第四十三話 亮平、家を買う。 その5
『着いたっス。そこの部屋っス。』
気が付くと目的の部屋に到着していた。
盾で防御する練習に集中していたらあっという間だったよ。
『三発に二発は受け止められるようになったっスね。凄い進歩っス。』
盾だけで全部防げるところまではいかなかった。ちょっと残念。
攻撃の軌道は見えているし、盾の制御も上手くいっていた。後はもうちょっと盾を動かす手順を最適化できれば防ぎきれそうだったんだけどなぁ。
でも今は先を急ごう。マスターキーでドアを開けて中に入る。
うん、やっぱり部屋の中までは攻撃してこないね。
部屋の中をぐるっと見回す。なぁんにもない。
実はこの部屋は三階の目的地ではあるけれど、屋敷の中枢ではない。
えーと、レイモンドさんの話では、確かこの辺りに……あった!
部屋の中央あたりの床板が隠し扉になっていて、開くと大きな穴が開いていた。
この真下へ延びる穴こそが屋敷の中枢へと至る道だった。
屋敷が増殖したり進化したりしたみたいだけど、ちゃんと残っていてよかった。
『非常用のメンテナンス通路っスから、どれだけ屋敷が変化しても通れるように厳命されていたみたいっス。』
ふーん。まあ、とにかく行ってみようか。
もう攻撃はないだろうけど、念のため魔力の鎧を作り直して、準備オッケー!
ぼくは縦穴の壁に取り付けられた梯子を下って行った。
この屋敷の中枢は、地下にある。
わざわざ三階まで登らせるのは、あのしつこい攻撃で不審者を撃退するためだった。
地面に穴を掘れば直接中枢のある地下室に行けるかもしれないけど、屋敷を壊すよりも金がかかるらしくてその方法は試されなかったそうだ。
この世界に建築用の重機はないからね。広い屋敷の真ん中にある地下室まで人手で掘るのは大変そうだ。
それに、地下にあるのは中枢だけではなく、落とし穴に落ちた者を屋敷の外に放り出す仕組みとか、様々な仕掛けや魔道具が埋まっている。
地下から攻める場合は、かなり正確な位置に穴を開けないとどんな危険があるか分からないのだそうだ。今の屋敷の状況だと、正確な位置が図面とは違っているかもしれないし……。
ならば逆に、屋敷の外から屋根にでも上がって三階の例の部屋に直接入ればよいのではないかと思うけど、それも難しいらしい。
屋敷の外から侵入しようとする者に対しては、屋敷内のものよりも強力な武器で撃退するのだそうだ。
屋敷を壊さないように自重した屋内でもあれだけ激しい攻撃だったのに、自重を止めた屋外の攻撃はどれほどのものか?
ちょっとした要塞だよね、この屋敷。前の持ち主だった人はいったい何と戦っていたのやら。
『王都で政争に巻き込まれて辺境に逃げて来たみたいっス。刺客が送られてくることを警戒していたみたいっス。』
うっわー、結構本気だったみたいだ。やっぱり屋敷内の正規のルートを通ってきたのは正解だったらしい。
さて、下の方が明るくなってきた。そろそろ到着かな?
無事、到着しました。屋敷の中枢が設置されている部屋。
今回は天井から梯子で降りて来たけど、隣を見るとちゃんとドアがある。侵入者の撃退モードでなければ、そこから出入りするんだろうな。帰りはそこのドアから出れるかな?
床に降りて振り返ると、部屋の中には所狭しと魔道具らしきものが置かれていた。さらにはケーブルやらパイプやらがごちゃごちゃと張り巡らされている。
『警告します。この部屋は関係者以外立ち入り禁止です。部外者は速やかに退去してください。警告します。この部屋は関係者以外立ち入り禁止です。部外者は速やかに退去してください。』
警告のアナウンスは流れてくるけど、攻撃は飛んでこない。こんな重要な場所で戦闘を行うわけにはいかないのだろう。
おや? ミカン箱くらいの大きさの金属製の箱が置かれている。中を見ると……うわぁ、魔石だ!
ピンポン玉くらいの魔石で箱の半分くらいが埋まっている。イエローモンキーの魔石が豆粒くらいだったから、かなり強い魔物からとれる高価な魔石だ。これだけでも一財産だよ。お金持ちだったんだねぇ。
そして部屋の中央、特製っぽい台座に置かれた人の頭ほどの大きさのまあるい球が一つ。大きな水晶玉みたいな球体は、何本ものケーブルが接続され、内部では不規則に光が明滅を繰り返していた。
たぶんこれが、アーティファクトと言うやつだろう。
つまり、これを壊せば任務完了!
