第三十四話 強制依頼 その3
2021/11/18 誤字修正
誤字報告ありがとうございました。
リントの東門から出た馬車は、途中で街道を外れて北東へ進む。
街道からは外れているけれど、東の森を迂回するルートになっているので轍ができている。
その轍からも途中で外れ、到着したのは何もない原っぱだった。見晴らしがいいから、南側に東の森が見える。
「よーし、この場所にベースキャンプを作るぞ! まずはリョウヘイ、持って来た荷物を出してくれ!」
ぼくは言われたとおり、おっさんと一緒にリストを見ながら荷物を取り出して行った。
うん、ハンスさんに比べるとおっさんのチェックは雑だね。
「よし、それでは設営を開始する! 今回は資材をたくさん持ち込んだから、立派な野営地が作れるぞ!」
おっさんの指示に従って、荷解きやらベースキャンプの位置決めやらが始まる。
そんでもって、前回持ち込みを断念した資材というのがこれか。
大きくて、重くて、たくさんあるから何かと思っていたんだけど、組み立て式の鉄柵だった。
この辺りは東の森から離れているけど、魔物が来ないとは限らない。特に夜間は気が抜けないのだけれど、防御を固めておけば安心感が違う。
全員が警戒を解かないまま仮眠するか、見張り以外はしっかりと休めるかくらいの違いが出るのだそうだ。
お、ちゃんと組み立て方の説明書もある。どれどれ。おっさんと一緒に読んでみる。
えーと、まず一枚分のパーツを地面に突き立てる。あ、裏表があるのか。こっちが内側だから間違えないようにっと。一応セルフブーストで筋力アップして、一気に押し込む。エイ!
こんなもんかな?
幅が五十センチくらいだから口を広げたポーチに入ったけど、高さは二メートル半くらいある。地面に突き刺した部分を含めると三メートル近い。重さもあるし、ぼくのアイテムボックスがなければ持ち込めなかったね、これ。
それから、次はこの棒を斜めに立てかける感じで、杭で地面に固定する。そっか、外側から押されてもこれがつっかえ棒になって倒れないようになっているのか。
これで一枚目は終わり。次は二枚目の柵を……、ああ、一枚目の横に張り出したこの輪っかの部分に通して、エイ!
後はこの繰り返しで柵を並べて行けばいいのか。
「おい、あれ見ろよ、すげーぜ!」
「あれ、確か軍で工兵が三人がかりで組み立てるんじゃなかったか?」
「それに地面に打ち込むために専用の工具を使うはず。あいつ、素手でやっているぜ!」
「都市防壁の補修の依頼で、十人分くらい働いたって噂だ。本当だったみたいだな。」
「こら、お前ら! 楽させてもらってるんだから、さっさと自分の仕事をしろ!」
「「「へーい。」」」
よし、これでぐるっと一周、柵を作り終えたな。これで今夜はぐっすり眠れる!
鉄の棒が突き立っている感じの柵だけど結構丈夫みたいだし、棒と棒の隙間は十センチもないからよほど小さくないと魔物でも動物でも入り込めない。
同じようなパーツに見えるけど、角の部分とか出入口の部分とか専用のパーツもあって、よくできている。
「お、もう終わったのか。早かったな。」
そこへおっさんがやってきた。
普通だったら大変な作業だろうけど、ぼくにはセルフブーストもあるし、アイテムボックスに仕舞っておけば重いパーツの持ち運びも苦にならない。
「そう言えばリョウヘイは穴を掘ることもできるんだってな。ちょいとこの柵の周りに掘りを掘ってもらえないか? そうするとかなり安全になるんだが。」
おっさんはルークさんにでも聞いたのかな?
穴掘りの魔術は一瞬で深い穴を開けることができないから戦闘では使えなかったけど、堀を作るくらいなら出来る。
ちょっとやってみよう。
一度柵の外に出て、あんまり柵の近くを掘ると地面が抉れて柵が倒れそうなのでちょっと距離を空ける。
このくらいでいいかな?
