合したのです。今ではベルガ正教を名乗るあの異端の宗派は、魔物や亜人種はレーア様が作った生命ではなく別の世界から来た外来種であると主張して、差別や排除を公然と認めたのです。」
何それヤバい。人を襲う魔物と一緒くたにされたら討伐や素材の剥ぎ取りの対象になってしまう。
ちょっと待てよ、それって……
「もしかして、『渡り人』も……」
「はい。あの国では見つかり次第捕まったり殺されたりします。」
怖!
こっちの世界に来た時、そんなヤバそうな国に出なくて本当によかった~。
「昔からあの国の神官どもはわざわざ我が国までやって来て問題を起こしてくれるんだよ。困ったもんだ。」
今度は王子様がそんなことを言う。
「人を見たら襲って来るのが魔物だという俗説を知っているかい? 昔我が国の国民に狼藉を働いて、抵抗されると『人に暴力をふるうこいつは魔物だ』とか言いがかりをつけてきた神官がいたんだそうだ。」
うわぁ、最悪。何処の魔女裁判ですか?
「当時の国王――ボクの曽祖父さんなんだけど――は、当然そいつらを捕まえてこう言ったんだ『我が国の民に危害を加え、取り締まりに当たった衛兵にまで手を上げたお前たちは、ベルガ帝国の基準では魔物と言うのだそうだな。幸いわが国では魔物だからと言ってむやみに殺すことはしていない。討伐される前におとなしく魔物の国へと帰ることだな。』」
何それ、カッコいい!!
自分のやった無茶ぶりをそのまま返されたらぐうの音も出ないだろう。
「この話、政治的な失敗談なんだよね。直接手出しした下っ端をやり込めただけでベルガ帝国への対処が甘かったってね。おかげでその後連中は『魔物かどうかを判定するのはベルガ正教の司祭のみ』とか言い出したんだよ。」
うわぁ、全然懲りていない。政治とか外交とかって難しいんだなぁ。
「実は最近また神聖ベルガ帝国がち変なょっかいをかけてきていてねぇ、下請けのベルガ正教が面倒を起こしているんだよ。そこで有能な『渡り人』であるリョウヘイにちょっと手伝って欲しくてさぁ。」
あれ? さりげなくぼく厄介ごとに巻き込まれていません?
「ゆ、有能だなんてそんな……」
とりあえず謙遜してごまかしてみるけど、
「聞いたよ、何人もの刺客を返り討ちにしたというマシュー・イングラム卿の魔法要塞屋敷を完全攻略したんだって!? それだけの実力があれば何かあっても大丈夫だよね。」
やっぱりしっかりと調べは付いちゃっているよ~。まあ、マリーさんのお父さんはこの国の貴族だし~。娘関係以外ではできる領主らしいし~。
それと、あの屋敷そんなに有名だったのか。経歴と二つ名が物騒だよ~。
その屋敷を攻略した実力が必要って、そんなに危険なことをやらせる気なの!?
ぼくは助けを求めておっさんの方を見る。今なら面倒に巻き込まれる心配はなかったんじゃないの~!?
うーん、こっちを見ない。しかしその横顔は雄弁に語っていた。『儂だって知らなかったんだよ~!』
ルークさんは、『俺はただの護衛だから関係ない』みたいな顔しているし。
どうしよう、誰も助けてくれないよ~。
「まあまあ殿下、脅かしていないで話を進めてください。」
エレーナさんがとりなしてくれる。けど助けてはくれない。
「ああ悪い悪い。実は神聖ベルガ帝国で勇者が誕生したみたいなんだよ。」
勇者? そんなのがいるの?
じゃあ、もしかして魔王とかもいるのかな?
「ベルガ帝国では我が国のことを非公式に魔物の国などと呼んでいてねぇ、我が父上殿――イーハトーヴ王国国王のことは魔王と呼んでいるんだよ。」
いたよ、魔王様。意外と近くに!
