第四十話 亮平、家を買う。 その2
「こちらがリョウヘイさんにお勧めの物件です。」
ぼくはレイモンドさんに連れられてリントの街を歩いて行った。
それにしても、テイラー商会は手広過ぎない? 不動産まで扱っているなんて。てっきり不動産屋さんを紹介されると思っていた。
まさかレイモンドさん自ら案内してもらえるとは……
まあそれは良いとして、問題は案内された家だ。
「これ、ですか?」
でかい。
控えめに見ても邸宅とか呼ばれる大きさではないだろうか。
正面から見ただけでも、一般的な住宅が五軒くらい入りそうな幅がある。高さは三階建てだ。
少なくとも、一人暮らし用の家じゃないよねぇ?
「はい、この家です。売値は金貨三枚になります。」
うん、やっぱり庶民向けの物件じゃないよね。
リントはこの近辺では大きな都市だけど、辺境だけあって地価は低いんだそうだ。
平民向けの住宅は家賃が月銀貨二十枚から三十枚くらいらしい。金貨三枚はその十倍だ。
……あれ? 売値?
「賃貸じゃないんですか?」
「はい。屋敷と土地代込みの値段です。」
レイモンドさんはさらっと言ってのけたけど、それだと逆に安すぎる! でっかい屋敷が三十万円だよ!
怪しい~。
「もしかして、……事故物件ですか?」
「いえいえ、前の持ち主は三十年前に亡くなっていますが、屋敷の外のことですし不審な点はありませんでした。」
それじゃぁ、何で? というか、三十年も空き家だったの?
やっぱり、怪しい~。
「前の持ち主は王都から来たイングラムという高名な魔法使いだったそうです。変わり者だったようで、この屋敷に使用人も雇わずに一人で暮らしていました。」
これだけでかい屋敷にたった一人で?
「魔道具を大量に組み込んで作られ、屋敷そのものが一個の魔道具になっているのだそうです。屋敷の管理は屋敷自身が勝手に行っているのだとか。」
なんかすごい。でもそれって屋敷だけでも物凄く高価なんじゃないの?
「故人に身寄りがなかったため、屋敷は一旦テイラー商会に払い下げられ、その後改めて遺品の処分が行われることになりました。テイラー商会が先代の会頭の頃の話です。」
あ、さすがに三十年前じゃレイモンドさんもまだトップじゃなかったのか。
「しかし、ここで問題が起こりました。屋敷の主が外出中に不慮の事故で亡くなったため、魔道具を操作することができなくなり、屋敷に入ろうとする者全てが不法侵入者として排除されるようになってしまったのです。」
本人がいないから認証できなくてロックされちゃった感じかな?
「壊して入ろうとしなかったんですか?」
強固なロックでも扉ごと壊してしまえば入れると思うんだけど。
「過去に冒険者に依頼して強行突破を試みたことがあるのですが、強烈な反撃を受けて撤退しています。」
何その過剰なセキュリティー!?
「屋敷に設置された攻撃用の魔道具をすべて無効化するには、屋敷が半壊するくらい破壊する必要があり、屋敷の資産価値がほぼなくなってしまいます。採算が取れないので今まで放置していました。」
……『損切りのレイモンド』さんがこんなところにも不良在庫を抱えていた!?
「でも結局住めないんですよね?」
「はい、今のままでは無理です。金貨三枚というのは屋敷の資産価値から攻撃用の魔道具を撤去する費用を差し引いた金額でして、この屋敷を制圧できる自信のある方にはお譲りすることになっていたのです。これまで挑戦者は現れませんでしたが。」
そりゃあ無理でしょう。もの凄い労力をかけて半壊して住めない屋敷を手に入れるのでは挑戦する人なんていないよ。
「しかし、リョウヘイさんならば大きく破壊せずに屋敷を制圧できるのではないかと思うのですよ。」
ぼくは今、屋敷の玄関の前に立っている。レイモンドさんに勧められて、屋敷の攻略をすることになったからだ。
失敗したらお金も払わなくて良いと言われてやってみる気になったんだけど、ちょっと早まったかもしれない。
「屋敷については設計や施工を行った者に話を聞いて詳しく調べました。その結果、屋敷の攻略方法は三通りあることが分かりました。」
ぼくはマスターキーを取り出して玄関のドアを開けた。このマスターキーは、門の外でぼくを見送っているレイモンドさんから預かったものだ。屋敷の物理的な鍵は全て開けられるらしい。
「一つ目の方法は、屋敷に備えられた防衛装置の死角からその仕掛けを破壊していく方法です。装置の裏側から壁越しに破壊していくので、必要最小限の破壊にとどめても屋敷はボロボロになります。やり過ぎると最悪途中で屋敷が倒壊します。」
一旦屋敷の中に入ると、屋敷の防衛機構が働き始める。
『現在主人は外出中です。またお越しください。現在主人は外出中です。またお越しください。』
おお、喋った!