そして地の魔法文字を書いて、セルフディグ! 下へまいりま~す。
一瞬で落っこちるほどの速さではないけれど、エレベーターよりも速い速度で地面が沈み込む。
たちまち、幅二メートル、深さ三メートルくらいの穴ができた。
ぼくは今その穴の底にいる。気分は井の中の蛙! 空が青いぜ!
いや、このくらいの大きさの穴だと、中に入らないとうまく掘れないんだよね。原始魔術は距離が離れると効果も落ちるし制御も難しくなるからね。
後は穴を掘りながら柵の周りを一周すればいい。
……でも、穴の中からだと外の様子が見ずらいな。一応鉄柵の上の方は見えているけど。
こういう時には、空間認識!
これ、障害物の向こうも直接分かるから、慣れるとかなり便利なんだよね。物の形しか分からないから、封筒の中の手紙を読んだりとかはできないんだけど。
よし、これなら間違って変なところに穴を掘る心配はない! ジャンジャン掘るぞ!
「おい、鉄柵の外にいつの間にか溝ができているぞ、それもかなり深い。」
「ああ、さっきギルマスが堀を作ると言ってたやつか……って、もうこんなにできているのか!」
「あいつだよ、噂のどぶさらいの達人!」
「あああいつか! 常人の三倍の速度でどぶさらいをするという!」
「既にリントのほとんどのどぶをさらっているという噂の!」
「いやそれはさすがに嘘だろう。そこまでたくさんの依頼はないぞ!」
「いずれにしても、あのどぶさらいの達人ならば、短時間で堀を作ることも……って、無理だろう、普通!」
よーし、一周したぞ。
最初に掘った場所に繋がって、ベースキャンプを囲む鉄柵のさらに外側を囲む堀ができた。
もう一周二周と回って堀を深くしたり幅を広くしたりもできるけど、そこまですることはないかな。
それじゃあ、一旦堀から出て……。
高いなぁ。一度落ちたら這い上がれない、とまではいかなくても、足止めの効果は高いと思う。
でもぼくならセルフブーストを使えば……、よいしょっと。はい、出られました。
あー、このままだとベースキャンプへの出入りに不自由するから……、確か持って来た荷物の中に大きめの板があったはず。
……えーと、あったあった、これだ。何に使うか知らないけど、いっぱいあるから借りて行こう。
横に二枚並べれば良いかな。鉄柵の出入口は四か所あったから八枚分、ポーチに突っ込んでっと。
……一箇所目。
……二箇所目。
……三箇所目。
……四箇所目。
これで終わり。ちょうどいい感じで橋になったよ。手摺も何も無いから渡るのは怖いけど、まあ冒険者なんだから大丈夫でしょう。
「お、もう終わったのか速いな……って、ずいぶん立派な堀ができたなぁ。」
おっさんの想像よりも大きかったようで、呆れたような感心したような声で言う。
「そうだ、これだけの穴が掘れるならちょっとこっちを手伝ってくれ。手洗いを作りたいんだ。」
あー、トイレか。それも大切だね。
おっさんに連れられてベースキャンプの端の方へと移動する。
途中、幾つもテントが張られていた。おっさんはそのテントを張る場所の調整とかで忙しかったらしい。
トイレ用の穴は五か所掘った。穴の周囲に小さなテントを張って仮設トイレにするそうだ。
その後も作業は進み、また後続の冒険者を乗せた馬車も順次到着した。
そこそこ広いベースキャンプだけどさすがに馬車を止めておくスペースはない、というか鉄柵と堀で馬車は入れないので、冒険者を下ろすと馬車は引き返した。
冒険者が増えるにつれテント村(?)の建設は急ピッチで進み、また明日の作戦の打ち合わせや一部高ランク冒険者による事前偵察なども行われた。
昼と夜は持って来た食材で炊き出し。持ち込んだ食糧に余裕があると言うことで前回よりもちょっと豪華な食事になったらしい。
みんな結構忙しく過ごすうちに夜になった。
最後に夜の見張りのローテーションを決めと本日は終了。
非戦闘員のぼくはローテーションに入っていないので、一晩ぐっすり眠ります。
おやすみなさい。
……あれ?
ぼくはただの荷物持ちだったはずなのに、なんだかがっつり働いていない?
次回から戦闘シーンに入ります。