第三十六話 強制依頼 その5
しばらく猿の死体の山を築く機械をやっていたんだけど、いつの間にか猿が来なくなっていた。
周りを見回してみても、近くに生きた猿はいないし、森から猿が追加で出て来ることもなかった。
視力を強化して見たところ、他の場所でも森から出て来る猿はほとんど止まっているみたいだ。第一波はこれで打ち止めになったかな?
森の中までは見通せないけど、これまでの行動からして隠れて様子をうかがうようなことはしないだろうし。
あっ、そうだ。空間認識を使えば森の中の様子も分かるかも。
空間認識、発動!
「……え、あれは?」
なんかいるぅ!
森の中からこっちを窺っている!
形からして猿じゃない!
なんだあれ?
「気が付いたか?」
背後からおっさんがぼそりと呟く。
いや、空間認識してたから後ろから近付いてくるのは分かっていたけど、耳元で呟くの止めて~!
「あれはフォレストウルフだ。単体では猿よりちょっと強い程度だが、集団で狩りをする魔物だ。連携されると厄介だぞ。今回の第二波だ。」
よくよく見ると、森の木々の間からこちらを窺う狼の頭が見える。ぼくは空間認識で見つけていたから分かったけど、おっさんは良く見つけられたなぁ。
単純な視力なら、セルフブーストで強化したぼくの方が上だと思うんだけど。
たぶん、隠れている魔物を見つけ出す能力とか経験とかの違いじゃないかな?
「ドミニク! 狼に警戒するよう警告して来い! 猿相手に調子に乗って油断していると痛い目を見るぞ!」
ドミニクさん、今日は忙しそうだ。伝令役は他にもいるけど、やっぱり空を飛べると速いからね。
それにしても狼は何をしているんだろう?
ぼくたちが油断するの隙を窺っている? それとも数がそろうのを待っている?
なんか後者っぽいなぁ。ちょっとずつ数が増えてきている。
ルークさん達に追われて慌てて逃げてきたんだろうから、集合するまでに時間がかかるのも無理はないか。
「つまり、連携させなければいいんだよね?」
ぼくはポーチに手を突っ込んだ。
阪元さん、あれをお願い。
『了解っス。』
ぼくがアイテムボックスから取り出したのは、数個の小石。
「? 何をするつもりだ?」
おっさんが、胡散臭そうに聞いてくる。
そこは興味深そうにじゃないの?
「これは、光と音の魔法を封じ込んだ石。衝撃を与えると魔法が解放されま~す。」
魔法倉庫を作る時に練習で色々やったことを応用したのがこの小石だ。魔道具の練習用に作った光る石に込める魔法をいじってみた感じだ。
やったことは、強い光と音を出す魔法を衝撃を与えた場合に発動する条件を付けて刻印しただけだ。魔力供給の指定はないから、一回こっきりの使い捨て。
「これを、狼の集まっているあたりに投げ込むと……」
ぼくはセルフブーストで強化した腕力で小石を森の中へと投げ込んだ。
――ドォーン!
強力な光と爆音がまき散らされた。大成功! 魔法で作ったスタングレネードみたいなものだ。
「キャイン、キャン、キャン、キャン!」
狼たちが慌てふためいて森から出てきた。そして見つかったのなら仕方がないとばかりにこちらへ向かって来る!
これならば連携も何もないだろう。ぼくは木の棒を構えて狼を待つ。そして……
えい! やー! とりゃあー!
――ヒョイ
――ヒョイ
――ヒョイ
くっ、躱された! こいつら猿よりも速い!
あっ、でもセルフプロテクションの鎧を破れないみたいだ。ぼくの方もダメージは無し!
けど狼の速度をどうにかしないとこちらの攻撃も当てられない。
だったら、こういうのはどうだ。
本邦初公開!
セルフプロテクションの防壁、鎧に続く第三の形態!
――盾!
「ギャン!」
一匹の狼が突如空中で悲鳴を上げて動きを止めた。すかさずぼくは木の棒で叩き落とす! まずは一匹!
ふっふっふっ、セルフプロテクションの盾は自分の周囲に魔力の盾を浮かべることができるのだ! それも複数枚!
盾は直径二十センチ程度の円形で体が隠れるほどの大きさはないけど、自分の周囲を自由に動かせるから、突っ込んできた狼の正面に盾を置いてやれば、それだけで動きを止めることができる。
魔力が見えるのか勘がいいだけなのか、身を捻って避けようとするや奴もいるけど、木の棒と違って面積のある盾を避けきれるものではない。むしろ中途半端なところに引っ掛けて体勢を崩す!
