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第三十八話 幻獣を探して

 解体祭りがようやく終わったよ。長かった……

 猿と狼に限定すれば、解体の腕はプロ級になった。たぶん、リントの冒険者のほとんどがプロ級になっているんじゃないかな。

 解体が難しい魔物とか、特に高価な素材が取れるやつは専門の業者とかに回されるから、数の多い猿と狼ばっかりだったけど。

 しばらく猿も狼も見たくないよ。

 『俺っち、手伝えなくて申し訳ないっス。』

 いや、阪元さんに頼めなかったのはこっちの都合だから。それに、阪元さんに頼りきりで自分で解体できなくなってももまずいし。

 さて、さすがに今日は仕事に出る気にもなれないし、部屋でのんびりしていようか。

 そう言えば阪元さん、自由になったら何かやりたいこととかあるの?

 『俺っちっスか? そうっスね。一度この世界の神様に挨拶に行きたいっス。たぶんいると思うっスから。』

 ――ほう、悪魔が神に会うと?

 あ、秘密戦隊黒歴史さん。

 ――我一人では戦隊ものはできぬぞ!

 五人に分裂すればいいじゃん。アカ黒歴史、アオ黒歴史、キ黒歴史、モモ黒歴史、ミド黒歴史……

 ――モモは拒否する!

 キはいいの?

 ――それは汝がやるがいい!

 この世界にカレーライスってあるかなぁ?

 『お兄さん、本当に器用っスね。一人十役くらいできるんじゃないっすか?』

 いやー、それほどでも。

 まあ黒歴史戦隊は置いておくとして、元とは言え悪魔が神様に会って大丈夫なの?

 『たぶん平気っス。むしろ、こっちから説明に行かないと、俺っちの世界の神様がこの世界に何かしていると勘繰られるっス。』

 え、悪魔なのに神様が疑われるの?

 ――貴様、悪魔のくせに神の走狗となるか!

 『元々悪魔は神様に作られた種族っスよ。』

 ――そこから神に叛逆してこその悪魔であろうが!

 『いやいや、悪魔の仕事は主に神様の下請けっス。神様に逆らったりしたら、仕事が無くなるっス。』

 ――なっ……

 悪魔のイメージを覆す予想外の真実! 黒歴史さんも絶句している。

 あの頃のぼくは反社会、反権力な物語に傾倒していたから、悪辣な神に反旗を翻す展開にあこがれていたんだよなぁ。

 『失敗すると人類滅びるような試練のお膳立てとか、権力者を唆して悪役に仕立てるとか、神様が直接やるとイメージが悪い仕事はだいたい悪魔に回ってくるっス。』

 悪魔は汚れ仕事専門だったんだね……。

 『俺っちの世界の神様は下っ端の悪魔も労って下さるできたお方っス。上司はともかく、神様には迷惑をかけたくないっス。』

 悪魔の世界も色々あるねぇ。


 「リョウヘイ、いるか! 冒険に行くぞ!」

 突然ジョンがやって来て、今日一日だらだらするぼくの予定は変更になった。

 それにしてもジョンは元気だねぇ。昨日までぼくと一緒に解体祭りでうんざりしていたはずなのに。

 いや、逆に鬱憤が溜まって突発的に冒険に出かけたくなったのかな?

 でもねー、東の森を抜ける街道の通行止めは解除されたけど、相変わらずぼくたちは森の中の仕事の依頼は受けられないんだよね。

 この前の、「下水道の害獣駆除」みたいな依頼を見つけたのかな?


 「この依頼を受けたい!」

 ジョンはずんずんと進んで窓口に依頼書を突き出した。

 え、この依頼? 受けるの?

 ハリーとマークは驚いていないみたいだから、事前に打ち合わせ済みだったのかな。

 「はいは~い。あら? これ受けるの? チャレンジャーねぇ~。」

 受付のライザさんも驚いている。

 ライザさんは条件さえ満たしていれば子細かまわず受けさせてくれるタイプだからこの反応は珍しい。

 というか、……

 「受けられるんですか、これ?」


・幻獣クラムボンの捕獲


 「受けられるわよ~。十年以上前の塩漬け依頼だけど、取り下げられてないし~。依頼元は国の研究機関だから~、ちゃんと手続きを踏めばお金は出るわよ~。」

 受けられるのか……。依頼出した方も忘れてるんじゃない?

 「幻獣クラムボンと言うのは未確認生物のことね~。生態はおろか姿形も不明、実在も疑われる謎生物よ~。」

 そんなものをどうやって捕獲しろと?