「つまり、適当に腕の立つ人間をベルガ正教に勇者だと認定させて、あそこに悪の魔王がいるから倒して来いと放り出すのだよ。狙いは勇者によるイーハトーヴ国王の暗殺だね。」
なんか、勇者の扱いが雑な気がする。
「問題は、その勇者が『渡り人』らしいことなんだよ。」
ええ? そんなところにぼくのお仲間が!?
そう言えば、『渡り人』が数十年に一人というのは平均的な傾向で、同じ時期にまとめて何人も現れることもあるって言ってたっけ。
「でも、ベルガ帝国では『渡り人』は受け入れられないんじゃなかったっけ?」
「戦闘能力が高かったから、言いくるめて利用することにしたらしいねぇ。」
うわぁー、この世界に来たばかりだと何も分からないから、騙されてもなかなか気が付かないよー。
「あちらにとってはただの捨て駒だから、失敗して返り討ちにあっても痛くはないからね。『渡り人』を保護する我が国が、ベルガ帝国が勇者と認定した『渡り人』殺したと言って非難するだろう。」
なんてマッチポンプな難癖!
「逆に暗殺に成功して我が国に痛手を負わせれば儲けもの。それで国際的に非難されても『渡り人』が勝手にやったこととしらを切り、だから『渡り人』は危険なのだと主張するつもりだろう。」
無茶苦茶だなぁ。ヤバい国に拾われた勇者君が可哀そうだ。
「まあ、近隣の国には根回し中だし、あの国がおかしいのはいつものことだから大きな国際問題にはならないだろう。ただ今回の件を丸く収めるためには、勇者が『人』を殺す前に説得して和解する必要があるんだ。」
この国で言う『人』の中には国によっては亜人とか魔物とか呼ばれる人がいるからね。何も知らずにニコライさんと出会ったら、攻撃しようとしちゃうんじゃないかな。ゴブリンだし。
冒険者のニコライさんならそう簡単には殺されないだろうけど、外見はおっかなくても非戦闘員で平和に暮らしている『人』も大勢いる。そこに戦闘系チートを持った『渡り人』が魔物は皆殺しな思想を吹き込まれた状態でやってきたら大惨事になりかねない。
これって、予想以上にヤバくない?
「幸いベルガ帝国に放った密偵が事前に今回の件を察知したので、我が国に入った直後の勇者に我が国の騎士が接触したんだ。何とか説得して人族の多い地域を通りながら王都に案内しているところだよ。」
よく説得できたね。明らかに異種族と分かる外見の人は外して、人族のみのメンバーで出迎えたんだろうけど。
「実は勇者を説得するために、『勇者だったら我が国にもいるよ』とか言って両国の勇者を交えた会談を行うことにしたんだ。リョウヘイ、君には我が国の勇者になって欲しいんだ。」
え~、ここでぼくの登場?
勇者って何すればいいの?
「最初は我が国の騎士を勇者に任命するつもりだったんだけど、どうせなら同じ『渡り人』を引き合わせた方が面白……いや説得力が増すと思ってね。」
国難を楽しんじゃっているよ、大丈夫かこれ?
「まあ、会談はボクたちの方でやるから、リョウヘイは座っているだけでいいよ。あ、可能なら仲良くしてあげて欲しい。『渡り人』を保護するのが我が国の国是だから、みすみす不幸になると分かっていてベルガ帝国に帰すことはしたくないんだよ。」
座っているだけでいいと言われても、それだけで終わる気がしない。
でも断るわけにもいきそうもないんだよねぇ。なんか周囲の人から「断るんじゃねぇぞ~」みたいな無言の圧力を感じるよ。
たぶん、断れば断れると思うんだけど、国のお偉いさんからの依頼は下手に断ると後々面倒なことになるって王都に来る前におっさんから言われていたし。
それと、その『渡り人』の勇者は見てみたい気もする。
その勇者君と仲良くするかは、相手次第だけど。
神聖ベルガ帝国では、自国の方針を「人間至上主義」と呼んでいます。人族以外は人間と認めていないので。