最初は警告されると言っていたけど、音声で警告だったのか。高機能だなぁ。
「二つ目の方法は、防衛装置の攻撃を掻い潜って屋敷内を進み、屋敷全体を管理している中枢となる魔道具を破壊することです。目的の魔道具のある部屋は分かっていますが、そこに到着するまで多種多様な攻撃を受け続けることになります。」
流れる音声を無視して一歩踏み込むと、メッセージが変わった。更に警報が鳴り響く。
『警告します! 貴方は当屋敷に入ることを認められていません。速やかに退去してください。警告します! 貴方は当屋敷に入ることを認められていません。速やかに退去してください。』
ぼくが選んだのは二つ目の方法だ。ぼくの防御力の高さがあれば屋敷からの攻撃にも耐えられるとレイモンドさんは考えたようだ。
レイモンドさんが何故ぼくの能力を知っているかについては考えないこととして。
ぼくはセルフプロテクションとセルフブーストを発動する。セルフプロテクションは鎧モードだ。そしてさらに一歩踏み出す。
『これより、侵入者を排除します! これより、侵入者を排除します!』
――ガコン!
アナウンスが流れると同時に、上から壁が下りてきて通路の一部を塞いだ。侵入者を屋敷内で自由に動けなくするための措置だろう。
ただしすべての通路が塞がれたわけではない。
屋敷は繊細な魔道具の集合体であるため、暴走した時に備えて中枢のある部屋までの道は塞がれないように設計されているのだそうだ。
攻撃用の魔道具には主人に対しては攻撃しないように個別に設定されているので、本来の屋敷の持ち主ならば動作を止められるのだそうだ。
もちろんぼくには容赦なく攻撃してくるので、仕掛けが動作する前に駆け抜ける!
――ガコン!
走り抜けた背後で、床に穴が開いた。あの落とし穴に落ちると、問答無用で屋敷の外に放り出されるらしい。
えーと、次の仕掛けは……
――ブウォォォーーー!
突如前方から強風が吹付けてきた。落とし穴を跳び越えた者は、この風で押し戻して叩き落すのだろう。
「ぐっ!」
セルフブーストで強化した脚力で堪えるけど、いくら力があっても吹き上げられてしまえば終わりだ。
でもね、ぼくだって風を使えるんだよ!
行くぞ、どこでも追い風!
――ゴオォォォーーー!
向かい風を追い風が相殺して、そのまま走る! まずは一つ目を突破!
……しまった、カッコいい名前を考えてなかった!
まあ、それは後にして、今は先を急ぐ!
――ガコン!
――ガコン!
――ガコン!
進む先々で落とし穴が開いて行く。
さらに穴に落とそうと、時に向かい風が吹付け、時にダウンバーストが吹き降ろし、あるいは釣り天井が落ち、壁から生えてきた巨大な手や足が叩いてくる!
それをぼくは追い風で相殺し、壁や天井も蹴って加速し、時には急停止して躱し、次々と通り抜けて行った。
なんなのこの執拗さは! この家落とし穴多すぎない!?
数々の落とし穴を跳び越え、塞がれた通路を避けてぐるっと回って進み、ようやく見えてきたのは二階への階段だった。
よし、一気に駆け上がるぞ!
――ガコン!
階段手前に開いたと落とし穴を跳び越え――
――バタン!
階段が突如急勾配の坂に変わった! しかも表面には油らしきものが!
コントかよ!?
しかし、その仕掛けも聞いている! 行くぞ、セルフレビテーション!
アイ、キャン、フラ~イ!!