『それなんスけど、たぶん壊さなくても何とかなるっス。』
え、そうなの? どうするの?
『そのアーティファクトにお兄さんの魔力を全力で注ぎ込むっス。』
うーん、よく分からないけどやってみよう。
水晶玉っぽい球体に手を置いて、魔力注~入~!
――ピ、ピピ! ピピ!
なんか変な音がする! それに水晶玉の中の光が思いっきり強くなったんですけど~!
大丈夫なの、これ?
『大丈夫っス。もっともっと魔力を注ぎ込むっス。』
うー、ちょっと怖いけど、阪元さんを信じて魔力注入続行!
まあ、これで壊れても目的は達成できるし。魔力の鎧もちゃんと展開しているから多少のことがあっても大丈夫。
――ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ!
なんだか出ている音も切羽詰まった警告音っぽくなってきたし、水晶玉の光も赤い色が混ざっていかにも危なそう。
どこまで魔力を込めればいいの~?
『限界いっぱいまで注ぎ込んで、オーバーフローさせるっス。もう一息っス。』
ええい、もうやけだ! 全力で行くよー、えい!
――ピピピピピピピピピ、ピーーーーー プツン。
あ、消えた。魔力ももう入らないでこぼれ出てしまう。
『成功っス。もう大丈夫っス。』
これで終わり? とりあえず魔力の注入を止めて水晶玉から手を離す。
そしてしばらくすると……
――ピ!
あ、また光り出した。
『再起動しました。マスターを登録してください。』
アナウンスも流れたけど、このメッセージってもしかして……
『このままお兄さんをマスターとして登録するっス。アーティファクトに手を置くっス。』
阪元さんに言われるままに、水晶玉に手を置く。
『マスターのお名前を入力してください。』
あ、メッセージが変わった。
「亮平」
『リョウヘイ様をマスターとして登録しました。』
これでいいの?
『そうっス。これでこのアーティファクトはお兄さんの言うことを聞くっス。』
これもあの日記に書いてあったの?
『前の持ち主は十人がかりで十日かけて言うことを聞かせたと書いてあったっス。お兄さんの魔力は桁違いっス。』
なるほど、前の持ち主と同じことをしたわけだ。つまり、もうぼくは前の持ち主と同様にこの屋敷を自由にできるのか。
「じゃあ、屋敷内の攻撃を止めてくれる。」
『了解しました。侵入者撃退モードを解除し、通常モードに移行します。』
これで屋敷の中を普通に歩くことができるようになったのかな。
その後、通路を塞いでいた壁もなくなってすっかり普通の状態になった屋敷の中を歩いて外に出た。
屋敷の庭にはいつの間にか椅子とテーブルを持ち込んだレイモンドさんがくつろいでいたので、屋敷を完全制圧したことを報告する。
そのまま契約を済ませて、屋敷は正式にぼくのものになった。
「いやはや、まさか屋敷を無傷で手に入れるとは思いませんでした。」
最初は中枢を破壊する予定だったから、中枢を丸ごと乗っ取ったのにはレイモンドさんも驚いていた。
レイモンドさんの予定としては、中枢を破壊されて中途半端に動作しなくなった魔道具などを撤去し、屋敷を改装する作業を請け負って、単品ではまだ使える魔道具を買い取るつもりだったらしい。
改めてレイモンドさんと一緒に屋敷の中を見て回ったのだけど、アーティファクトがしっかり管理していたらしく、どの部屋もチリ一つ落ちていない奇麗な状態だった。三十年も無人だったのにね。
さすがに食糧までは置かれていなかったけど(古いものは自動で処分されたらしい)、魔道具で水は出るし、寝具なんかもきれいな状態だったし、今すぐにでも住める状態だった。
図面にない部屋があったりして、レイモンドさんも驚いていたよ。
最後に地下室に降りて屋敷の中枢を確認した。
レイモンドさんとも相談して、レイモンドさんを仮の管理者として登録することにした。
ぼくに何かあった場合にまた屋敷に誰も入れなくなることを防ぐために、ぼく以外にも管理者を設定することにしたのだ。
もちろん屋敷の持ち主であるぼくの方が権限が強いから、レイモンドさんに悪意があっても屋敷を乗っ取ることはできない。
「それに、リョウヘイさんがリントを離れた際は、テイラー商会の方で屋敷を貸し出すこともできますよ。」
と言うことだそうだ。
まあともかく、ぼくは無事(?)自宅を手に入れた。
「ダンジョン産のアーティファクト」
ぶっちゃけダンジョンコアです。
件の魔法使いが都落ちする際に、退職金代わりに持出したものです。
厳密に言えば横領になるので日記にもぼかして書いてあります。