お、一匹バランスを崩してきりもみしながら地面に激突した。すかさず止めっと!
まだルークさん相手にも試していなかった新技だったけど、上手くいったみたいだ。
よーし、ジャンジャン行くぞ~!
必殺! シールド・ミキサー!
ぼくの周囲を高速回転する盾の群れを掻い潜って、その牙をぼくにまで届かせることができるかな?
まあ、届いたとしても魔力の鎧も展開したままだからダメージはないけどね。
「キャイン!」
「ギャン!」
「キャン、キャン、キャン!」
盾に吹っ飛ばされて動きの止まった狼を木の棒で叩く。
盾を避けようと躊躇して動きの止まった狼を木の棒で叩く。
一匹、盾を避けようと地面を這うように進んできた奴がいたけど、残念、そこにも盾は配置済みだ!
地に伏せる狼を盾でかち上げ、木の棒で叩き落とす!
「儂らはまだ『渡り人』を甘く見ていたのかもしれないな……」
背後でおっさんが前に聞いたような台詞を吐くけど、今は気にせず狼を倒しまくる!
それにしても、これだけ倒しまくってもまだぼくに向かって来るのだから、頭の悪さは猿と大差ないね。
あれ、何か他のよりも大きな狼がいるぞ。
うわぁ、他の狼よりも動きが速い! しかも、ぼくの盾を足場にして大きく跳び上がった!
そんでもって、ちょうどぼくの頭上真上から襲い掛かって来る!
……回転する盾の中心が安全地帯と思ったのかもしれないけど、ぼくの盾は自由自在に動かせるんだよね。それに、一度空中に跳びあがっちゃったら自由落下中はただの的だよ。
「ギャ、ギャ、ギャ、ギャ、ギャウ~ン!」
自在に動く盾で滅多打ちにした後、地面に落ちる前にしっかり止めを刺しました。
さて、次は……あれ?
もう打ち止め?
「どうやら今のがこの辺りの狼のリーダーだったようだな。配下の狼たちが戦闘を始めてしまったから慌てて出てきたのだろう。」
そっか、言われてみれば他の狼よりもちょっと強かった。
とりあえず第二波はここまでかな、この辺りでは。
こっちに来ていた狼はぼくが燻り出しちゃったからもう終わったけど、他の場所ではまだ始まってもいないところもあるみたいだ。
「……ところで、さっき投げ込んだ石はまだあるか?」
「いっぱいあるよ。」
ほら、と両手いっぱいの小石を取り出して見せる。材料には不自由していないから、調子に乗ってたくさん作ってしまった。
何パターンか刻印するだけで使える魔法術式も作ったから、その気になれば今からでも量産できるよ。
おっさんの要望に応えて出したのに、呆れた顔をするのはなぜ?
「ドミニク! 空から狼のいそうな所にこいつを撒いて来てくれ!」
「ちょっとー! 人使い荒いよー!」
ドミニクさんは文句を言いながら飛んで行った。
いや全く同感だよ。さっきまでハイテンションで気にしていなかったけど、ぼく一人で何匹魔物を倒したんだ?
――ドォーン!
――ドコーン!
――ドバーン!
――ババババババーン!
――ドッカーン!
遠くから爆音が響いてきた。ドミニクさんが絨毯爆撃を始めたみたいだ。
かなり派手に見えるけど、魔法効果で直接光と音を発生させているだけだから、熱も爆風もない安全設計!
まあ、至近距離で直視したり爆音を浴びたりしたら目や耳が無事かは保証できないけど。
これ、作ったのはいいんだけど、今まで試せなかったんだよね。街中で使ったら迷惑もいいところだし。
光や音のパターンを幾つか作ったけど、どれが一番効果あったかな?
この世界のハーピーはあまり重いものを持って飛ぶことはできません。人を抱えて飛ぶことはできず、頑張って小さな子供を抱えて飛べる程度です。
危険から逃れるため、まだ飛べない幼子を抱えて飛ぶことがあり、その姿を見て「ハーピーが子供をさらう」という迷信が一部の地域で信じ知られています。(子供を抱えると言っても腕は翼になっているため、猛禽類っぽい足で掴みます。このため、一見するとすごく攫っているように見えます。)
今回は小石だったので十個や二十個くらいなら楽に持って飛べましたが、巨大な爆弾を上空から落とすような真似はできません。