 「昔は懸賞が懸かったこともあったみたいだけど、曖昧な目撃情報ばかりで誰も捕まえられなくて忘れられていったようね~。」

 ツチノコみたいなものかな?

 「ただ、北東のイワイ(リバー)で目撃情報があったから、近くのリントの冒険者ギルドに依頼が出たみたいね~。」

 あ、割と近い。それに森の中じゃないからぼくたちでも受けられるのか。

 「記録によると何人もこの依頼を受けて失敗しているみたいね~。失敗してもペナルティーはないから大丈夫よ~。」

 ライザさんも成功するとは思ってないねぇ。まあ、依頼失敗のペナルティーが無いのなら、気分転換にはいいのかも。

 「それから、川に入ると魚に襲われることもあるらしいから、気を付けてねぇ~。」

 え、川も危ないの!? ピラニアみたいな魚でもいるの?


 ぼくたちは北門から出てイワイ(リバー)に向かった。一度街道沿いに北に向かい、途中で右に曲がって東に進むのが一番わかりやすいルートだそうだ。

 もちろんぼくはこの辺りに来たことはない。

 ジョン達三人も来たことないはずなんだけど、よく道を知っていたなぁ。事前に調べていたのかな?

 「幻獣クラムボンのことは、サイモン爺さんに聞いたんだ。」

 道中、ジョンがそんなことを話し始めた。

 サイモン爺さんかぁ。

 よく雑用の依頼を出すお爺さんで、ぼくも何度か依頼を受けたことがある。

 報酬はしょぼいけどその分簡単な依頼ばかりで、一人暮らしの爺さんが話し相手が欲しくて依頼を出している節がある。

 そして、昼間から飲んだくれていて、語る昔話は盛大に盛られている、というのが冒険者の間でのサイモン爺さんの評判だった。

 なんでも、サイモン爺さんの昔話を全部真に受けると、どこの勇者様だ? というくらいの波乱万丈の大活躍になるらしい。

 そんなわけで、サイモン爺さんが話の出所というだけですっごく怪しいんですけど!

 「爺さんは若いころイワイ(リバー)でクラムボンに出会ったらしい。姿は見ていないが、かぷかぷ笑っていたから間違いないって言ってた。」

 何その笑い方!?

 怪しい……、でも嘘とも言い切れないんだよねぇ。

 サイモン爺さんの話は大げさに誇張していたり、他人の体験を自分のことのように語ったりもするけれど、基本的に何らかの元ネタがあるんだって。

 サイモン爺さん自身が元冒険者と言うこともあって、爺さんの法螺話は冒険者の間で有名なんだけど、よくよく聞いてみると年配の冒険者なんかが思い当たる事件があるとか言い出すんだそうだ。

 「爺さんは捕まえようとしたんだけど、その直前で魚に食われたんだって。」

 魚に食われてしまうのか、その謎生物!?

 それともその川の魚が狂暴なのか?

 今回も危ないことになったりしないよね?


 「あった、あの木だ!」

 前方に大きな木が見えてきた。

 サイモン爺さんの話によると、あの大木の近くでその幻獣を見たのだそうだ。

 まあ、サイモン爺さんは十年以上前から今みたいな調子だったそうだし、これまで同じ依頼を失敗した人もサイモン爺さんから同じ話を聞いていた可能性は高いんだよね~。

 ジョン達三人は凄ーく張り切っているけれど、やっぱり失敗する可能性高いんじゃないかな、これ。

 目印の大木の所まで来ると、目的の川が良く見えた。

 しかし、……でかいぞ、この川。向こう岸に渡るには船が要る。

 川底まで見通せないけど、深さもありそうだ。

 こちら側の川岸近くの浅いところにいればいいけど、中央の深いところとか、反対側の岸とかにいたら、たとえ見つけられても手が出ないよ。

 「よーし着いた。それじゃあ、この場所を中心に探して行こう! リョウヘイ、例の物を出して!」

 そんな不安も感じないのか、ジョンは元気いっぱい、やる気満タンだ。

 それと、例の物というのは、この依頼のために購入した新装備だ。と言ってもただの網だけど。細長い棒の先に付けられた丸い輪っか袋状の網を結び付けた形の、捕虫網のようなやつ。

 リントを出発する前にテイラー商会に寄って買って来たものだ。ぼくはアイテムボックスにしまっていた網を取り出し、全員に手渡す。

 そう言えば、レイモンドさんはいなかったなぁ。やっぱり魔物の素材を売りさばくので忙しいのかな。

 ぼくたちは夏休みの小学生よろしく手に手に網を持って、手分けをして川辺を探して回った。


 一時間ほどそれぞれ探し回った後、ぼくたちは大木の下に集まっていた。

 「全然見つからねー!」

 ジョンは挫折しかかっていた。

 そりゃあ、未確認生物だからね。そんな簡単に見つからないよ。

 「狩人の修行でも水中の獲物を探す方法は教えてもらわなかったし……」

 ハリーもうなだれている。

 水中は狩人じゃなくて漁師の領分だしね。

 「水の中を調べる魔法を教えてもらっておけばよかった。」

 マークは反省している。

 でもそんな都合のいい魔法あったかなぁ? 空間魔法の空間認識なら水の中の様子も分かるけど、形しか判別できないから、姿形も分かっていないものを見つける役には立たないんだよねぇ。

 「こうなったら、水に入ってもっと深いところまで探すしか……」

 なんかジョンが無茶を言い出した。

 「いや、水に入ったら魚に襲われるって、ライザさんも言っていただろう。」

 受付嬢の忠告は守った方がいいよ。

 「魚なんて全然いないじゃないか! それに、魚に襲われたくらいで……」


 ――ザッバーン!


 タイミングよくというか、川面で魚が跳ねた。

 無茶苦茶でかいんですけど~! 全長一メートル以上? ちらっと牙みたいなものも見えたんですけど~!?

 「……やっぱり、川に入るのは止めようか。」

 一転気弱になったジョンの発言に、全員で大きく頷いたのだった。


 それにしても、サイモン爺さんは――あるいは爺さんの元ネタになった人は、どうやって見つけたんだろう?

 そう言えば、姿を見たんじゃなくて、笑い声(?)を聞いたんだっけ。

 ちょっと試してみようか。セルフブースト聴力強化!

 ………………。

 いろんな音が聞こえるなぁ。

 川のせせらぎ。

 虫の声。

 小鳥のさえずり。

 魚の跳ねる音。

 ん? 何これ?


 ――かぷかぷ、かぷかぷ。


 ……なにこれ!? 何だか笑っているようにも聞こえるけど、もしかしてこれ当たり?

 「みんな静かに! 変な音が聞こえる。笑い声ってやつかも知れない……こっちだ!」

 ぼくは三人を引き連れて、音のする方へ向かって川に近付いて行く。

 こっちのほうかな?

 足音を忍ばせて、ソローリソローリ。


 ――かぷかぷ、かぷかぷかぷ。


 「聞こえた! クラムボンの笑い声だ!」

 ハリーが声を潜めつつ、それでも興奮気味に言う。

 ぼくたちはさらに慎重に進み、水面を覗き見る。

 音がしたと思わしき辺りに水中からぽつぽつと泡が浮かんできていた。

 その泡で揺らめく水面を通して、水中に怪しげな影が見える。

 「サイモン爺さんの言った通りだ!」

 え、今回のサイモン爺さん与太話って、そこまで正確だったの!?

 ぼくたちは網を持つ手に力を込め――


 ――ザッバーン!


 その時、突然巨大な魚が川面から跳ね上がった。そしてそのまま水中の影に向かって突っ込んで行く!

 「なっ!」

 魚に食われたぁ!

 そこまで爺さんの話と一緒にならなくていいのに~!

 呆然と佇んでしまうぼくたち四人。


 ――ピー、チッチッチッ!


 ん? 鳥の鳴き声?


 ――ザブン!


 うわぁ、何か青っぽい影が目の前を横切って水中に突っ込んだ!

 なんなんだ、これ。と思ったらすぐに水から飛び出して来た。

 鳥だった。

 青い大きな鳥が水の中から飛び出してきた。

 鳥の動きを追って背後を見ると、既に大木の枝に止まっていた。

 しかもその嘴にはさっきの巨大な魚が咥えられていた。

 ……自分よりも大きい魚を捕まえちゃってるよ、あの鳥。

 嘴に咥えられながらもなおじたばたする魚を木の幹に打ち付けて、おとなしくなったところを頭から丸呑みにしてしまった。

 あの体のどこにあれだけ巨大な魚が入ってしまうのだろう? こっちの世界の鳥はワイルドだなぁ~。

 「……。」

 「……。」

 「……。」

 「帰ろっか?」


 この日、受けた依頼は失敗に終わった。


阪元「悪魔のお客様は神様っス。」


クラムボンの正体は諸説あるみたいです。正直よく分かりません。

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